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地下世界、補陀落彷徨の事(その一)

一同は無言で狭い階段を降りて行く。地上から下ってどれほどの時間地下を進み続けているのだろう、一刻か二刻か・・・その間百名近い人数を数える遠征軍の中で言葉を発するものは一人としていなかった。


影道仙(ほんどうせん)は青ざめた唇をきつく噛み締めながら瞬きもせずに一点を見つめて思い詰めている。上野国まで足を伸ばし、彼ら「上州百足党」の存在を突き止め、彼らの協力を得られたのは間違いなく彼女の功績である。しかしその顔からは地上で見せていたような軽妙さは失われ、悲壮感漂う真顔のまま表情を凍りつかせている。


影道自身は単純に地下にはびこる悪鬼を刀剣でもって討ち果たすだけの至極単純なものであろうという観測だったのだろう。しかしその実態が彼ら上州百足党の人々に多大なる犠牲と苦難を強いるものであったと知り、彼女の胸の内は後悔と責念の思いで千々に乱れていた。



(私が、私が彼らを死地に向かわせた。私があの人を、あの人を・・・殺シタ!!)



百目鬼(どうめき)に、いや「袮々(ねね)」に憑依された実の息子を自らの手で斬り殺した国定は無表情のまま「御身の責任ではござりやせん」とは言ってくれたものの、それで自分を許せるような心境では到底なかった。



「落ち着いて、影道。一人で背負ってはいけない」



震える影道仙の肩に頼義が優しく手をかける。



「この地下に入った時点で皆そう覚悟は決めていたのです。国定どのの仰る通り、もう我らにためらう余裕は無い。だからあなたも覚悟を決めて」


「!?」


「でも無理はしなくていい、このまま地上に戻っても誰もあなたを咎め立てたりはしない」



頼義の言葉に一瞬影道は動きを止める。彼女の意識が遥か段上、地上に繋がる、もう見えなくなったあの光の一点に向けられているのが頼義にも感じられた。



「もし、もし・・・」



影道仙が呟く。



「もし、頼義さまが取り憑かれたなら・・・」


「聞くまでも無い。迷わず私を斬りなさい」


「それじゃあ・・・」


「わかっている。()()()()()()()()()()()()()()()



非情な宣言であった。しかし返ってその飾らない決意の言葉に影道は安堵の念を覚えた。



「・・・わかりました!ここは一発ポンちゃんも覚悟を決めます。次にアンチクショウが現れたら迷う事なく我が秘術をお見舞いしてやります!!」



自らを奮い起こすように両頬をピシャリと叩いて空元気を振り絞る。もっとも実際に彼女がこの狭い洞窟内で術を使ったら間違いなく暴走した術が敵味方関係なく焼き払ってしまうのでそれだけは勘弁して欲しかった。


そんな彼女を後ろ目で見守りながら国定がほんの僅かに口の端を緩めたように頼義は感じた。今しがた我が子を不本意ながら手にかけた直後だというのに、この人物はその感情を押し殺し、それどころか逆に気落ちする影道仙をずっと気遣っていたと見える。一体どれほどの克己心でもってここまで己を律することができるのか、頼義は彼の神がかりとも言えるほどの精神力に舌を巻いた。



「まもなく下に一旦降りきりやす。ここが()()に相当するところで」


「城門?」


「へえ、ここから先がいわゆる『補陀落(ふだらく)』となりやす」


「ここが、補陀落の入り口・・・」


国定の説明を聞いているうちに一行はその場所まで到達したようである。狭い通路が続いていた坑道はようやく終着点を見せ、その行き止まりにはやや広まった空洞と、僅かに破壊されて崩れ落ちた石扉が見える。



「奴め、門扉を破壊して中に逃げ込みおったか。するとやはりあやつ、()()()()()()()()()()()()()か」



国定が顔をしかめながら一人呟く。雑な石造りの階段が続いていた坑道にはずっと先ほど国定が斬りつけた「袮々」の血痕が続いている。その跡は壊れた石扉を抜けてその奥の虚空に消えている。



「若さま、お耳を」



国定が行軍を一度止めて頼義に小声でささやきかける。何か周囲に知られたくない話を持ちかけたいらしいい。



「ご覧の有様です。この意味がお分かりでございやしょうか」



血の続いた階段を眺めながら国定が頼義に問う。



「・・・今の独り言から察するに、あの怪生(けしょう)はこの地下から這い上がってきたのではない、ということでしょうか」



頼義が表情を固くして答える。国定の言わんとする事の意味が彼女には十分理解できた。



「左様で。つまり『袮々』は上から入ってきたということになりやす。()()()()()()()()()



頼義は戦慄した。この中に「袮々」を連れてきた者がいた!あるいは取り憑かれていた本人も自分が「袮々」に憑依されて操られている自覚もなく我々をここに誘い込んでいたのか。頼義は今、自分たちが相手に奇襲をかけるつもりがまんまと誘い罠にはまっていたことに気づき、焦りを見せた。



(この先、逆に待ち構えた袮々の奇襲に警戒せねばならぬ、ということか・・)



ごくりと唾を飲み込み、緊張をほぐすように両手をブルブルと振るう。その様子を見届けた後、国定が部下の兵士たちに命令した。



「扉を開けよ。これより『補陀落(ふだらく)』へ入る」



重い石扉は半壊しているおかげか、さして苦労する事もなくするすると開いて奥の暗闇を見せた。

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