第十三話 箱庭
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アクラの語ったことがどんどん胡散臭くなっていく。
巨大な人形の生物が大地の下に眠っていて、その巨人から吹き出すマナ。
それによってプレイグと呼ばれている魔物の活性化と大量発生が起きるとか……。
そんな相手とどうやって渡り合ったんだよ。
人と巨人が戦って勝ったってことだよな?今、巨人がいないってことはそういうことなんだよな?
今だったら色々と魔法も昔に比べて洗練されているものがあるし、もっと簡単に勝てるんじゃないのか?
「滅びかけている……って……この王国が出来たのは何千年以上昔の話だろう。なんで分かるんだ?」
「見ればどうしようもなく理解してしまうからだ、エド。……聞くが、この王国の外を知っているものはいるか?」
エリーが手を上げて、隣国の話をする。まあこの村って境界線のところだからね。
僕も少し聞いたことがある話だ。
「ああ、そうだな。では、王国の外に出たことのある者は?」
誰もいない。
まあ……王国の外って言ったってどれだけの範囲が王国なのかもいまいち分かってないんだけどな、僕は。
「誰もいないか。当然だ」
「どういう意味だ?」
「王族や我々など、一部の者達以外には……一人残らずそのような暗示がかけられているからだ。嘘だと思うか?それならば、王国から出て別な国へ行こうと思ったことはあるか?あの山々の更に奥には何があるのか想像したことは?王国内を移動したことはあっても、王国の外へ出たものはいないはずだ。なぜなら、そういう考えが出ないようにされているからだ」
「待て、王国が俺たちになんでそんな事をする?王国ったってとてつもなく広いんだぞ!出来るはずがない!」
「落ち着くのだエド。建国の時から既に行われてきたことなのだ。王国を造ったとき、巨人を利用して壁を作り、それが王国の境目となった。王国を造ったとき、人々が絶望しないように王はそれ以降生まれてくるであろう者たちに1つの呪いとも呼べるものをかけた。その呪いは生まれてくるもの全てに遺伝し、受け継がれていく。やがて最初の建国の人々がいなくなり、事実を知るものは王家のみとなった」
僕達が知っている世界は、壁の内側の世界。
とても広く、美しい世界。
でもその外側は?
「そして……我々の王国……その外側を私達は見た。……見てしまったのだ。出来れば知らずにいたかったとさえ思った」
「調査団の奴らは、全員それを知っているのか?」
「その通りだ。我々王立研究所の中でも限られたものしか知らないが、この魔龍脈を調べているものは全員その事を知っている者達だけで構成している」
「……で、この王国の外は、なんなんだ?言うだけ言ってみろ」
「信じられないのは分かる。私もかつてそうだったのだからな。だが君たちももう、完全に事情を知ってしまったからには普通の生活には戻れないと思うが良い。見たくなくとも見せられることになるのだからな。先に教えてやるだけありがたいと思え。……王国の外側、壁の外は……ああ、しばらくは美しく広がる自然豊かな土地だった。だが、そこから少しだけ進むと……唐突に風景が変わった。そこには何もなかった。何もなかったのだ。大地は大きく裂け底の見えないとてつもなく大きな奈落がそこにあった。大地のかけらが漂い、ただ、全ての時が止まったかのように静かに浮いていた。草も木も水も動物も、鳥も魔物でさえそこには存在しなかった!」
思い出したのか、あの仏頂面のアクラが手を震わせながら吐き捨てるように言う。
なにもない。
正確には大地のかけらが漂っている空間が広がっているというが、そこには生物が存在できない世界だったという。
「我々が見ているのは、世界の境界線に描かれた絵のようなものだ……ただ、平和に、平穏に暮らせるようにと創ってくれた世界だ。王国の壁はその境界線へたどり着けないようにするための壁。外敵から身を護るための壁ではない、我々自身を封じ込めるための壁だ。そんなものよりも遥かに恐ろしいものから我々を守るための壁だ」
世界の境界線。
実際に線を引いたかのように綺麗に切り取られているのだという。
そして、その境界線の外は……。
「境界線はうっすらとした膜で覆われている。通ろうと思えば通れるが、向こうに行ったらもう二度と還ることは敵わない。踏みしめる大地がそもそも無いのだが、ちょうどよく鳥がその境界線を抜けた。次の瞬間、鳥は光の粒となって消えた。枝を突き出してみれば、その膜を通り過ぎたところが同じ様に光の粒となって消え、どんなに鋭いもので切ってもこうはならないであろう断面が残されていた」
アクラの言葉に全員が圧倒されていた。
最初は僕達も話半分で聞いていたし、エドなんかは完全に馬鹿にした態度で聞いていた。
だけど……そんな僕達を前に話すアクラの言葉は……真剣だった。
嘘を言っているような顔ではない。
本当に恐ろしいものを見てきた人の反応だった。
嘘じゃないなら……僕達がいるこの世界って……。
「……じゃあ、隣国の奴らはどうなんだ?奴らも知っているのか?」
「隣国は……境界線に映る偽りの国なのだ……。この辺は壁が崩壊した場所だ、あの断崖絶壁のせいでな。あの断崖は建国後少しして起きた古なる者が腕の一振りで付けたものと言うことだ」
「それが本当だとして……俺たちがどうすりゃその巨人をなんとか出来るんだ?寝返りうっただけで国が滅びるような奴を相手にどうしろってんだよ」
嘘だろ。
境界線に映る偽りの国?無いのか?あんなに遠くまで景色があるのに?
