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大団円 源頼義、帰路に着くの事(その二)

「お行きなさい。我が身の『道』を通って、あの『彼方』へ」



大刀「袮々(ねね)切丸(きりまる)」に両断され、その身を今にも消滅しかけていた袮々に向かって、頼義は静かにそう言った。



「えっ!?ちょっ、よっちゃん、頼義さま!?いいの、それ?なんか大変な事になるとそんなんじゃなかったっけ?」



そばにいた影道仙(ほんどうせん)が慌てて頼義に迫る。頼義はそんな彼女を気にも留めずに膝を折って断末魔に喘ぐ袮々の返事を待った。地面に散らばっていた「百目鬼」の目玉が一斉に頼義の方に視線を向ける。頼義の超常の感覚器官に触れるその視線の「情報」は弱々しく、今にも消え入りそうだった。



「いいのよ。あなたも一緒においで。それがあなたの願いだったのでしょう?お行きなさい、そして・・・全てを望むがままに見るがいい」



その言葉と共に、百目鬼の目玉は音も無く真っ黒な炭の粉となって風に飛ばされて行った。影道には、その黒い炭の霧が頼義のちょうど胸の真ん中辺りに吸い込まれて消えて行ったように思えた。



「・・・・・・」



長い沈黙の後に、頼義がゆるりと立ち上がる。



「やれやれ、余計な真似をしてくれるな頼義(この娘)は」



立ち上がった頼義は普段閉じている瞼を開き、青白い瞳を爛々と輝かせながら周囲の者たちを見回した。



「なんと・・・!そうか、そなたは、そうであったか。『彼方』と繋がったお前さんはその身を通じて『彼方』の情報の海からその一端を依り憑す神子(みこ)となっておったか・・・!そうか、お前さんに感じとったあの違和感は()()か」



誐那鉢底(がなはち)法師が影道の手の上で驚愕の表情を見せる。生まれつき頼義がその身の内に秘していた「彼方」への「道」を通じて顕現した「八幡神」は法師の驚きを涼やかな顔で受け流し、言葉を続けた。



「助勢ご苦労であったな誐那鉢底(がなはち)法師よ。『彼方』よりの代表としてこの『八幡』から感謝の意を申し上げる。ふむ、ガナーチーといったな。つまり梵語(サンスクリット)で言うところのガネーシャ、シヴァ神の息子である象面人身の神の名か」


「えっ!?」



「八幡神」の言葉に今度は影道仙が驚きの声を上げた。



「ガネーシャといえば、日本では『大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)』として知られている立派な神様のひと柱じゃないですか!ガナちゃんマジで神サマだったとはポンちゃん驚きです」


「む、そういえば天陣和尚・・・を騙っていた偽物であったか、あの者も御坊を紹介する時に『大聖歓喜天の再来』みたいな話をしていたな。なるほど再来どころかご本人さまであったとは」



佐伯経範もしきりに感心しながら影道と一緒に誐那鉢底(がなはち)法師の頭を撫でる。言葉と行動に一貫性が無い。



「でもネズミだぞ。ガネーシャという神様は象面人身の神と聞く。だがこれはどう見てもネズミだ」



悪ノリして「八幡神」も一緒になって誐那鉢底(がなはち)法師の頭を撫でる。



「そんなにみんなして頭を撫でるでないっ!お前さんがたわしに対する敬意(りすぺくと)っちゅーものが欠けとるぞい!ワシはガネーシャはガネーシャでも、その右手に乗っておる白いネズミの方じゃい金運と知恵の神様じゃぞい、ほれ敬え」



影道の手の上でまたぞろ法師がネズミの身体を踏ん反り返らせて威張る。



「ああなるほど。貴様はその聖なるネズミの成れの果て、ということか。そうかそうか、確か伝説では悪逆非道を行ってシヴァ神が懲らしめて臣下になった悪鬼がネズミに姿を変えてガネーシャ神の従者となったというが。さては貴様そうか・・・『()()()()()()()()()()()


