第十五話 僕の道
調査は続き、翌日。
遅れを取り戻すためにも拠点で休んだ後にまたすぐに出発となった。
皆準備はしているから特に問題はない。
遠くで何かが吠えている声が聞こえる。
いや、声なのかどうかもわからないけど。
なんだかこう、木なんかが強風に晒された時になるようなボォーという音。
風もないのに聞こえて切るその音は……この深い霧の中ではとても不気味なものとなった。
「霧が晴れないね」
「そうね、こうも視界がきかないと気が変になりそう」
「それもなんだけど……なんかこう、とても嫌な感じがするんだ」
「ちょっと……ユウがそういう時は本当に起きるから止めてよ……。でも、なにかおかしいって思ったら絶対言って」
「分かった」
ただ何かとは言えないけど、とても嫌な感じ。
この霧がなのか、雰囲気がそう思わせているのかは分からないけど。
出発するにしてもこうも霧が晴れないと少し不便だ、ということでアクラが魔獣使いのマーレに命じて鳥を飛ばす。
何処までこの霧が広がっているのかの確認だ。
基本的に霧は低い場所にしか広がらない。上に飛ばしてやれば霧が晴れて全体を見渡せるだろう。
「……報告。霧は限定的。周囲300mほどの範囲にのみ広がっている」
「え、その程度の霧だったら昨日のうちにとっくに突破してるはずよ?」
「この霧、マナが含まれていると言っていたなライラ」
「ええ。なるほどねぇ……そういうことなら納得だわぁ……。マーレ、中心はここから北東に100mほど行った所かしら?」
「……大体、その辺。今マカニが…………うわあぁぁぁぁぁぁ!?」
「どうしたマーレ!?」
目をつぶっていたマーレが突然叫びだす。
マカニ、マカニと言いながら泣き出してパニックになっている。
……多分、マカニ……つまり使っていた鳥が襲われてしまったんだろう。
魔獣使いにとってのパートナーである魔獣達は、家族と同じ位の絆で結ばれていると言うから……そうなってしまうのも無理はないだろう。
だけど、お陰で霧は魔物の攻撃であるという可能性が出た。
これも弱ったところで狩るつもりなんだろうけど。
場所が割れてしまった以上、僕達が移動して集中攻撃をするのは当然のことだった。
「これはまたおぞましいというか……」
「まあこれなら確かに積極的に襲っては来ないか……」
倒れていたのは……なんだコレ。
穴だらけの芋虫……?みたいな変なやつだ。
こっから霧を発生させていたってことかな……。
攻撃方法は定かじゃないけど、
倒した後ゆっくりと周辺の霧は晴れていき、完全に見通しが効くようになった。
「マカニ!!」
マーレが走っていく。
そこにはマーレの鳥が横たわっていた。
「マカニ……!まだ、生きてる!エリー!」
「ええ。ユウも手伝って」
「わかった」
弱々しいけどまだ生きている。羽の付け根が折れて、内臓も大分やられている。
外傷で一番ひどいのは首の切り傷か。
もう少しずれていれば動脈を切断して間に合わなかっただろう。
いや、この状態だと普通の鳥だったら死んでてもおかしくない、さすがは魔獣というところか。
診察の前に完全にマカニを眠らせる。
痛みを取った途端に暴れかねないしな……人と違って僕達の言葉を解するわけじゃないから仕方ない。
血も大分流れてしまっているからしばらくは休ませたほうが良いだろう。
人と勝手が違うからエリーが治療に苦労していたけど、最終的にはしっかりと治すことが出来た。
多分。
「……これでいいわ。マーレ、魔獣の事は良くわからないけど……後数分で目を覚ますはずよ。しばらくは休ませてあげて」
「あり……がとう……!エリー!ユウ!ありがとう!」
まあ、この件からマーレの僕達に対する評価はかなり上がったらしく、話しかければ答えてくれるようになってくれたのは嬉しい。
そしてマーレはもう一匹の魔獣を出していた。
こっちは狼の魔獣でマーレはその上に乗って移動している。マルスと言うらしい。
……なんか、羨ましいなあれ。
偵察にはあまり向かないけど、敵の発見に関しては僕達以上だ。
お陰でこちらから一方的に出来る率が少し上がったため、攻略はだいぶ楽になった。
だけど……流石にオークとハイオーク、オークメイジの群れはキツかった。
