下野国男体山二荒神社・頼義、・・・と再会するの事(その三)
「さにあらず!我が名は陰陽寮十二神将がひとり天后大将、影道仙女などという超絶美少女スーパー魔法使いなどではない!」
「斬っていいですか主人?」
「いいよ」
主君の命を待つまでもなく太刀の鯉口を抜きかけた経範を見て天后大将が慌てて後ずさる。
「ちょーっ!!ユーモアのない会話はスマートではありませんぞ経範どのーっ!」
逃げすさりながら叫ぶ天后大将の、先程までいた場所に経範は容赦なく一刀を浴びせた。陰陽師がその場にいたら間違いなく真っ二つになっていた、そんな本気の一撃だった。
「さて、私がいつ『佐伯経範』と名乗り出たかな?ますます持って怪しい奴。よって斬る」
「マジメかこの唐変木ー!!っていうか目隠しした状態で人を斬るな怖いわコラ!わかったわかった今脱ぎますからちょっと待って、もう〜!!」
無様に転げ回って逃げおおせた天后大将が立ち上がると、その顔を覆い隠していた印呪の染め抜かれた覆面を取り外した。
「じゃーん、陰陽師天后大将とは仮の姿、その正体はウルトラQティー美少女、影道仙女ちゃんでしたー!」
天后大将こと影道仙がクリクリとしたどんぐり眼を輝かせながら頼義に向かって満面の笑みを見せる。初めて出会った時と変わらぬ屈託のない笑顔がそこにあった。
「ポンちゃん・・・」
頼義は不意に再会した同年代の友人の声を聞いてため息を漏らす。一年半ほど前、常陸国と陸奥国との間で起こった紛争とそれに関連して発生した悪路王という正体不明の巨人の暴威に対して、頼義は都から遣わされたこの陰陽師と力を合わせて立ち向かった。その時に培われた友情は「友人」と呼べる存在のほとんどいない頼義にとってかけがえのない宝物として今も胸の内に大切にしまってある。だが・・・
「よっちゃああああん、会いたかったよお〜っ!!」
そう言って嬉しさのあまり頼義に抱きつこうと飛びかかってきた影道の鼻先に、彼女は容赦なく愛刀の七星剣を抜いて突きつけた。
「うほおえっ!?」
あまり淑女が出すものとは言いがたいヘンな声を絞り上げて影道が硬直する。
「影道仙、久闊を叙する暇も無いのは残念な事。しかし今は立場が違う、わきまえられよ」
「そ、そんなあ〜」
影道が涙目になって手をあげる。事情を知らぬ天陣和尚と綾は口を挟むこともできずに呆然と二人のやりとりを見守るばかりだった。
「先程の言によれば、御身は安倍晴明様の命令に従って我らを差し置いて本件に介入するとの事。しかし私にも立場がある、引けと言われても引くわけには参らぬ。実力行使でもって我らを止めるというのであれば受けて立つぞ陰陽師!!」
頼義の殺気は本物だった。事と次第によっては本気で影道を斬り伏せかねない。それだけの覚悟と決断力を持っていることを影道は痛いほどよく知っている。
「ふえ・・・ふえええん。ちがうの、ちがうのお〜っ!!」
影道がその場にへたり込んでこちらもまた本気で泣き出した。
「なによう、よっちゃんのバカバカー!私はお師匠様の伝言を伝えにきただけなのに、友達に剣を突きつけるなんて酷いよお、うわああん、うわあああああん!!」
顔を真っ赤にし、鼻水を盛大に垂らしながら影道仙は泣き続ける。頼義は再び大きくため息をつきながら七星剣を鞘に納めた。
「はいはいわかったから、もう。私もちょっと脅しが過ぎました、謝ります。ごめんねポンちゃん」
「ぐすっ・・・ホントに?」
「ほんとほんと」
「わかればよろしい」
頼義の言葉を聞くや、影道は先程までの大泣きが嘘のようにケロリとした表情ですっくと立ち上がった。彼女の七変化ぶりに天陣和尚も綾もついていけず、二人ともいまだに呆然とし続けている。
「あー、気になさらないでください。この子こういう子なんで」
そう言われてもどういう子だかさっぱりわからない。
「ところで、いつ私が影道だとお気づきに?声色も十分気を使っていたはずなんだけどなあ」
「いや最初に一声聞いた時点でわかるから!私の耳を節穴だとでも!?」
「おっかしいなあ、カンペキに変装していたはずだったのに。やはりよっちゃんの超聴覚は侮れないものがありますねブツブツ」
などと影道がその場でクルクルと回りながら独り言を繰り返す。一年半前に初めて会った時から変わらぬ彼女のそのクセを目の当たりにして、頼義の顔にもようやくクスッと笑顔がこぼれた。
「それで、実際のところの用件はなんなの?本件から手を引けという要望はわかりますが、晴明様がそうさせたい理由がわからない」
態度を改めて再び頼義が陰陽師影道仙に聞いた。先程はカマをかけて聞いて見たが、どうやら本当に晴明の方に頼義たちに介入して欲しく無い事情があるらしい。
「えーっと、まあ、はい。有り体に言うと」
「言うと?」
「今回の件の黒幕がウチのお師匠さまなわけでして・・・」
「なんですとー!?」
その場にいた全員が一斉に声を上げた。