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下野国男体山二荒神社・頼義、・・・と再会するの事(その二)

「五芒星・・・さては京の陰陽寮、安倍晴明様の使いのお方でありますか」



差し出された白紙に描かれた紋を見て、天陣和尚が尋ねた。



「陰陽寮?では・・・」



頼義が和尚の言葉に反応して言葉を発しようとしたの遮るかのように覆面の人物が受け答えた。



「いかにも。我が名は『天后(てんこう)大将』、陰陽寮十二神将が一人にござる」


「十二神将!?では・・・いや、しかし十二神将はあの時・・・!」



見知らぬ人物の名乗りに頼義は驚きを隠せずに叫んだ。今この人物は自分を「十二神将」の一人と名乗った。「十二神将」の名は頼義も知っている。平安京において吉凶を占い、暦を織り、時に不運を招く魔を退かせる役目を請け負う「陰陽寮」、その最高位に立つ十二人の「陰陽師」と呼ばれる方術、魔術の使い手、それが彼ら十二神将である。その人知を超えた超常の能力、またまるで人間と異なる不可思議な生態を頼義は何度も目の当たりにしていた。


しかし、その「十二神将」は三年前に起こった酒呑童子との激戦の末にその全てが討ち死にしたはずだった。



「いかにも。先代の十二神将はあの戦いの場において一人も生き残ることが叶わず全滅の憂き目にあった。今いる我らはその次の世代、という事よ」



まるで見下すかのような冷徹な口調で「天后大将」と名乗った陰陽師は答えた。



「して、その次代の陰陽師どのが如何様なご用でもってわざわざこのようなお山の上まで我らを追いかけてきた次第で?」


「我が口にするまでも無い。こちらを受け取っていただければ仔細はすぐにでもご理解いただけよう」



天后大将が先程ちらつかせた五芒星の閉じ紙をひらひらさせる。目の見えぬ頼義と経範に代わって天陣和尚がそれを受け取り、折りたたまれた紙を開いた。



「白紙・・・?」



開かれたその紙には一文字の墨の跡もなかった。



「陰陽師どの、これはいったい・・・」



天陣和尚が事の仔細を問いただそうと口を開いた瞬間、手にした紙から声が聞こえた。



「・・・ん?もう録ってんのこれ?あー、テステス、オホン。常陸介頼信公が嫡子、頼義公にお伝え申し上げる。これなるは陰陽寮天文博士晴明と申しまする。かように声のみにてのご挨拶でご無礼つかまつる」


「安倍晴明・・・どの!?」



初めて聞く大陰陽師安倍晴明の肉声である。どのような絡繰(からくり)かはわからぬが、どうやらこの紙に人間の声を写し取って、それが(こだま)のように頼義たちの耳に届いているようだ。その耳障りの良い低音の声の響きは聞き様によっては老成した聖人のような貫禄と落ち着きを感じさせるものであり、同時に近所の餓鬼大将を彷彿とさせるような稚気に溢れたいたずらっ子のようなくすぐったい感覚を聞くものにもたらした。老人のような、それでいて若者のような、声だけではその人となりを想像しにくい、不思議な声色であった。



「この度、これなる天后大将に我が声を預けてそこもとに使わしめた理由は他でもない、今回の件より手を引き、そのまま常陸国へお帰りいただくことをお勧め申し上げる次第でござります。くれぐれも若君におかれましてはあの『百目鬼(どうめき)』に関わることなく・・・え、もう時間がない?早く要件を言えって、いやお前それは困る、まだ言いたい事の半分も・・・」



話の途中でブツリという音とともに虚空から発せられる晴明の声は途絶えた。



「・・・これだけで?」


「あれー、いやちょっと待ってくださいよ、すみませんちょっと貸して」



天后大将が慌ててもう一度天陣和尚から白紙をひったくるとその手でバサバサと音を立てて白紙を振り回す。



「ん?もう録ってんのこれ?あー、テステス、オホン。常陸介頼信公が嫡子・・・」



さっきと同じ声が繰り返すだけであった。



「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・以上が我が師からの伝言である!」


「おいっ!!」



開き直って踏ん反り返る陰陽師にその場にいた全員がツッコミを入れた。



「よ、要するに、晴明どのは私にこの件から手を引き、百目鬼には手を出すなと、そうおっしゃりたいので?」


「そうそう、それです。此度の上野国使節団殺人事件の捜査は中央より派遣された我ら陰陽寮一党が取り仕切りますゆえ、頼義どのにおかれましては速やかにお引き取り願いたいというのが我が師晴明の意向でござる」


「これは異な事を。私は太政官より任命された追捕使官として父の任務を代行している身です。陰陽寮に横槍を入れられる筋合いはござりませぬ」



頼義が語気を荒げて返答する。ここまで徒手空拳で足を棒にして進めた捜査の功績を他所に持って行かれては堪ったものではない。



「事情が変わったのだ頼義どの。此度の一件が単なる殺人事件でないことは明らか。人知を超えた怪異の仕業であるともなれば我ら陰陽師の出番という事よ。これは下野国府からの要請でもある。下野側は『上野側が我らをはめるためにかの者に呪詛を行なったのだ』と主張しておる。その真偽を確かめるためにもこの件は我ら陰陽師が捜査を引き継ぎまする。頼義どのご一行は早々にお引き取り・・・」


「お断り申す」



天后大将がいい終わらぬうちに頼義が「否」の返事を突きつけた。



「都の仔細は知らず。なれど我が身の前で起こった事件を捜査半ばで放棄して国に帰れなどという戯言(ざれごと)を『ハイそうですか』と聞き入れるわけには参りませぬ。そちらの意向は尊重いたしますが、我らは我らの流儀で捜査を続けさせていただきまする」


「はてさてこれは困った事。そのようなわがままを申されて我らの捜査の邪魔をなされては迷惑極まりないですな」



天后大将がさも「困った」というように大げさな仕草を見せる。



「どうあっても引かぬと?」



重ねて陰陽師は頼義に問う。



「無論。それとも何か、我らにこの地にいられては()()()な事情でもおありかな陰陽師どの?」


「む・・・」



頼義の問いかけに一瞬陰陽師は口をつぐむ。四人対一人の構図に冷たい緊張の空気が続いた。



「かくなっては致し方なし。事によっては実力行使でもと我が師の言いつけである。ご覚悟を・・・」



そう言い残して天后大将が早口で何やら呪言を唱え始める、その身体の周囲に赤黒い稲妻が音もなくほとばしり始める。



「え!?待った待ったちょっと待った!」



頼義が何を慌てているのか必死になって陰陽師が魔術を使うところを止めようと声を荒げる。



「あなたに魔術(ソレ)を使われてはたまらぬ、辺り一面焼け野原になっちゃう!!矛を収めよ陰陽師!・・・ああん、もうめんどくさいなあ、茶番はいいからその覆面を取りなさい天后大将、いや・・・」



頼義は改めて陰陽師の方に向き直った。



「ポンちゃん・・・もとい、影道(ほんどう)仙女!!」

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