見た目こそ人に似ているけど、大きく裂けた口に大きな犬歯、大きな鷲鼻。身体からすると小さめな目はギラギラと激しい殺意を放つ。
人よりも大きな体躯に強靭な筋肉は棍棒でそのへんの木をへし折るほどだ。
ゴブリンに比べて知能も高い為、よりはっきりとした連携をとり、メイジに至ってはかなり複雑な魔法も使ってくる。
……つまり、人を相手にしているような感じなのだった。
性質としてはゴブリンと大して変わらない為、女性が捕まると色々と非常に不味いことになる。
女性を結構抱えていた僕達としては絶対に倒さなければならない相手だった。
最終的にこちらが勝利したとは言え、かなりの怪我人を出してしまう結果となり……。
僕達は拠点を構築してからそこで怪我人の手当で大忙しとなる。
「では怪我をした人たちは全員集まってください」
面倒なので簡単な怪我……重症でないものに関してはエリアリカバリーで一気に治すことにしたのだった。
見習いだからあまりこういうのはしたくなかったんだけど、怪我自体はほぼ全員が負ってしまってるわけだし早くしないと夜になってしまうからどうしようもない。
それに、どうせ僕達は最後までついていくことになるし……実力を示すって意味でもそれはそれでよかったと思う。
ハンター達は結構びっくりしてたけど。
本来なら見習い程度が出来るわけないものだからな。
でもこれはエリーでもやれたものだ。
それでも魔力の温存の意味でも僕がしたほうが良かったわけで。
実際全然魔力減ってないし。
それのお陰で僕達の実力がハンター達に受け入れられたっていうのもなんかなぁという感じではあるけども。
ともかく。
なんとか安全地帯を確保して僕達は次の日に一度帰ることとなった。
□□□□□□
気がつくと、僕はどこか白い部屋にいた。
周りには管やら何やらが沢山付いたよくわからないものが並んでいる。
息をしようとして出来なくて……。
もがきながら意識は暗く深いところへと落ちていく。
□□□□□□
「……っはぁ!はぁ……はぁ……。あれ?」
セルフチェックをしてみる。
……心拍数が高い以外にあまり変なところはない。
変な夢は散々見てきた気がするけど、今日のは完全に悪夢のたぐいじゃないか。
目を覚ましたら溺れてるとかなんなんだ。
溺れるとあんな感じになるのかな……めっちゃくちゃ苦しかった。
一応水には気をつけておくか。
にしても変な時間に目が覚めてしまったな。
まだ皆寝てるし……もう一度寝直すか。
と、二度寝してたら寝坊しかけた。
エリーに起こしてもらわなければヤバかった……。
帰りも馬車が迎えに来てくれたから楽に戻ることが出来る。
村に戻ると魔道具技師のオーウェンと鍛冶屋のデニスが僕のことを待っていた。
何事かと思ったら……一振りの剣だ。
「待たせたね!デニスと2人で作った魔法剣だよ」
「これが……。抜いてみても良い?」
「もちろん。振ってみたり、魔力を通じてその通り具合を見てほしいんだ」
「重心の具合だの、魔力の通り具合だのってのは使う本人が判断するしかねぇ。自分の手に馴染むように微調整してやるからな」
「なるほど」
シンプルながらもそのシンプルさが逆に良い。
そんな鞘から剣を引き抜く。
そこから出てきたのは真紅の刃。
やや反り返った刃は細身ではあるけどとても軽くて鋼鉄の武器と比べても問題ないほどに強い。
片刃だけど剣先だけは反対側にも刃が少しだけ付いていて、突き刺すという用途にも向くだろう。
素振りをしてみるとまるで手に吸い付くような感じ。
魔力を通せば抵抗もなく真紅の刃が輝き始めて持っているだけでも感じられるほどの熱を放出し始めた。
「……これ、良いよ。このままで全然いい」
「そうかい?その剣はレッドファングの爪を素材としたもので、爪を魔法的に圧縮して強度を高めながら作ったものだよ。魔物の性質がそのまま剣の性質となるけど、そこに自分の要素を足すことでまた少し違った効果を生み出すことも出来るはずだよ」
「へえ……」
自分の要素……氷とか相性悪そう。
火魔法はどうなんだろう。風……うーん。治療。……燃やしながら治療とか拷問か。
まあいいや。
とりあえずこれからの拠点構築に役に立ってくれることは間違いない。
使い方次第で色々な効果が出るってことだから、試すだけ試してみたいな。
中距離程度なら剣撃飛ばせるみたいなことも言ってたよ?
