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頼義、地下世界の成り立ちを聞くの事

「中禅寺・・・それでは」



迸る水音を聴きながら頼義は独り言のように呟いた。



「然り。この真上は中禅寺の(おおいけ)に位置しておりやす」


「やはり・・・ではこの水は中禅寺湖の湖水が地下に漏れ落ちているものなのですか」



なるほど、と頼義は納得する。この広大な地下空間はおそらくかつては地底湖として地下水で満たされていたのだろう。それが地盤沈下などの影響で水面が下へ下り、後に空間だけが残されてこの地下世界が出来上がったと見える。「上州百足党」の一族はこの空間を利用して地下に「袮々(ねね)」の襲来に備えた施設を作り上げていたのだ。



「いやいやいや、しかしよくもまあこんな自然の要害が都合良くできたものですねえ。これならほとんど人の手で掘り進める事もなく地下砦を建設することができたでしょう。これを手作業で掘るとなったら百年どころの話じゃありませんからねえ」



影道仙が感心したように何度もうんうんと頷く。しかしその彼女の感心に水を差したのは頼義だった。



「いや・・・これは違う」



頼義が膝を地面につけ、さらに地下から響く音を慎重に聞き分けながら言った。



「確かにこの空間は自然のものだが、地下に溜まった湖水をさらに地下に落とし込んだのは人間の手によるものですね、国定どの」



国定に顔を向ける事もなく頼義が言った。国定もまた頼義に向き合うこともせずに小さく顎を引いて「是」という意を示す。



「え、どゆこと?」



影道が目を丸くして聞き返す。



「地下水の水位が下がったのは自然現象が原因では無かったって事よ。この滝の下は、()()()()()()()()ということ」



国定は頼義の言葉に再び小さく顎を引く。



「え?え?どういう事?じゃあつまり、昔の人たちは()()()()()()()()()()()()()()()()って事!?」



口をあんぐりと開けて驚愕する影道に国定が説明する。



「もともとこの地域一帯は神代の昔に周囲の大噴火によって流れた溶岩が冷え固まって、その上に湖ができたものなのだそうで。その時の名残で地下には多くの空洞があり、そこも水で満たされていやした。言わば地底の奥深くまで湖の一部だったって事でやす」


「あーなるほど、溶岩が冷え固まって、中に含まれていたガスが抜けてできた空洞に水が入り込んだわけですね。はいはいわかりますわかります」



よくわからないが、影道仙にはその理屈が理解できたらしい。



「ですが資源となる鉱床はその溶岩よりももっと深く、古い層まで掘り下げなくては辿り着けやせん。そのため手前どもの一族は何世代にもわたって少しずつ下へ抜ける道を掘り進めるべく、この中禅寺湖の地下を潜り続けやした」


「何世代も・・・」


「それは文字通りの命がけの作業でやした。息を止め、地下水道へ潜り、岩を掘ってまた戻って来る。その繰り返しを何年も何年も、それこそ気の遠くなるような年月を重ねて。その間に命を落とした一族の者は数知れやせん」


「うへえ、もしかして今来たあの入り口から始めて、ここまで泳いで穴を開けたって事ですかあ?いやいやいやどう考えても息が続かないでしょう、無理無理無理です不可能です」



影道が「バカな」と言った顔でかぶりを振る。



「いえ、あの入り口ができたのはずっと後になってからの事で。それまでは穴を掘るために()()()()()()()()()()()()()()()()と聞いておりやす」


「ええーっ!?」



その発言は衝撃である。海ほどではないと言っても湖の水深は深い。そんな所を人間が素で潜って湖底で作業をし、また泳いで帰って来れるものなのだろうか。



「祖先がどのようにしてそれを成し遂げたのかは記録に残っておりやせん。ですが今でも中禅寺湖の湖底にはここに繋がる穴が存在すると言われておりやす」


「それが・・・この滝に繋がっていると?」


「へえ」


「はあ・・・」



途方も無い話に頼義は思わず深い息をつく。にわかには信じがたい話だが、今こうして実物を目の当たりにしているとその信憑性もいや増すというものだった。また、それほどの執念でもって事業に挑んだからこそこの毛野国の繁栄があり、同時に「袮々」という災厄までをも掘り当ててしまったということか。



「補陀落渡海か・・・海は無くとも、確かに『補陀落』を求めてその身を沈めた人々がいた、という事ですね」



頼義は誐那鉢底(がなはち)法師の言葉を思い出す。法師は菩薩の仙境は地下にあったと言っていた。確かにこの毛野国の地下には「補陀落」は存在したのだ。



「もしや、二荒山を開いたという勝道上人はあなた方の行いを知っていて、その供養のために・・・?」



二荒山神社と中禅寺、あとおまけに豊かな温泉をもたらした勝道上人も同じように命がけで前人未到の二荒山に初めて足を踏み入れ、苦労の末に踏破したという記録がある。彼もまたこの地に根付いた「毛野国」の末裔だったのだろうか。



「はいはい、その辺りはちゃんとポンちゃんが調査済みですよー。なにせこの地域の歴史を調べるなら欠かせないキーパーソンですからねえ、その辺はバッチリです」



影道仙がウィンクしながらドヤ顔で決めポーズを決める。すっかり調子を取り戻したようだが、それはそれではっきり言ってウザい。



「勝道上人は上野国の若田氏の出身です。若田氏は垂仁天皇の第九皇子がその祖とされていますが、『日本書紀』によれば、垂仁帝のもとに新羅から『天日槍(あめのひぼこ)』という人物が渡来してきて諸々のお宝を献上したと書かれています。また『古事記』においては新羅から渡来した『天之日矛(あめのひぼこ)』は但馬国に流れ着き、そこで多遅摩之俣尾(たじまのまたお)の娘である前津見(さきつみ)比売(ひめ)と結婚し、子孫を残します。この『アメノヒボコ』という人物が垂仁天皇の養子である第九皇子だと推察されます。その『アメノヒボコ』の子孫こそが・・・」


「・・・こそが?」


「その七代目の子孫こそ『息長(おきなが)(たらし)比売(ひめの)(みこと)』であると記されています」

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