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頼義、袮々切丸を振るうの事(その二)

その太刀の刀身は長いと言うにはあまりにも長く、その身幅は厚いと言うにはあまりにも分厚く、その重さは重いと言うにはあまりにも重すぎた。



「ぐわあっ、ひっ・・・なっ、なああっ!?」



その太刀を見た「袮々(ねね)」が言葉にならない声を上げて逃げまどおうとあがいた。恐怖で理性が吹き飛んでいる。



「お前さんはよおーっく知っておろう?この太刀の斬れ味を、この太刀の重さを、この太刀の痛さをのう」


「これは・・・二荒山(ふたらさん)の頂上で見た・・・?」



佐伯経範(さえきのつねのり)は出血の止まらぬ全身を白布で縛りつけながら辛うじて立っている身で記憶の中にある光景を思い出していた。以前「百目鬼(どうめき)」に奪われた己の目が見た「百目鬼」の景色の中にあったあの古刀だ。そういえば百目鬼はあの太刀が刺さっていた場所をひどく恐れていたような気配があった。



「バカな!?なぜ、なぜそれがこんな所にある!?」


「だーから全部百足党の連中がこうなるように初めっから仕込んでおったっちゅーこっちゃい。お前が地上に現れ、この女人堂を焼き、百足党の者たちを食らってその足止めの刻印を取り込んだ時、お前の元にこの太刀が現れるようにの」


「・・・!?」



その言葉でようやく袮々は気づいた。その大雑把な作りの巨大な太刀に光る六芒星の刻印と、自分の身体に浮かび上がった六芒星とが強い霊力の糸で引きつけ合っている事を。それは自分が人間の「情報」を絡め取り、引き寄せて己の物にする手法とまるで変わらぬものだった。



「そんな・・・!おのれ、おのれええええっ!!」


「いやはや、あの者たちはよほどそうまでしてお前さんを『深淵』に追い返したかったんじゃろうなあ。その執念たるや、まこと雨だれ岩を穿つがごときよ。周到に準備し、仕掛け、待ちに待っておったわけじゃよ。何十年何百年と言う年月をかけて、何世代も、お前が現れるのをなあ」


「そんな、そんなあ、あのような虫ケラどもに・・・だとお!?」


「うん、そうじゃ。そ虫ケラのごとき人間どもにお前は負けたなあ。はは、これこそ()()()()()()よ」


「うう・・・」


「と、いうわけじゃ。これが最後のひと仕事じゃ源氏の子。お前さんでもそっちの百足党の小童でもどちらでも構わん。一思いにその『袮々切丸』でバッサリやってやれい。それで終わる」



誐那鉢底(がなはち)法師が厳粛な面持ちで頼義たちに告げる。といってもネズミなのでちっとも威厳が感じられない。



「のわーっ!!そう言うツッコミは入れんでええんじゃいっ!!いいから早よやってしまえいバッサリと!!」


「いや、そんな簡単に言われましても・・・」



誐那鉢底法師のノリツッコミを受け流しながらも頼義は戸惑いの表情で地面に突き刺さった「袮々切丸」に顔を向ける。斬れと言われてもあの大太刀である。長さはあの坂田金平の身長よりもさらに長く、重さに至っては普通の太刀の二十倍はありそうだ。そもそも人一人で担いで振るえるような代物ではない。



「なーにそんなもんは根性じゃ根性。六百年かけて磨き上げた百足党の執念に比べりゃあ屁でもないわ・・・い?」



焚きつける誐那鉢底(がなはち)法師が急に言葉をつぐんだ。何事かと皆の視線が法師のいた場所に集中する。



「なにい!?こやつ・・・!」



時間にすればほんのわずかな瞬間に過ぎなかったはずだ。だがそれでもあの鬼には十分すぎる時間であったようだ。



「そんな、まだ動いて・・・!!」



影道仙は叫びながら必死に手を伸ばして法師を捕まえようとする。しかし間一髪で法師の小さな身体は彼女の手をすり抜け、直立する袮々の太い幹のような目玉の柱に叩きつけられた。



