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箱庭の治癒術士は幸せな夢を見る  作者: 御堂廉


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第八話 不穏

 

 試験が終わり、僕達が村へと帰ってしばらくたった。

 連日暑い日が続いていると具合が悪くなる人が多くなる。

 特に農作業をしている人がちょいちょい担ぎ込まれてくるのだった。


「前にも言ったじゃないですか……水をきちんと飲んで塩なめててくださいよ。そうすれば倒れなくて良いんですから」

「んなこと言ってもよ?一生懸命働いてたら忘れちまうんだよ!したらじわーーーーっと手がしびれてきたりよ!」

「だからそれが前兆なんだってば。その時点ですでに危険なんだから一旦休憩してください!そしたら飲めるでしょ」


 言うこと聞けよ。

 ほんの少しの手間惜しんで無駄にお金使ってんじゃ世話ないだろうに。


「大体なんでお前なんだよエリーちゃん出せよエリーちゃん」

「それが目当てか。エリーなら絶対対応しないからやっといてって他の人のとこ行ったよ」

「なんだと……おいてめぇユウ!ずるいぞエリーちゃん独り占めしやがって!」


 知るかよ!

 嫌われてる理由考えろよ!

 毎回エリー指名してやってもらって、忙しいって言ってるのに会話をしたがるってのは流石に邪魔だ。

 元々エリーに気があるみたいでずっと気を引こうとしているみたいだけど……やり方が駄目すぎる。

 家に帰って大体愚痴ってる内容からしても、相当嫌われてるんだよなぁ……なんで気づかないんだ?


「エリーには俺のほうがふさわしいんだ!エリーちゃぁぁぁん!」

「……うるさい眠れ」

「エりぃ……ち……ふが……」


 エリーの低い声が聞こえ、一気に眠りに落ちていく患者。

 あ、これ麻酔用のやつじゃんか。

 これしばらく目を覚まさないぞ。


「エリー……」

「もうこいつ来たらさっさと眠らせていいわ。治療が終わったら請求書貼り付けて外に転がしておきなさい」

「いやそういうわけにも行かないでしょ。やりたいけども」


 すんごくやりたいけど、それやるとあまりよろしくないから出来ないよな。

 お金だけ抜いてさっさと放り出したいってのは本当によく分かる。


「全く……中まで聞こえてきて恥ずかしいったら無いわ!もうユウがいるってのに!諦めるかと思ったら余計にしつこくなったわね」

「っていうか、助手の女の人とかに同じようなことしてる人多いよね」

「仕事で優しくしてるからって勘違いするやつが多いのよ。この職場で働く人は男も女も結構経験するものとはいえ……うざいったら無いわね」


 ……俺、言われたこと無いなぁ。

 まだ来てから日が浅いってのもあると思うけど。

 なんかちょっと残念な気もするな。


「あ、そんなことじゃなくてユウを呼びに来たのよ。合否通知が来たから取りに行きましょ。頼んでた服も一緒に届いたみたいよ」

「うわ……なんか凄く緊張するな……」


 ついに来たか……。

 見るのが怖いぞ。

 荷物の受け取り所へ行くと、同時に届いた人たちが並んでいた。

 お店の仕入れようとかだと直接届けてくれるけど、そうでない場合はこうやって一箇所にまとめて置いていかれるので、それを人ごとに分けて渡してくれるのがこの受け取り所だ。

 重いものでも容赦なく置いていかれるから、自分で台車かなんかを持っていかないと駄目なときもあるけど。


 まあ今回は封筒が1つと、ずっしりとした布の包だ。

 受け取った後に封筒を開ける。

 ……お、なんか入ってる。


「お。おお?おおおお!!やった合格だ!!」

「やっぱりね。はい私も合格。お母さんに報告に行きましょ!」


 当然って感じで言っていたけど、その顔はとても嬉しそうだった。

 やっぱり内心はドキドキしていたんじゃないだろうか。

 僕の前だからそんなのを顔に出さないようにしてたのかな?


