過ぎ去りし日々(前)
サブタイトル、直しました
その知らせを聞いた時、真っ先に頭に浮かんだのは、″ウソだ″という言葉だった。
急いで病院に向かった。
受付で聞いた場所に急いで向かった。
赤ランプがドアの向かい、長椅子に探していた人物を見つけた。
消えない赤ランプを見つめている。
「しずる。」
力ない目がこちらを向く。
「ま、正哉兄ちゃん・・・。」
弱々しく名前を呼ぶ少年、しずるに歩みよる。
「おじさんとおばさんは?」
光を失った目が大きく揺れる。
力なく首を横に振る姿は、見てとても痛々しい。
「しづくが・・・。」
まだ付いている赤ランプを見上げる目は、何かに縋っているようだ。
「大丈夫だ。」
その肩を抱く。
大丈夫、しづくは、助かる。
それは、少年を安心させるためか、それとも自分に言い聞かすためか。
少年と並んで長椅子に座ると、二人で赤ランプが消えるのを待っていた。
叔母の家は、居心地が良かった。
優しい叔母の夫・おじさんに賑やかな双子の従兄弟。
暖かい何処にでもある普通の家庭。
けれど、冷たい自分の家とは、大違いだった。
「正哉くん、仕事はどうかね?」
「ボチボチです。」
注がれたビールを飲みながら、答える。
昨年起業した事業は、少しずつ軌道に乗りつつある。
応援してくれたのは、叔母夫婦だけだ。
僅かな貯金から、資本金も出してくれた。
双子が、来年には高校生になり、お金がかかるようになってくるのに。
「君がデザインしたこの椅子、本当に座り心地がいい。」
おじさんは、いつも贈った椅子に座って誉めてくれる。
六年前に贈った椅子は、木目が飴色に変わり風格を出している。
初めてデザインし、商品化した椅子だ。
お気に入りとして使ってもらっているのが、すごく嬉しい。
「そうそう、正ちゃんの作る家具は、本当にデザインが良いだけじゃなくて、使い勝手もよくて手離せないわ。」
皿に乗ったつまみに手を伸ばすしずるの手を叩きながら、叔母も誉めてくれる。
「おじさんたちのお陰ですよ。」
ほんとにそう思う。
『いい大学を出て、一流企業に就職して』を押し付けてくる家族より、失敗してもいいと背中を押してくれたのは、叔母夫婦だ。
「いやいや、正哉くんの力だよ。」
酔っても酔ってなくてもおじさんは、そう言ってくれる。
「スポンサーの御曹司と友達になったのも、デザイナーたちが集まったのも、正哉くんだからだよ。」
おじさんのその言葉が嬉しい。家族からは、絶対に貰えない言葉だ。
『世迷言を言うな』『馬鹿か』『所詮、夢でしかない』
夢を語ってなら、言われ続けた言葉だ。
好きなことをさせてもらう約束で難関進学校の高等科に入ったが、守ってもらえなかった。いい成績をとれ、どこどこのご子息様の友人になれ、注文が増えた。
あの高校に入って唯一良かったことは、あの男に会えたことか。
名前があるだけの美術部の部室で、デザインを考えていた。週二回、放課後に希望者だけの補習授業がある。それに参加していることになっている。その日は、担任に呼び出され、部室に来るのが遅くなった。
準備室からは、卑猥な声と音が聞こえてきたが、無視して描いていた。家では、描けない。だから、名前だけのクラブと知っていたが、美術部に入った。正当な部員である正哉が部室を出ていく必要などない。
「隣であんなことやこんなことしてたのに、すごいな。」
準備室から出てきたのは、三歳下で中等科に通う超有名御曹司だった。もともとイケメンで有名な御曹司だが、やることをやった後だからか、色気が駄々漏れで順番待ちをしていた女たちが顔を赤らませ、早く誘ってとモジモジとしている。
「俺は、美術部の部員だ。部外者は、部員でもないお前たちだろ。」
はっきり邪魔だと言った。
正哉にとって本当に邪魔でしかない。部室は、限られた時間の中で思う存分デッサンを描ける場所だ。その場所を奪わないで欲しい。順番待ちしている女たちも話しかけてきて、集中しにくい。
「今日は、もうお仕舞いだから帰ってくれる?」
御曹司は、待っていた女たちにそう言った。
「えっ!でも・・・。」
やっと順番が回ってきた女には、受け入れられなかったようだ。
御曹司の雰囲気と声が変わる。冷たく切り捨てるような。
「無理かもと言ってあったよね?」
息を飲む音が幾つも聞こえて、パタパタと走り去っていく複数の足音。
これでやっと静かになる。
「なあ、これ、お前のだろ。」
御曹司が見せてきたのは、準備室に隠してあった椅子のデザイン画だった。
「工場長が聞きたいことがあるって言うから、来てくれない?」
「はあ?」
一体何を言っているのか分からない。勝手にデザイン画を見て、工場長って?何をした?
「どんなのかな?て、作らせてみたんだよ。メモ書きの意味か分からないってさー。」
「はあ!!」
さっきより大きな声になった。
作らせてみた?何を?何処で?どうして?
