第三話 不思議な夢
『…………ユウは物覚えが良いね。もう完璧だ。まだまだ教えたいことが沢山ある、ゆっくり覚えていこうか…………では次は…………』
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「んー……。なんだあの夢……」
いつもより少しだけ早く起きてしまった理由は、さっきまで見ていた夢にある。
最初の頃に見ていた怖い夢はなくなったんだけど、昨日のはそれとはぜんぜん違うものだ。
顔は思い出せないけど、誰か大人の男の人と一緒に刃物の手入れをしていた夢だった。
なんでそんなのを夢に見たのか……ただ、その内容はよく覚えている。
その後はしっかりと手入れをしたその道具を使って、棚とか色々なものを作ったと思う。
思い出しながらやれば案外本当に出来たりして?
道具箱を取り出して中身を見ていく。
「……え、夢で見たのと同じだ。道具の名前も分かる。使い方も……なんだこれ」
ハンマーとノミを取り出す。
まるで何度も握って使ったかのような握り心地だ。
ノコギリ……今は錆びているけどどうすれば綺麗に出来るか、刃の立て方も頭に浮かぶ。
「なんでだ?いやでも夢だしなぁ……ちょっと後で教えてもらおう。間違ったやり方だったらダメだし」
ただ、この道具箱の中身はまだ僕は見たことがないはずなんだ。
なのに何処にあるのか、そして中に何が入っているのかをあの夢で見ている。
そしてそのとおりのものが同じ配置で入っていたんだ。
元々この家とかここの父親となにか関連があるんだろか……。
でもそれだったらセシリアさんとかエリーが僕を知らないってことはありえないと思う。
僕の消えた記憶ってなんだ?
あの夢はなんで見たんだろう?
夢の中の男の人は、とても信用できる人だったと思っていた。
とても親しい誰か……。僕のお父さんだったりするのかなって思ったけど、顔も声も全然覚えてないからわからない。
そんな人ととても楽しく、そして丁寧にやり方を教えてもらいながら一緒に作業できていたあの時間は……なんとも幸せな気分だった。
ま、夢の中の知識の答え合わせは後でするとして……そろそろエリーが僕を起こしに来る。
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朝ごはんを食べたら僕はエリーが一緒に行動するのを断って、一人で洗濯をすることにした。
心配そうだったけどもやり方はもう覚えたし、僕が作業している間にエリーがしなければならない仕事をしてもらったほうが良いに決まっている。
「本当に気をつけてよ?転んだりしないようにね?川に落ちちゃ駄目だよ?」
「大丈夫だってば。それにこの作業をもうちょっと楽にできそうな気がするんだよ。ちょっと考えながらやってみたい」
「もう……本当に気をつけてね?何かあったらこれ、渡しておくから吹きなさい」
「笛?」
細長い笛だ。
かなり大きな音が出るらしくて、この音を聞いた人は急いでそこに向かう事になってるらしい。
ありがたく貸してもらうことにして、洗濯に向かった。
入院している人たちの昨日の分の洗濯物が溜まっている。
昼くらいになると怪我して帰ってきた人の分も増えるんだろうな……っていうか、この小さな村でそんなに怪我人なんて出るのか?
いくら魔物が活性化してるからっていってもなんかおかしくないか?
僕の怪我を直せてしまう人がいるような治療院で、それでもまだこんなに不自由している人がいるってことだよな……。
人手が足りないって、もしかしてここに住んでる人の多くが傷ついて入院してるとか……?
やばくないかそれ。
「まあ、考えてても仕方ないか……。ヴォェェェェェッ!くっせぇ……」
やっぱこの臭いは慣れない。
そりゃなぁ、これ思いっきりうんこの臭いだからなぁ。
でもこの中に石と一緒に入れて回せばー……おお凄い。ホントにこれは楽でいいぞ!
