頼義、袮々と一騎打ちとなるの事(その一)
「思えば御坊はいつも私が窮地にある時にばかりお姿を現されましたな。最初はあの崖から落ちた時、続いて国府にて囚われの身となっていた時・・・」
「そうじゃのうそうじゃのう。まるでヒロインがピンチの時に駆けつけるスーパーヒーローの如くじゃ。かっこいいのうワシ」
誐那鉢底法師がチチチっという、聞きなれたいつもの歯擦れのような笑い声を立てる。頼義はその場から一歩も動かずにただ背後から聞こえる法師の声に耳を傾ける。
「前にも少し話したとは思うが、ワシはお前さんに一つ隠し事をしておったよ。すまなんだとは思ったがアイツには黙っていろとしつこく言われておってのう、にゃははは」
「そうでしたか・・・。ふふ、まったくどこまでたってもお節介なんだから・・・」
頼義がふっと静かに笑みを見せる。どうやら遠く離れてもあのバカは自分のことが心配でならないらしい。
(だったら初めっからそばにいろっつーの)
頼義は頭の中でそう毒づいて苦笑した。
「御坊が金平とお知り合いでしたとは存じ上げませんでした。下毛野家の繋がりでございましょうか」
唐突に飛び出した坂田金平の名前に法師は驚く様子もなく飄々とした口調を崩さず答える。
「まあの。言ってみればワシはアイツの教育係みたいなモンだったでな。まあーあんなに手のかかるクソガキもおらなんだが」
再びチチチっと法師が笑う。
「そうでしたか・・・。結局私は今回もあの人に助けられていたというわけですね」
「そんなに自分を卑下するでない。お前さんはワシの手助けなんぞ無くとも十分にやってのけていたであろうよ。金平こそ余計なお節介というものよ。もっとも、アイツが頼み込んだおかげでワシはお前さんという超絶美少女とお近づきになれたのじゃからこれも補陀落観音菩薩様のお導きというものじゃ。役得役得」
「もう・・・」
頼義は初めて誐那鉢底法師の方へ振り向いた。
「前にお会いしたときは気づきませんでしたが。法師さまはなるほど、そういうお姿だったのですね」
「ほっ、ようやくワシの本当の姿を認識しおったかいの?例の感覚はどうやらすっかり身につけたようじゃの」
「はい。今ならハッキリと御坊のお姿を認識できます。経範や牢番の者も気づかなかったとは迂闊ですね、ふふっ。御坊から人の気配がしなかったのもうなづけます」
「チチチっ、そりゃ結構。では本題に入るが、おいそこのお前さんよ、結局お前さんは一体どこのどなたさんなんじゃ?」
誐那鉢底法師が暗闇の向こうにいる、先程頼義に声をかけた何者かに向かって問いただした。その人物が少しづつ近づいてくるのが見える。
「御坊が知らぬ・・・ということは、なるほど、お前は初めから我らを謀っていた何者かだったというわけか。確かに、お前であれば経範にも綾にも『百目鬼』を取り憑かせることが出来たろう」
「・・・わからぬ」
そう言ってその男・・・天陣和尚は無表情のまま冷たく囁いた。
「自分が何者かわからぬ、という意味では無いぞ。そんなことはわかっとる?そりゃ失礼、わはは。私がわからぬと言ったのはそこにいるネズミがどこから湧いてきたか、という事よ。私の結界を容易く破りのうのうと闊歩するなど、ただのネズミではあるまい」
天陣和尚・・・を騙る何者かは冷たい口調のまま冗談まじりの言葉を発する。本人は小洒落た会話のつもりなのか知らぬが、感情の凍りついた今の顔から発せられては耳障りな不協和音にしか聞き取れない。
「ネズミネズミ言うな失礼な。ふん、こんな奴がテンジンを騙っておったんかい。若いの、本当のテンジンはワシがこの下野国に来た時に同伴した弟子の孫じゃぞい。孫と言っても七十を超える爺さまじゃ、お前のような若造ではないわい」
「!?すると・・・!」
頼義が誐那鉢底法師の言葉を聞いて愕然とする。彼女の脳裏に役人に取り調べを受けた時の言葉が思い浮かぶ。
「うむ、あの河原で殺されておった人物はテンジン本人であったよ。此奴はテンジンを殺し、死体を隠して顔を知らんお前さん方の前にのうのうとテンジンのフリをして姿を現しよったんじゃ。むごたらしい事よ、ワシはあの子になーんもしてやれんかった」
「なんという事を・・・それでは貴様は初めから私たちを陥れるためだけに無関係な天陣和尚を手にかけたというのか!?」
七星剣を抜いて頼義が構える。その姿勢を目にしても男は動じる事なく冷たい口調のまま言葉を続けた。
「それだけではないぞ、ちゃんとお前を捕らえるための餌にもなった。役に立ってくれたぞあの老人は。きっと今頃は『補陀落』にて往生しておる事だろうて」
「ふざけるな!!」
横殴りに七星剣を薙ぎ払う。
男は涼しい顔のままギリギリの距離だけ後ろに下がってその剣をやり過ごす。斬り込みは空を切ったが、わずかにかすった切っ先が男の衣服を引き裂いた。
「ふざけてなどはおらぬ。まこと往生しておるよ。ほれ、このように」
男が今しがた頼義が斬り裂いた前身をはだける。そこにはもう見慣れた例の無数にうごめく目玉がキョロキョロと四方を眺めようと視線を泳がせていた。
「なるほど、貴様が『袮々』か。百目鬼を己の目として使役し、その力を使って地上の国を荒らす鬼は」
「いかにも?と言っておこうか。そのような名で呼ばれるのは不愉快ではあるがな。まあ私が正しい名を名乗ったところで人間の言葉では発音できまいしのう。ところで・・・」
全身の目玉がキュッと視線を頼義に集める。彼女の感覚器官にあの不快な視線の肌触りが再び感じられた。
「これじゃこれ。こいつが天陣和尚だよ。源氏の子」
そう言って男が自分の体の一点を指差す。
そこにある目玉は他の目玉と違って頑なにその目を開けまいとギュッとその目をきつく閉じていた。