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佐伯経範、「どうめき」について語るの事(その二)

佐伯経範の家に伝わる伝説では、「百目鬼(どうめき)」の話はこのようなものだったという。


家祖藤原秀郷公が下野国に在庁官人として勤めていた頃、長岡にある百穴という古い遺跡群に国府に従わぬ盗賊の一団が住み着き、周囲を荒らして回っていた。その頭目は百人の手下を引き連れ、彼らを「目」として国内の隅々にまで情報網を行き渡らせて悪行の限りを尽くしていた。その頭目こそが「百目鬼」なのだという。


「百目鬼」という名が自称なのか周囲にそう呼ばれていただけなのかはわからないが、役人は何度も「百目鬼」とその一味を捕縛しようと手を打ったが、その度に国中に広がった「目」によって先手を打たれて一向に取り締まることができないでいた。


窮した下野国府は国内の最大勢力であった秀郷公に「百目鬼」の討伐を依頼した。かねてから自領も彼らの被害にあっていた秀郷公はあらゆる手段を駆使して「百目鬼」の「目」となっている者をあぶり出し、一人一人討ち取っていった。その「目」の中には下野の役人や秀郷公自身の配下の人物も多く含まれていたという。


そうして根気よく「目」を潰すことで「百目鬼」の情報網を遮断した討伐軍は首尾よく頭目である「百目鬼」を成敗したという。



そこまでの話を受けて、頼義もまた経範と同じく腑に落ちぬという風に首を傾げた。経範の話を聞く限り、「百目鬼」とは中央の意に従わぬ「まつろわぬ者」の一味に過ぎない。それがなぜあのように地元の人間たちがその名を口にするのも憚るかのような恐ろしい存在として祭り上げられているのだろうか。


頼義が聞いて回った伝説によれば、「百目鬼」を討ったのは藤原秀郷公であるところに違いはないが、内容は天と地ほどの差があった。


言い伝えでは「百目鬼」は大曽村に巣食う背が十丈もある巨人で、身体中に百の目を持つ化け物だったという。秀郷公によっって弓矢で射られると「二荒山神社」のある明神山へと逃げ込み、そこで力つきるもののその死体からはいつまでも瘴気と炎が消える事なく、後に塙田本願寺の智徳上人のよって鎮められるまでその呪いが絶えることがなかったという。


二つの伝説に共通点らしきものはほとんどない。ただ「百目鬼」という名前だけがその一致を見るだけである。これは一体どういうことか。



「恐らくは我が家に伝わるような盗賊退治の逸話が口伝てで広まるうちにいつのまにか妖怪退治の物語にすり替わってしまったのでしょうが、それにしてもいささか飛躍しすぎですな。私は学者ではないゆえその辺りは詳しくはわかりませぬが」



経範の言う通り、最初は普通の盗賊退治の逸話に尾ひれがついて広まった結果と考えるのが妥当であろう。それでも頼義にはどうにも両者に共通するものが無さすぎるように思えた。



「では、まずは行ってみますか。その『百目鬼』が死んだという明神山とやらに」



経範が考え込む主人に提案する。その言葉を聞いて頼義も考え事から我に返り、見えぬ目で経範を見上げた。確かにこうしてここであれこれ考え込んでいても何が進展するでもない、「拙速でもまず足を運ぶ」が頼義たち「鬼狩り紅蓮隊」のモットーだったはずだ。アレコレ考えて足を止めるとは自分らしくもない、と頼義は自分の頭をコツンと叩く。どうもこの着慣れぬ巫女の衣装のせいか調子が出ない。いや、


いつも当然のように自分の隣にいた人物がいないことが一番の原因かもしれなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「まあ、ようやくお戻りになられて。頼義さまの『すぐ帰る』は随分とお長いのですこと」



少女はぷんぷんと頬を膨らませて頼義を上目遣いに睨みつける。頼義は苦笑いしながら帰りの遅くなったことを詫びた。



「ごめんなさい()()、すぐ帰るところを急な用事ができちゃって」



お綾と呼ばれた少女は怒っている素振りを見せはするものの、別段本当に怒っていると言う風でもなく、テキパキと遅くなった夕餉の支度を済ませて頼義のために膳を揃えていた。


彼女は頼義の世話まわり役として常陸国からついてきた頼義お付きの女房で、父頼信の配下の在長官人の娘であった。目の見えぬ頼義にとって慣れぬ地での生活には彼女の介助は欠かせぬものとして無理を言って帯同させたものだった。


以前は旅先でのそうした世話はみんな配下であり、「鬼狩り紅蓮隊」の一員だった坂田金平が受け持ってくれていたが、彼のいない今、綾がその代わりを務めてくれている。明るく声のよく通る、おしゃべり好きな彼女の存在は日頃殺風景な役所仕事とその裏で人知れず行われている「鬼狩り」の陰鬱な使命とに疲れ切っている頼義に心地よい安らぎを与えてくれていた。はじめのうちは供回りの女房など煩わしいと思っていた彼女も、今では綾の存在も頼もしく感じていた。



「お湯は入られますか?さっすが名だたるお湯どころなだけあって気持ちいですよう。夏場で良かったですねえ。冬はこの辺りじゃあ雪がすごくてお湯にも浸かれないんですって」



頼義が夕餉をいただいている間、すぐそばでちょこんと座って待機している綾がケラケラと笑いながら話す。



「温泉かあ。明日は早くに立つので寝しなに入ってすぐ眠れるようにしましょうか」



頼義がそう言うと、綾は「あいなー」と可愛らしく答えて入浴に支度しに座を離れた。

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