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しづく 愚か者の列に並んだ者  作者: はるあき
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17.葉月

 葉月は弟の圭人を激しく追及する清治(おっと)を初めて見た。

 厳しい言葉で逃げ道を塞いでいく。

 確かに圭人はしづくさんに酷いことをした。

 だからといって、ここまで追い詰めなくてもいいのでは?

 圭人は項垂れてしまった。


「世の中に不倫している人は、数多くいるわ」


 言った瞬間、清治が傷ついた表情をした。


「だからといって、不倫していい? 配偶者を裏切ってよい? 他の人がしているから、悪くないと?」


 それは圭人に言った言葉なのか。

 それとも・・・。


「不倫する者と不倫された者の思いの違いって、考えたことある? 俺は、優越感と劣等感だと思う。不倫された者は、どうしてなのか、自分の何が悪かったのかと悩むんだよ」


 優越感。自分は優れているのだと、相手は他にもいるのだと、配偶者に対しての自分勝手な思い上がり。

 清治は見ている。不倫によって狂わされた人たちを。


「君は、人を責めるより先に自分のしたことをちゃんと考えなければいけない」


 圭人に清治の言葉は届いているだろうか?


「相談ならいつでも乗るよ」


 清治は圭人を見捨てていない。それが嬉しかった。

 圭人の丸まった背中を撫でていた。


「圭人、何故、清治さんが、小阪さんに送金しているか知ってる?」


 圭人も知っていたほうがいいだろう。清治がこれほどきつく言った理由を。



 清治の容姿は、普通を九段階評価したとき、上の中くらいになる。カッコいいけど普通にいるかな?くらいだ。

 仕事は良く出来た。柔和な対応で敵もあまり作らず、相手を立てる形で会社が有利になるよう動いていた。

 父、幸生の秘書として働く清治を葉月が好きになり、父に頼み込んで結婚できた。この結婚は清治が誰とも結婚を望んでいなかったのでほとんど強制に近い形だった。

 五つ年上の清治と婚約が決まった時に言われた言葉だ。


「私以外とベッドを共にしたい人が現れたら、ベッドを共にする前に教えて下さい。私もそうします」


 母、瑞季から嫌味を言われながらも決めた相手なのにそう言われてショックだった。


「何故か、お聞きしてよろしいですか?」


 その時の声は震えていたと思う。


「私の父の会社が破産した理由は、ご存知でしょうか?」


 清治の父は幸生の会社の取引先の一つだった。お菓子のパッケージを印刷する工場を経営していた。清治が幸生の会社で普通に入社し、一般社員として働いて二年目の時それは起こった。

 清治の父の会社で経理担当をしていた沢田が会社の有り金全て持って姿をくらましたのだ。現金だけではなく、預金は全て引き出し、換金出来るものは全て現金にかえて。

 沢田は清治の母とよく出掛けていて、その関係も疑われていた。清治の母は否定していたが、噂はより酷い形で広がっていった。

 すぐに清治の父の会社は行き詰まり倒産の危機を迎えた。清治の父はショックで酒に逃げ、連日の騒ぎに耐えきれなかったのか清治の母は一週間後に失踪した。

 沢田には妻子がいた。子供はまだ三歳と一歳だった。沢田の妻は犯罪者の妻として浮気された妻として、酷いバッシングを浴び耐えきれなくなり自殺した。子供は妻の実家に引き取られ、小阪と名字を変えた。

 清治は酒に逃げた父の代わりに会社存続に奔走した。従業員を無職にするわけにはいかなかったからだ。何社にも頭を下げ続け、幸生が子会社にすることでどうにか存続させることが出来た。

 清治は母を探した。清治の父を立ち直らせるには母が必要だったからだ。ようやく見つけた清治の母は父の会社の融資担当だった若い銀行員と一緒にいた。

 そこで、治は真実を知った。

 清治の母と銀行員は数年前から、()()()だった。清治の母は父に何回も離婚を迫ったが、父が応じなかった。

 今回のことは離婚に応じなかった清治の父への嫌がらせと金を手に入れるためのことだった。

 経理担当の沢田を接待だとクラブに連れ出し、多額の金を使わせ追いつめていった。首が回らなくなった沢田を唆し、会社の資産を現金に換えさせ取り上げた。

 沢田は山林で死体で見つかった。妻の死を知り、罪に耐えきれなかったのだろう。遺書には妻と二人の子供への謝罪だった。

 清治は父を責めた。清治の父が離婚に応じていたら、この事件は起こらなかった。

 清治の父は自分が離婚される(すてられる)ということと、自分の名(たいめん)に傷がつくことが許せなかった。生活に困ることはなく、それなりの地位も母に与えてあった。それに浮気しても清治の母は妻の座におとなしくいた。それが、ただの銀行員の若僧に入れ込み、捨てられることを認められるはずがなかった。