 治療院に戻ってセシリアさんに報告するととても喜んでくれた。

 今日出ていたコリンからもまるで自分が受かったかのように祝福してもらえた。


「いやだってユウにとっては大きな第一歩、エリーにとっては正式にここでヒーラーとしての扱いを受ける事になるんだから全然今までとは違ってくるんだ。つまり……エリーは私同様に手伝いではなく治療を担当するということになる。その責任は大きいよ?」

「望むところよ!そしてユウ、私の助手につきなさい。見習いになったんだからただの手伝いじゃなくて私の手足になってもらうわ」

「いいよ。色々教えてもらって早く上級になりたいしね」

「さ、とりあえず今は仕事中だから、終わったら皆でお祝いしなきゃね。コリン、今日は早めに閉めるからって受付に伝えて頂戴。よっぽどの重症でも無ければ明日の朝に対応するわ」

「分かりました院長」


 ついに、僕も治療に直接参加できるか。

 初期診断と簡単な傷の治療とかだけども、それでもこうして働いているだけでも経験が積める。

 そのメリットはあの試験の面接とかでも証明できたんだ。

 実技が始まる初級だってきっとそう。


 こうして僕は初級ヒーラーのエリーの助手として働くことになった。

 正直やっていることはあまり変わらないと思っていたけど、初期診断をして正確にエリーに伝え、エリーが治療するときには何を求めているのかを考えながらサポートする必要があり……意外と頭を使う事がわかる。

 引っかかることなくさっさとエリーがこなしていたからわかりにくかったんだけど、アレ結構凄いことだったんじゃないだろうか。


 合格がわかったその時から、いきなりちょっと深い傷を負った人が運び込まれて来たので、今僕達は彼の治療を行っている。

 イノシシに突っ込まれて足を大きくえぐられたのだ。


 服を切って傷口を露出させ、軽い麻酔をかけてその部分だけペインキラーで痛覚を遮断する。

 診断すれば軽い感染症と太ももの内側、大内転筋とその近くにある静脈が切れているようだ。

 消毒と洗浄をして仮の止血をした後、その事とバイタルをエリーに報告する。


「流石ねユウ。……うん。もう少し深かったら動脈の方までやられてたわ。出血は多いから貧血気味だけど。……ユウ、傷口の奥になにか見えるわ。明かりを持ってきてくれる?」

「ああ待ってて……いや、そうだこれが使える」


 ついに使う時が来たかマギライト!肩に取り付けて角度を調節すると魔力を通じて明かりを灯す。

 初めて見るのかエリーがびっくりしていた。


「え、なにそれ。小さいわね……しかも明るいし」

「ブレナークに行った時に買ったんだ。こういうのに使えそうだったからね」

「へえ……良いわね。光量も多いから傷口がとても見やすいわ。よし、取れた」

「木の破片だね。感染症のリスクも下がったみたいだしこれが原因かぁ」

「そのようね。キュアポイズン」


 解毒の魔法をかけて周辺の毒素や菌を消す。

 診断をしているとわかるけど一気にリスクが下がっていくのがわかる。

 ただこれも間違えると免疫まで破壊して逆にリスクを上げる時があるので、やっぱり知識がないと危なくて使えないものだ。

 当然エリーはそんなミスはするわけない。


「……問題なし。接合するわ」


 まるで接着剤でくっつけているかのように、切れた筋肉や血管が繋がっていく。

 毎回見てもこれは本当に凄いと思う。

 糸も接着剤もなしにどんどん元に戻っていくんだから本当に面白い。

 当然それが出来るってことは患者が生きているってことだし。

 適当にくっつければいいってもんじゃないから難しさはあるけど……それでもそれぞれがどうくっつければいいか分かってさえいれば完璧に治すことが出来るのが、この魔法の素晴らしさと言える。


 後は頭の中で正確にその状況を再現して、治す順番やくっつける場所を正確にイメージできるか。

 パニックになっているとこれが出来なくなる。

 そういう意味でも前線に出ているメディックのストレスは相当なものだろうし、そのような状況下でも正確な判断が下せるようになれば……もう恐れるものはないだろう。


「接合終了よ。お疲れ様」

「ああ、ありがとう!凄いな、傷が分からない……初めて治療を受けてみたけどこれほどとは思ってなかったよ」

「どういたしまして。ただ結構血を流した後だから水飲んで少し横になっていったほうが良いわ。今立つと恐らく貧血起こして倒れるわよ。誰か一緒に来てくれてる?」

「娘が」

「じゃあ水は用意するから、少し食べるものを持ってきてもらいなさい。落ち着いてきたらゆっくりと立ち上がって大丈夫そうなら帰っていいわ」


 初めての2人での治療は終わった。

 大体これくらいなら簡単な方だけど、病気とかになるとちょっと怖い。

 それが感染性のものだと……かなり洒落にならなくなる。

 専用の部屋もあるけど多いわけじゃないからなぁ。


 僕たちのいる村だけでなく、その周辺の村や町からもここに患者が運ばれてくるから、感染者が運ばれてくるともう恐ろしいことになる。

 今の所そういう事はなかったから良いんだけど、以前エリーが生まれる前にそういう事があって……隣の村が危うく全滅しかけ、この村に治療を求めて殺到したせいで余計に悪化。