回せば回すほどに中から茶色くてくっさい汚水が流れていく。
たまに固形のものがぽろっと出てくるけど、最終的には大分綺麗になって取り出せるんだからね。
これを手でとなったら……やってられなかったかもしれない。
下流の方どうするんだろうって思ったけど、飲料水にしているのは井戸水だけ。川の水は基本的に牧畜や農地用に使っているってことだったから特に問題ないみたいだ。
身体を洗うには裏の湖がある。
あまり遠くないしとても澄んだ水で、たまに子どもたちが素っ裸で飛び込んだりして遊んでるのを見る。
というかここの人たちはあまり恥ずかしくないのか、結構裸で身体洗ってるんだよな……。
隠しながらやってたら子どもたちに笑われたし!
あ、この数日で僕の存在はこの村に知れ渡って、多分知らない人はいない。
まだ買い物とかにも行ったこと無いけど体洗いに行ったりすると結構声をかけてもらったりするのだ。
こっちは名前も顔もわからないのに、相手はみんな僕のこと知ってるんだよね。
ちょっと変な感じがする。
さて。
この樽だけど……水車使ったら勝手に回るよね?
川の流れも早めだし水量もある。水車を使うには十分なくらいじゃないだろうか。
実際上流で粉挽き用の水車が回ってたし出来るだろ多分。
水車を作るにはちょっと面倒だけど……樽に羽つけるだけでも良いんじゃないかな。
つっかえ棒とかで止めれば回転止まるだろうし。
勝手に動けばつきっきりになってなくていいし、回している間は別なことが出来るっと。
後もう一つ。
あの樽をもう一個作って水から離れたところに設置する。
ハンドルを思いっきり回せばある程度水を飛ばせるはずだ。
そうだよ、洗濯機使ってたときにはそうだったじゃないか。
……ん?洗濯機?ってなんだっけ?あれ?
んんー……なんか思い出せそうなんだけど……思い出せない。
ああ!ムズムズする!!
結局何を思い出せそうだったのかよくわからないままに、思いついた案をエリーに伝えてみようと水気を絞った洗濯物を山盛りにして持ち帰った。
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「あー……確かに。なんで思いつかなかったんだろ。まああのままでも便利だったし……ただ水切りが簡単にできるやつ?はあったら便利よね。作れるなら作ってみてよ。っていうか道具の使い方教えてからよね……。仕事終わったら教えてあげるから」
「ありがとう。まあ材料用意したりとか、そもそも上手く作れるか……全然わかんないんだけどね」
「考えたやつをジェロイおじさんに作ってもらうって手もあるわよ。お金かかるけど」
「無理だよ……僕全くお金ないもん。っていうか誰それ」
「木を切ったり家具作ってる職人の人よ。ああそっか、そもそもこの村のことまだわからないもんね……後で案内してあげる。まあお金がないなら作るしか無いわね。樽は治療院の裏手にいくつか転がってるからそれ使うと良いわよ」
一番めんどくさそうな樽は使えるのか。
板とか棒は小屋にあったのはさっき確認したし、意外と行ける?
いやいや、知識があっても作れるかは……。
悲惨だったらどうしよう。
無駄話はそこまでにして、器具を洗って、また洗濯して。
あと今日は使えなくなったシーツを切って包帯とかにしていく作業とかもやった。
僕達が頑張れば頑張るほど、中で働いている人は自分の仕事に集中できる。
……後20日くらいはいつもこの仕事しているおばちゃんは戻ってこないから、それまでしっかりやり遂げないとね。
そして……。
「はい、二人共お疲れ様!上がっていいわよ」
「お母さんは?」
「私はちょっと危ない人が居るからしばらく付いてるわ。二人でご飯……あ、どうせならユウ君を案内しながら外で食べてきなさい」
「良いわね。じゃあユウ、仕事着から着替えたら行くわよ」
「あ、うん」
ついに村を歩くことになるかぁ。
こっちに来て13日だっけ?