 清治の母からの慰謝料の額も問題だった。桁違いの慰謝料は会社の経営を圧迫させる額だった。だが、清治の母の浮気による離婚のため減額は出来た。結局、離婚に応じなかったのは清治の父のプライドの問題だけだった。

 清治の母のほうは仕事だけの父に早くから愛想をつかしていた。男としての魅力を感じることが出来ず、妻としてだけいることに飽き飽きしていた。従業員、取引先、何人とも関係を持ったが離婚を考える(せいかつをかえる)気はなかった。だが、若い銀行員に会い、その恋に溺れた。今の生活を捨ててもいいと初めて思えた。けれど、慣れてしまった生活基準を下げるつもりはなく、離婚と共に多額の慰謝料を請求した。

 清治の父のプライドが、清治の母の身勝手が、今回のことを引き起こした。沢田一家を不幸にし、会社を存続の危機に追いやった。

 清治は事実を知り、結婚になんの価値を持たなくなっていた。プライドのために離婚に応じなかった父、不義を繰り返していた母、結婚という契約になんの意義も意味を見出だせなかった。両親の血を残す気も無かった。

 清治は今回の件で幸生に多大な恩があった。会社建て直しのために背負った借金を肩代わりしたのを始め、秘書として雇いいれ、小阪に引き取られた子供たちへ十分に仕送りできる給料を与えてくれた。

 葉月との結婚はその恩もあり、清治には断れきれなかった。



「清治さんのお父さまはお酒の飲み過ぎで亡くなられたわ。お母さまは金の切れ目が縁の切れ目で、お金が無くなった時点で捨てられ清治さんを頼ってみえた。あの人は許さなかったけど、私が支援しているの。ほんの少しだけ。どんな人でもあの人のお母さまだから」


 圭人が聞いているかどうか分からなかった。


「姉さんは、幸せなの? 無理矢理結婚して」


 小さな圭人の問いかけ。

 圭人が心配してくれる。嬉しい。


「幸せよ。あの人に信じてもらえるように頑張っているもの。あの人も子供が生まれ、変わってくれた。最初から大切にしてくれたけど、今は心も籠っていると感じてるわ」


 一方的な恋心だったが今は通じあっていると思っている。

 結婚十年目を前に三人の子宝に恵まれ、順風満帆だと感じている。もう一人と言ったら、生れた時期により還暦までに成人しないと清治が悩んだのはついこの間のことだ。


「清治さんは、あなたのことを心配していたわ。痛い目に遭っていない、この先、大丈夫だろうか?と」


 圭人は、母、瑞季によって、甘やかされて育ってしまった。

 大きな失敗をしても圭人がそれに向き合う前に瑞季がどうにかしてしまっていた。


「しづくさんを選んだ時もね、心配していた。しづくさんは大きな不安を背負っている。圭人が支えきれるかと。反対にね、しづくさんを選んだことは、誉めていたのよ。すごくいい子を選んだと」


 圭人の背中がますます小さくなった。


「清治さんは、沢田さんの奥さまを思い出したのだと思うわ。夫を引き留められなかった浮気されるような妻として、すごいバッシングを受けたそうだから。全て彼女が妻として悪かったから、浮気され、会社を裏切ったのだと噂されていたらしいの。」


 ビクリと圭人の背中が動いた。


「一時期だけどね、沢田さん、本当に清治さんのお母さまと不倫関係にあったらしいの、奥さまと結婚してから。その真実が奥さまをさらに追い詰め、自ら命を絶ってしまった。幼い子供たちを残して」


 葉月は苦笑した。これでは清治と変わらない。ますます圭人を追いつめている。


「圭人、まずは自分が何をしたのか、考えなさい。そして、何をすべきかを」


 出来るだけ優しく言った。

 清治も相談に乗ると言ってくれた。圭人は一人じゃない。


「しづくさんが受けた傷をあなたが、側で癒すことはもうできない。けれど、傷を小さくすることはできるかもしれないわ。」

お読みいただき、ありがとうございます。


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