 なんとかなったけども、その隣の村とはかなり仲が悪くなった時期があるらしい。

 パニックになると自分のことしか考えなくなっちゃうからそれが凄く怖い。


「そういえばここの近くじゃないんだけど、国の北西部の方で病気が流行り始めてるって噂があるわ。沈静化に向けて動いているって話だけど、こっちでも起きる可能性はあるから気をつけたほうが良いわね」


 病気にかかってるのに気づかずに移動されるのが怖いんだ。

 一応気をつけておくに越したことはないな。


「それよりさっきの明かり何なのよ。明かりも調節できてたみたいだし小さいし」

「エリーが試験中の間にオーゼル魔道具店ってところで買ったんだ。常に魔力を流さないと駄目だけど……さっきみたいに患部を照らすのには十分なくらいだね」

「持ち運びしやすくてすぐに使えるのもいいわ。……オーゼル魔道具店ね……商品の名前は?」

「マギライトって言うみたいだよ。1万マグルで買った」

「え?そんなに安いの?ちょっと受け取り所行ってくるわ!」


 仕事中だぞって言う間もなくダッシュで外に行ってしまった。

 あれは……買うために次の馬車便に頼むつもりだな。

 案の定次の便で持ってきてもらう為に頼んだようだ。

 エリーも使ってみていいとなったらセシリアさんに聞いてみても良いかもしれない。

 これ、治療院で使えると思うんだよな。

 そして何よりもその手軽さと小ささでメディックには最高に相性が良いはず。


 クズ石使ってお金になるとなれば、きっとオーゼルも大喜びだろう。


 夜に散歩する時とかも、これ使ってると道を照らせて便利だし。

 何よりもわずかとは言え魔力を使っていることで練習にもなる。

 合わせて夜目を強化しながらだと物凄い明るく見えることになるから、夜に行動するときにもとても使えそうだ。


 もっと言えばあれを束ねるとかなんとかして大きな照明に出来たら良いんじゃないかな。

 まあ魔力生成装置が高いってのはどうしようもないけど。

 っていうかそれがない商品作れば良いんじゃ……。

 必要な時にはそっちに付け替えるとか出来れば、別な用途に使っておいて、ちょっと使いたいときにはそっちに付け替えるとか……付け足すとか?

