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女人堂、炎上するの事

影道仙(ほんどうせん)と話をしていたほんの数分の間に音も立てず席を立った綾の身を案じて、彼女の名を呼びながら頼義は女人堂の中を探して回る。数日寝泊まりしたこともあって多少は間取りの勝手もわかっているとはいえ、目の見えぬ頼義が一人で歩いて回るのは少々難儀したが、それでも頼義は壁づたいに歩きながら一人で綾を探し続けた。


いい年をした女性が一人で黙って部屋からいなくなったくらいで大げさな、とも思う。それでなくとも綾という娘は気が多く、ふつうに歩いている時でも途中に花やら虫やらを見つける度にあっちへフラフラこっちへフラフラと道を外れてどこかへ行ってしまうようなところがある娘ではあった。そんな彼女が急に頼義の元から姿を消したところで今さら驚くことでもあるまい。


だが頼義の胸中には漠然とした不安があった。それはとりたてて言葉で説明できるほど明確なものではなかったが、何かこう、いつもの日常風景とは違った肌触りを、頼義はその五感で感じ取っていた。


けっして広くもない女人堂を裏の(くりや)まで回って頼義は綾を探し続けた。おかしい、これだけ堂内を探しても返事の一つも返ってこないということは綾は外に出ているということか。疲れを癒すためにまた離れの温泉にでも向かったのだろうか。


いや、それはない。現に湯屋に続く裏の木戸は固く閉ざされている。直近に開けられた気配はない。


・・・いや待て。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()


ようやく頼義は漠然としていた違和感の正体に気づいた。



(匂いだ・・・!この匂い・・・まさか!?)



頼義は反射的に裏木戸を勢い良く蹴破った。それは彼女の失態だったことにすぐに気づく。


閉ざされていた密室に勢い良く空気が流れ込んだ事により、どこかでくすぶっていた火種が一気に発火を促進させ、堂内のあちこちから一斉に赤く燃える炎が立ち始めた。



(迂闊、かまどの匂いに紛れて気づかなんだか!?)



慌てて頼義は煙を吸い込まないように袖で口を覆う。そのまま一目散に戸外へ避難しようと駆け出した。



「・・・!?」



一度は駆け出した頼義であったが、すぐさま立ち止まってあろうことか反転して燃え盛る女人堂の中へと飛び込んでいった。



(聞こえた・・・今!!)



もうすでに柱にまで火が燃え移りバチバチと音を立てている中、頼義はかすかに叫ぶ綾の声を聞いた。頼義は煙を避けて這いつくばりながら綾の名を叫ぶ。雑多に錯綜する喧騒の中、頼義は必死になって声のする方向を探った。


頼義が転がり込むように女人堂の中央に位置する拝堂に入った。観世音菩薩像を祀るこの部屋にももうすでに火の手が周り、その勢いは天井にまで伸びている。ただの失火ではない。明らかに何がしかの手によって意図的に火をつけられている!そうでなければ説明の付かぬほど火の回りは早かった。急がねば二人共々焼け死ぬか煙に巻かれて昏倒するかのどちらかになりかねない。



「綾!綾、どこだ!?」



彼女の名を叫んで頼義は再び耳をすます。燃える轟音の中に頼義は今度こそ間違いなく彼女の声を捕らえた。



(まさか・・・なぜ!?)



頼義はそんな疑問に自答する暇もなく、即座に中央に座する観音像に体当たりした。漆喰で固定された立像に繰り返し身体をぶちかまし、罰当たりにも観音像は無残に砕けて倒れた。その根元、観音像が無くなった事でポッカリ空いた台座のその中に、気を失って青い顔をしている綾がうずくまっていた。



「綾!!」



綾の返事を待つまでもなく、頼義は彼女をかついで台座から引きずり下ろす。なぜ、どうやってこんな所に入り込んだのか、そんな質問などしている暇はなかった。頼義は綾の意識を確かめようとその頬を軽く叩く。綾はまだ気を失ったまま反応が無い。火は完全に天井を覆い、みるみるうちに部屋内の温度が上昇してくる。



「くっ・・・このおっ!!」



決して大柄とはいえない頼義が綾を背中におぶって担ぎあげる。両手で綾の腰紐をしっかりと掴み、頼義の肩口からだらりとぶら下がった袖を歯で噛み締めながら、頼義は最後に煙を吸い込まないように注意深く鼻で大きく一呼吸すると、意を決して庭に面する大障子に向かって駆け出した。


天井が燃え落ちてバラバラと板や梁が頼義を襲う。舞い散った火の粉が頼義の衣服にまとわりつき、所々から黒い焦げ跡とともに煙を沸き立たせてくる。次第に耐え難いほどになる熱さをを必死になってこらえながら頼義は最後の一間を全力で跳んだ。


勢いに任せて障子を自らの額で頭突きをするように突き破り、間一髪で庭に飛び出る事に成功した頼義たちの背後で燃え尽きた女人堂が押しつぶされるように倒壊した。炎は衰えるどころか一層燃え盛り、真っ黒な煙と油臭い異臭を撒き散らしている。



「あや・・・」



精も根も尽き果てて朦朧とした頼義は綾の無事を確かめるべく倒れている彼女の口元に静かに耳を寄せる。かすかだが息をする音が聞こえる。


安心した頼義はそこで力尽きてとうとう意識を失った。綾を安心させるように頼義は綾の手に自分の手を添えて真っ暗な闇の中に意識を沈めていく。その一瞬、



(なぜ、()()()()()()()()()()()()()()のだろう・・・)



というぼんやりとした疑問が浮かんだ。

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