上州百足党、名乗りをあげるの事
事件の発端を振り返る。
そもそもは上野国と下野国との間で長年係争の種になっていた中禅寺湖の水利権にまつわる問題を解決するために集まった和平交渉の場で起こった刃傷沙汰から始まった事だった。
上野国側の代表である淵名元藤卿があろう事か朝廷の使者を交えた公式の会談の場で下野側の代表に斬り殺されるという前代未聞の事件から両国が互いに「相手の陰謀だ」と主張し始め、今や互いに軍を派遣しての一触即発の状態に陥ろうとしている。
普通に考えればもし黒幕がいるとすれば、その目的は上野国、あるいは下野国が戦端を開く大義名分のために事件を起こし、あわよくば相手方に攻め入ってその領地と利権を独占しようと企んでいる、と見るのが妥当だろう。
だが影道仙は違う見方をしているらしい。
「だって、いくら坂東の地が喧嘩上等の荒くれ地帯だからってそんなにあからさまに他国に攻め入ったりしたら流石に朝廷からお叱りを受けるでしょうしい、むしろそれを口実に領地を召し上げられて朝廷の直轄地にされたりなんかしたら地元の人になんの利益も無いじゃないですか。そんな不用意な事するかなあ」
確かにそれはそうだ。実力行使で領地を強奪したりなどすればそれは当然朝廷の処罰の及ぶところであろう。朝廷に地方の豪族を押さえつけられるだけの力が残っているならば、という条件付きではあるが。
「思うにですねえ。今回の黒幕は騒ぎを起こす事自体が目的なのではないかとポンちゃんは推理するわけですよ。ふむふむ」
影道仙がえへんと踏ん反り返って自説を披露する。なんでそんなに威張っているのか意味がわからない。
「つまり、上野・下野両国が友好を結ぶ事を良しとしない勢力による陰謀であると?」
頼義が口を挟む。その言葉に影道仙はしたり、といった顔で頷いた。
ともすれば黒幕の正体は上野国・下野国両国が結託することによって勢力を伸ばす事を嫌う第三者の存在、という事だろうか。
「ええ、常陸国なんかめっちゃ怪しいですよねえ。案外頼義さまのお父上が黒幕だったりして」
「そんなわけないでしょう、和平の調停であんなにご苦労なされていたというのに」
影道仙の冗談に頼義がぷう、と頬を膨らませる。本人も彼女が本気でそういっているわけではないのは重々承知だが、それでも父親が疑われるのは心外である。
「あはは、実はその黒幕については大方心当たりがついてるんですよ」
「え、そうなの!?」
さりげなく事件の核心がすぐそこにある事を告げる影道の言葉に頼義は驚いて顔を向けた。
「その事については手前からご説明いたしやしょう」
影道仙の横から一人の男性がすっと姿を現して頼義の前に立った。
「ご惣領様におかれましてはお初にお目にかかりやす。手前は『上州百足党』を取り仕切る首領の国定と申す無頼者でござんす。氏名はございやせん、ただ『国定』とだけお呼びくだせえ」
独特の言葉遣いのその男は、膝を軽く落とし、腰を引いてこれまた見慣れない挨拶の仕方で頼義に向かって一礼をした。
「お名乗り痛み入ります。常陸介頼信が一子、筑波大領頼義にござりまする。して、黒幕にお心当たりがあると?」
「へえ。そいつぁ我らにとって神代からの仇敵でございやす。これまで幾たびも我らが力を合わせて立ち向かってはこれを追い返してきた、この『毛野国』に災いする悪鬼でございやす」
国定と名乗るこの隙の無い細身の男は、細く鋭い目をギラリと光らせながらそう語る。
「悪鬼・・・それは一体?」
「その正体は知れやせん。長年戦ってきている手前どももその真の姿は知らず、名も知れやせん。ただ、その鳴き声が伝わるばかりの、まことに捉えどころのない存在でございやす」
「姿も、その名も知られていない・・・そのような存在と何百年もの間戦ってきたと言われるのですか」
「へい。先ほどこちらのお方から説明いただいたように、手前どもは代々この毛野国における地下鉱脈の採掘と精錬を担ってきた一族でございやす。地下深く、坑道を新しく掘る度にあやつは姿を現しやす。そして多くの生き血をすすり、採掘した鉱石を奪って行く。この毛野国ではどこをどう掘ってもあやつが出現し、その都度我らが上州、野州共に力を合わせて追い返してきた歴史がありやす」
「力を合わせて?上野国と下野国は長年対立をしてきた仲だったのではないのですか?」
「そこなのよよっちゃん!まさに歴史のブラックボックス、史書に記されている記述と実際にあった事とはかくも隔たりがあるものかとポンちゃんも感慨深いものがあります。仲違いしていたのは後から入ってきたお役人たちだけだったというマヌケぶり」
いきなり横から割り込んできた影道仙がまたわけのわからない事を口走る。
「ほら前にも話したでしょ、赤城山の大百足と二荒山大蛇の大喧嘩の話。あれね、大百足が大蛇と戦ったんじゃなくて、大百足は大蛇と戦ったって意味だったんです!」
ツバキを飛ばしながら影道仙がまくし立てる。頼義にも隣にいた経範たちにも両者の違いがわからない。
「ああんもう、わっかんないかなあー!つ・ま・り、大百足と大蛇が喧嘩したんじゃなくて、大百足と大蛇は共闘して敵と戦っていたんです、あの『戦場ヶ原』で」
「共闘?つまり初めから上野と下野は仲違いしていたわけではなくて、共にその共通の敵と力を合わせて戦ってきたって事?」
頼義が影道の説明に補説を加える。
「そゆこと!ヴァーサスじゃなくてタッグマッチだったんです、二対一の変則タッグです!」
喋っているうちに興奮してきたのか、影道仙はまたぞろ頼義たちに通じない独自の言葉遣いを交えて声を荒げ説明する。
「すると・・・その大百足と大蛇が共に戦っていた相手というのが」
「へい、それこそが我らの仇敵。手前どもはそやつを『袮々』と呼んでおりやす」