 出来ないのかな。


「どうしたの?考え込んで」

「ん?いやちょっと1つ考えたことがあって……オーゼルに聞いてみたことがあるんだよね」

「なら手紙だしたら?お店の名前と店主の名前分かってるんだからそれで届くわよ」

「あ、そうか。ちょっと行ってくる。エリーのと一緒に届けてもらおう」


 急いでさっき考えた事を紙に書き込んで封をした後に受け取り所に持っていく。

 手数料とか払って10日後くらいに来る定期便に乗せてもらうことになった。

 別に焦らなくても良かったな。

 でもまあアイディアってのは忘れると駄目だからなぁ。


 もし出来るとなったら……色々と治療院で使えそうなものも安く手に入れられるんじゃないかと思う。


 部屋自体を明るく照らす、夜光石の代わりのものが欲しいところだ。

 陽の光が届かないところは昼でも結局くらいからランプが欲しかったりするし。

 何よりも重症患者を見るときには光量が欲しい。


 セシリアさんも言っていた位だし。

 今までは高出力のマギランプを使っているわけだけど、あれは結構大きくて邪魔になるし、必要がないところにも光を飛ばしてしまう。

 明るくすれば眩しいって感じになるんだけどマギライトは違う。

 使っててわかるけど正面にしか光が飛ばないから、横から見ても眩しくない。

 手元だけを照らし出すっていう点では恐らく治療院で活躍できると思う。

 クズ石であそこまで出来るんだから……光源を多くするだけでもかなりの明るさが期待できる……はず。


 まあ本当にやるとなったら難しいかもしれないけどね。

 やろうとして既に失敗している技術かもしれないし、こればかりは聞いてみないことにはわからない。


 戻ってからまた仕事をこなしていって……また一日が過ぎていった。

 ……あー浴場行きたい。

 んや、湖行くかぁ。


 □□□□□□


 合格が分かってから、僕とエリーはしばらく手伝いとしてではなく自分たちだけのチームとして働いていた。

 まあ……息はあっていると思う。

 っていうかエリーの指示が的確だから僕も動きやすい。

 それに元々2人でずっと行動していたこともあって、大体何を考えているか、どうすれば助かるのかっていうのが理解できる。


 あと初めてのメディックを体験した。

 この村の近くにある森……まあ僕が倒れてたところなんだけど。

 あそこで依頼があったらしくて魔物の生態調査に同行したのだ。


 最近の怪我人からも分かっていたけど、かなり魔物が増えているため本格的な調査が入ることになり……この村からヒーラーを出して欲しいということで前々からメディックをやってみたいと言っていた僕達が行くことになったってわけだ。