「あいたーっ!!」



誐那鉢底(がなはち)法師が他人事のような気の抜けた叫び声を上げる。そのネズミの身体に袮々の目玉や顔の貼り付いた触手が絡みつく。必死の抵抗も虚しく、法師は袮々によって完全に拘束されてしまった。



「なんと、まーだ動く気力が残っておったか。こりゃあ油断油断。すまんのう嬢ちゃんよ」



ギリギリと音を立てて縛り付ける触手に流石(さすが)の法師さまも苦痛にチチチっと息を漏らす。だがその袮々の方もその一瞬に全ての力を使い果たしたのか、それ以上の動きを見せる事なく、頼義たちと睨み合いを続ける。



「おい」



沈黙を破ったのは袮々の方だった。



「取引だ。悪い話ではない」



袮々の口から出た言葉は怨嗟の罵倒ではなく、交渉を持ちかける物静かな言葉だった。



「我はこの地から身を引く。もうこの国で百目鬼を使って人を食らう真似はせぬ、約束しよう。地下の『補陀落(ふだらく)』も貴様らに明け渡す。どうだ、今この場から我が立ち去るのを黙って見ていればいい。それさえ保障するならばこの坊主の命までは取らぬ。ここが落とし所だとは思わぬか?貴様は知らぬかもしれんがな、このクソ坊主はこれでも都にまで影響力を持つこの国の仏法界においても・・・おい、聞いておるのか」



袮々が頼義に和睦の提案を申し出ている間も、彼女はそんな言葉などまるで聞こえていないかのように「袮々切丸」の元へ近づき、自分の背丈よりもはるかに高い位置にある持ち手に手をかける。柄も無く剥き出しの(なかご)を掴むと、頼義は自分の体重を利用してその大太刀を揺さぶる。


その都度負傷した肋骨や左腕の骨折部分が軋んで悲鳴をあげる。頼義はこみ上げる激痛と吐き気を押し戻しながら必死になって何度も自重を大太刀に預ける。地面に深々と刺さっていた刀身は初めのうちはビクともしなかったが、二度三度と頼義が揺さぶり続けると次第にえぐれた地面からその剣先が見え始めてきた。



「お、おい」



動揺した声で袮々が話しかける。地面の支えを失った「袮々切丸」が音も無く傾き、頼義の肩にのしかかる。その重量に頼義は顔をしかめて膝をついた。辛うじて太刀を落とさずに支えてはいるが、この重量である、女一人で持ち上げるなど、ましてやそれを振るうなどとは到底できるものでは無かった。



「ふん・・・ぐわあっ!!」



頼義が鼻の穴を広げてお世辞にも上品とは言えないような掛け声を上げて太刀を動かそうと試みる。驚いた事にその超重量の大太刀がズズッと地面に筋を引いて動いた。それを見た袮々は動揺が治らない。まさか、このようなか弱い女が!?袮々は触手で捕らえた誐那鉢底(がなはち)法師を離さないよう必死になってその場から逃げようと試みる。しかし百足党の足止めの刻印は無情にも袮々をその場から逃げることを許さない。その間にも頼義は一声大きな掛け声を轟かせる度に一歩、また一歩と近付いて来る。



「チチチっ、お前さんも覚悟を決めろやい。嬢ちゃんは()()()、ワシごとかまわず、一思いになあ」



やはり他人事のように法師が空恐ろしい事を告げる。袮々は法師を盾にして逃げられぬ身で必死にもがいていた。



(ソンナ、ソンナ!?コイツハイッタイナンナノダ!?)



混乱した頭の中で袮々が叫ぶ。逃げたい、逃げたい逃げたい。



(我ハココカラ逃ゲタイノダ!逃ゲタイノダ!!)



また一歩近づく。



(私ハ逃ゲタイノダ!!)



また一歩。



(私ハ・・・!!!!!!)



そこで


頼義は力尽きた。

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