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下野国男体山二荒神社・頼義、・・・と再会するの事(その一)

下野国の最高峰である二荒山(ふたらさん)、その男体山(なんたいさん)と呼ばれる地域は神域であるがゆえに女人禁制とされている。というわけで再び頼義は渋々巫女姿に身をやつして「神の子」という体裁でお山に入ることを許された。同行するために同じく巫女姿になったお付き女房の綾は初めて着る巫女の衣装がたいそう気に入ったようで、何度も裾を翻したりクルリと回って見せて従者の佐伯経範に感想を尋ねたりを繰り返している。


そんな彼女を渋い目で眺めている頼義に対して苦笑しながら、天陣和尚が先導して山道を案内する。夏の盛りの天まで突き抜けるような晴天の元歩く行程は、通常であればさぞ気持ちの良い散策であったことだろう。が、あいにく一行のうち二名は目が見えずそれぞれの付き添いに手を引かれての行軍であり、またいつあの「百目鬼(どうめき)」なる奇怪の魔性の襲撃を受けるかもわからぬ緊張の中進む道である、とうてい物見遊山といったのどかな雰囲気ではなかった。



「あー、頼義さま、コマドリが鳴いてますよ。あっちにはイワヒバリが、まあキビタキもあんなに。あら、カラマツソウがお花を咲かせてます、こっちにはサギソウが。あらまあ可愛い〜、シモツケがこんなにたくさんお花を。ふふ、下野国(しもつけのくに)でシモツケの花が咲くだなんて風流ですね頼義さま〜」



・・・若干一名を除いて。



「この花はここ下野国で最初に発見された品種なのだそうですよ。清原の少納言様の娘御が残した『枕草子』という随筆にも『草の花は、シモツケの花、アシの花』と書かれているほどこの国を代表する花です」


「へー、そうなんだあ」



天陣和尚の説明を受けて綾が大口を開けてしきりに感心する。頼義も経範も当然周囲への警戒は怠らないが、それでも綾の屈託のない笑顔と明るい話し声のおかげで緊張感も和らぎ、山登りの苦行もいくらか気が紛れた。



「私が生まれ育った国では『繍線菊(しゅくせんぎく)』と呼ばれていました。なんでも昔、戦で捕虜になったなった父を救うために男装して敵地に乗り込んだ少女の名から取られたのだそうです」


「まあ素敵、まるで頼義さまみたい、きゃーっ」



自分で言って自分で恥ずかしがって両手を頬に当てて()()()()と周囲を駆け回る。頼義は


(なんか前にも同じような奇行をしていた子がいたような・・・?)


と呆れた顔をしながら、周囲をくるくると回る綾の手を抑えた。手を引かれている身としてはつられて崖下に落ちられては堪らない。上空では()()()(とび)が何か不平を訴えるように()()()()、と鳴いていた。



「経範、『目』の方はどうですか?何か見えていますか」



頼義は天陣和尚に手を引かれて歩く佐伯経範に聞いた。「百目鬼」に目を奪われた彼は今「百目鬼」と同じ景色を見ている。



「うむ、おそらくは()()で間違いないかと。奴め、どうやら山頂の祠か何かに近づきたいようでそれが叶わなくてイライラしているようですな。何やらしきりにあっちへ行ったりこっちへ行ったりとしております。し、しかし、自分がいる場所と全く違う景色を眺めながら歩くというのはなんとも奇妙な感覚ですな」



経範が難儀な顔をしながらおぼつかない足取りで山道を登る。自分が進む方向と、自分が見ている景色の流れる方向が必ずしも一致しているとは限らず、前に進んでいるのに見る景色は横に流れたりして、経範は船酔いのように平衡感覚が失調をきたし、気持ち悪そうにしている。



「少し休みますか経範、顔色が悪い」


「いやなんの、これしきの事で足を止めるようでは・・・うっぷ」



強がるもののかなり辛そうである。考えてみれば逆に目をつぶりたくてもつぶれない状況というのは軽い拷問に等しい。自分は光を失って久しいが、目を閉じることができなというのもまた苦難なのだな、と頼義は思った。



「休み賛成、さんせーい!私もうクタクタですぅー」



頼義の手を引いていた綾が真っ先に賛意を示した。返事を待つまでもなくその場で脇の木陰に避難して涼を取る。先程まではあんなにはしゃいでいたのが今ではもうこのていたらくである。もっとも男体山は標高二千(メートル)を超える高山だ、散策気分で気軽に登れる道ではない。綾が休みを欲するのも当然といえば当然だった。



「うえーん、汗びっしょり。やだ私臭くないかしら?あー早く降りて温泉入りたーい」


「もう、だから女人堂で待ってなさいって言ったのに」



頼義が竹の水筒を手渡しながら綾に言う。綾は物も言わずに水筒の水をガブガブと飲み干す。みんなの分まで飲みきってやしまいかと頼義はハラハラした。



「頼義さま、ここから麓が一望できますよ。お山に囲まれて、下は広い原っぱになってます。うーん気持ちいいですぅ」



一休みして元気が戻ったのか、綾が再びいつもの調子で目の見えぬ頼義に代わって周囲の景色をあれこれと説明し始める。



「あそこは『戦場ヶ原』と呼ばれる平原です。今は下野領となっていますが、あそこも上州・野州両国で領有権を巡って激しい争いが繰り広げられたといいます」



天陣和尚が解説する。この男体山に登る道中、綾が聞いて和尚が答えるという形式がすっかり定着してしまった。さながら観光ガイドのごとしである。そういったことも仕事の内なのか、和尚は綾の質問に淀みなく答え、説明してくれる。



「なるほど、それで『戦場ヶ原』と」



天陣和尚の説明に頼義も眼下の風景を思い描く。きっと何百年という歴史の中で幾度もこの地で戦いが繰り広げられたのだろう。頼義の耳には今も彼らの剣戟の響きが聞こえるかのようだった。



「それだけではない。ここで戦を繰り広げていたのは人間ばかりではなかったようですぞ源氏のご惣領どの」


「!?」



不意に別方向から見知らぬ者に声をかけられて一行の間に瞬時に緊張が走る。登り道の先にも、下り道の後ろにも先程までは人の気配などまるでなかった。この声の主はどこから現れたというのだ?しかも今この人物は頼義の事を「源氏のご惣領」と呼んだ。自分が何者かを知っているこの声の主は・・・いったい誰だ?



「何者か!?姿を見せませい、無礼であろう!」



頼義が姿の見えない声の主を一喝する。しばしの沈黙の後、綾が休んでいた木立の後ろからその者は()()()と現れた。



「うひゃあっ!!」



死角から思いがけぬ人物の登場に綾が腰を浮かす。その人物は白装束に赤い袴を履いた、頼義たちと同じような巫女のようないでたちの人物であった。


その顔は印呪を染め抜いた覆面に覆われてこちらからは伺えない。



「突然の声がけの段、ご無礼仕りました。常陸介頼信さまがご嫡子、筑波大領頼義さまとお見受けいたしまする」


「何者!?」



佐伯経範が主人を守ろうと身を盾にする。が、この場の景色が見えていない経範は声だけを頼りに動いてトンチンカンな方向に向かって叫んでいる。



「こっちだこっち。まったく、常陸の人間は揃いも揃ってマヌケ揃いか」


「なにおうっ!!」


「騒ぐな、貴殿に用は無い。頼義卿、我が師のお言葉をお伝え申しまする」



そう言って覆面の人物は折りたたまれた白紙の手紙を差し出した。その表には


黒墨で描かれた五芒星が黒々と白紙に浮かび上がっていた。

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