 エリーのお父さんの革鎧を付けて、本物の剣を腰にさしての初めての冒険。

 僕としてはとてもワクワクしていたんだけど、既に自分用の装備品すら持っているエリーからすれば普通のことらしくて浮かれ過ぎだと注意されてしまった。


 総勢12名での調査は、広大な森をくまなく調査とまでは行かないけども、村に近い所から更に少し奥に行った場所を重点的に調べていった。

 大体その辺から森の雰囲気が変わり、生き物は獣がほぼ居なくなる。

 より強い魔物の支配する場所となるのだ。


 僕にとっては未知の領域。

 皆についていきながらも周りには気をつけていた。


 そしてまた突然目の前に表示される赤い警告。

 接敵中。ほぼ同時に一緒にいたウィザードとスカウトが気づき、そのまま戦闘が始まった。

 そこで目にしたのはシールドボア。

 僕達の方に向かって一直線に向かって来ているのに対して、ウィザードとアーチャーが高威力の攻撃を放つ。

 しかしその攻撃はシールドボアの巨大なタワーシールドのような防御を貫けず、ウォリアーの巨大な槌でようやく昏倒したところをとどめを刺されたのだった。


 これがハンターたちの狩り。

 僕達の安全を確保すると同時に、その魔物を食料としても持ち込んでくれる存在だと認識していたけど……その仕事の内容は想像以上に危険と隣り合わせだった。


 そしてウィザードの1人が使った魔法がとても興味深いもので、あの大きな獲物を解体して肉にした後に凍らせて……なんとそのままどこかに消し去った。

 流石に気になったんで本人に聞いてみたら収納の魔法だという。

 ストレージと呼ばれるその魔法は、名前の通り物を入れて取り出すための倉庫のようなものだ。

 その人の魔力次第ではあのシールドボア程度ならば丸々仕舞い込むことも出来るらしい。

 覚えようと思えば覚えられそうだけど、覚えるためにはウィザードが所属する協会などに登録して講習を受ける必要があるらしい。

 いつかやってみたい。


 そんな感じで結構探索は進んだんだけど……そこで問題が起きた。

 僕の目の前に警告が出てきて、同じように襲撃に気づいたウィザード達が即座に全員を囲む結界を張ったのだ。

 こんな事をするってことは、先制攻撃や迎撃が難しいということ。

 つまり……強敵、もしくは相手の数が圧倒的に多い。


 今回は最悪なことにその両方だった。

 相手は人と同じようではあるけど醜悪な見た目のゴブリン、それを束ねるオークの集団だったのだ。


 エリーと僕も攻撃に参加して、近くに来たゴブリンは切り捨て、なるべく奥にいるオークを狙い撃ちにする。

 訓練が役に立ってすばしっこい多数を相手にするのは難しくはなかったのは良かった。

 それがなければきっとあっという間に囲まれていたはずだ。

 ただオークは知能が高くて、人のようにある程度の戦略を取る。

 奥から岩を投げるなどの遠距離攻撃を仕掛け、こちらの結界を削ってくるなどこっちの事をわかって無ければ出来ないだろう。


 だからまずはそいつらを倒すために集中した。

 無心になってアイスボルトのような簡単なものではなく、ランス系の高威力のものを魔力量に物を言わせて放ちまくった。

 撃てば撃つだけ自分の中で魔法を組み上げる動きが洗練されていくのがわかる。


 他のウィザードの範囲攻撃を見て、自分も広範囲を巻き込む物を想像し、そのイメージを元に魔法を組んでいく。

 足止めにもなる氷を選択して、放つ。

 辺りに突如として霧が立ち込め、夏だと言うのに一気に空気が冷えていった。

 物凄い風が吹き荒れ、次から次へと押し寄せてくるゴブリンを凍らせていく。

 予想以上の事に少々慌てたものの、未だ健在であるオークを仕留めるまで維持し続け……ついには魔物だけでなく僕達の前方を白く凍りつかせて戦いは終了した。


 これでびっくりしたのは後でセルフチェックをした所、4割程度魔力が残っていたことだ。

 ……今、自分にどれだけ魔力があるのか……知っておいたほうが良い気がする。


 その後も本来ならば遭遇しないはずの魔物だったり、明らかに組織だった動きをする群れだったりが発見され……この辺りでも影響が大きく出ているという判断になった。


 僕達の本来の仕事も結構あったけど、それほど深い傷を負うことなく全員で帰還できたのだった。


「で。ユウ、あの魔法は何?私教えてないんだけど」

「いや、周りのウィザードの人たちがやってたの見て……」

「え、だってあの人達使ってたの風の魔法よ?」

「うんそうだね。だけども広範囲を一気に巻き込むってのが楽だなぁと……。いつも使ってるアイスボルトと違って足止めにもなるし」

「それ……自力で魔法を編み出したってことよね。ブリザードに似ているけど、完全に凍らせるとなると……それ中級から上級レベルの魔法よ?スカウトされるのも当然だわ」


 というか、自力で魔法を思いつきで発動できるということ自体が普通はありえないという。

 相当きちんとした知識や魔法を使い慣れていることに加えて、見合った魔力量がなければ発動しない。

 それをあの実戦の場で突然出来るというのは無理だそうだ。

 いや、僕出来たんだけど……。

 温度を下げれば凍る、当然の話だし……イメージ的にはいつも泳いでいるあの湖が全部凍って動くものが何も無くなっている、そんな物を考えて発動したものだ。

 確かに結果的には全てが凍りついて動かなくなったけど。


「だからあんたがおかしいのよ。要領がいいのは分かってたけど、それにしたって良すぎよ?記憶失う前は凄いウィザードだったとかじゃないの?」

「わからないよ……未だに目覚めた時以前のこと思い出せないんだから。なんかもう思い出さなくてもいいやって思ってるし」

「ともかく。ユウがあれをつかって皆を助けたのは事実よ。ヒーラー見習いのくせにあの凶悪な攻撃力と範囲を出してみせたってことは……色々と目立っちゃうわね」

「えぇ……それは困る!」

「これからは少し考えて行動することね」


 ヤバイ。それは面倒くさいことになりそうだ。

 ああそうか、あの人達僕達のことを報告する可能性があるわけだよな……しまった。

 もう出てっちゃったし。


「あ、でももしかしてストレージも出来たりして?」

「……やりかねないわねユウなら。っていうか魔力量おかしくない?あんなにランス乱れ撃ちして、最後はあの魔法。その後に傷ついた皆を治すためにヒールも使って……普通なら最初の乱れ撃ちでぶっ倒れてるわよ」

「あの後でも体感的には4割位残ってたんだよ」

「本当に規格外じゃない……羨ましいわ。ただ、ユウがあの魔法を放つことが出来るなら、いざというときのために範囲回復の魔法を覚えておいてもらいたいわね」


 セシリアさんがやっていたやつか。

 消毒がたいして要らない程度の怪我とか、軽い解毒などをいっぺんに行うものくらいしか僕にはまだ制御できないと思うけど、とは言われたものの……本来は中級ヒーラーが行うべきもので、見習いがやって良いものじゃない。


「理由は簡単よ。私よりもユウの方が魔力量が多い、そして応用力の高さね。私の方からお母さんに言っておくから聞いておくと良いわ。後は……初級を飛ばして中級の勉強を私とするわよ。毒と薬に関しての知識を詰め込まなきゃならないんだから」

「魔法覚えるのはいいけど、初級飛ばして大丈夫なの?」

「今の時点でもうその実力程度は持ってるはずよ。見習い程度の試験で分からなかった?簡単すぎたと思ったはずだけど」


 ……まあ……緊張したりしてたのもあるからあまり考えてなかったけど……。

 確かに内容的には簡単だった気がする。いつの間にか初級の勉強も済ませてたってことか……。

 難しく感じたわけだよ。


「まあ実力付けられるならそれに越したことはないね」

「そしてさっきの理由だけどもう一つあるの。今回メディックとして同行して分かったわ。魔物の活性化が激しくなってきているってことがね。本来オークが組織立ってあんな村から近いところに出る訳がないの。もっと奥の方にいるはずなんだから……それにちょっと嫌な予感もしたのよ」

