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誐那鉢底法師、邪視について語るの事(その一)

源頼義の目には生まれつき不思議な能力があった。


目を合わせた男性を無条件に(とりこ)にして操るというその忌まわしい「邪魅(じゃみ)の瞳」は、しかし頼義自身の手で斬り潰し、永遠にこの世から葬り去られた。だからすでにもう「邪魅の瞳」を持たない彼女を「百目鬼(どうめき)」とそれを操る黒幕が付け狙う意味など無い。



(連中はそれを知らずに自分を付け狙っているというのか・・・?)



頼義は無意識に手の指で自分の顳顬(こめかみ)をなぞる。今は見えないが、彼女の顔には両目を通って横一文字に走る斬り傷の跡が今も残っている。時折血が巡って顔が上気したりする時にはいまでもうっすらとその痕跡を伺うことができる。



「ふん、やはりお前さんわかっておらんかったようだの」


「え?」



誐那鉢底(がなはち)法師の指摘していることが頼義にはわからなかった。



「邪視だの邪眼などと言うがの、目玉はただの受像器じゃ、目玉から人を操る何かが放射されておるわけでは無いわい。前にも言うたではないか」


「それは、どういう・・・?」


「簡単な事じゃ、目玉を潰したところでお前さんの邪眼の力は失われてはおらん、という事よ」


「な・・・!?」



誐那鉢底(がなはち)法師の言葉を受けて、頼義は天地がひっくり返るかというほどの衝撃を受けた。



(私の、あの『邪魅の瞳』がまだ()()()()()・・・!?)



動揺のあまり、姿勢正しく揃えられていた膝が崩れ、ワナワナと震えだす。己を支えきれずに頼義は手をついて辛うじて昏倒することだけは避けられた。



「そんな・・・それじゃあ、私はいったい・・・」


「ふん、どれほどの痛みに耐えてその目を潰したか、その事はよぉーくわかっとる、辛かったろう。じゃがな、それだけではダメじゃ、物理的に目玉を潰してもその本質には変わりはない、という事よ」



いささか沈痛気味に、それでも冷たく法師はそう言い放った。



「し、しかし!私はあれ以降『邪魅の瞳』の力を発揮した事はございませぬ、ただの一度も!」



頼義は思わず絶叫する。



「しーっ!!あまり大声を立てるでない。またぞろあの木っ端役人が咎め立てにノコノコ入って来たら面倒じゃ。まあ落ち着いて聞くが良い。お前さんが今までその力を発揮せずにいた事は幸いじゃ。しかしワシは懸念しておる。あたら無用に藪から蛇をつつきだす事になりかねんからのう」



そう言いながら法師はまた頼義の周りをグルグルと走って回り始める。本当にこの人物は落ち着きが無い。



「それは・・・?」


「そりゃあお前さん、お前さんに邪視というものの本質を教える事によってお前さんが再び『邪魅の瞳』の力を使えるようになってしまうかもしれんからじゃ」


「!?」



不意に頼義は胃の腑から何かがこみ上げて来て思わず吐き出しそうになる。たまらなく不快な感覚とともに頼義は過去の忌まわしい記憶が思い返されてきた。


幼少の頃、自分が「桜の枝が欲しい」とねだったがために男の子たちが相争って桜によじ登り、自分が一番先に献上しようと血みどろの殴り合いまで始めたあの光景。その争いの場を見て恐怖に泣くどころか、己の意のままに動く男の子たちを眺めて陶酔していた自分の姿を・・・。



「そんな、そのような事・・・頼義は耳にしたくありません!あの頃のような、愚かで邪悪な私に戻るくらいならいっそ・・・!」



握りしめた拳が赤く滲む。あまりに固く締め付けるあまり食い込んだ指の爪が手のひらの肉を割いて血を流していた。



「そうじゃな、正直ワシも気が進まん。じゃがの、お前さんは知らねばならん、己の持つ力の意味をな。これは試練じゃ。知らずにおればいつかまた無意識のうちのその邪眼の力を発揮してしまうとも限らん。お前さんはそのことを自覚し、これから一生その力と向き合う事になるじゃろう。いずれお前さんが修羅道に堕ちぬためにも、これは必要な事じゃとワシは思う。今ワシがこうしてお前さんと出会ったのも今日この時のための仏縁に違いない」


「試練・・・」


「そうじゃ、これはお前さんだけに課せられた御仏の試練じゃと知れい。思うにじゃな、仏道に限らず人というものは皆それぞれに自分だけの試練を抱えて一生を辿っていくものよ。一人一人の、己だけの課題と向き合って生きていく中にこそまことの悟りへの王道があろうというものよ。お前さんに課せられた試練は確かに重い。じゃがそれはお前さんがきっとそれを乗り越えられるからじゃと信じてこその御仏の慈悲よ。勇気を持って、試練と向き合うが良い。大丈夫じゃ、お前さんならきっとできる」



誐那鉢底(がなはち)法師が静かに、そして力強く頼義を励ます。頼義もその言葉をうけてようやく落ち着きを取り戻した。



「御坊・・・偉い御坊さまだというのは本当だったのですね。今のお言葉、まるで天台の大僧正のごときご立派さでした」


「疑っとんたんかい!チチチっ、よう考えたらそりゃ疑われても仕方ないわいなこんなクソ坊主」



誐那鉢底(がなはち)法師は大笑いしながら転がり回る。全く不思議なお方だ。一見ふざけているかと思えばその内奥には底知れぬ慈愛と清廉さが垣間見える。どれほどの人生経験を積めばこれほどに懐の深い人間になれるものなのだろう。



「さて、それでは覚悟も決まったところで講義の開始といたそうかの。まずは『見る』という事に定義についてからじゃ」



そう言って、誐那鉢底法師により長い「邪視学」の講義が始まった。

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