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源頼義、補陀落について教えを受けるの事(その二)

「わはは、地下と言っても言葉の()()というやつでな、その理想郷とやらは深い深い谷の底にあるのだという。ワシの生まれた土地はこの世で最も標高の高い山々が連なる土地だでな、いきおい谷の深さも千尋をさらに倍する深ぁ〜いものじゃった。その谷のどこかにヴィシュヌ神の化身(アヴァターラ)の一人である『カルキ』という名の王が支配する御仏の仙境があるのだそうじゃ。そこでもやはりその理想郷を目指して古今東西の修行者が足を運んだという伝説が残っておったじゃ」



誐那鉢底(がなはち)法師が補陀落(ふだらく)についての説明を続ける。どうもこの御仁は一度話をし始めると次から次へと話が脱線して長くなる傾向があるようだ。



「そんな土地だでな、ワシの故郷には唐を経由せずに直に天竺から伝わった御仏の大乗の教えが色濃く残されておっての、その仏典(タントラ)の教えを広く伝えるためにこの国に流れて来たのじゃが、いやもうすっかりここの空気に馴染んでしまってのう、メシはうまいし姉ちゃんは綺麗だし、此処(ここ)こそまさに補陀落そのものよのう、ふふぉふぉふぉふぉ」


「堕落坊主か」



思わず言ってしまった。



「まあ冗談はさておいて、真かどうか知らぬが『百目鬼(どうめき)』はその補陀落と呼んでいる深淵に身を潜めておるということよ。なのでこれ以上ヤツに悪さをさせぬためにはその補陀落とやらを探し出してそこを叩き潰すのが一番じゃろう。根城を失えば百目鬼もそうそう気軽には動けまい。じゃが何度も言うがアレには本当の意味で悪意があるわけでは無いのじゃ、できれば穏便になんとかしてやって欲しいものじゃのう」


「はあ、しかし事はもうすでに死人を一人出している現状です。百目鬼が何者かに操られているという事情を酌量はいたしますが、これ以上の凶行を起こさせぬためにも多少なりとも荒手を強いる事もやぶさかではありません」


「まあそうじゃのう。とりあえずはまあ、お前さんの連れが此処(ここ)をうまく発見してくれて身動きが取れるようになってからじゃな。しかしそううまく見つけられるかのう」


「は?どういう事でしょうか」



頼義は法師が妙なことを口走ることに疑問を抱いた。



「この場所はそんなに表の山道からは見つけにくい場所なのですか?」



目の見えぬ彼女には周囲の正確な情景はうかがえない。



「きゃーっ!!よ、頼義さまあっ!!いたーっ、いましたようみなさあーん!!」



法師の返事を待つ頼義の耳に突然聞き慣れた金切り声が響いた。



「お綾?」



声のする方へ頼義が顔を向ける。



「待ってー!!動かないで、い、今助けに行きますからね!ああ陰陽師の人、こっちこっち!!」


「あー、いたいた?って、きゃー!!何やってるんですかよっちゃんてばあー!!」



これまた聞き慣れた金切り声が響いた。この声は間違いなく影道仙(ほんどうせん)だ。それにしてもただはぐれた自分を見つけただけにしては大げさに叫びすぎる。



「ポンちゃんもいるの?ああ良かった。このまま見つけてもらえなかったらどうしようかの思ってた。待ってね、今そちらに行きま・・・」


「ダメーっ!!」



綾と影道が二人して叫んだ。



「あわわわ、ダメですよう頼義さま、落ち着いて、動かないで下さいね、どどど、どうしよう、何か縄かなんかを渡して・・・」


「いやいやいや、そんな都合のいいもの持ってないでしょう!?と、とにかくその場を動かないでね、動いちゃダメよ、絶対!!」



二人とも妙に過剰に慌てふためいている。一体何がどうしたというのだ。



「おう、お連れさん方が運良く見つけてくれたようじゃの。さて此処からが問題じゃな。お前さんをどうやって()()()()へ運ぶか。ワシはさっきも言った通り非力だでな。お前さんを担いで運んだりなどできんからの」


「あちら側?」



どういう意味だろう。しかしその意味は頼義にも次第に想像ができて来た。日が昇り、朝の陽光が頼義の頬を照らすにつれて気温も上がり、足元から風が吹き上げてくるのを感じる。


足元から・・・?



