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しづく 愚か者の列に並んだ者  作者: はるあき
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31.しずる5

 しずるは敷居の高い料亭を前に少しビビっていた。

 このスーツで大丈夫なのか?

 側でワンピース姿の梓もオドオドしていた。

 あいつの義兄、條原清治が現れて、部屋に案内してくれた。

 高そうな物ばかりあって落ち着かない。

 床の間にかかっている掛け軸、置いてある壷。テーブルなんて屋久杉じゃないか?この大きさだと、何百万? いや何千万?

 目の前に出された茶器もいかにも名器という感じだ。

 少ししたら、あいつとあいつの父親がやってきた。

 どうせ、常識人の父親に説得されて来ただけだろう。

 神妙な顔をしているが、騙されるものか!

 両親が席に着くと、あいつ、圭人は俺たちの下座に正座した。

 ゆっくりと頭を垂れる。そして、はっきりした声で言った。


「申し訳ございませんでした」


 前髪が畳にかかっている。

 びっくりした。こんな風に謝るとは思っていなかった。

 えらっそうに座椅子に座り、面倒だと言葉を顔に張り付けて頭を軽く下げるだけと思っていた。

 視線を移すと、真正面に座る二人は座椅子から降り頭を深く下げている。


「何についての謝罪でしょう」


 正哉兄ちゃんの声が静かに響いた。


「全て。しづくさんを裏切ったこと、連絡をとらなかったこと、何もせずに離婚に応じたこと、謝罪が遅くなったこと、母がご迷惑をかけたこと、他にも色々あると思います」


 その言葉に怒りが沸き上がる。

 朝、病院に行く度に気づく、泣いたような目元。話し声、足音か聞こえる度に扉に移る視線。


「ほんとに遅いんだよ!」


 どれだけしづくが泣いたと思っているんだ!

 どれだけしづくが待っていたと思っているんだ!!


「しずる、落ち着け。

 しづくには、どう謝るのですか?」


 梓がしずるの手を握って首を横に振っていた。

 暴れたら、ダメだと。


「考えています。謝っても謝りきれないことをしました。今は、これ以上ご迷惑をかけないようにするつもりです。

 けれど、あの誓約書で会うことが出来ません。だから、お伝え願いますか?」


 真っ直ぐこっちをみる圭人の目にはいつもあった余裕が見つからなかった。


「今さら何をだよ」


 ほんとにほんとにそうだ、今さらだ。遅すぎる。

 離婚してからもずっとずっとしづくは泣いていたんだ。俺のいない所で。


「裏切った原因も、離婚の原因も、しづくさんには一つも非がないと。それから、ありがとうと」


 あ、た、り、ま、え、だ。

 それから、ありがとうって、何だ?離婚してくれて?


「しづくへの謝罪の言葉は?」


 正哉兄ちゃんの冷静な言葉。

 なんで、こんなに冷静でいられるんだ?


「どう謝ればいいのか分からないのです。それに謝罪は、直接言いたい。偶然、どこかで会うことができたら、謝罪したいと思っています」


 偶然って?偶然会うまで、謝らない気なのかよ!!

 気がついたら、圭人の胸倉を掴んでいた。


「おまえ、いい加減にしろよ!」


 梓の小さな悲鳴が聞こえた。

 止められない。どこまでしづくを馬鹿にしたらすむんだよ!

 手を振り上げた時、冷静な正哉兄ちゃんの声がかかった。


「しずる、会って謝罪するまで、このコトを過去(おわったこと)にしないと言っているんだ。会って謝罪するまでずっとな」


 会えるまで?

 誓約書でしづくに連絡を取れない。会う約束も出来ない。

 だから、偶然?会えるか会えないかの賭け。

 それでも直接会って謝りたいって?


「お前、それって?」

「俺は、簡単に忘れようとする。ここで謝ったら、すぐに過去の出来事だと、そっちが許しても許さなくても。だから、しづくにちゃんと聞いてもらえるまで忘れない」


 目を合わせて真っ直ぐ見てくる圭人には迷いがない。

 強い意思を感じる。しづくを幸せにすると挨拶に来た時と同じような。


「ふん、だったら、一生会わさない」


 じゃあ、確率を下げてやる。

 圭人の行きそうな場所にしづくを行かせない。

 一生引きずっていたらいい。しづくは苦しんだんだ。それくらいの罰は当然だ。

 手を離し、梓の隣に戻る。


「謝罪は受けます。許すかどうかは・・・」


 正哉兄ちゃんの言葉に頷く。

 しづくはもう許している。このどうしようもない男を。それは教えない。

 だから、俺は許さない。一生、こいつを許さない。


「はい、分かっております。お食事を準備してあります。私たちは帰りますが、ごゆっくりお召し上がりください」


 圭人たちは部屋を出ていった。

 たぶん、一生のうちに何回食べられるか? と思えるくらい高級そうな料理が運ばれてくる。


「せっかくだから、いただこう」


 正哉兄ちゃんにならって食べ始める。

 美味しい。が、ほんの少しの盛り付けは品がなんだろうけど物足りない。

 それにやっぱりこういう上品なところでは食べにくい。


「圭人さん、変わってた」


 梓がぽつりと言った。

 確かに変わっていた。何がとはっきりと言えないが。


「今のヤツなら、浮気もせず、しづくも安心して任せられただろうな。遅いんだよ」


 正哉兄ちゃんの声が怒っている。

 今まで我慢していたようだ。


「お前も家庭を持つんだから、もう少し冷静になれ」


 正哉兄ちゃんにこつかれながら、物足りない美味しい料理を頬張った。


「しづくさんと会えるのでしょうか?」


 梓もしんみりそう言いながらも、目の前の料理をどれを食べようか悩んでいるのが分かる。


「さあ?協力はしない。圭人くんの努力次第だろう」


 正哉兄ちゃんは協力も妨害もしないだろう。

 しずるは違う。絶対妨害してやる。少しでも会えないのを長引かせてやる。

 会えることが前提で考えていることに気づかないしずるだった。

ありがとうございます。

次が、最終話です。

その後、捕捉を何話か書きます。

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