13.圭人5
圭人は、内装がボロボロの家を見た。
今日で見納めだ。
リフォームして、売りに出すことに決めた。壊すことも考えたが業者からもったいない強く止められた。
見納めと考えると不思議な感じだ。
手離したくなくなる。
しづくとここで食事をして、ここでテレビを見て、ここで愛し合った。
全て無くなってしまう。
い・や・だ!
無くなるようにしたのは圭人だ。
その圭人が嘆くのは可笑しい。
残して置きたい物は全て借りたマンションに運び込んだ。
何故かしづくが選んだ物が多かった。
思い出に浸ってどうすんだよ。
次、引っ越す時に捨てようと決めている。
しづくとの思い出がない場所に転勤を希望する予定だ。
未練を裁ち切るために足早にその場を去った。
総務からの帰り道だった。
相変わらず机の上に見合い写真と釣り書は山となっている。職場まで来る令嬢はさすがに減ったが。写真と釣り書は中身を全く見ていないが、たぶん同じ物ばかりなんだろう。準備する人が気の毒に思えて仕方がない。
「ねえ、聞いた?」
「條原さんの離婚の理由」
女性社員の下らないお喋りか。
自動販売機の前に作られた小さなスペースで数人の女性社員が集まっていた。
「條原さんの浮気が原因でしょ。あれだけ奥さん大事にしているように見えたのに。見せかけだったなんて」
「奥さん、子供が出来にくかったんだって」
「それで、外で子供を作ろうとして、それが奥さんにバレて」
外で子供を作る?
何故、そんな話に?
「えー、奥さんが身を引いたってこと?」
「さあ?奥さんが子供が出来にくいってこと、黙ってて捨てられたのかも」
「けど、受付の野村さん、子供出来たら結婚できるって頑張ってたけど、結局棄てられたじゃん」
「それは、離婚直後だったから。世間体悪いでしょ」
「奥さん、流産してるから、條原さんに子供作る能力が無いわけがないでしょ。反対押しきっての恋愛結婚だから、別れにくかったんじゃない?」
「で、跡継ぎ欲しさで外で子供作ろうとして?」
「やだ、最低。流産したってことは、奥さん、子供欲しかったのでしょ」
「はいはい、お喋りは、そこまで。早く職場に戻る」
圭人の横を男性職員が通りすぎ、女性社員たちに声をかける。蜘蛛の子を散らすように女性社員たちは散っていく。
圭人のほうに歩いてきた女性社員は圭人の姿を見てギョッとし顔色を変えて逃げるように去っていった。
「大丈夫ですか?」
女性社員たちに注意した男性が声をかけてきた。
「さっきの話は?」
男性は圭人の視線を避けるように顔を背けた。
小さく息を吐き、男性は諦めたように顔を上げた。
「條原さんが離婚される数ヶ月前からありました。その時は離婚が秒読みだと」
「そ、そうか。色々ありがとう」
圭人に言えたのはそれだけだった。
男性は一礼をして去っていく。
圭人も重たい足を動かして、職場に戻った。
そんな噂が本社で流れていた。それも離婚する数ヶ月前から。
そんなつもりで江里を抱いていたんじゃない。
その目的で恵美と関係を持ったわけでもない。
じゃあ、どういうつもりでしづくを裏切っていた?
しづくは、妊娠してもすぐ流れてしまう子供を思って泣いていたのに?
そんなしづくを癒したくて癒せなくて、江里に甘えて縋ってしまった。
何故、江里を抱いた?江里を抱きたくなった?
しづくが傷つくのは分かっていたのに。
バレなきゃいいって、何故、抱けた?
自分のことなのに分からない。
そんなこと考えなかった。バレるなんて。
しづくはこの噂を知ってたのだろうか?
だから、何も言わずに離婚したのか?
圭人の浮気が許せなかったのではなく?
連絡をとらなかった圭人が許せなかったのではなく?
他の者が生んだ子が庶子にならないように?
「圭人君、顔色が悪い」
義兄の清治が机の側に来ていた。
「今日は、もういい。帰りなさい」
気持ちが悪い。吐き気がする。
景色が歪む。
俺は、何故、裏切れた?