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渡来僧天陣法師、怪異を語るの事(その二)

「生きている?生きているとはどういう意味ですか経範?」



佐伯経範の奇妙な発言に頼義は眉をひそめて聞き返した。



「確かに私はこの通り目玉を『百目鬼』に奪い取られました。ですが主人(あるじ)、私はまだ()()()()()()()のです」


「なんだと!?」


「ええ、錯覚ではござらん、確かに私の目は今ここではないどこかの景色を見ている」


「それは・・・一体どういう事なのです?」


「さて・・・おそらくですが、彼奴めは死体の目玉を奪って、それを自分の目として使っているのではありませぬかな?」


「死体の・・・目を?」


「左様。奴は目玉を蒐集して、それを使って物を見ているのでしょう。それがあの無数の目玉の正体かと」


「!?あの『目』は全て百目鬼が奪った人間の目だと!?」


「それがあの鬼の正体と思われまする。なので主人(あるじ)、逆にこれは好機かもしれませぬ」



経範がずいっと身を乗り出して小声で話しかける。



「好機?」


「然り。奴は死体の目玉を奪ってそれを自分のものとする。だが私の目玉を奪ってしまったのはおそらく奴にとっても想定外の事態なはずです。まさか彼奴も()()()()人間の目玉を奪ったことはありますまい」


「あ・・・!」



今更ながらに頼義は今目の前にいるこの男が、月が満ちている間は死ぬことも傷つくこともない不死身の「人虎」であることを思い出した。



「月が欠けるまでの間は、少なくとも私の目玉は死ぬことはありますまい。その間私は『百目鬼』と同じ物を見ている。それを手掛かりに彼奴を追跡できましょう」


「なるほど、という事は追跡の刻限は月が欠け始めるまで、ですね。経範、今何が見えていますか?」


「見たことのある景色ではありませぬな・・・さて、どうやら下の方に湖らしきものが写っております」


「湖・・・中禅寺湖でしょうか」


「おそらく。と言うことは随分と高いお山のどこかにいるものと思われまする。ん?なんだあれは?」


「なんだ?」



経範が遠く離れた自分の『目』に写る景色の中に何かを見つけたようだ。



「何かが地面に突き刺さっておりますな。長い、柱のような・・・いや、アレは太刀なのか?それにしては・・・・ん?面妖な、どうやらこの『視線』の主はアレに近づけぬようでござる」


「太刀・・・?」



天陣法師が経範の言葉に怪訝な顔をする。



「どういうことだ?」


「わかりませぬ・・・あっ」


「今度はなんだ!?」


「目を閉じたのか、何も見えなくなりました。いや、コイツ・・・唐突に眠りこきやがった!?」


「はあ!?」



経範の実況中継に頼義が呆れ顔で答える。



「よくわかりませぬが、こやつどうも緊張感にかける輩のようで・・・」


「・・・まあいいでしょう。では、『百目鬼』はどこか中禅寺湖の見下ろせる高い山の何処かに潜んでいると言うことですね」


「御意!早速手当たり次第探してみましょう」


「ええ。御坊、いや天陣和尚どの、お世話になりました。これにて我らは女人堂(ここ)を引き払いまする」


そう頼義が言うと、後ろで「えーっ!?」と綾が大仰に声をあげる。中禅寺湖の温泉が大いに気にっていた彼女は、ここを後にするのが惜しいらしい。



「お綾、あなたはここでお世話になっていなさい。危険ですので決してフラフラとあっちこっち歩き回ってはダメよ。ゆっくりお湯にでも浸かってて」


「な、なに言ってるんですかあ!綾は頼義さまのお世話をするために下野まで参っているのですよ、その頼義さまを放っておいて一人でのんびり湯治だなんて・・・湯治かあ・・・いやいやできません!!」


「今なんで一瞬言葉を詰まらせたコラ」


「い、いやあ、そんなこと、あははは」


「ま、まあ、急なご出立は構いませぬが、行くあてはおありで?」


「わかりませぬ。ですが今の話だとこの中禅寺湖を見下ろす山の何処かと見当をつけております。ここは手当たり次第捜索するつもりで」


「それならば・・・」



天陣法師が言葉を継いだ。



「僭越ながら拙僧がご案内いたしましょう」


「え、御坊が?」


「ええ。今のお話を聞くに、そのお山はおそらく『二荒山』に間違いはありますまい」


「二荒山!?」


「はい。今こちらの方が見られた『柱のような大太刀』とはおそらく二荒山のご神宝の事かと」


「ご神宝とは・・・?」


「はい。かつてこの国を悩ませたとある妖異を退治した曰く付きのご神宝です。ならば悪鬼が恐れ近づけないのも至極当然かと。それに『百目鬼』が今再び悪行を働き始めたと言うのであればこれは天下の一大事、お山におわす師匠のご助力を頂く必要もありましょう」


「御坊のお師匠様が二荒山に?」


「はい、お名を『誐那鉢底(がなはち)法師』・・・大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)の再来とも評される高僧にござります」


誐那鉢底(がなはち)法師・・・やはり御坊と同じく大陸からの渡来僧で?」


「いかにも。拙僧と共にこの国に参って私はここに腰を落ち着けましたが、どうにも我が師はひとところにとどまることのできぬ気質のようで、始終諸国を放浪しておりまして、たまたまこの下野(しもつけ)に戻ってきておられると言うことなのでちょうど拙僧もお山へ赴くところでした。師匠は拙僧と違いまことの法力の持ち主であられる。師ならば『百目鬼』に対抗する手段もお持ちでしょう」



そう言うと天陣法師はそそくさと身支度を整え、目の見えぬ佐伯経範の手を取って先導するように歩き出した。



「えっ、もう出られるので?」



その即断と行動に頼義たちの方が慌てて身支度を急いだ。



「ええ。でないとお師匠様のことです、またフラリと女の尻を追いかけてどこかへ旅立ってしまいかねません」


「尻?」


「尻です」



真顔でで和尚が答える。先程大聖歓喜天の再来と言われるほどの人物と言っていなかったか?どうも頼義はその「師匠」と呼ばれる高僧に一抹の不安を感じ始めた。

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