鬼狩り紅蓮隊、地下を進むの事
重い石扉を潜るには膝を折ってしゃがんだままの姿勢で潜ることを強いられたが、門を抜けたその向こうはさらに狭く、荒石で積まれた石階段が急な角度をつけて下に向かって伸びていた。その奥がどこまで伸びているのか、一切光が届かず確認することもできない。
先導役が手にした松明だけが頼りの道行きである。振り返ってその足跡を見た影道仙が感心したようにため息をついた。
「はあー。夜空の北極星みたいに暗闇の中に一点だけ星のように出口の光が見えますねえ。肥後熊本にある『トンカラリン』と呼ばれる遺跡に雰囲気が似ています。あちらは自然にできた地割れを利用した排水路だとも、または邪馬台国の卑弥呼が祭礼の場として祀られた『鬼道』そのものとも言われていますが。あの世とこの世を繋ぐ秘密の通路みたいなものですかね」
「鬼道・・・」
「はい、まあもともと『鬼』とは目に見えない神秘的な存在を意味する文字なので『鬼道』も『神道』も意味としては同じです。それにしても、下野国側の方にもこのような『補陀落』への出入り口が完備されていようとは驚きです。しかもこの整備のされよう、長らく放置されていたようには見えません。国定どの、下野側にも『百足衆』のお方が常在していたのですか?」
狭い隧道を悪戦苦闘しながら降りていく影道仙が先行する百足衆の頭領である国定に聞いた。
「いえ、手前どもはあくまでも日陰の一族でごぜえやす。この『補陀落』と異界とが繋がってしまって以来我が一族はこの地下にとどまり、氏も姓も受けること無くただ『袮々』との対決に心血を注いでおりやした。言うなれば手前どもは戸籍上は存在しない一族でごぜえやす。そんな手前どもとは別に地上で暮らし、朝廷より氏姓を賜った一族がこの地を長らく管理しておりやす」
「そんな・・・!それではあなた方は朝廷から何の施しも保護も受けること無く存在しないものとして放置されてきたというのですか!?」
国定の説明に頼義が思わず声を荒げる。ひどい話だ、ここいるのに、生きているのにまるでいないものとして誰にも見向きもされない人生など、それではまるで鬼も同然ではないか!
だが、そんな頼義の反応に国定は少し困ったような苦笑いを浮かべ、彼女の義憤に謝意を述べつつもこう答えた。
「手前どもごときのためにそこまでお気遣い、痛み入りやす。ですがねえ若様、手前どももその日陰の身を利用して散々においしい思いをしている立場でごぜえやして。その、あまり大きな声で威張り散らすような身でもござんせんので、へえ」
「おいしい思い?」
「あ、私わかっちゃった。あれでしょ、戸籍が存在しないのをいい事に租税や朝貢をせずにたんまりと毛野国の鉱山資源を溜め込んでるんでしょ?表の一族と結託して私腹を肥やしているなコラ」
影道仙がしたり顔で国定に言う。百足衆の頭領は言葉では答えなかったがあえて否定もしなかったと言うことは当たらずとも遠からずと言ったところなのだろう。
「ではその表の一族とやらの方はちゃんと戸籍に則って租税を納めていて、その裏で莫大な財産をこの地下世界に隠して蓄えこんでいたと。よくもまあ今までバレずにやってこれたものです」
ここは朝廷を構成する一部である源氏の一員として糾弾せねばならないところだが、頼義にはなぜかそれをすることが憚られるような、そんな不思議な気分に陥った。彼らが決して私利私欲で動いていない事は彼らの身なりからもわかる。決して華美に走らず必要最低限の質素で効率的な装備品の数々からはとても日々を華奢に暮らしている贅沢者の匂いは感じられない。おそらく、彼らはそうして蓄えた金銀財宝を軒並み地下からやって来る「袮々」という鬼を撃退するための資金に投げ打っているのだろう。
「その表の一族というのはもしかして藤原秀郷公の家という事はござるまいな国定どの」
一際大きな身体を狭い壁面に擦り付けるように進む佐伯経範が質問した。彼の直系の先祖である俵藤太こと藤原秀郷公はここ下野国で勢力を伸ばした豪族の一人だ。彼が百足衆と結託して財産を蓄え混んでいた可能性もなくはないと感じての恐る恐るの質問だった。
「いや、秀郷公はこの地についてのことはご存知ではござりやせんでした」
その答えに経範は軽く安堵のため息をつく。自分のご先祖が不正を働いて私服を肥やしていたなどという聞きたくもない事実を耳にすることがなくて心底安心した様子である。
「ではその表の一族とは?」
聞いて良い事なのか頼義には判断がつきかねたが、何とも無しに話の流れで影道仙が質問した。
「この地の名をそのまま名乗っておりやす。すなわち『下毛野』と申しやす」
その名を聞いて頼義は思わず石段から足を滑らせて転びそうになった。