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影道仙女、推理を披露するの事

かつてこの一帯が「毛野国(けぬのくに)」と呼ばれていた時代、国を二分する大きな戦があった。すなわち、赤城山を中心に勢力を張る大百足(おおむかで)の神と、二荒山を中心に勢力を張る大蛇(おろち)の神という二大神が互いの存亡をかけて命がけの大喧嘩をしたのだという。


争いは決着がつかず延々と続けられたが、最終的に鹿島の神の援護を得た二荒山の大蛇側が赤城山の大百足の片目を射抜き、それに怯んだ大百足が撤退した事で勝負がついたのだという。


その二神が相争った場所が今の「戦場ヶ原」であり、「赤城山」という名もその時に負傷した大百足の流す血で山が真っ赤に染まったのがその由来だという。



「二荒山の事を調べるに際して真っ先に思いついたのがこの言い伝えでした。今回の件では、この古来から続く両勢力の対立構造がその根幹にあるのではないかと睨みまして。それで現地の情報を探ろうと上野国に足を運びまして」


「上野に?ああ、それで宇都宮の下野国庁舎にいなかったのかあ」



頼義はようやく影道仙に対する疑念が氷解して胸をなでおろした。



「むむ、まーだ私のことを疑っておりましたかそうですか、ポンちゃん悲しみー」



再び影道仙(ほんどうせん)が涙を見せる。ウソ泣きであるが。



「ごめんごめん、いやまあ、ぶっちゃけアンタの師匠が悪いと思う」



責任を上司の安倍晴明に押し付けるあたり頼義の態度も大概である。



「ですよねー、やっぱあんなクソジジイの下で働いてたら信用置けないのも無理ないっすわーあははは」



言われる方の弟子もこれまたひどい。もっとも、事あるごとに裏にその影をちらつかせる晴明自身にいろいろ怪しいところがあるのは事実なので致し方ない。



「それで、この方々がその赤城山の大百足のご子孫たちであると?見たところ足が百本あるようには見えませんが」



頼義が大真面目にそう発言する。対する影道仙も真面目な顔をして答える。



「百足ですよ、彼ら。確かに足は百本ありませんが」


「どういう事?」



頼義が彼女に説明を促す。



「彼らは人呼んで『上州百足党』。赤城山を中心とした上野国の鉱山職人たちです」


「鉱山・・・」


「はい、いわゆる『鉄打ち』と呼ばれる職能集団ですね。赤城山、二荒山、ともに坂東でも屈指の大鉱脈ですからね。彼らのような鉱山技術を伴った一族が勢力を張っていたというのも当然のことではありました。あのね頼義さま、『ムカデ』というのはそもそも金鉱脈を意味する例えなんですよ」


「え、そうなの?」



それは博識の頼義も知らなかった。



「ええ。地中で見つかる金鉱は大抵は横に細長く走った筋のようにして露出していることが多いですからね。その姿からここらの地方では金鉱脈を『百足』と呼びならわしていたのだそうです。ほら、伝説で大百足が片方の目を矢で射抜かれるという逸話があるでしょう。あれも『鉄』と大きな関わりがある要素なんです」



頼義が話に引き込まれてふむふむと頷きながら影道仙のそばまで近づいてくる。周囲の「百足党」の面々もようやく警戒を解いてそれぞれ手にしていた武器を下ろし始めた。



「製鉄にまつわる伝承の中では特に『足』と『目』にまつわる逸話が多いんです。『一本ダタラ』という妖怪は一つ目に一本足で()()()、つまり火を起こすための風を送る(ふいご)を踏んでいるのが特徴ですが、その姿はまさに鍛冶場で作業をする製鉄職人を戯画化したものです。長い時間火花を見続けるために目は焼け、()()()を踏み続けることで片足も萎えるほどの重労働であることを教えてくれる姿ですが、古今東西鍛治を司る神はこのように目や足を患っている姿で描かれることが多いんです。今言った一本ダタラなどはその典型ですし、西洋の希臘(ギリシャ)神話に登場する鍛治の神へファイストスも両足の折れ曲がった神として描かれています」


「目・・・」



影道仙の説明を受けて、頼義はあの「百目鬼(どうめき)」の無数に散らばる目玉が一斉にこちらを覗き込む姿を思い浮かべた。あるいはあの百目鬼という妖も製鉄や鉱山にまつわる存在なのだろうか。



「話が長くなっちゃった。とまあ、そういった出自の皆様がたなわけです。私はね、最初この事件を両陣営のどちらかが己の勢力に利を図るために起こした陰謀ではないかと推理していました。どちらかがどちらかを陥れてこの旧毛野国の利権を一手に独占しようと企んでるんじゃないかとね」


「陰謀・・・目的は?」


「ずばり、古代の再現ですよ。再びこの地であの大百足と大蛇の争いをおっ始めようと企んでいる輩がいるのではと私は想像しました」


「つまり、何者かが裏で糸を引いて上野国と下野国との間に戦争を起こさせようと働きかけていると?」


「はい。いやぶっちゃけ私、ウチのお師匠さまが黒幕だと思ってました。両国の友好が深まって勢力が増すことでそれが帝にとって脅威となると予測したならお師匠様はきっと間違いなくやるでしょうから」


「うわあ確かに」


「実際このあいだの和平会談では何か茶々を入れようと企んでいたわけですし。絶対あのジジイが怪しいと思ったんですがねえ」



愛弟子にもまったく信用されていない安倍晴明卿である。しかし彼の行動原理は常に「帝の安泰」である以上、その安らぎを妨げる可能性のあるものは容赦なく摘み取っていくのが安倍晴明の流儀であった。しかし今彼女は「思っていた」と過去形で言った。という事は今は「思っていない」という事か?



「私の思考を先読みしたのか、先だってお師匠さまから文をいただきまして」


「なんて?」


「『そこまでヒマじゃないわい』ですって」


「お、おう」


「まあ冗談はともかくお師匠さまは今近江の方に出ておられてこちらには滞在していないとの事なので、嘘をついているのでなければ『百目鬼』を操っているのはお師匠さまではないようです」


「信用できる?」


「全くできません」



ひどい言い草である。



「でもまあ、黒幕がお師匠さまでないといたら、じゃあどこのどいつが黒幕じゃい?という話なのですが、私よくわからないんですよねえ」



影道仙が首をかしげる。



「何が?」



頼義の質問に彼女は首を傾けたまま答えた。



「この犯人のしてる事、上野国にも下野国にも益が無いような気がして」

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