たまにエドがやってるやつだ。
かっこいいなぁって思ってたからやれるとなると凄く面白そうだ。
「村長から話があったけど……オイラ達職人は村に残る予定だよ。武器の手入れとかもあるだろうからね」
「いいのか?危険だよ」
「村には軍が駐留するんだろ?お前達のように前線に居るよりかは大分安全だ。そっちこそ気をつけな」
「まあ……そうだね。ハンターの人たちとかが守ってくれるから大丈夫だと思うけど」
皆残ってくれるのか。ちょっと心強いな。
武器や防具のメンテナンスは慣れた人にやってもらうのが一番いい。
軍が動くからそれなりにそういった人たちもついてくるだろうけど、やっぱり手をかけてもらうなら彼らだ。
オーウェンは結局自分の工房を作ることが出来なかったか。
折角来てもらったのに申し訳ない感じだけど、本人が全然気にしていないのが救いだ。
少し話をした後に家に向かう。
エリーが僕の事を待っていてくれたようで、着替えなどを渡してくる。
「お風呂、行くわよ」
「ああそうだね。今回ちょっと汚れちゃったしなぁ」
「身体にあいつの臭いが染み付いてて嫌なのよ……」
「……ああ……。あれは臭かった」
最後の拠点を築く前、あのオークの襲撃の後だ。
傷ついた僕達に追い打ちをかけるように嫌なヤツが来たのだ。
名前も知らない新種。
平べったい虫のようなやつだけど、大きさはかなり大きく……サソリよりも太く平べったい尻を上に反らせてこちらに向けていた。
と、突然その尻から何かを噴射して……かなりの人数が火傷を負う。
被害を食った人たちをすぐに後ろに下げて、慌てたウィザード達が結界を張り対処を始めていく中で、物凄い吐き気をもよおす悪臭が漂っていったのだ。
原因は当然あの噴射されたもの。
排泄物と吐瀉物と腐敗物を混ぜて更に腐らせたものを濃縮したような、激臭。
全員で吐きながらそいつを倒したけど、倒した後の死骸もまた激臭。
そいつをストレージに入れさせられた人なんか涙目だった位だ。
直接浴びて火傷を負った人たちは、薬品による火傷と同じ状態となっていた。
こういうのは大体肉体を構成する物質と反応して皮膚組織を侵していく。
今も煙を立てながら進行していくそれはかなり酷いものだった。
流石に経験が少ない僕達だったけど、なんとか対処に成功して全員を治療することが出来たのは本当に幸運だったと思う。
重傷者とかがあまりいなかったというのも大きい。
基本的にモロに浴びてしまった人は防御態勢を取っていたため、大半は盾に防がれたからだ。
お陰で後に控えていた人たちはそれほどの被害を受けなかった。
ただまあ、少し霧みたいになったのは全員に降り掛かったわけで……。
若干の皮膚の痛みや赤みや腫れがあるものの、それはすぐに治した。
が、治せなかったのは……悪臭だった。
ウィザードの水魔法で液体を洗い流してなんとか良くなったけども……それでも鼻を近づけると大分臭いがするのだ。
……そういやあの2人もちょっと距離をとってたような。
ちょっと傷つくぞ……。
公衆浴場に行くと、当然のように調査隊のメンバーが全員集まっていた。
まあそりゃぁそうだ。
「あら、2人も来たのねぇ。ほら、これ貸してあげるわぁ」
「あ、ライラさん……ってこれ石鹸じゃないですか!」
「高級品じゃない……良いんですか?」
「もちろん、今回は2人の活躍がなければみんなもっと酷かったかもしれないのよぉ?それにこれを使わないとあの臭いは取れないわねぇ」
「あぁ……確かに」
匂いを嗅いでみると香油を使っているのか凄くいい匂いがする。