遠くに見える山は……あれは絵だというのか?
太陽だって登るし月だって登る。
雨が降れば晴れの日もあって、強風のときもある。
それが全て嘘?
「古なる者を倒す選択肢はない。と、言うのも……その古なる者こそがマナの源なのだ。魔龍脈は彼らの身体から溢れ出る息。だから古なる者は殺せない」
「頭が痛くなってきたぜ……」
「……なんだか雲を掴むような話だ……アクラ、それは本当の話、なんだね?」
「ああ。疑いようもなく真実だ」
「じゃあ、真実であるとして聞くけど、……さっきアクラは壁を作る時に巨人の力を借りたと言っていたね?敵じゃないのか?」
現実とは思えない話だ、本当に。
何もかも信じられないことばかり。
エドじゃないけど、頭がおかしくなりそうだ。
僕達……ここでこんな話を聞いてよかったんだろうか。知らないほうが良かった気がする。
「エリー」
「聞かないでよ。訳わかんなくて混乱してるわ……。私達の信じていた世界は、本当はありませんでした、って……そんなのあり?話を聞いてる分にはこの世界はどこまでも広がる世界じゃなくて、箱庭みたいなものだって言っているのよ?」
「だよね。僕なんてもっと訳わかんないよ……」
知らないところで目を覚まして、順調に進んできたと思ったらこれだ。
絶望しか無いじゃないか。
「続きをいいかね?……シリルの質問に関してだが……それが古なる者への対処に繋がる。我らが王国で信仰されている神。それが、建国に際して壁を創った巨人、古なる者の1人だ。日々を感謝せよというのは彼に感謝せよということ、今の我々の生活は彼が死守したもの。古なる者達を眠らせ、我々にこの世界を託した者……それが我らの神だ」
「そんな……まさか……」
「事実だ。そして彼は未だに我々を見守ってくれている」
そしてアクラは今の世界が出来た経緯……僕達からすれば神話を語り始めた。
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建国よりもずっと前の時代。
巨人たちが支配する世界が広がっていた。
そこに僕達と同じ人たちも一緒に暮らしており、お互いがそれぞれを助け合っていたという。
人は巨人を古なる者と呼び崇めていた。
しかし……その古なる者の1人が倒れた。
毒の息を吐き、苦しそうにしている彼を救おうと皆が手を尽くした。
だがそれは叶わず、ついに彼が動かなくなってしまった。
そこから全てがおかしくなっていった。
彼の息の当たっていた所から見たこともない凶暴な怪物が姿を表し、人々を襲い始めた。
多くの人が食われ、また、大きな怪物は古なる者達へも襲いかかる。
大地は焼け、恐ろしげな声を上げて地上を、そして空を覆い尽くす生き物に……人は住む場所を奪われていった。
人々は古なる者に助けを求めた。
……だが、古なる者達もまた苦境に立たされていたのだった。
長い時を生き、死ぬことのない彼らは怪物とは別なものによって蝕まれていた。
助けを求めた人々が見たものは、次々と倒れてゆく巨人の姿。
倒れた彼らの周りからは、また更に醜悪な怪物が溢れていく。
人々は願った。この生き物たちを退ける力と、自分たちが崇める古なる者を助ける力を。
そして……願いは通じた。
人々は力を手に入れた。願いを力に変える力を。
その力を武器に人々は闘い、怪物たちを倒していった。
倒れていった古なる者達を癒やし、助けた。
古なる者達は感謝し、また力を合わせて怪物を倒していった。
が、一部の者達は人々が自分たちに対抗しうる力を持つことを是としなかった。
癒やしを受けたにもかかわらず、苦しみはまだ続いていたこともそれに拍車をかけてしまった。
人々は自分たちに弓引き、弱らせて使役するつもりであると。
破壊者となった古の者達は、人々に味方する古なる者を倒し、人々を焼き払った。
凄まじい力の前に、願いの力を持った人々であっても太刀打ちできずに次々と死んでいった。
怪物たちの比ではないほどの力の応酬は、大地を抉り、海を蒸発させ、空を消し飛ばした。