ようやくって感じがする。
まあ少し前までまともに歩くことも出来なかったしなぁ。
エリーに連れられて村へ出る。
もう日が傾き始めていて西の空が赤く染まっていた。
改めて思うけど、本当に自然が美しい場所だ……心が安らぐっていうかなんていうか。
「今日言ってたジェロイおじさんのお店はここ。まあ前を通れば大体木を切る音とか聞こえてくるからわかりやすいわ。隣がこの村唯一の金物屋さん。武器とか農具だけじゃなくてウチで使ってる治療器具とか家庭で使う包丁とまで金属なら何でも扱ってるわ」
威勢のいい挨拶が店の中からとんできて、それにエリーが答える。
ここの村の住人は全員が全員の顔と名前を覚えているって言うから、みんなが知り合いって感じなんだろうな。
「ユウ!やっと外に出てきたのか!引きこもってねぇでもっと外でろよ!」
「ギルさん、ユウは病み上がりなのよ!後2~3日くらいしたら皆に紹介するから!」
「お、そうか?楽しみにしてるぞ!村上げて歓迎会だ!!」
いきなり怒鳴られてびっくりしたけど……別にあれは悪意があったわけじゃないみたいだ。
単純に表に出てこない謎のやつって感じで皆の興味の対象になっているらしい。
だからアレも怒ってるわけじゃなくて、やっとで顔を見せた新人と話をしたくてらしいけど……いきなりあの言い方じゃ怖いよ普通に。
「ここが酒場ね。他にも食べれるところはいくつかあるけど、今日はここにしましょ」
「別にいいけど……えっと『大熊亭』?」
「……まあ、店主見れば分かるわ」
体格がいい人なのかな?って予想は完全に裏切られた。
「いらっしゃい!」と威勢のいい声で出迎えてくれたのは……大きな熊だった。
いや動物としてのっていうか、獣人だった。
顔は確かに熊なんだけども体つきは人間っぽい。そして物凄い筋肉でお腹が出てる感じ……。
「おう!この子がユウって子か!初めまして俺は大熊亭の店主でグリスだ。大怪我してたらしいが……その様子だともうすっかり良いようだな?」
「え、ええ、セシリアさんのおかげです」
「あの人はここらで一番の術士だからな!それでエリー、今日は飯か?」
「そう。案内がてらに食べていこうかと思ったんだけど」
「そうかそうか、ならユウの快気祝いってことでお前らの分は俺のおごりだ。奥の席に行って待ってな、料理持ってってやるから」
がやがやとうるさい店の中でもグリスの声はよく聞こえる。
おかげで僕に視線が集中しているみたいで……なんというかちょっと恥ずかしいというか怖いというか……慣れないなぁ。
エリーに手を引かれて奥の部屋に行くときにやたらと口笛鳴らされたり。
「ほんっとにもう酔っ払いってのは……」
「賑やかな店だね。それにしても……獣人かぁ……初めてみた」
「忘れてるだけじゃない?この村にだって私達と同じ人族以外にもドワーフとか獣人とか居るのよ?」
大体何処に行っても色んな種族がいるから、知らないほうが珍しいか。
色々と馴染むまでに時間がかかりそうだなぁ。
「待たせたな!ユウのためのスペシャルメニューだ。いっぱい食べて力をつけろよ!」
「奮発したわね……いいのグリス」
「もちろんだ。久しぶりに新しいやつがここに来たんだぞ?歓迎するよ、ユウ」
「ありがとうグリスさん」
大分おなかすいてるしめっちゃくちゃ美味しそうな料理が目の前に並んでる。
早く食べたくて仕方ない!
グリスさんが引っ込んだところでエリーと乾杯して食べていく。
そういえばまともな食事を取れるようになって、初めて肉を食べるなぁ……こんな美味しいんだ。
パンもスープもめっちゃくちゃ美味しい。
結構な量があったんだけどあっという間に全部食べてしまった。
「あー……美味しかったぁ……」
「でしょ?ここの食事はボリュームが有って美味しいのよ。値段もそこまで高くないし。持ち帰り用のものも予め伝えておけば作っておいてくれるわ。狩りに行く人とかもここで作ってもらっていく人は多いみたい」
「へえ。これだけ食べれたら本当に満足だよ。あ、この飲み物も凄く甘くて美味しい!」
「美味しいけど気をつけてね、これお酒だから」
「へっ?」
蜂蜜酒。それをお湯で割ったものだった。
本当に蜂蜜の味がしてめちゃくちゃ甘くて美味しいからお酒って感じがしなかったんだけど。
あれ?飲んでも良いのかな?