爽やかななんだろう、すーっとするような感じ。
使い方を説明してくれてる時に、その大きな胸が揺れまくっているのを見て……ちょっと反応してしまいそうになったのは許して欲しい。
ただ、お陰で凄く汚れと臭いが取れてさっぱりしたのは言うまでもない。
石鹸すげぇ。
それにしてもハンターの皆やっぱり身体良いなぁ……。
筋肉物凄いわ。
それに比べたら僕の身体は……筋肉がついたとは言え、薄っすらと腹筋が見える程度。
なんだ、この差は。
湯に浸かっているとハンター達がどんどんいなくなっていった。
なんというかあの手の人達って汗流せればいいって程度であまり楽しまないよなぁ。もったいない。
そこに見覚えのある人が入ってきた。
「ユウ、エリー」
「あ、どうも」
アクラだ。……何気にこの人も鍛えてるな……。
ビシッと決めた髪型じゃなくて、髪を洗った後で乱れているわけだけど……妙な迫力がある。
「今日はよくやってくれた、礼を言う」
「いや……別にそんな凄いことしたわけじゃ……」
「そうね、やれることをしただけよ。流石にあの薬品の噴射は結構危なかったもの。進行が早いものだと全員は助けられなかったかもしれないわ」
「しかし、ランクに見合わないほどの働きがあったことは確かだ。ヒーラーとしての実力は上級と言っていいだろう。またウィザードとしての実力も申し分ない。君たちの位高いレベルで戦えるヒーラーというのはなかなかいないのが現状だ」
……なんか、今まで頑張ってたことを認めてもらえたのが凄く嬉しい半面、褒め過ぎじゃないかっていう感じもある。
ただ真面目な彼がそう評価してくれたというのは純粋に嬉しいな。
「そこで……この任務が終わった後、君たちには王都に来てもらいたいと思っている。良いか?」
「え?それは……」
僕はこの村にずっと居るつもりだった。
家を作ろうとしていたのもそうだし……。
「ここを離れたくない気持ちは分かる。しかし……君たちの力は類稀なものだ、是非とも我々と共に来て力を奮ってもらいたい」
声を落として、どの道秘密を知ってしまっている上に実力もある2人を上が見逃すはずもない、とまで言われては逆らえる気がしない。
セシリアさんや村長さんは村に必要な人材だから動かせない。
だけど僕達2人はそこまで村に固執しなくてもいい、というのは確かだ。
正直な所ここを離れるのは寂しいけど……。
「エリーはどう思う?」
「そんなの……どうせ断っても行くまでしつこいに決まってるじゃない。行くしか選択肢はないわ。それに、王都に行くことになれば、私達が学べることもとても多くなるの」
「その通りだ。王都にはこれまで蓄積してきた知識が集まっている。それに君たちならば既に秘密を知るものとして我々の研究所への立ち入りも出来るのだ。共に彼らの研究をしてみないか?」
もちろん生きて帰ったらだけど。
確かに気になるといえば気になる。
どんな姿なのか、どんな体の構造をしているのか、何が悪いのか……。
ヒーラーとしてそれに携われるのは光栄だ。
「ユウ、ここまで関わった以上、私も気になるわ。ここを離れるのは私もちょっと嫌だけど……いつかまたここに戻ってくればいいだけよ。それにちょっと帰って来るくらいなら別に出来るでしょ?」
「まあ……そうか。たまに帰ってくるくらいなら出来るか。時間かかるけど」
「転移用のゲートが設置できれば距離の問題はかなり無くなるだろう。なにせ高濃度のマナのすぐとなりにゲートとそのマナを回収するための仕組みを置いてくるのだからな」
「あ、そうか」
