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佐伯経範、「どうめき」について語るの事(その一)

「経範・・・?あれ、どうしてここに!?」



反射的に抜きかけた太刀を鞘に戻しながら頼義はここにいるはずのない部下の登場に驚き声を上げた。



主人(あるじ)、お久しゅうござる。佐伯経範(さえきのつねのり)、大殿のご命令により本件の捜査に加わりまする。何なりとお申し付けくだされ」



佐伯経範はそう言うと長身をくの字に折り曲げ慇懃に頭を下げた。



「そ、それは結構ですが、では、お役目は無事に終了したという事ですか?」



家人(けにん)として頼義に仕えていた経範は、先に説明した通り暴力沙汰の責を負って役所勤めを強要されている身であった。それが今こうして彼女の目の前にいるということは、どうやら無事に勤めを終えて晴れて自由の身に戻れたということなのであろう。



「さて、その件についてですが・・・」



なぜか経範が言いにくそうに何かを説明する。



「郡衙の仕事はお役御免になりました。要するにクビですな」


「クビぃ!?」



頼義が思わず大声を上げる。



「どうにも私にはああいったお役所仕事というか、事務作業は肌に合わなかったようで。いや!己が名誉のために申しますれば、私は私なりに誠心誠意勤め上げ、またそれなりにそつなく仕事はこなしていたつもりでござる。のでありますが・・・」


「ありますが?」


「どうにも、月の中ほどになる度に周囲の朋輩たちが落ち着きをなくし、やたらに失敗を犯したり仕事を無断で休んだりなど繰り返してしまい、ついに『お主がおると仕事の効率が下がっていかん』とまで言われる始末。私にはさっぱり意味がわかりませぬ、何を彼らはあんなにも怯えているのやら」



いやお前のせいだろう。と喉元まで出かけたが頼義は言うのをやめた。経範の事だ、月の中ほど、つまり満月に近づく度に性格も振る舞いも「虎」とように凶暴になって行くサマを傍で見ていては同僚たちも気が気では無いだろう。



「という次第で、結局残りの刑期を労役に回されるところだったのを大殿のご慈悲により、主人(あるじ)の手助けをする事でその代わりとするとご恩赦をいただきました。なので主人よ、この経範身を粉にして働きますゆえ、どうか存分にこき使ってくだされ。ところで、なぜに主人はそのような出で立ちで?」



経範に自分の巫女姿を尋ねられて頼義は苦笑いをしてごまかす。思わずはあ、と大きく溜息をついてしまった。なんか体良く厄介者を押し付けられた気がする。最近父上は自分に対する扱いが酷くないか!?頼義は憤慨したが、よく考えてみれば経範は自分が配下としてその身を預かった立場であることを思い出し、



(自業自得かあ・・・)



と頭を抱えた。


とは申せ、捜査の足が増えることは助かる事に違いはない。頼義はさっそく彼に「どうめき」という鬼について聞き知っていることはないか尋ねた。



「ご事情は伺っておりまする。なんでも、斬り殺した方のお役人はそのまま・・・」



頼義は無言でこくりと頷く。会談の場で上野国使節団の代表を惨殺した下手人の藤原国周卿は、その数日後に発狂して死んだ。その間ろくに取り調べもできず、結局何が動機であったのか、それとも単に気が触れて血迷った上の凶行だったのかわからずじまいだった。



「それにしても奇妙ではありますな。その、発狂して死んだという()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか・・・?」



謎といえば、国周卿の死に様もまた奇妙なものだった。死因は発狂の末の憤死であり、検死の所見では取り立てて外傷などは見られなかった。少なくとも何者かに殺されたという風ではなかった。ただ一つ異様な点があったのは


死体から()()()()()()()()()()()事だった。


刃物などで抉り取られたわけでもなく、何らかの毒物で腐り落ちたというわけでもなく、まるで目玉がひとりでに飛び出していったかのように不自然に綺麗にそこだけがなくなっていたのだという。消えた眼球の行方はわからないでいる。



「経範、『どうめき』という鬼に何か『目』に関する特徴とかはありませんか?」



頼義は経範に「どうめき」について改めて尋ねた。佐伯経範はかつて「どうめき」を退治したという藤原秀郷の末裔である。彼の家に何か「どうめき」にまつわる秘密か何かが伝わってはいないものかと、頼義はわずかに期待した。国周卿の消えた眼球、そして彼女自身があの場で感じ取った異様な「視線」・・・これらの事象は全て「どうめき」という存在に集約しているのではないか?頼義は直感的にそう感じていた。



「あるも何も、主人(あるじ)よ、『どうめき』とはズバリ『百の目の鬼』と書いて『百目鬼(どうめき)』と読みまする」


「えっ!?」



思わぬ事実に頼義は驚きの声を上げた。



「本来は『百々目鬼(とどめき)』と呼ばれていたものが、時を経て『どうめき』と訛って呼ばれるようになったのでござろう。下野国の伝承によれば、百目鬼は百の目と刃のような逆立った髪を持つ異形の鬼として描かれておりまする」


「百の目を持つ、鬼・・・・」


「左様、ですが腑に落ちませぬ」


「・・・?腑に落ちぬとは?」


「当家の家伝には確かに家祖秀郷公と『百目鬼』との戦いについての逸話が残されております。が、それによれば『百目鬼』とは()()()()()()()()()()()



佐伯経範はそう言って己が家系に伝わっている藤原秀郷公と百目鬼との戦いの物語を頼義に聞かせ始めた。

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