30.圭人11
圭人は墓に来ていた。
清治に言われて何が出来るか考えた。
墓参りだ。
ここにはしづくの両親が眠っている。
花と水をもって歩く。
先客がいた。
熱心に手を合わせている。
この男は・・・。
「あ、すみません」
圭人に気がついて、大きな体を小さくしたのはしづくの両親を奪う事故を起こしたトラックの運転手だった。
体格のいい初老の男だ。
「あ、いや、ありがとうございます」
こんな場合は何を言うのが正解なのか分からないが、一応、お礼を言っておく。墓参りは悪いことじゃないはずだ。
「いえ、奥さんから、もういいと言われているのに」
男に言われて思い出した。
しづくもしずるももう気にしなくていいとこの男に伝えていた。
「ところで、奥さんは?」
男に聴かれて、圭人は気まずく答えられなかった。
「あとで、話を少しいいですか?」
何故、この男がまだしづくの両親の墓参りをしているのか聞きたかった。
墓参りを終え、近くの喫茶店に入った。
しづくの両親には十分に謝罪を言えたのかは分からない。生きていたら許されないことをした。
返事がないところにまず謝罪って、子供たちに言われたとおり″ヘタレ″なのだろう。
「妻とは、三ヶ月くらい前に離婚しました」
男はギョッとした顔になり、身を乗り出して聞いてきた。
「彼女の体が原因ですか?」
あの交通事故でしづくは体に傷を負った。
この男が気にするのは当たり前だ。
「いいえ、俺が原因です。彼女との取り決めで詳しいことは話せませんが」
男はホッとした表情になったが、すぐに表情を歪ませた。
「幸せになってほしいのに」
「すいません」
圭人が頭を下げると、男は慌てて手を振っていた。
「い、いえ、こっちこそすいません」
「それよりも何故、二人からもういいと言われたのに墓参りを?」
疑問に思ったことを聞いてみた。
自分なら絶対しないコトをしている理由を知りたかった。
「私が私を許せないのです。たぶん、弟さんも同じでしょう」
しずるが?しずるが何を許せないのか?
「あの時、弟さんの試合を見に行く途中だったのでしょう。絶対に見に来てと言わなければと後悔されていました。彼は、私を責めるより、自分を責めていました」
男はポツリポツリと話し出した。
「私も、もういいと言われた時、やっと終わったと思いました。けど、孫を抱き、あの人たちが孫を抱く機会を奪ってしまったと思うと、やっぱり自分が許せないのですよ。たぶん、一生許せないでしょう」
清治の言葉に重なる。
清治も家族を止められなかった、助けられなかった己を許せないと言っていた。
彼らは自分を許す気がないんだ。
「そ、そうですか。辛くないですか?」
男は悲しそうに微笑んだ。
「辛いですよ。自分が幸せと思う度に死なせた人たちを思い出すのだから。これが本当の罰なんだと思います」
重く響いた言葉だった。
男は頭を下げて帰っていった。
ちゃんと法で定められた罰を受け、被害者家族にも許されている。これ以上罰を受ける必要もないのにそれを求め感じるあの男は、正直で真面目で優しくて、とても不器用な人なのだと思う。
俺は清治やこの男と違う。たぶん、時間が経てば過去のことにしてしまうだろう。罰を終えていなくても。
それでも、もし子供が出来たら・・・、あの不思議な場所で遊んだことを思い出すだろう。楽しくて悲しくて現実ではない虚しさと己の罪を。
墓地の方向を見た。
綺麗な青空が広がっている。
もうそろそろ殴られに行かなくてはいけない。
圭人の中で過去の出来事になってしまう前に。
父に頼んでセッティングしてもらった。
料亭の離れになっている個室だ。
上座が横になるようにテーブルをセットしてもらった。
父の幸生、義兄の清治、しづくの弟のしずる、その婚約者梓、しづくの従兄の寺田正哉、六人。
全員席についた時点で、圭人は下座に移動した。
しずるの冷たい視線が体に刺さる。
正座して、しずるたちに頭を深々と下げる。畳に額がつきそうなくらい。
初めてだ。これほど低姿勢で謝罪するのは。それでもまだ足りない、しづくに謝るには。
「申し訳ございませんでした」
たぶん、父も清治も頭を下げてくれている。
「何についての謝罪でしょう」
正哉の声が静かに響いた。
「全て。しづくさんを裏切ったこと、連絡をとらなかったこと、何もせずに離婚に応じたこと、謝罪が遅くなったこと、母がご迷惑をかけたこと、他にも色々あると思います」
息を呑んだのは、誰?
「ほんとに遅いんだよ!」
しずるの怒鳴り声が聞こえ、立ち上がる気配がする。
殴られる覚悟も出来ている。
「しずる、落ち着け。
しづくには、どう謝るのですか?」
圭人は、ゆっくりと頭をあげた。
「考えています。謝っても謝りきれないことをしました。今は、これ以上ご迷惑をかけないようにするつもりです」
瑞季が人を使って噂を流していたのが分かっている。今は出来ないようだが。
「けれど、あの誓約書で会うことが出来ません。だから、お伝え願いますか?」
声が震えないように気を付ける。
これだけ緊張したのはしづくにプロポーズした時以来かもしれない。
「今さら何をだよ」
しずるの怒った声。圭人を許さなくていい。許せなくていい。
「裏切った原因も、離婚の原因も、しづくさんには一つも非がないと。それから、ありがとうと」
「しづくへの謝罪の言葉は?」
冷静な正哉の声。試されているのが分かる。
「どう謝ればいいのか分からないのです。それに謝罪は、直接言いたい。偶然、どこかで会うことができたら、謝罪したいと思っています」
偶然会えるかどうかも分からない。
伝えられるか、伝わるかも分からない。
「おまえ、いい加減にしろよ!」
しずるに胸倉を捕まれた。仕方ない、あんな答えでは。
「しずる、会って謝罪するまで、このコトを過去のコトにしないと言っているんだ。会って謝罪するまでずっとな」
振り上がった手が降りてくるのを待っていた。
しずるは戸惑った顔をして、動きを止めた。
「お前、それって?」
「俺は簡単に忘れようとする。ここで謝ったら、すぐに過去の出来事だと、そっちが許しても許さなくても。だから、しづくにちゃんと聞いてもらえるまで忘れない」
この罪から、逃げてしまう。そして、何も変わろうとしない。だから、しづくに会って話をするまで忘れないようにしたい。
「ふん、だったら、一生会わさない」
しずるは乱暴に手を放すと、席に戻っていった。
「謝罪は受けます。許すかどうかは・・・」
正哉の答えも分かっていた。許す必要などない。
「はい、分かっております。お食事を準備してあります。私たちは帰りますが、ごゆっくりお召し上がりください」
もう一度、頭を下げてから部屋を出た。
料亭を出てホッと息を吐く。
ポンと肩を叩かれた。
幸生が安心したように笑っていた。
「頑張ったね」
清治が労いの言葉をくれる。
「ありがとう」
だけど、これからだ、
まだ、俺は″何故″の答えが出ていない。
サブタイトル10→11