「なっ・・・!?」



まるで世間話のような気軽さで誐那鉢底(がなはち)法師の隠された出自を暴いた「八幡神」にその場にいた全員が驚きの視線を送った。



「・・・その通りじゃ。ワシはあの暗い『深淵』の世界からこの世に飛び出して非道を働いた『鬼』の一人じゃ。鬼狩りのシヴァ神に狩られ、釈尊の教えに帰依して修行を重ね、ようやく()()()になったジジイ。それがワシじゃよ」


「そんな、そうだったなんて・・・」


「じゃからの、ワシはあの袮々どもが『深淵』を飛び出してこの世へ現れようとする気持ちはよおーっくわかるんじゃ。あの暗い、冷たい、それでいて何も無い世界に永遠にい続けねばならぬなぞまさに地獄の所業よ。生きてあの世界を抜け出せたワシはこの上ない果報者じゃわい」



誐那鉢底(がなはち)法師はそれまでの快活な態度から一変して厳粛な面持ちになってポツリと語った。



「ガナちゃん、その『深淵』とは一体なんなのです?なんとなくイメージはできますがその実態はまるで知れない。その世界の構造が少しでもわかれば今後『鬼』の襲来が起きても何か手を打つ手掛かりが掴めるかも知れません」



影道仙もまた十二神将の陰陽師の一人としての顔を取り戻して真面目な顔で法師に尋ねた。



「あそこはの、さっきも言った通り何もない空間じゃ。見えず、聞こえず、触れず、動く事もできない。ただ『自分がいる』という意識だけがそこにある、それでいて何かをするという事もできない、ただそこにいるだけの虚しい世界じゃ。その虚無の世界に成仏できずに迷い込んだ生命の(ルン)・・・魂がとらわれてまた新たな虚無を広げる。そうして果てしなく広がって行った虚無の空間こそが『深淵』と呼ばれる世界じゃよ。人がいる限り『彼方』にその情報が書き加えられ続けていくように、『深淵』もまた人間が生まれ、死に続ける限り人からこぼれ落ちた虚無を溜め込んで広がり続ける、そんな世界じゃ」


「そんな、それじゃあ人間がいる限り『深淵』は消える事はないと?つまり『鬼』がいなくなる事も・・・」


「無いな。だからこその『鬼狩り』であろう?」



青ざめる影道仙に頼義に宿った『八幡神』が肩を叩きながら言った。



「だからこそ、頼義(この娘)の選択が後々意味をなすやも知れぬのよ。中々に腹立たしいがな。先程この娘が導き入れた袮々と百目鬼(どうめき)の『情報』が今後『彼方』にどう影響を及ぼすかもわからん。アレ自身は取るに足らないシミのようなものだが、やがてそのシミがいっぱいに広がり、『彼方』そのものを侵食してしまう恐れがないともいえん。だがその選択が吉と出るならば・・・」


「なるほど、あるいは『深淵』と『彼方』が一つに溶け合ってまた新たな存在へと昇華する可能性もある、という事じゃな、『八幡神』よ」


「・・・・・・」



誐那鉢底(がなはち)法師が影道仙の手の上から飛び降りて言った。



「ならばこれ以上ワシらが野暮ったくあれこれと口を出す事もあるまいよ。嬢ちゃんの選択が吉と出るなら良し、もし『彼方』が『深淵』に食われるようであればそれもまたそれまでの事よ。ワシらはその行く末を見舞ってやるだけじゃわい。だから貴様もいつまでもその身体に取り憑いておらんでさっさと『彼方』へ帰るが良い。若い娘の身体に取り憑くなんぞ趣味が悪いぞい」


「ははは、貴様にだけは言われたくないな生臭坊主。しかし『私』は別に憑依しているわけではない、この娘に『私』という情報を提供してやっているだけのことだ、こうして喋っているのは『私』という情報を使った『源頼義』本人だからな」


「あーはいはいわかったわかった。わかったから早よ()ね。最後の別れの挨拶くらいちゃんととさせてくれいよ神サマよ」



さも邪険そうにしっしっと尻尾で追い立てる誐那鉢底法師を見て笑いながら「八幡神」はその目を閉じ、「彼方」へと帰って行った。

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