12.しずる2
しずるは目の前のデッサンに大きくバツを書いた。
イメージがまとまらない。期限はまだあるが形だけでも掴みたかった。
「外の空気、吸ってくる」
コートを手にして部屋を出る。春らしくなってきたが今日は肌寒い。コンビニで何か買ってこよう。
「しずる、ちょっと来い」
歩き出してすぐに、正哉兄ちゃんに捕まった。
「何? 何かあった?」
仕方がないと正哉兄ちゃんの部屋に行った。
「圭人君は本社に移動になったらしい」
あいつの話題ことなんて知りたくない。
「女性たちとは別れたようだ」
たち?たちってなんだよ!
「ちょっと待てよ! 浮気相手が何人もいたってことかよ!」
体が熱くなる。許さない。しづくをどれだけ裏切っていたんだ?
「二人だ。一人は押し掛けだった。で、調べた」
何を? 浮気の回数? そんなもん今さら調べて何になるんだ? 慰謝料はいらないと断っているし、もう離婚しているんだから。
目の前にバサッと置かれた紙束に一応目を通す。
「條原清治さんが言ったことが気になってな。とんでもないお子ちゃまだった」
正哉兄ちゃんのため息が重い。
ざっと見するだけのつもりが、何度も同じ場所を読み返してしまう。
「な、なんだよ、これ?謝罪しに行って、お礼言われて帰ってくるって」
書いてあるのは小学生時代の圭人のことだ。
圭人が喧嘩して、友人の玩具を壊してしまった。まあ、よくある話だ。しずるもやって、こっぴどく親に怒られ、泣きながら謝りに行った覚えがある。
だが、それを知った圭人の母親の瑞季は息子を叱るでもなく、壊した同じ玩具とお詫びには豪華すぎる品、またはそれ同等以上の物をすぐ相手に送りつけ、壊したことをなかったことにしていた。タチの悪い友達は自分から圭人に壊して欲しい物を差し出すようになった。
「罪悪感など育たない。悪いことをしてもほとんどなかったことにされ、感謝されていたんだからな」
正哉兄ちゃんの言葉も重い。
「まともそうに見えたけど」
金持ちの傲慢さはあった。けど、金持ちだから仕方がないと思える程度だった。
「父の幸生さんが、頑張ったんだろう。知った分は、謝罪に連れてみえたようだらかな。頼まれたとしても壊したことに謝るようにと。頼まれても壊すなと。何故悪いのかを教えたのだろう。忙しい中、常識を出来るだけ教えていたようだ」
だが、父親の幸生は仕事で留守が多い。必然的に母親の瑞季が対処することになる。
『だから、圭人君は、謝ることに慣れていません。人から責められることも。逃げることだけ上手になってしまった。逃げてもどうにかなっていましたから。』
清治の言葉を思い出す。
だから、しづくから逃げたのか。子供を欲しがるしづくから。身体で悩むしづくから。最悪の形で逃げたのか。
許せない!
「問題は母親の瑞季さんだ。しづくを探している」
正哉兄ちゃんは、また、ため息を吐いた。
なんで? しづくは圭人の母親に嫌われていたはずだ。居なくなって清々したはず。それなのに探す?考えられない。
「瑞季さんの中で圭人君に恥をかかせたしづくは悪だ」
「恥をかかせたって?」
「離婚された、圭人君が棄てられたように聞こえるだろ」
なんて勝手な! 離婚されて当たり前のことをしたのはそっちだろ!!
「瑞季さんはこっちでどうにかする。なるべくしづくを一人にするな」
しずるはその言葉に頷いた。