5 リオンside
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神子様が降りて来た。
幼い頃から、いつも一瞬だけ見えていた彼女だ。まさか会えるとは思っていなかった。しかし、こうして腕に抱き止めてしまえば、二度と手放せる気がしれない。
幼い頃からずっと憧れ、そして想い続けていたのだ。
神子様に想いを寄せても無駄な事と自分に言い聞かせてきたが、稀に見える姿に定期的に聞こえる声。憧れだと、理想を夢みているのだと何度も繰り返し自分自身に言い聞かせても、やはり想い続けてしまっていた。
「今日は少しでもお姿がみられるだろうか」
「お声が聞けるだろうか」
と、いつも考えていた。しかし、そんな邪な気持ちを彼女に知られるのが恐ろしく、神殿に入る前には祈る願い事に集中するようにしていた。そして声が聞こえた日は、嬉しくて表情に出さない様に堪えるのがつらいくらい、舞い上がっていた。
自分の気持ちを自覚してしばらくすると、彼女は変わらない事に気づいた。それは初めて彼女をみた五~六歳のころから、十七歳になる十二年間全く変わらない……
私が十歳になる頃だったか……初めて彼女と自分が同じ時を、同じ世界を生きていない事を自覚した。幼く愚かな私は失恋した悲しい気持ちを抑えきれず、しばらく神殿に通えなかった。
もちろん王族として、また高位神官としての職務も既にこなしていた私は、仕事と願いを祈るために祈りの間に傷心のまま通っていた。そして、何度も彼女に恋をしていた。
彼女が降りて来たという事は、彼女を諦めなくて良いということだ。いや、想いが通じ合うのは相手があることだから、何もせずに、何も出来ないまま、ただ諦めなくて良いということだ。
心臓がうるさい。考えが纏まらない。
いきなり想いを伝えてしまっては彼女が困るだろう。だが、こんなに魅力的な方だから、すぐに色々な声がかかるだろう。それよりも神子様だ。国をあげて動きがあるだろう……なんとか整えなくては……
考えながら、神殿の長い廊下を進んで行く。
「とりあえず貴賓室に向かう」
「それがよろしいでしょうなぁ」
神官長が少し息を弾ませながら後ろに続く、しかし凛とした声で答える。その後ろに兄上と私達の近衛騎士が二名づつ、高位神官が二名ついて来ていた。
王族やそれに連なる者が泊まる為の貴賓室に着くと、天蓋付の大きなベッドに彼女をそっと寝かせた。一瞬だけ離れ難く躊躇したが、ずっと抱き抱えている訳にもいかない。後ろ髪を引かれながらも、紗幕を下ろしベッドから離れた。少しでも他の者からの視線を避けたくて紗幕をおろす自分に気づくと、子供じみた独占欲に思わず苦笑いする。
少し間をおいて神官長がゆっくり話かけて来たので、私も兄上の横に向かい皆で腰かけた。
「ふむ。さて、神子様の今後ですが……」
「神殿は聖女候補が寝泊まりして忙しい上に、護衛の観点からも王宮で保護するのが良いだろう。神子様が降りて来たとなれば、他国の干渉もゼロではないかもしれないからな」
神官長と兄上の話を聞いてゾッとする。神子様は基本的に自由だ。他国に干渉されそっちを気に入れば、他国に行ってしまう事は我々にはとめられない。
「そうですなぁ。せっかくお応え頂いたのだからぜひ我が国にいて欲しいですなぁ」
神官長はそう言って私の方を見た。目が笑っている。
神官長は幼い頃から、神力・魔力共に強かった私の師でもあり、母が亡くなった後の後ろ楯にもなってくれた人物でもある。
好好爺らしく、いつも私を支えてくれていた。なのでもちろん私の拗らせた初恋も知っているし、未だに引きずっている事も知っている。
「王族としても、神官としても立場のあるリオン殿下が世話役になるのが一番文句もでますまい」
「そうだな。一応王にもお伺いをたてねばならないが……神子様もリオンを知っている様であったし、あの場にいた皆が聞いているからな、それが一番良さそうだ」
兄上の返事に神官長の『ワシ良い仕事したじゃろ感』がすごいが……
チャンスを作ってくれた神官長に、とにかく感謝しかない。
そのすぐ後、王と王妃が神殿に入ったと知らせが来た。そうか忘れかけていたが、聖女候補の試験開始の式典の予定であった……
神子様の降臨という知らせに、珍しく慌てた様子の王と王妃が部屋に入って来た。父王は何事にも動じないと思っていたが、神子様の降臨にさすがに興奮を隠しきれない様だ。
王は、自分の治世に神子が降りて来たことを大層喜んでいた。また、私が神子様が降りてこられたきっかけになっている可能性があることを兄上や神官長から聞き、私が世話役になることは直ぐに認められた。
そして神殿の侍女がひとり神官長によって神子様の侍女に選ばれ、式典が終わり次第我々と共に王宮に向かう事になった。
正直、誰も彼も聖女候補の試験開始の式典どころではなかった。なんといってもこの国では五百年ぶりの神子様降臨だ。その話題で神殿内は大騒ぎであった。
そんな大騒ぎの中でも、王の登壇によりシンと水を打った様に静まる。父上の威厳と覇気によるものだ。父上と兄上とはやはり良く似ている。
式典は王の聖女候補試験開始の宣言とともに、神子降臨を王自身の口から言祝いだため、ひときわ大きな歓声と祝福をもって締められた。
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