「別に……飲んじゃ駄目なんて誰も言わないわよ?でも病み上がりだから一気に行くのは止めてね」
「ん、そっか。じゃあ無理はしないようにするよ」
結局全部飲んじゃったけど。美味しいんだもん。
お酒ってもっと美味しくないってイメージがあったんだけどな……苦いというか渋いというか痛いというか……。
あれだったら飲めるぞ。
身体もすっごい温まってきたし、なんかふわふわしていい気分だ。
「大丈夫?顔赤いけど」
「え?大丈夫だけど!なんか暖かくてふわふわして気持ちいい位だよ」
「家に帰ったらとりあえず水飲んどきなさいね。後はもうすぐに眠ったほうが良いわ」
「んー、分かった。うん、ぐっすり眠れそうだよ」
家に戻ってベッドに倒れ込む。
僕の記憶はそこまでだった。
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『いいかいユウ、今日は料理を作ろうか』
『包丁の持ち方と物の切り方はもう完璧だ!流石ユウだ』
『脱水機か、そんな物を作らなくとも今あるものを水から引き上げれば良いんじゃないか?ほら、こうやって……』
『初歩的な道具は全部揃えてある。少々不便かもしれないが、いつかこの経験は役に立つから覚えておいて損はないよ』
「ユウー!!ごはん出来たよ!!ユウ!起きてってば!」
「んー……エリー?」
頭がまだぼーっとしている。
……また夢見てたなぁ。色々と教えてもらったけど、やっぱり顔も声も覚えていない。
ただ、その内容だけはしっかりと頭に入っているのが不思議だ。
洗濯機?の改良とかもアドバイスしてもらったけど、本当にあれで出来るのかな。
棒の組み合わせで出来るっぽいけど。
あー……なんか頭痛い。
エリーの声が響く……。
「やっと起きた!今日は折角の休みなんだからちょっと出かけましょ」
「え?休み?」
「そ、今日は臨時でユウの仕事出来る人が入ったから私達はお休みよ。昼にちゃんと村を見たことないでしょ?」
エリーは仕事あるけど、僕の為に一緒に休んでくれるみたいだ。
昼間の村の様子は夜とは大分違う。
通りに面した所にはお店関連が並んで、住居はその奥。
さらに奥の方には臭いなどが出る牧畜関連の家がある。
店は隣とくっついているけど、住居の方は一軒一軒が離れているし、それぞれの家でもちょっとした畑なんかは持っているみたいだ。
その中でも僕の居るエリーの家は村長さんの家の次に大きい。
……お金持ちなんだな、多分。
「改めて見るとやっぱりエリーの家大きいよね」
「まあ、そうね。この村では一番収入あるのは確かだし……。だからこそユウの事も受け入れられたっていうのはあるの。治療院の収入もだけど、お父さん居たときにはブレナークで兵士長やってたからそっちの収入もあったし……今でも手当が入ってくるからそれなりに余裕はあるわ」
「兵士長って、結構良い立場なんじゃないの?すごいね」
「そうね。私兵だからちゃんとした国の兵士ってわけじゃないんだけど。休暇に帰ってきてあの部屋で色々作ってたわ」
だからいろんな道具とか揃ってるのか。
結構高いんだろうな……良いのか僕なんかが使って。
鉄製品ってちらっと見ただけでもいい値段してたし。釘も結構値段してたもんな、安いイメージがあったんだけど。
「あれ?でも鎧とか剣とか見たこと無いよ?」
「あ、見たい?別な部屋に飾ってあるのよ。っていうか、そうね……何かあったときのために使う武器庫だから知っておいたほうが良いわよね」
「武器庫」
「そ、魔物の襲撃なんかも稀にあるし、隣国がもし攻めてきたらこのブレナーク辺境伯領はまっさきにその被害をうけるところなの。だから各家庭に隠し部屋とかちょっとした武器庫なんかはあったりするのよ。っていっても国境は厄介なところだからまあ突破されることはほぼ無いわね」