「あの、まさか、御坊・・・ここって・・・」


「そうじゃ、実は崖の途中の岩にへばりついとるだけなんじゃ」


「えええええええええ!!??」



ようやく自分の今いる立ち位置を理解して驚愕する。改めて慎重に手探りで地面の感触を確かめてみた。右も左も、わずか五、六尺程度のところで(へり)となって深く下に落ち込んでいる。迂闊に立ち上がって一歩でも歩こうものならたちまち再び崖下に落下しているところだった。



(ポン助のアホのおかげで危うく冗談みたいな理由で死ぬとこだった・・・)



あの崖上から落ちて奇跡的にこの中腹のせり出しに引っかかって一命をとりとめていたのだという事実に気づいて、頼義は改めて背筋の凍る思いがした。そのおかげで影道仙の呼び方がどんどん()()()()になってくる。



主人(あるじ)!!ご無事で!?」



頭上から声がする。佐伯経範(さえきのつねのり)の野太い声が頼もしく響く。



「手を、このまま下まで飛び降りますゆえしっかりとお捕まりくだされ」



そう言うや経範は頼義の華奢な身体を抱きかかえるとふわりと一瞬浮き上がり、そのまま真っ逆さまに崖下めがけて飛び降りていった。



「えっ、なな、ちょちょちょっ・・・!!」


「舌を噛みますお口を開けぬように!」



そう言いながら経範は崖にせり出した岩や松の枝などを次々と踏みつけながら巧みに減速を繰り返し、ついには真下に広がる雑木林の中に大量の葉を散らしながら突っ込んでいった。



尖った針葉樹の葉が頼義の頬をつつきながら通り過ぎて行く。チクチクとした痛みに堪えていると、経範は再び木々の枝を次々と渡りながら水鳥が湖面に着水するように地面を斜めに削りながらようやく着地した。



「・・・・・・」



無事に着陸したものの、頼義は経範の無茶苦茶な救出ぶりに身を強張らせたまま動けないでいた。まったく、人虎としての超人的な身体能力のなせる技であろうが、それにしてもやり方が常軌を逸し過ぎている。



「とりあえずご無事で何より。や、怪我をされておられるか?」


「え?ええ、少し。でも大丈夫です・・・じゃない!!!」



とりあえず身の安全を確認できたところでようやく落ち着いた頼義はあの崖の中腹に置き忘れていったものをようやく思い出した。



「だ、ダメじゃない経範!私一人だけ助けちゃあ!法師さま置きっ放しにしてきちゃったじゃない!!」


「法師さま?」


「そうよ、倒れていた私を介抱してくださったの。ほら、天陣和尚のお師匠筋に当たられる方で、私と今一緒にあそこにいたでしょう」



頼義は崖の上に置いてけぼりにしてきた誐那鉢底法師の安否を気遣って上空に向かって呼びかかる。



「あの、主人(あるじ)・・・」


「何です?とりあえず私のことはいいからもう一度戻ってあそこの取り残されている法師さまをお助けして・・・」


主人(あるじ)


「だから何です!?」


「法師さまとは何を仰っておられるのか、私には皆目・・・」


「だから誐那鉢底(がなはち)法師さまです、さっきまで私と一緒にあの崖のところにいた・・・」


主人(あるじ)・・・」



経範が訝しげな顔をしながら言葉を遮った。



主人(あるじ)主人(あるじ)が先ほどまでいたあの場所には主人(あるじ)()()()()()()()()()()()()()が?」


「は?」



頼義には経範の言葉が一瞬理解できなかった。

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