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しづく 愚か者の列に並んだ者  作者: はるあき
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3.江里1

 来客が帰ったのを見て湯飲みを片付けようと、事務員の木崎江里はノックをしてから応接室に入った。


「お前は!!」


 江里が見たのは握り拳を振るわせ、圭人を睨み付ける社長の姿だった。


「兄さんに連絡しなくては」


 社長は肩を怒らせて部屋を出ていく。

 江里は圭人の頬が赤くなっているのに気が付いた。

 社長に殴られた?

 冷蔵庫に保冷剤があったはす。

 江里は給湯室に保冷剤を取りに行くと、タオルで包んで圭人の頬に当てた。


「しづくさんのこと、分かったの?」


 江里は幼子に聞くように優しく尋ねた。

 圭人が恐る恐るという感じで江里を抱き寄せる。


「しづくを一人で泣かしてしまった」


 圭人の腕に力が入ったのが分かる。


「しづくは、しづくは、あんな寂しい場所で、いなくなった子供を思って泣くんだ」


 縋るように体を寄せてくる圭人を江里は空いている手でそっと抱き締めた。

 愛しい女を思いながら身を寄せてくる恋しい男をズルくて残酷な人だと江里は思った。


 江里は元社長令嬢だった。ある程度のお嬢様学校に通えるほどのそこそこ規模のある会社の。けれど、不況をうまく乗り切れず、短大時代に父の会社は倒産した。

 圭人の会社に入ったのは偶然だったと思いたい。圭人の姉、葉月の友達だったから? と頭によぎったが。

 たまたま内定を貰えたのがこの会社だけだった。

 エスカレーター式のお嬢様学校で葉月とは知り合った。お互いの家を往き来しあう仲にはなっていた。倒産するまでは。

 華やかな美人の葉月の弟である圭人は姉のような華やかさはないが人目を惹き付ける存在だった。

 四歳下の圭人はすごく甘えん坊で手のかかる子供だった。

 弟のいない江里は遊んで! と葉月にまとわり付いている圭人が可愛く見えていた。

 ただの友達の弟という存在だった。職場で再会するまでは。

 久々に会った圭人は立派な成人になっており、格好の良い男になっていた。その分、女遊びも盛んになっていた。

 玉の輿狙いの肉食系女子に疲れていた圭人は江里に癒しを求めてきた。

 最初はお茶を飲みながら愚痴を聞いているだけ。そのうち食事に行くようになり、肌を重ねるようになった。

 それでも江里は大勢の中の一人だった。

 それが圭人が一人の女性に出会って一変した。

 全ての女と別れ、その女性を圭人は追い求め捕まえた。

 別れた女には江里も入っていた。

 あのまま終わるはずだった。

 しづくが二度目の流産をした頃だった。

 圭人が再び江里のところに来るようになったのは。

 しづくを癒せない自分を責めて、江里に救いを求めてきた。

 江里は分かっていた。

 受け入れても自分が傷つくだけだと。

 圭人の思いはしづくに向けられていて、いいように使われているだけだと。

 けれど、江里は圭人を閉め出すことが出来なかった。

 そして、あの日がきてしまった。

 直後から後悔はしていた。

 けれど、罪から逃げる(めをそむけた)だけだとしても、しづくより自分と一緒にいることを選んだ圭人に喜びを感じた。

 あの日から何度も圭人と会った。

 圭人は怒りっぽく苛々していてスマホを気にしていた。

 日付けが変わっても絶対家に帰っていたのに帰らない日も出てきた。


 しづくさん、大丈夫だったの?

 しづくさんとちゃんと話をしたの?


 圭人ははぐらすだけで答えてくれない。

 しづくとちゃんと向き合っていないから、圭人がここにいるのも分かっていた。

 江里が圭人としづくと離婚した(わかれた)ことを知ったのは提出された書類を整理していた時だった。

 圭人が独り身になったのは嬉しかった。これで罪悪感なく圭人に付き合える。けれど、圭人がまだしづくを思っていることと、圭人が自分を選ばないことを江里は分かっていた。

 江里が圭人としづくが別れた理由を知るのはもう少しあとだった。

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