過ぎ去りし日々(後)
誤字報告、ありがとうございますm(__)m
ヨーロッパにいたのは、四年に満たなかった。
工場の責任者が、重病と連絡を受け、急いで日本に帰国した。
悪性の腫瘍が見つかったときには、すでに手遅れだったらしい。
死際に間に合わず、冷たくなった体と対面した。
覚えていたより、小さな体だった。けれど、この職人が自分のデザイン画をいくつも実体化してくれた。
デザイナーとしてやっていこうと思わせてくれた。
感謝の思いしかない。
工場は、解体されることになった。
まとめる者がいなくなった工場は、不協和音ばかりで職人たちはそれぞれ独立することになった。
若手の二人の職人が、正哉のデザインを気に入っていて、専属になりたいと言ってくれた。
「会社でも立ち上げるか?」
イケメン度を格段に上げた色ボケ御曹司が、ニヤリと聞いてくる。
それもいいかもしれない。この工場に作品を依頼していたデザイナーたちにも声をかけて・・・。
家族に合わせた家をコーディネートというのも面白いかもしれない。
「一軒丸ごともしてみたいんだが。」
「いいんじゃない。資本金は出してやるから。俺も資産増やしたいし。」
専門家も交えて、起業する方向で動きだした。
もちろん家族には、反対された。
趣味でデザイナーをすることは、許すと。
バカにしているのか?と思う。いや、バカにしているのだろう。
自分たちが認めた仕事しか働いていると認めない狭い世界で生きている。認めない仕事をしている人たちによって生活が支えられていることが分かっていないバカな人たち。
もう縁を切ってしまいたい。
「正哉くん、僅かだけど使ってほしい。」
起業すると報告に言った翌週に渡された封筒。
叔母夫婦が貯めていたお金だと分かる。
「おじさん、けど・・・。」
「何かしたいんだよ、僕たちも。頑張っている甥っ子に。」
ニコニコと笑う叔母夫婦に何も言えない。
何も言わずに正哉を家族として迎えてくれる。
″ここ″があるから、頑張ってこれた。
″ここ″があるから、頑張っていける。
「ありがとうございます。」
「もし、失敗しても気にしたらダメだよ。失敗はせいこ・・・。」
「あなた!不吉なコト、言わない!!」
おじさんは、身を小さくして叔母さんのお小言を聞いている。
その姿は、怒られているわりに楽しそうだ。
ホッとする。この雰囲気に。
「いつでも遊びにおいで。」
別れの前にいつも言われる言葉。
それにどれだけ救われていることを叔母夫婦は、知らない。
だから、その知らせを聞いた時、″ウソだ″と思った。
あの叔母夫婦が死ぬわけないと。
あの温かい一家は、いつでも正哉を迎えてくれるとそう思った。
対面した叔母夫婦は、見るに耐えない姿だった。
この姿をまだ高校生のしずるに見せたのか!
遺体確認とはいえ、関係者に怒りを感じる。
しづくは、車椅子の生活になるかもしれないほどの大怪我をおった。まだ入院中で、意識は戻ったが、怪我と薬で寝ていることが多い。
だから、二人の葬儀には参加できない。
しずるは、叔母夫婦の棺の側で茫然と座っていた。
しづくが生きていることに縋っている感じだ。
「しずる、少し休め。」
ピクリと反応する。力なく体を動かし立とうとする。
「びょういんに行かなきゃ。しづくの様子を。」
「今朝会ってきただろ。あれから寝てない。一度休め。」
虚ろな目が正哉を見て、棺に戻る。
「ここにいる。父さんたちのそばに。」
しづくの代わりにと言ったような気がした。
「分かった。何か飲み物を持ってくる。」
控え室に向かった。
「慰謝料は、二人分だとどれだけの額だろうな。」
下衆の声が聞こえる。
「これでしづくに後遺症が残ったら。」
「私は、世話をするのは嫌ですわよ。」
これが、自分の両親だとは思いたくもない。
「そんなもん、施設にほりこめばいいだろう。」
実の姪に対して言うセリフなのか?
「大丈夫か?」
色ボケ御曹司がいた。その後ろには、お腹が大きな彼の妻が立っていた。彼の妻は、控え室を痛ましい目で見ていた。
通夜が始まる前に来てくれたようだ。
「会わせてもらっていいか?」
飲み物を取りに行くのを諦め、棺がある部屋に案内する。
一人の男が、棺の前で土下座していた。
一瞬で頭に血がのぼる。
叔母夫婦を死に追いやったトラックの運転手だ。
こいつのせいで!!