厄介ってのは巨大な谷間が口を開けているから、ということだった。
高さは底が見えないほどで、谷に吹く突風の吹き上げが強すぎて橋をかけることも出来ないという。
更にはそこに住むフライリザードという魔物がとても危険ってことで、まず近付こうって人はいないみたいだ。
そういう事もあって僕が隣の国から来たって可能性はまっさきに潰れたらしい。
そりゃそうだ。
「とりあえず村はこれで一周したけどどうする?なにかしたいこととかある?」
「そうだなぁ。ちょっと工作とかしたいから道具の使い方を教えてくれるかな」
「あ、そうね、そういえば約束してたわね。後武器の扱い方とかね……歩きかた見てるとしっかりしてるしそっちの方も徐々にやっていきましょ」
「お願いね」
お父さんから教えてもらったというエリーだけど、どれくらい出来るのかはまだわからない。
自信はあるようだけど。
僕の部屋に戻って、道具箱から色々と取り出して……。
まずは道具の手入れ方法、研ぎ方や錆止めの方法などを教えてもらう。
まんま夢で見たやり方でびっくりした。
「……ユウ、ホントはやったことあるわよね?」
「いや……やったことはない、はずなんだけどなぁ……。これでいいの?」
「初めてにしては手慣れすぎよ?ずっとやってきた人みたい。もしかしたら記憶がなくても身体が覚えてるのかもしれないわね」
夢のおかげ、なのかなぁ?
もしかしたらエリーの言う通り知ってたかもしれない。
あの夢も僕の記憶が見せたものなのかな。
「とりあえずそんなもんでいいわ。っていうか後は一人でやれるでしょ……この分だと使い方の方も問題ない気がするけど」
と言いつつも丁寧に教えてくれるエリー。
本当にありがたい。でも想像通り、なぜか使えた。
ノコギリとか金槌なら分かる。だけど使ったことがないはずのノミや鉋とかも使いこなせたのだ。
「……本当に教えること無いわね。本棚作るのに全然時間かからないし……」
「いや、正直僕が一番びっくりしてるんだけど……。何をどうしたら良いのか、なぜか頭の中で勝手に考えてるんだ。そしてそのとおりに手が動くっていうか……」
「素人にありがちな失敗が一個もないわ。ユウってそのままジェロイおじさんのところで働けるわよ?」
「いやいや流石にそれは……」
流石にプロの職人にはかなわないでしょ。
ただまあ、目の前にある簡素な本棚は……寸法も、切り方も、仕上げも、全てが完璧な出来だ。
曲がったりもせず直角がきちんと出てるし。
最後に塗り込んだワックスでまるで商品のような感じになってる。
本当にこれ僕が作ったんだ……凄い。
あっさりと終わってしまったから、そのまま武器庫へと向かう。
そういえばこの家の全てを見て回ったこと無いんだな。
あんまり人の家を見て回るのは良くないだろって思ってたから遠慮していたってのはあるけど。
ただ、いつもセシリアさんが使っているキッチンの真後ろにあるとは思ってなかった。
考えてみればあそこだけ妙に壁が分厚いっていうか、一室あるように見えるんだけど……配置のせいなのかあまり気にならない程度に落ち着いている。
そこの棚を手前に引き出すと……なんとそれ自体が扉という面白い構造だった。
中には地下に通じる階段があって、降りていくと食料の備蓄や医療品、そして
武器と防具が並んでいる。
その中にキレイな鎧と盾、そして剣が飾ってあるのが見える。
「これがお父さんの使ってたやつ。鎧とかは国からとか領主から支給されるものの他にも、自分で購入して良いものがあるの。基本的に自分で買ったものを使えるのはある程度上の役職の人ね」