パニックを起こしている間に御曹司は、何処かに電話して、気がついたら、腕を引っ張られていた。
「じゃあ、行くぞ!」
連れていかれたのは、山の麓にある小さな工場だった。
「いらっしゃい。その子が、デザイナーかい。」
出てきたのは、作業服を着た初老のおじさん。この工場の責任者らしい。
「そう。まだまだ色々描いてあった。」
御曹司は、慣れているのか、さっさと中に入っていく。
「そりゃ楽しそうだ。」
責任者に促されて中に入ると、夢が形になっていた。
「こ、これ!」
わざと木目を目立たせて、長時間座っても腰が痛くならないようにカーブに気を付けて、座る部分は叔母の手作りのクッションが置けるように考えて、腰を痛めた叔母の夫のために考えた椅子があった。
「これ、座る部分、痛くないのか?」
御曹司が、座って顔をしかめる。
「わざとだ。好みの敷く物を置くデザインだ。」
責任者は、何も分かってないと首を横に振っていた。
「分かりますか?」
「あったりまえだ!何年、この仕事をしてると思っている。」
いや、初めて会うから、責任者が誰なのかもしらないけど。職人だということは、分かる。
「で、専用のクッションつけて、量産しないか?まあ、量産といっでも受注生産だけどな。」
言われたことが理解出来ない。なんか話が大きくなってないか?
責任者は、続ける。
「他の商品を取りに来た客が気に入って、何件か欲しいって言ってるんだ。」
あ、これ、新しいデザイン。
御曹司が見覚えのある紙を渡している。
「ああ、やっぱり契約したほうがいいな。あとで揉めるのも困る。で、これなんだが・・・。」
責任者が取り出したのは、椅子に付けるかどうか迷った部品。肘かけに取り付けて、小さな台を置けるように。けれど、邪魔になるかな?と思ったもの。
責任者と色々話している間、御曹司が何をしていたのか知らなかった。
次に御曹司に会ったのは、それから二週間後だった。御曹司は、やっぱり準備室に籠っていた。盛るのなら違う所でしろ!と言いたい。
だが、順番待ちしている女がいない。それが前より
マシなところか。
準備室が開いて、御曹司が出てくる。着衣を整えて逃げるように出てきたのは、男子生徒に人気の教習生だった。
御曹司をジト目で睨んでしまったのは、仕方がないと思う。
「行くぞ。」
また、どっかに連れていかれるらしい。
「暇じゃないんだが。」
「俺もだよ。」
いや、お前は、暇だろう。女の相手ばかりだから。
「試作品が完成した。」
そう言われると付いていかざるおえない。どんな″デキ″になったのかは、すっごく楽しみだ。
思っていた以上の″仕上がり″だった。
出来ばえにボーとしていると、事務所のような部屋に連れていかれ、色々な書類の説明を受けた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
「商品化するなら、契約はきちんとするべきだ。」
工場の責任者に弁護士に囲まれ、少し離れた場所で御曹司はニヤニヤ笑っている。
「お前が描く家具は、作ってみたい。」
責任者の言葉は、すごく嬉しい。
「お前、親に内緒にしたいんだろ。ここで契約しないと親に話するぞ。」
「お前は、何の得もないぞ。」
御曹司のメリットは、何も書いてない。
「俺、ここのオーナーだから。売上アップが俺の利益。」
そう、もうその年で稼いでいるのか。親の金で遊んでいるだけと思っていた。
「で、どうする?」
どこまで出来るか試したくないか?と言われたような気がした。
「契約します。」
俺は、もう一度説明を聞いて、書類にサインした。
保護者の承認がいるところは、叔母夫婦にお願いした。
叔母夫婦は応援すると言って、快諾してくれた。
商品として出来た椅子は、叔母とおじさんにプレゼントした。
そして、相変わらず御曹司は、部室で俺を待っている間、準備室に女を連れ込んでいた。
卒業式が近付くころ、部室に行くと、一学年上の御曹司がいた。もうすぐ卒業する先輩だ。準備室でバカしている御曹司とは大違いで、容姿も性格も御曹司の肩書きがなければ、どこにでもいる普通と思える感じの人だ。
「どうして、あなたが?」
「友人に君のデザインの家具が好評でね。」
背中がヒヤリとした。色ボケの御曹司が隠してくれているはずだった。
「もしヨーロッパに行くなら、ここを訪ねると勉強になるよ。」
差し出された紙を受け取る。
ガタンと準備室から音が鳴った。
「なんであんなヤツが候補なんだ。」
小さな声だった。聞こえるか聞こえないかくらいの。
背筋がスーと冷たくなり、一瞬で鳥肌が立った。
怖すぎて、すぐ側にいるのに顔を見ることが出来ない。
温和、すごく大人しくて優しい人だと聞いていたのに?
「ああ、すまない。向こうも興味を持っていたから、君の叔母の家に連絡するように言っておくね。」
年上の御曹司は、スッと部室を出ていった。
渡された紙には、ヨーロッパの家具職人の名前が書いてあった。
叔母の家に届くエアメールで、ヨーロッパに行きたくなった。
もちろん、家族には、反対された。だから、家族には、そうすることを二度と言わなかった。
大学は、一応受けた。行くつもりなど毛頭なかったが。
デザインした家具は、口コミで富裕層に売れていた。
高等科卒業後は、その金でヨーロッパに行く。
もっと家具について勉強する。
背中を押してくれる叔母一家がいたから、夢に向かって進むことができた。
いつもありがとうございます




