終わりの始まり
男はタバコを取り出した。
さっきまで使用していたラブホテルの入り口で。
「今夜は、早いのね」
後ろにいた女が風で乱れる髪を押さえながら、男に声をかける。
「たまには、風呂の準備でもしようと思ってな」
「あら、出掛けてみえるの?」
女は珍しいと首を傾げた。
「弟くんがプロデュースした店の完成記念だと」
男が吐き出した煙が風で流れていく。
「一緒に行かなくて良かったの?」
「明日、一緒に出掛けるからいいのさ」
男がスマホを見ると、数分前に最寄りの駅に向かうと連絡がきていた。
「今から、迎えに行くし」
「ここのボディソープの臭いをつけて?」
女の問いに男は火の点いたタバコを見せた。臭いがきついタバコだ。すぐに髪や服に臭いがつく。
「ねえ、休んでいきましょうよ」
「神田くん、そんなコト言ってると彼女にフラれるわよ」
話し声が近付いてくる。この道は駅に繋がっている。軽そうな声の男が女を誘っているようだ。
「もうフラれましたよ。
ほら、あそこに愛しあってきたカップルがいます。僕たちも」
その声に男は、視線を声のした方に向けた。
「!!」
「圭人!」
男は、走り寄ってきたピンクの、男が贈ったコートを着た女の手を振り払うと、一緒にいた女の手を掴み出てきたばかりのラブホテルに戻った。急いで空室のボタンを押す。落ちてきた鍵を取ると足早に部屋に向かった。
「いいの?あれ、しづくさんじゃあ?」
戸惑う女の声も、後ろで小さな叫び声と何かが激しく倒れた音も無視して。
「圭人くん!!」
男は、女の口を口で塞ぎ、着たばかりの服を手早く脱がしていく。
女の肌を楽しんでいると、スマホが激しく鳴った。
見慣れた名前が表示されている。通話ボタンを押し、再び女の肌を楽しむ。
『おい!しづくが大変なんだ!』
「あっ!だめ、そこは」
女が甘い声を出す場所を執拗に攻め立てた。
女を味わっていたら、いつの間にかスマホは静かになっていた。
男は夜が明ける前に家に帰った。
玄関に妻の靴が無かった。
家の中は真っ暗だ。いや、電話機だけチカチカと光っている。伝言が入っている証拠だ。
スマホを見ると妻の弟からの着信だらけだ。
「今日、出掛けたいと言ったのはしづくじゃないか!」
苛立った声で男が呟くと、妻の番号を呼び出し通話ボタンを押す。
長くコールしても妻は出ない。留守番電話に換わってしまった。
チッ。
男は、舌打ちすると家から出ていった。