「ってことはこれはエリーのお父さんが自分で買ったもの?」
「そう。王都の職人さんに注文したやつで、全部でかなりの額ってはなしだけど……聞いてないわ。とりあえずユウ、これとこれ持って外に出るわよ」
「わっ!?人形?」
木偶人形ってやつかな?訓練用のやつだ。
そしてもう一つは木剣。エリーも同じやつを持って出てきた。
裏庭に出て木偶人形を設置すると、エリーの講座が始まる。
「兎にも角にも本来なら体力が必要だけど……それはとりあえず置いといて、今日は剣をどう使うか、どういう技があるか、そういうのを見てもらうわね。……私も久しぶりだから上手く出来るかな……」
自信なさげではあったものの……騎士のようなポーズをとって剣を握ったその姿はとてもかっこよかった。
自然体で構えた姿から、一気に距離を詰めて流れるような攻撃を軽快な音を立ててこなしていく。
「どう?」
「いや……凄いよエリー。凄くかっこよかった!」
「そ、そう?ありがと……。まあ今のはある程度基本をやった後じゃないと上手く出来ないの。基本ってのは……」
僕の身体を動かして基本の姿勢を教える。
左足の先は相手に向けるとか、そういうやつだ。
……なんか、なんかかっこ悪いぞ、これ。
抜き足差し足みたいな感じで中腰で動くような感じというか……。
さっきのエリーとはぜんぜん違うぞ?エリーのはもっとこう、攻撃的というか……。
「基本って言ったでしょ。足運びとか構え方とか、剣の持ち方、使い方……そういうのをしっかりやらないとどう体を動かせば良いのかとかとっさにできなくなるし、バランスの悪い動き方をして簡単に相手に動きを読まれたりしちゃうわよ?」
まあお父さんに一回も勝ったこと無いけど、と言ってるけど……兵士長とか言ってる人に勝てる気がしない。
といってもなぁ。
「じゃあ、良いわ。とりあえず私に本気でかかってきてみて?」
「え、でもそれ危ないんじゃ……防具も付けてないのに」
「それ自分の心配をしたほうが良いわよ?体験したほうが分かるんじゃない?」
女の子相手にとは思うけど。さっきの動きを見てればそれなりに強いってことだ。
対して僕は剣術も習ったことがない。
とりあえず……。
「はっ!いっでぇぇぇ!?」
振り上げて下ろそうとした瞬間に指を思いっきり叩かれた!
えっ、ちょっほんとに痛い!!
「今ので右手の指何本か飛んだわね」
「いったぁ……よ、よし、もう一回!」
今度は突きを狙っ……あれ、剣が……。
「がっ!?」
「はい首もーらい!」
「嘘でしょ!?」
「あんなんじゃ遅いわよ?兵士じゃなくてもあれじゃ避けれちゃうもの」
突きを放った瞬間、衝撃があって僕の持っていた木剣が消えた。
と、思ったらエリーも消えて……首の後にパシーンと木剣を叩き込まれたのだった。
あっという間過ぎて何が何だか分からなかったんだけど?
全力で突っ込んだのに。
「ま、大体皆最初はそんなものよ。私だってそんな感じで遊ばれたもん」
「そうなの?」
「そうよ。打ち合いとかの練習もある程度基本ができてないと出来ないっていうのも分かるでしょ?最初はひたすら体力づくりと基本の素振りからよ。そもそもまだ体力があまりないんだから」
「……道のり長そう……」
「兵士たちだって一年かけてみっちりと訓練してやっとでスタートラインなのよ?」
「だよねぇ」
すぐに出来るなら特別な訓練も何も要らないもんな。
まずは体力か……たったあれだけ動いただけなのにちょっと息があがってるし。エリーは当然涼しい顔をしている。
圧倒的に体力が不足しているのが分かるな。
あと一緒に暮らしてて思うけど、多分筋力もエリーのほうが上だ。
が、頑張ろう。
ランキング付けてみました。
良ければ押して貰えると嬉しいです。