「嫌な予感って?」

「シールドボア覚えてる?」


 僕達の方に一直線に突っ込んできたやつだな。

 初めてみたけど巨大すぎて正直足がすくんでたんだよあの時……。

 ものすごく怖かった。


「魔法を撃ち込まれても意に介さずこっちに突っ込んできたんだけど……少しは普通怯むものよ。それに私達が目に入ってなかった感じがしてならないの」

「えっ。ってことは……なにかから逃げてたかもしれないってこと?」

「うん。私だけじゃなくてあの場にいた戦士の人たちも同意見だったわ。追い立てられていたように見えたって。それだけじゃなくてね、あの森のなかに入って気づいたんだけど……マナの流れが変化してるの。ウィザードの人はマナが安定していなくて厄介だって言っていたくらいよ」

「……全然気になってなかった……」

「普通ならマナの流れが変わったり、強度が変化すると言いようのない気持ち悪さとかを感じるものなんだけど……ユウってなんか本当に変よね……。あの混乱した場で魔力の出力も安定してたし、しっかりとマナを吸い上げていたし……」


 マナの吸収が変化しないから気にならなかったのかな。

 でも薄い場合はそれなりに吸収率が落ちるって話だったけど、あの場でそれを感じたことなかったんだよなぁ。


「まあ規格外に私達の常識を語るだけ無駄ね」

「それちょっとひどくないか……」

「事実よ。ユウは私が見る限り魔力に関して私達の範疇を超えているわ。魔力の制御、魔力の保有量、マナの供給制御。そして危険を察知するカンもね。そこだけで言えばウィザードや上級ヒーラーレベルよ。足りないのは知識と経験だけ……悔しいけど私はもうすぐ抜かれちゃうわね……まあそうなったら私が助手としてついていくのが自然になるから良いかしらね」

「流石にエリーには知識と経験があるわけだし、僕は後ろをついていってるだけ。出し惜しみせずに教えてもらえるから一気に出来たかもしれないけど、僕自身はそこまでじゃないよ」

「謙虚ね、その姿勢は忘れないほうが良いわ。だけど私から見てもユウの知識の付け方は早すぎるし、応用して新しく考え出すことに長けてるの。だからいずれ私は敵わなくなるし、私よりももっと上の人に教えてもらうのが一番いいと思うの」


 具体的にはエリーのお母さん、セシリアさんだ。

 認定を受けた今の所一番上の人となるとセシリアさんしかないだろう。


 エリーの勉強もあるし、同時に僕も中級レベルの勉強を初めて……知識だけは詰めていけば良いんじゃないか、ということだ。

 同時に技術も叩き込まれることになるけど、上級を目指す僕達としては今のうちに色々経験していけるのは最高だろう。

 本来ならば順を追ってしか出来ない事を一足飛びに学べるのだ。


「ともかく、このへんでも異変が顕在化しているってことは、私達の仕事は増えるはずよ。このままひどくなると私達はこの村を放棄しなければならない可能性もあるし……。原因が何であるかが判明して、それが解決されない限りは安心できないわ。怪我人は多くなるしそうなるともう、階級がどうのって言ってられなくなるはず。つまり見習いでも出来る範囲での治療を求められる事が出てくるってこと」

「だから今のうちにしっかりと対処できるようにしておこうってことか。よくわかったよ」


 確かにそういうことならば、その時になって慌てるよりは今のうちに対処の方法を知っておいたほうが良い。

 まとめてヒールを掛けるってことも、一定人数を一気に戦線に復帰させるってことを考えると効率がいいし、その方が戦力が削がれることを防げる。


「あ、後ユウ」

「何?」

「私にあの魔法、教えなさい。動きを鈍らせるどころか凍りつかせるなんて威力は私には出せないかもしれないけど、足止めをするには最高の魔法よ。他にも思いついたら言いなさい。一緒に考えてあげる」

「教えられるかな……」

「あなたなら大丈夫。頭もいいし、すぐにやり方を覚えるもの。分かりにくいところは私が質問するから落ち着いて答えてみて?」

「わかったよ。……ちなみに考えてるのがあるんだけど」

「……流石ね、聞いてあげるから言って見るだけ言ってみなさい」


 なんだかちょっとあまり良くない状況が進みつつある不安。

 下手をすればこの村を捨てなければならないだなんて考えたくないけど……僕達が頑張れば戦う人たちをサポート出来る。


 一人でも多く救えるように、準備を整えていこう。



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