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頼義、袮々と一騎打ちとなるの事(その二)

「な・・・!?」


「ふん、せっかく我が身の一部となって素晴らしい世界に身を投じたというのに、こやつはこうして全く応じようとせぬ。大したものよ、愚かな事だが」



そう言いながら男はその固く閉じた瞼におもむろに爪を立てる。鮮血が噴き出し、かつて天神和尚のものであった片目が無惨に潰される。残されたもう片方の目が苦悶に耐えるかのように大きく見開く。涙に滲んだ単眼が何かを訴えるように頼義たちを見つめていた。



「そうそう、そうやってちゃんと世界と向き合わねば見識は広まらぬぞ。いつまでも暗闇に閉じ籠ってばかりでは体に障る。お前も、私もな」


「だからこうして陽の光を求めて地上を目指したか?そうまでして光を欲したなら何故闇に落ちた?」



怒りに震える手を制して頼義が剣を構えたまま袮々(ねね)に向かって叫ぶ。



「ああ?たわけた事を。私はこの深き『深淵』にて生を受け、この深淵より這い出る者。落ちるも何も、端から闇こそが我が故郷よ。闇より他にない私が何故闇に堕ちることがある?」



あざ笑うかのように袮々が答える。その言葉に頼義もまた冷ややかな笑みでもって返した。



「愚かな。自ら考える事を放棄したか。それとも忘れてしまったのか?悠久の暗黒に囚われた己が身の哀れさを嘆いて」


「何が言いたい、小娘」



思いの外余裕綽々に受け答えする頼義に袮々はいささか苛立ちを見せた。



「まだわからぬのか、闇しか知らぬお前が何故光を求める?陽の光の温もりを知っているからこそ、今の境遇を嘆いて闇から抜け出そうとあがくのだろう、袮々よ」


「・・・屁理屈を!そのような戯言で私を惑わせるとでも思うたか、あーあー見くびられたもんですね全く。そのような陽動に引っかかるような我ではないわたわけ!!」


「そうかなあ、めちゃくちゃ動揺してるように見えるけど」


「しーてーまーせーん!なんだよ態度悪いなーお前!」



そうは言っても動揺しているようにしか聞こえない。口調に一貫性がなくなり、芝居掛かって喋っているつもりなのか素の自分で喋っているのか混同してよくわからない物言いになっている。



「そもそも『百目鬼(どうめき)』を使って外の世界を覗こうなどと思いついた?『深淵』の闇の外の世界をお前は知っていたからであろう。お前は『鬼』ではない。少なくとも生まれついての鬼ではなかった。お前は光の世界を知っている、ただの人間だ」


「だまれ!!」



それ以上頼義に口を開かせまいと袮々が百目鬼の目玉を頼義に向かって飛ばそうと構える。いかに彼女が言を弄そうとも、この「目玉」の虜になりさえすれば自分の意のままにすることができる。まずはその憎たらしい口を引き裂いてくれる、忿怒の念を込めて袮々は目玉を飛ばした。


その瞬間、()()()()()()()。目玉の直撃を受け、無様な操り人形と化すはずだった彼女の姿が忽然と消え、標的を見失った目玉たちはそのまま直線を引いて虚空の向こうへ飛び去っていってしまう。その突然の異様な現象に袮々は今度は本当に動揺した。



「お前の術は私には通じない。私という『情報』を手繰り寄せることのできないお前は私には指一本触れられぬぞ」



声と共に突然目の前に頼義の姿が再び現れる。今度こそ外すまいともう一度目玉を飛ばそうとした瞬間、またもや頼義の姿は消え、その気配を全く追えなくなる。



(なんだ、なんだこれは?なぜ私はあやつに目玉を付けられぬ!?)



袮々の思考は混乱を極めた。頼義の「魂」ともいうべき、その彼女の「情報」を袮々は全く掴めなくなった。それでは「情報」を絡め取り意のままに操ることができない!こんな、こんなことが人間には可能なのか、袮々は久しく忘れていた恐怖の念を今一度思い起こした。いや、この感情はつい最近も見に湧き上がった記憶がある。そうだ、こいつだ、以前にもこの小娘に取り付こうとして叶わなかった事があった。あの時に感じたあの恐怖の根源を袮々はようやく理解した。



「ほうほう、この短期間でようもここまで身につけたものよ。今のお前さんならばその『邪魅の瞳』の魔術も完全に支配下に置く事ができるじゃろ。感心感心じゃ」


「それはどうも。しかし御坊、申し訳ありませぬが、百目鬼はもはや私の手では救ってやる事ができぬようです。速やかに送ってやるのがせめてもの情かと存じます」



誐那鉢底(がなはち)法師の軽口に頼義が悲痛な声で囁く。法師も無念そうな表情を隠さずにいた。



「さもありなん。あれはもうお互いに共生関係として一体化してしまいおったのじゃのう。袮々は百目鬼に目玉を与え、百目鬼はその目玉で世界を見る。そしてその目で見た『情報』を袮々が受け取り、利用する。もはや袮々は百目鬼であり、百目鬼は袮々といっても差支えはあるまい」


「では」


「うむ、頼むとするかのう。せめて楽に送ってやってくれい」


「御意」



その言葉と共に、頼義は七星剣を袮々の胴体に叩きつけた。

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