5 聖女の場合
攻略対象の離脱。
これはこの世界がゲームではない事を、私の中で決定的にした出来事だった。
性格が多少違うなり、知らないキャラクターが居たりするのは、ゲームでは削られたり、モブだったり、ストーリー上カットされていただけとか、私の中で『言い訳』出来た。
そう『ここはゲームの世界だ』と思いたい私の『言い訳』だ。
今更ながらに自分の気持ちに気づく。ゲームだと、その通りに幸せが来ると思いたかった。楽に幸せになれると流されて生きていた。
別にそんなの悪い事じゃない。
そんな人の方が多いと思う。
でも、私は二度目だ。二度も同じように流されて生きてしまって思う。
これで良かったのかな、と……
もっとやれる事があったのかも。
って!! ああああ! んもう!! こんなの私のキャラじゃない! キャラクターって意味じゃなくて、アイデンティティー的な方ね!
あーでも、そうか。
アイデンティティーか。
……昔、大学でかじった程度の哲学知識だけど今、何となく解る気がする。
自分自身という実体
何者であるかという本質
本質に対する外に出すもの実在
私という本質とゲームっぽい世界。そして、そこに存在してるって事。哲学的なモノなんて、全然好きじゃなかったし、ちゃんと学んでなかったのが、今悔やまれる。
でも、確かにここで実在してる。
哲学って難しいと思っていたけど、私に教えてくれる。
私はここに存在してるって!
せっかく二度目のチャンスなんだもんね! 今度は流されるんじゃなくて……なんか…………こう……頑張ってみよっかな! 今更かもしれないけど……何か…………何か探してみたい。
……って! 何を頑張って良いのか、今までの生き方から逸脱しすぎてわかんない! みんな何を頑張ってんだろ?
イザベラの言葉が沁みる。
聖女になりたいと《今》思えるのなら、今から頑張れば宜しいのではなくて?
聖女になりたい理由は、人それぞれだわ。
誰がなんと言おうとも、自分でなんと思おうとも、認められれば宜しいのよ!
「誰が何と言おうとも……自分でなんと思おうとも……かぁ~。あはは。イザベラすごいな」
私はこの日から聖女候補という事についても、イザベラについても、そして攻略対象だった人達や、今世の家族、教会の神官達やクラスメイト達、今の主神殿で出会う人達、やっと今一緒に活きる人達について考える事を始めた。
……って! 考え始めたのは良いけど、聖女試験は始まってしまったのだ! そう! 起きたら試験だよ! 寝なきゃ!!!
次の日からは、みんなはどんな困った事があるのか、私はどんな事に神力を注ぐのか、どんな事を女神に祈るのか。
それらの事を先ずは色々情報収集して、神力を使っていかなくてはいけない。
(もうそうは思ってないけど)ゲームなら……
街に出て話を聞く
騎士団で話を聞く
王宮に行く
公園に行く
等々……そんな選択肢をポチポチ押すだけなのだが、現実は歩いて行かなきゃ行けない!
え? なんか遠くない? はぁ。現実はつらいなぁ~。早速昨日の頑張ると決めた決心はどこへやらの、自分の思考回路に笑える。
いや、笑っている場合じゃない。
とりあえず、街に出てみよっかな!
……決してヘンリー様が怖いから会うのヤダとか、他の攻略対象達に、人とすら思ってなかったから会わせる顔がないとか……そんなんじゃないっ! ちなみに街が近いからでもないから!
そうやって自分の行動に自分で、変な言い訳しながら街に歩いて来た。昨日まで、きれいな街並みや美しい王宮や神殿が、ゲームだから綺麗であたりまえの様に感じていた。でもこうやって朝、開店前お店の前を掃除をする人がみえる、お店の中でもテーブルや窓を拭いている人がいて……みんな一生懸命生活してる。きれいにしているからきれいなお店や街並みが維持されている。
私にしたって『街に行きます』と主神殿を出る際には、連絡も入れて護衛の人もいる。ゲームではそんな描写なかった。
どうして、私はあんなにゲームゲーム思っていたんだろう。
ゲームの様に向こうから、こんな事に困ってるなんて話してくれない。街の人に自ら話しかけなければいけない。
………………そして誰にも話しかけられる事もなく、話しかける事も出来ずに午前中過ごしてしまった。
午後はどうしよう。
そんな事を考えながら歩いていると、初めて王都へ来た時の神殿の前だった。
神殿の中に入り、見知った神官に声をかける。
ここの祈りの間が空いているか確認し、女神様に祈らせて貰う事にした。
女神様の導きなのかな……
私は初めて、この世界に生まれ変わった事。
聖女候補に選ばれた事。
この世界の両親と兄弟の事。
イザベラや攻略対象の事、王様や神官長や神官、護衛といった私に関わる人へ
……感謝を込めて女神様に祈った。
そして、聖女になって私の人生を流されるままではなく、私として目的や夢を持って生きてみたいと……そう願っていた。
私の神力は膨大だったが、女神様や神子様といった力の反応があった事は一度もなかった。
いや、なかった事を知らなかった。
だからこの時、祈りの間に光の珠がくるくる周りながら降りて来て驚いた。なんだこれ。何が起こったんだろう。
祭壇の上に光輝いて何かがみえる。
そっと近づいてみると……『金属バット』がみえる。
うん。なんで金属バット? 意味がわからない。どういう事か全然わからないけど、とりあえず……今、私が祈った事でコレ降りて来たんだよね。
無視したら……怒られるよね……
何故か私は金属バットを持って、静かに神殿を後にした。
……後ろから、神官が目玉が落ちるんじゃないかと思うくらい目を見開いて、私と金属バットを見ていたがここは堂々としていた方が恥ずかしくないかもしれないと、堂々と金属バットを抱えて自分の部屋に帰った。
……聖女候補がこん棒を抱えて街をねり歩いていた。
そう皆に噂されていたなんて……この時の私は知るよしもなかった。
いつも応援、感想、ブックマーク、評価ありがとうございます。
この回辺りは、プロット段階から決めていた事でしたが、聖女の登場を本編全カットした事により、改めて聖女の場合として書くにあたり、とても悩みましたが…やはり一番最初の設定のまま進みます。
後二話で、聖女の場合は終わりになります。
最後までお付き合い頂けると嬉しいです。