研究のための扉としてだけでなく、有り余るマナを使っての移動手段としても活用できるってわけか。
復活したらどうなるのか聞いてみたら、恐らくは魔龍脈というものは消えるだろう、と。
ただそのかわりに彼らが魔力を使えるようになるということで、その身体から漏れ出るマナが大地を覆うだろうと。
そしてもう一つ。
人……いや世界を滅ぼそうとした古なる者に関してはそのままの状態を維持し、治療も何も施さずにほうっておく。
つまりいままでどおりにマナを使うことが出来る巨大なマナジェネレータとして在り続けるだろうと。
……結構ひどい話ではあるけど、世界を滅ぼされるよりはマシだ。
まあともかく……僕達の任務はかなり重要なものとなるのは確か。
この作戦が成功すれば、色々なことが一気に進められるようになっていくのだ。
今後のためにも確実に成功させなければならないな。
「分かりました、行きます。もっと色々なことを知りたいです」
「ありがとう。……ふう、君たちは慣れているのか?私は先に上がる」
慣れてるわけじゃないけど……気持ちいいし。
あまり熱くはないと思うけどな?
その後すぐに僕達も上がる。
王都かぁ。どんなところだろう。
「私も知らないわ。行く用事とか特に無いし……向こうに着くまでかなり掛かるもの」
「そっか……ブレナークであれだから、もっと凄いんだろうな」
「言った人の話……まあ行商人だけど、凄いみたいよ。人はブレナークの何倍もあって、お店とかも沢山並んでるって。通りは常に人に溢れてて物凄い活気があるんだ、って」
「公衆浴場あるかなぁ」
「ブレナークは特にその辺気を使ってるけど王都はどうなんだろ……」
「……っていうか、アクラに聞いてみれば良いのか。その辺にいるかな?」
外でゆっくりと座って休んでいるアクラを見つけた。
いつもビシッとしてる印象なだけに、リラックスしているのを見るのは初めてかもしれない。
「お前達か、どうした?」
「いえ、ただ王都ってどんなところなんだろうって思ったので。アクラさんは王都から来たんですよね?」
「ああ、そういうことか。そうだな……王都は当然ながらこの国の全てを集めたような場所だ。人口は把握できているだけでも11万ほど。工業、商業全てにおいて最先端を行く街だと思って良い」
「……なんか……ちょっと想像できないです」
この村なんて300人いない程度じゃないか?その300倍以上だ。
ちゃんと住んでる人に至ってはそれ以下ってところだろう。結構辺境とは言えこの辺はいい狩場になっているからそれなりに長期滞在する人は多いし、優秀な治療院があるお陰で色んな所から人が集まってくる。
村の中でもかなり裕福なところと言える。
ブレナークも大きめだけど人口は1万ちょっと位と聞いたような。
結構多く感じたけどなぁ。
「人口はこれでも相当増えたのだぞ?以前は生まれても死ぬ者が多かった。衛生環境の概念が薄かったからな。今では生まれてくる命をかなりの確率できちんと取り上げることが出来る。そして、ヒーラーのお陰で怪我や病気などをしても助かる可能性が上がった。……それでも魔物などにやられて命を落とすものは多い。悲しいことに人同士での争いでも命を落とす」
「これからはどんどん増えていくってことですか?」
「そうなるだろう。そしてそうしなければならない。我々がいつか復活した大地で暮らす時、どうしても人数が必要だ。……だからこそ王都は……いや国は無理をしない程度に子供を作ることを推奨している」
「あ、それは聞いたことあるわね。だけどこういう田舎だと色々と制約があるから難しいわ」
