紅蓮隊、補陀落へ進むの事
頼義は支度を終えて静かに出立の時を待つ。
ここ下野国に滞在している間中着させられていた巫女衣装を脱ぎ捨て、頼義は「上州百足党」の装備品を借りて戦支度に身を整えてていた。肩に大袖は着けず胴丸のみを装着し、左手に盾がわりの手甲をはめ、脛当てと額に鉢金を巻いただけの簡易な装備ではあるが、それでも戦闘装備を身にまとう事で緊張感が身を引き締めさせる。
(いざ、補陀落へ・・・!)
影道仙が語った敵の本拠地の正体は頼義にはにわかに信じ難いような内容だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「頼義さま、『補陀落』という言葉にお心当たりは?」
そう言われて頼義は思わず顔を上げた。
「やはり、敵は『補陀落』に・・・この地底にいるというのですか!?」
「えっ!?なんとよっちゃん、補陀落が地下世界の事を意味しているとなぜご存知で!?」
頼義の返答に逆に影道仙の方が驚きの声を上げた。頼義はあの二荒山の崖下へ落下した時に出会った不思議な高僧から聞いた話をつぶさに影道仙に話した。
「誐那鉢底・・・ガナーチーと申しましたかその御坊は。はてさて、なるほどチベットからの渡来僧がこの時代にすでに参っていたとは驚きです。なるほどこの下野国で大乗仏教の色濃い法華経が盛んなのも彼らの影響がありましたか。なるほどなるほど」
影道がまた一人で何か納得したような素振りでくるくると回りながら考え事を始めるが、今はそのような時では無いと思い直したのかすぐさま歩みを止め、頼義の方に振り向いた。
「仰る通り、例の黒幕はこの下野国の地下深く、膨大に張り巡らされた地下坑道の奥の奥に潜んでいるものと思われます」
「地下坑道?」
「はい、その辺りについてはこちらの親分に説明していただくのが良いかと」
そう言って影道仙は再び先ほど紹介された目つきの鋭い「上州百足党」の頭目に話を振った。
「へい、では僭越ながら手前がご説明いたしやす。まず手前どものご先祖さまは神武帝の東征の折に帝の命によってこの地に移り住み、この地に眠る鉄鋼資源の発掘と開発を任されて今に至るものでごぜえやす。その間手前どもはこの『毛野国』の地面を掘って掘って掘り尽くしました。それこそ二荒山から赤城山まで一度も地上を通らずに行き来できるほどに」
「えっ!?」
上州百足党の頭目、国定と名乗る男の発言に頼義は思わず声を上げた。
「こ、この地面の下に上野と下野両国にまたがる巨大な地下通路があると?」
「へい。数百年に渡る開発によって『毛野国』は地上とは別にもう一つの『クニ』を持つに至りやした。その地下世界を手前どもは『補陀落』と呼んでいた次第で」
「補陀落・・・誐那鉢底法師が仰っていたように、地下に菩薩の仙境があったと」
「全く驚きです。これはまさしく『失われた地平線』の世界ですよ!この地面の下に朝廷も知らぬもう一つの隠された世界が存在するなんて、コナン・ドイルもびっくりです」
「・・・?朝廷はそのことを知らされていないのですか?なぜそのような重大事を秘密に?」
その事実を耳にして頼義に脳裏にわずかな疑念が湧いた。曲がりになりにも頼義は帝の臣下である。もし当地の人間が朝廷に秘密裏に地下に勢力を張っているのだとしたら、その真意は如何なるものか?
「お待ちを。手前どもに帝に弓引く意図はございやせん。この事を秘密にしている理由こそがその『袮々』の存在なのでごぜえやす」
「どういうことです?」
頼義の疑念には影道仙が代わって答えた。
「あのですねー、ぶっちゃけ言うと百足党のご先祖さまたちはやりすぎちゃったんですねー」
「やりすぎた?」
「はい。掘って掘って掘りまくって、どこまでも深く深く掘り続けた結果、繋がってしまったんです」
「繋がった?繋がったって・・・まさか!?」
「そゆことー。はい、ある時、掘っているうちにポッカリと開いてしまったんですね、あの世との境界線が」
「!?」
頼義が驚き呆れる。彼ら・・・百足党と呼ばれた鉱山技師たちはこの「毛野国」の資源を掘り求めていくうちにとうとう異世界との境まで到達し、あまつさえその境すら掘り抜いてしまったというのか。
「それ以来、毛野国の地下からはこの世のモノならざる化け物がたびたび湧き上がってくるようになりやした。手前どもの一族はその悪鬼どもを追い返すために地下にこもり、そこを根城にして数百年の間戦い続けてきやした。そのなれの果てが手前ども『上州百足党』でござんす」
国定が自嘲するように自らの出自を語る。彼らは先祖の不始末を償うために朝廷の助力も頼らず、自分たちだけで決着をつけんがために何世代もの間日の当たらぬ地下世界で戦い続けてきたというのか。
「私も最初は半信半疑でしたよう。ただ文献を漁っていて赤城山に百足を祖霊とする鉱山技術を持った古代民族がいただろうことは予想していたのですが、まさかこんなトンデモ世界な歴史が潜んでいたなんて、ポンちゃんびっくりですう」
影道仙の口調は人を小馬鹿にしたようなふざけた物言いに聞こえるが、本人は至って真面目に語っているつもりらしい。
「ですので、最初にこのお方が手前どもの前に現れた時すぐに事情は察しやした。それで急ぎ駆けつけた次第でごぜえやす。此度の黒幕は手前どもにとっても仇敵、若様、是非とも手前どもも幕下にお加えくだせえ」
国定の言葉に呼応して背後の兵士たちが一斉に頼義に向かって跪く。
「国定どの、ご助力は当方としても願ってもない事、こちらこそ是非ともそのお力、お借り受け申す」
頼義は膝をつく国定の元に自らも膝を落とし、佩刀の七星剣を彼の前にかざす。
「そなたらの命、この源頼義が預かります。いざ上野・下野両国の平和のために」
頼義の言葉に上州百足党の男たちが一斉に「応!!」と応えた。
「では手前がご案内いたしやす。我らが故郷、もう一つの『毛野国』である補陀落へ・・・!」
国定が静かに力強く言った。