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頼義、深く「潜行」するの事

「ははあ、それでこのような()()()を」



頼義の話を聞いて天陣和尚が感心したようにうなずく。綾の身体には大豆らしきものが入った巾着袋が幾重にもくくりつけられている。逃げる道すがら立ち寄った民家でちょうど(ひしお)でも作るところだったのか、厨に置いてあった大量の大豆をこっそり失敬してきたものだった。


頼義はその大豆を手持ちの白布で小分けにして巾着に結び、それを綾に取り付いている「目玉」に近づけてみる。それまでじっと頼義を見つめていた無数の目玉は、豆の入った袋が近づいて来ると頼義から目を離してそちらの方に視線を集中させた。


頼義は何度か袋をあちこちと移動させてみる。その度に綾に取り憑いた百目鬼(どうめき)の目玉はその袋に向かって視線を泳がせた。なるほど、これは()()()。そう判断した頼義は豆の入った袋を順繰りに綾の身体へ結びつけていく。身体中のいたるところに豆袋を配置すると、目玉はあっちを見たらいいのかこっちを見たらいいのか迷い始めてしまい、今まで一斉に同じ方向を向けていた視線はそれぞれバラバラの方向を見つめ出した。これならばあの視線に自分の「情報」を絡み取られることはあるまい。


後で豆を失敬したお宅には十分な褒賞をお送りせねば。



「なるほど、アレが豆に弱いことをよくお気づきで。ああ、拙僧の真似をされましたな、良く見ていらしたものですな」


「はあ、まあ」



確かに経範に襲われた時に天陣和尚が施した術を参考にはしたが、それを思い起こさせてくれたのは彼の師匠である誐那鉢底(がなはち)法師の教えだった。だがなぜか頼義は誐那鉢底(がなはち)法師のことを口にするのが(はばか)られてしまい、その名を出すことができなかった。理由はわからない。自分でもあの土蔵でのやり取りが現実のものであったか、はたまた己が見せた幻であったのか自信がなかったからかもしれない。



「ですが・・・む、やはりマズいですな。この娘、いつから取り憑かれておったものやら」



天陣和尚が難しげな顔をして綾を覗き込む。そういえばどの機会で綾が百目鬼に取り憑かれたのかは定かではない。あるいはずっと前から彼女は百目鬼と、百目鬼を操る何者かにこちらの内情を晒していたのかもしれない。


すると・・・


頼義は過去に百目鬼によって取り憑かれた人々の末路を思い出して戦慄した。


慌てて頼義も綾の顔を覗き込む。彼女の顔は苦しげな表情のままである。そのきつく閉じた瞼の奥がボコボコとあり得ぬ形にうごめき始めた。



「これは・・・!!」


「これはいけませぬな、百目鬼の奴め、飛び出すつもりですぞ、()()()()()()()()・・・!」



苦悶が頂点に達した綾がその身を海老のように仰け反らす。頼義は綾を落とさぬように踏ん張りながら静かに彼女を下ろした。綾は苦痛にのたうちまわり、いまにも舌を噛みちぎりそうな勢いで暴れだす。



「綾、綾!!」



頼義が必死になって声をかけるが綾からは苦痛に耐える呻き声しか返ってこない。その(まなじり)から真っ赤な血が筋を引いて流れてくる。



(どうしたら、どうしたら・・・!?)



顔を青ざめさせながら頼義は天陣和尚の方を向く。和尚が無念そうに首を振る気配を感じた。天陣和尚でもこの状態の人間を助ける手段は知らぬらしい。



「綾・・・!!」



思い切った頼義は覚悟を決めるように一つ深呼吸をする。



(かくなっては・・!)



そして頼義は悶え苦しむ綾の顔を引き寄せ、その唇に自分の唇を重ねた。先程は綾に無理やりに重ねられた唇だったが、今度は頼義の方から自分の意思で綾に接吻(くちづけ)をした。



それは咄嗟に閃いたものだった。いや、頼義の頭の中で思考として顕現するより早く彼女はそれを行動に移していた。そうした後から、頼義の頭の中でいま自分が閃いた事が思考という形となって追いついて来た。



(百目鬼は・・・いや、百目鬼を操るコイツはヒトの情報を絡め取って支配する。ならば・・・)



重ねた唇を通して、頼義は自らの意識を綾の魂の中に潜行(ダイブ)させていった。



(綾、お前を連れて行かせは・・・しない!)



深く


深く


深く


綾の魂という「情報」の中に己の意識を潜らせた頼義は音も光もない虚空の世界をどこまでも深く潜って行った。道無き道を開き、繋ぐことによって異界からの力を導き出す・・・それはかつて鬼の王酒呑童子に無理矢理に開かされた「鬼の道」によって超常の能力を手に入れてしまった頼義だからこそできる手段だった。


今頼義の意識は切り開いた綾という「情報(たましい)」の道の中に潜む百目鬼の存在を追い求めていた。



(どこかにいる、どこかにいるはずだ。綾という『情報』から『目玉という情報』を抜き取ろうとする百目鬼の『情報』が・・・!)



頼義は意識を綾の魂の隅々にまで巡らせる。綾の中のほのかな感情が頼義の意識にも同調して流れ込んでくる。幼い頃の記憶、今現在の記憶、そして未来を見つめる思い。様々な感情と光景が頼義の意識の中を通り抜けていく。どんな時でも元気で明るく優しい綾の眼差しは、いつも一人の女性に向けられていた。いつも、どんな時でも・・・



(綾、そんな風に私を見ていたのか・・・それほどまでに・・・)



綾の想いの一片に触れた頼義は不本意ながらも彼女の奥底の一番大切にしている思慕の念を垣間見てしまったことに心を痛める。しかしここで立ち止まるわけにはいかない。今ここで遠慮して潜行をやめてしまえば、彼女は本当に誰にも手の届かぬ場所へ連れ去られて行ってしまう。


どれほどの時間頼義は彼女の意識の中に潜って行ったのか、永劫とも思えるような切り離された時間の中で、頼義はついにそれを捉えた。


綾の一部を絡め取り、引きちぎり、己のものとしようとするソレを捕捉すると、頼義は自らの意識そのものを武器としてその相手に向かって力強く唱えた。



(りん)(びょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)!!」



己という「情報」を全て武器として変換し、一撃必殺の印を放った頼義の意識は縦横に走る光の網となって綾を食いちぎろうとする百目鬼の「情報」を細切れに引き裂いた。百目鬼は抵抗もせず、音一つ立てることなく虚空の中にその「情報」を四散させて行った。

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