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源頼義、囲みを強行離脱するの事(その二)

「例の死体は天陣和尚ではない・・・?」



囚われていた下野国庁から逃走する道すがら、頼義は経範の方で起きた事の顛末を聞いていた。


あの時、二荒山(ふたらさん)で頼義たちとはぐれた天陣和尚は麓に向かった頼義たちとは逆に山頂の方へ足を運んだのだという。



「山で遭難した場合は無理に下山するより山頂を目指すのが我ら山に住む者の習慣ですので」



天陣和尚はそう説明する。なるほど確かに考えてみれば下手に麓に降りられるより捜索範囲の狭まる山頂にいてくれればそれだけ発見される可能性も高くなるという理屈だ。


しかし山頂に祀られているお社まで辿り着いたものの、頼義たちが現れる気配が一向にしなかったので安全のため一晩お社で過ごした後、朝日を待って下山したのだという。


女人堂まで戻った頼義たちのうち、佐伯経範は息をつく間も無く取って返して行方不明の天陣和尚の捜索に乗り出していたのだが、幸いにも和尚とはさして時間もかからずにあっさりと再会できた。そこで経範は天陣和尚と二人して女人堂へ向かおうとしていた矢先、女人堂炎上の騒ぎを聞きつけた。


初めに聞いた話では、常陸国から観察に来た女武者があろうことか住持の天陣和尚を斬り殺してお堂に火をつけて逃走したというものだった。


その内容に当の本人である天陣和尚と驚きながら顔を見合わせた二人は慌てて女人堂へ急いだが、容疑者である源頼義の姿は無く、耳に入ってくる情報も錯綜していて何が本当のことやらまるで見当がつかなかった。


取り急ぎ、斬り殺されたという天陣和尚の死体とやらを見に行ったが、その死体は当然ながら天陣和尚とは似ても似つかぬ老人だった。ただその遺体からは目玉がごっそりと抜き取られているという異様なものだったので、遺体に群がる野次馬たちも気味悪がって誰も近づこうとしないでいる。


遺体は天陣和尚ではなかったが、その死に方は明らかに例の「百目鬼(どうめき)」に起因するものであろう事は容易に想像できた。


そうこうするうちに主人である頼義が捕獲され、取り調べを受けるために国庁舎に幽閉されていることを突き止め、経範は主君の身の潔白を証明するためにここまで赴いて来たのだという。



「ですから、ここにこうして殺されたはずの天陣和尚がおられるという事は主人(あるじ)の嫌疑は冤罪であると証明するのは簡単だったのに、主人(あるじ)が早まったおかげで余計な騒動を引き起こす羽目になりましたぞ」


「嘘つけお前絶対初めからひと暴れするつもりで来てたでしょ!?」



しれっと騒動の責任を押し付ける経範に頼義が食ってかかる。経範はそんな叱責もどこ吹く風でガハハと大口を開けて笑い飛ばしている。満月を挟むこの時期はこの大男に何を話してもまるで会話が通じない。頼義は大きくため息をついて背中におぶった綾を担ぎ直した。綾は苦しげな表情のまま、まだ目を覚まさない。



「ところで主人(あるじ)、その娘は一体いかがなされた?随分と厳重に縛られておりますが・・・」



経範が心配そうに頼義に背負われた綾を覗き込む。



「無闇に触らないように。経範、またあの目玉に取り憑かれますよ」



頼義の静かな警告の言葉に経範は思わずビクッとして手を引っ込める。「百目鬼」に取り憑かれて無意識のうちに凶行に及んだ体験は武勇の誉れ高い彼にとってもいささかの心的外傷(トラウマ)になっているようだ。



「綾どのが、百目鬼に取り憑かれていると!?」



経範が目を見開いて聞き返す。頼義は背中越しに綾の襟元を少し下げる。わずかに見えた彼女の背中から、そこについているはずのない目玉が忙しなく()()()()と音もなく視線を巡らせていた。



「のわっ!!」



反射的に経範がのけぞる。つられて天陣和尚もあわや転ぶ寸前まで身をそらした。


今度は頼義が経範たちと合流するまでの顛末を語った。


庁舎の西脇殿(にしのわきでん)、その屋根裏で「百目鬼」に憑依された綾に絡みつかれた頼義は狂乱の果てに危うく綾を斬り殺す寸前まで行っていた。すんでのところで辛うじて刃を止めることができたのはまさしく誐那鉢底(がなはち)法師に受けた教導が功をそうしたのだろう。


混乱から我を失った頼義だったが、最後の一瞬でようやく己の「情報」が絡み取られている感覚に気づき、自分があの例の「視線」に半ば支配されかかっていることに気がついた。


とっさに頼義は意識を集中して自分が発している「情報」を遮断する。すると先ほどまで心中を渦巻いていた狂乱は嘘のようになりを潜めた。冷静さを取り戻した彼女は紙一重でその太刀を押し留め、綾を斬り殺す事態だけは避けられたのだった。



「はあっ、はあっ・・・!!」



頼義の全身から汗が噴き出す。その汗はたちまち身体を冷やして彼女を震え上がらせた。



(これが・・・『百目鬼(コイツ)』の手口か!?)



頼義はあの目玉の妖怪がどのようにして人間に取り憑くのか、その仕組みを身をもって理解した。アレがいかに強力な(あやかし)だとしても、ヒトに憑依するのは容易(たやす)いことではない。その身体を乗っ取るためには驚かすか恐怖させるか、いかにかして相手の動揺を誘い、心が無防備になった瞬間にその対象の「情報」を掴み散るのだ。



「誰か、誰か来て!!頼義さまはここにいます、誰か助けて!殺されるうっ!!」



綾が突然大声で叫び出した。声は悲痛そのものだが、その顔は笑っている。綾の顔で、違う誰かが笑っている。



「・・・・・・っ!!」



頼義はものも言わずに音も無く綾の後頭部に七星剣の柄を叩きつけた。笑い顔を貼り付けたまま、綾は気を失った。


綾の声を聞きつけた役人がドヤドヤと音を立てて近づいて来る気配を感じる。部屋を見渡せば先ほど殴り飛ばした見張り番の姿も目につくだろう。このままでは文字通りの袋の鼠だ。


頼義は意を決して綾を抱きかかえ、そのまま屋根へと駆け上がり、気づかれぬように慎重に音を殺しながら屋根伝いにその場を離れて行った。

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