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源頼義、補陀落について教えを受けるの事(その一)

補陀落(ふだらく)・・・ですと!?」



誐那鉢底(がなはち)法師の言葉に頼義は驚きの声を上げた。



「ほう、知っておるか」


「知りません」


「知らんのかい!」


「なんですかそれは?」


「お前さん真面目な顔して時々妙にボケるのう。補陀落とはな、理想郷じゃ。遠く、海の彼方にあるという、菩薩の住まう須弥(しゅみ)の仙境よ」



誐那鉢底(がなはち)法師はそう粛々と語る。御仏の住む聖地に今回の、いや百年前からこの下野国に暗躍する黒幕は巣食っているというのか。



「その理想郷とやらが、この下野国のどこかに秘されていると。そういう事なのですか?」


「全く胡散臭い事この上ない話じゃのう。じゃが少なくとも奴はそう(のたま)ったのだそうじゃ。自分は遠く補陀落の地より来りし者、とな」


「補陀落・・・一体どこに隠されているというのでしょう」



頼義の言葉に、誐那鉢底(がなはち)法師はかっかと笑い声を上げた。



「どこもここもあるまい。()()()()()()()()()()()()()()がそうじゃ」


「え!?」



そう言われて頼義は反射的に自分の足元に顔を振る。



「ここが?この二荒山(ふたらさん)が・・・あっ!」



ようやく頼義もその意味に気がついた。



「そうそう、そういう事じゃ。『ふたら』という地名がそもそも『補陀落』から取られたものよ。このお山は古くから補陀落信仰の聖地じゃったというわけじゃ」


「ふだらく、ふたら・・・そうだったのか」


「最近は有職(ゆうそく)読みして『二荒山(にこうさん)』などと呼ばれて、そこから『日光山』などと当て字されることも多いからのう、若いモンはもっと気づくまいよ。そもそもお前さんも知らなんだように『補陀落渡海』などという風習も久しく聞かなくなったでな」


「補陀落渡海?」



また頼義の知らない用語が出てきた。



「読んで字の如しじゃ。補陀落とは本来南海の果てにある浄土を指す言葉じゃ。その浄土に向かって船でもって生きた身のまま旅立つ風習が昔々にあったんじゃ」


「生きた身で、ですか?」


「そうじゃ。紀伊熊野の那智勝浦という土地にはな、()()()()()という寺院があっての、そこの沖合では修行者が精進潔斎して身を清め、密閉された箱舟に入ってそのまま沖合まで曳かれて旅立っていくのだという。あるいは百八の重石(おもし)を乗せて自ら()()()()()ものもあったという」


「沈む?補陀落は海の彼方にあるのではないのですか?」


「そうじゃな」


「では何故わざわざ海の底に沈んでみすみす自ら命を断つような真似を?」


「さあてな。連中にとっては沖の向こうであろうが海の底であろうが()()()なのであろう」


「同じ?」


「要するに()()()()()()()()()へ旅立つ、という事に意味があるのじゃろうて」


「はあ」



そう説明されて、頼義はどうにも腑に落ちない気分になる。信仰上のことであれば他者がとやかく言うことではないのは承知だが、それでもやはり今聞いた風習には頼義はどうにも馴染めないものを感じていた。



(結局の所、憂き世の苦しみから逃れて、あるかどうかも分からぬ楽園に望みを託して世を捨てているだけの事ではないのか・・・?)



現世が苦しいのならば現世でその苦しみを打開すべきなのではないか、という至極現実的な思想の持ち主である彼女には、目の前の現実から目を背けて自ら命を断つような真似をする事の意味が理解し難かった。



「では、二荒山(ここ)でもやはり同じように『補陀落渡海』が行われていたと?でも・・・」



頼義の頭の中にはやはり疑問しか浮かんでこない。何故二荒山(ここ)なのだろう?ここには()()()()のに。



「そうじゃのう。このお山で補陀落信仰が根付いたのがどのくらいの頃からなのかは正直ワシも知らん。だがのう、補陀落への経路は何も海に限ったことではなかったのじゃよ。現にワシの生まれ育った国にも『補陀落』と呼ばれる土地があったぞい」


「え?」



そういえば、この御坊は天陣法師と同じく大陸からの渡来僧であった。



「ワシの生まれ育った『吐蕃(とばん)』という国はのう、国と言ってもワシが生まれた頃にはもう『吐蕃』という国自体は滅んでおって、残された都市がまばらに細々と生活を続けているだけのものじゃったが、大きなお山を超えて天竺から偉いお坊さんたちがよく来られての、ありがたいお経をたくさん残していってくれたのじゃ。その経典を大切に保管していたお宮をワシらは『ポタラ』と呼んでおった」


「ポタラ・・・」


「天竺の『ポータラカ』という言葉から来ておるそうじゃ。菩薩の住まう地、という意味じゃな。『補陀落』という言葉もおそらくは同じく『ポータラカ』を語源とするものであろうよ。つまり二荒山(ここ)とワシの故郷は言わば『姉妹都市』のようなもんじゃな。かっかっか、それが縁でここに根を下ろしたわけなんじゃがのう」



そう語る法師の声はわずかに憂いを帯びて頼義の耳に届く。遠く離れてなお故郷忘じがたく候、といった心境なのだろう。



「で、そのポタラ宮のある土地も海は無い。ここのように湖はあったがな。だがな、そのポタラ宮こそが菩薩の住まう理想郷と信じて訪れる者は後を絶たなかった。そして辿り着いた者たちはさらに真なる理想郷(ポータラカ)を求めて旅立って行ったのよ・・・()()にな」


「地下!?」



驚きの声を上げる頼義に誐那鉢底(がなはち)法師は笑って答える。



「そうじゃ、ワシらの故郷では()()()()()()()()()()()()()

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