「・・・ち、ちがう。俺の、せ、い。」
絞り出す悲痛な声が、怒りに支配された意識を引き戻す。
しずる?何を言っている?
「おれが、おれが、見に来てと、いった、から。」
スッと隣を誰かが通り過ぎる。
誰かと確かめる前に隣から、声がした。
「謝罪したい気持ちは分かるが、まだ受け止められない。連れて帰ってもらえるか?」
御曹司は、扉のほうに声をかけていた。
男が二人歩いてくると、土下座している男に声をかけた。
「おい、戻るぞ。」
男たちは、刑事だったようだ。
土下座の男は、ノロノロと立ち上がると、縋るような目でしずるを見て、肩を落として出て行った。
責められたかったんだあの男は。罵られ、貶されたかったようだ。
しずるは、顔を真っ赤にして固まっていた。
御曹司の妻が跪いて、しずるの手を握っていた。
気持ちは分かる。
御曹司の妻は、綺麗すぎた。同じ人間とは思えないくらい。
雰囲気も独特で、まるで童話や神話に出てくる女神や精霊のようだ。
「とても素敵なご両親ですね。」
女性にしては、低めの声だ。
「ご両親なら、なんと仰ると思いますか?」
くしゃりとしずるの顔が歪む。
「と、父さんなら、ご、めんって。しあい、見に行けなくて、ごめんって。」
しずるの目尻に涙が溜まる。
それは、この事故が起きてから、初めて見るしずるの涙だった。
「母さんも、ごめんねって笑って・・・。試合を抜け出させてごめんね、と。」
叔母夫婦なら、そう言う。絶対にしずるのせいにしない。
「本当に素敵なご両親ですね。だから、あなたもご自身をお責めになる。」
流れ落ちた涙を御曹司の妻が、そっと拭う。
「泣いていいのですよ。」
しずるの口から、嗚咽が漏れる。
「とても大切な人たちを亡くされたのですから。」
御曹司の妻がこちらを見た。
泣いていいと言ってくれた気がした。
涙に濡れたしずるもこちらを見ている。
「いい弁護士を用意しておく。不正に金が使われないように。」
御曹司は、しずるの側に行くように肩を押してきた。
「頼む。」
しずるに駆け寄った。
「正哉兄ちゃん。」
しずるの体を抱き締めた。
「心からお悔やみ申し上げます。」
御曹司とその妻が静かに立ち去ったのが分かった。
すんなりしづくとしずるの親権を勝ち取れた。
これからは、俺が叔母夫婦の代わりに二人を守っていく。
しつこく下衆がもっと金を分けろと言ってきたが、無視した。
法律で決まっている遺産相続分は、ちゃんと分配した。それ以上、何を貰えると思えるのかが、不思議でならない。
噛みついた弁護士に用途聞かれ、答えられないのが笑えてくる。
残っているお金は、遺児たちのものだ。
二人とも叔母夫婦の死を乗り越えて、前向きに生きている。
しずるも″もう俺のせいで″とは、言わない。
叔母夫婦の写真に向かって、二人ともよく笑うようにもなった。
だから、こんなコトになるとは、思ってもみなかった。
しづくから、條原圭人を紹介された時、色ボケ御曹司とよく似ていると思った。今の色ボケ御曹司ではなく、出会った頃の彼に。
色ボケ御曹司は、結婚してから変わった。人間として、大きくなったというか、いい方に変わっていった。妻を守るためであり、妻と幸せになるために彼は、自らを変えた。
圭人が、しづくを見る目は、御曹司が妻を見る目と同じだった。
だから、大丈夫だと思った。圭人が、御曹司のようにいい方に変わると。しづくのために変わっていくと。
自分の読みが甘かったのを思い知った。
おじさんは、こんな時、なんて言うだろう?
『失敗も成功も成長する糧なんです。だから、見守り、助けがいるなら、手を差し伸べます。』
デザイナーになることで、怒鳴りこんできた家族におじさんが言ってくれた言葉だ。
『あなた、手を差し伸べるって、ただ愚痴を聞くだけでしょ。』
『ストレスを溜めないことも重要だよ。』
叔母夫婦は、いつも温かかった。いや、今も温かい。
大丈夫、しづくは、あの二人の子供だ。きっと、立ち直る。
叔母夫婦がしてくれたように、これかも二人を見守っていこう。
いつもありがとうございます。
つぎは、負け犬を書けたらと思ってます。
誤字脱字報告、ありがとうございます