「そうだろうな。こればかりはどうしようもない……。基本的には貴族向けの政策と思っていい。そして限られているとはいえまだこの国の土地は人がいないところのほうが殆ど。そうやって増えた者達を積極的に領主として育て上げ、いずれ来る大遠征などに備える」
そのためにも農地を広げたりと食に関する問題をクリアしていかなければならない。
今はそこまで困ってないけど、やっぱりあるに越したことはないし……。
ただ、本当に凄く気の長い計画だと思う。
ずっとそうやってこの国は続いてきたんだ。
代々の王達や、研究者達はどうすれば彼らを復活させられるのか、そして復活したあとのことを考えてきた。
1つの目標に向かってずっと皆を誘導してきたその手腕は本当にすごいと思う。
そこは教会などで古なる者の言葉を教義として、でも重要な部分は教えずに。
彼らの願いは世界の復活。
そのために必要な情報や考え方を説法で説くのだ。
「研究所ってどんな感じなんですか?」
「ふむ。さっきも言ったが全ての情報、そして知識が集まる場所だ。あらゆる場所に散らばるヒーラー達の報告や研究結果なども随時集められていて、それらを精査し、確定されたものだけを厳選して置いてある」
こういった研究報告の結果をもう一度そこで確認するという物が1つ。
様々な病気などのサンプルを取って、どうすればそれを消すことが出来るかなどの研究をしているのも、薬を開発したりするのも、そういった研究結果をヒーラー達に教えていくのも研究所の仕事だ。
当然ここの報告は王家の方にも送られる。
そしてもう一つ、魔物の情報も研究している。
魔物の死骸などを持ち帰り、その身体の構造やどういったタイプのものなのかを判断していく。
毒や急所、何に対して弱いのか、逆に何に対して強いのか……。
面白いのでは可食かどうかも調べているらしい。
これに関しては家畜だけでなく、狩った魔物を食べることによって食料の問題を軽減するという目的もある。
もちろんその魔物の素材がどういったものになるかなどは、研究所だけでなく色々なところにサンプルを渡すなどして研究させているらしい。
結構それで新しい素材や薬などが開発されているのでかなり重要な物だ。
そして今回の作戦が成功すれば……この研究に古なる者のサンプルが加わる事になる。
今まで成し得たことがない事。
必ず成功させたいというアクラの考えはよく分かる。
ただまあ、流石に何に使えるか、などというものには使わないだろう。
それをやってしまうと流石に色々と後で不味いことになるはずだ。
復活した古なる者が、自分の体を使った装備とかを見たら……僕だったら普通に怒る。
ただ、兎にも角にも馬鹿みたいに大きな体を持つ彼らの体内を、僕達が歩いて観察できるっていうのはなかなかない機会だ。
免疫と呼ばれる防衛機構に関してはおいおい対応していくしか無いだろうけど。
高濃度のマナに対する対処に関しても、どうすれば良いのかは今の所考案されていない。
そういうところに長時間いることが出来ないこと、そしてそういう場が殆どないことが問題だったためだ。
でも古なる者の体内はその環境が揃っている。
知りたい。
その研究に携わりたい。
今まではセシリアさんを漠然と目指していたけど……王都に行くことを決め、アクラの話を聞いて……僕のしたいことが決まった。
この世界を復活させるため、古なる者を復活させるため……僕はその研究をしたい。
飼い犬に邪魔されなかなか筆が進まない……!