やがて、それぞれが数えるほどしかいなくなってしまった。
最後に残った人々に味方する古なる者は、同じく最後まで残り破壊の権化となった古なる者を人々と力を合わせて倒す。
だがその代償は大きかった。
大地は砕け、怪物を含む全ての生き物を拒絶する。
唯一、彼が守りきった場所だけが……元の景色を残していた。
嘆き悲しむ最後の古なる者は人々に願いを叶える力の教えを請う。
そして彼はその力を得て悟った。
この力は自分たちを苦しめた病であり、そしてあの怪物たちを生み出したものであると。
人々は小さく短命だが、古なる者達が太刀打ちできなかった病を克服し、それを力に変えた。
自分たちを進化させ、古なる者達を救った。
だがこの力は古なる者達にとっては毒だ。
力を得た彼もまた、同じ様に毒に倒れてしまう。
なんとか治そうと必死で願う人々を見て、彼は決心する。
自分たちは倒れようとも、人々はこの世界に上手く対応して生きている。生きていける。
ならば。自分たちは一度この地上から姿を消す。
そして未来を彼ら小さな人々へと託すことにした。
僅かに残った大地以外にいた古なる者達は既に消滅してしまった。
この大地に残された古なる者達は彼を含めて10体ほど。そのうちの1人は破壊者と成り果てた者だ。
彼は言った。
いつの日かこの大地が消えずに残り、人々が今よりもさらに強力な力を身に着け、自分たちを完全に癒やすことが出来るようになった時……世界を再建しようと。
失われた世界をもう一度作ろうと。
今の自分にはもうその力は残されていないが、破壊者以外の者達を復活させられれば……またこの世界を再建するのも不可能ではないだろうと。
病の原因となった物を、自らの力と出来るのならば。人々が出来たのだから自分たちも不可能ではないはずだと。
だから人々に生き延びよと命じた。
いつかこの世界を復活させるために生き延び、古なる者達を完全に助けられるだけの力をつけよと。
そうしたらそのときは共にこの世界を再建出来るだろう。
人々はそれを聞き入れ、必ず約束を果たすと決めた。
だが人々が生活するには広いとは言え、あまりにも絶望的な光景だった。
そこで古なる者は壁を作った。
危険な外へと出て行かないように。
さらに失われた世界を再現することは出来ないが、その壁の中では世界が存在するかのように見せかけの世界を被せた。
人々はこの事を伝えるために王を決めた。
そして代々語り継ぎ、必ず約束を果たすために方法を探し求めると誓った。
それを聞き届けた彼は、この大地に眠る古なる者達の時を止め、自身も深い眠りについた。
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「……この国がなぜ、治療術士を優遇しているか、そしてなぜ、治療術士のみがとてつもない知識を要求されるか……それは全てこの為なのだ」
神を、治療するため?
この病……つまりマナのせいで神々は眠りについて、そのマナを克服して自分のものとすることを願っているってこと?
「なるほど……それで私がこの場に呼ばれているのですね」
「その通りだ。しかも貴女は王国の認定を受けた治療術士、全ての知識を受け継ぎ、それを行使できる者……。異変の原因、マナの異常流出は古なる者の病が原因であり、眠りについている彼らの病状を和らげればマナの流出は正常値へと戻る。新しい魔龍脈が出来てもそうすることで制御が可能であるということが知られているのだ」
「しかしそれは対症療法であって、病を治すためのものではないかと思うのですが……」
「その通りだ。我々は未だに彼らを完治させ、マナを克服させてやることは出来てない」
原因は……高濃度のマナにある。
濃度が薄ければ僕達は便利な道具としてマナを扱うことが出来る。
だけど濃すぎると身体の色々なところに症状が出る。
とはいえそこまで濃い場所なんて言うのは基本的にない。プレイグ直前の魔龍脈でもなければ。
「だがそこまで分かっていてなぜプレイグを今まで防げたことがないんだ?対処法も分かっているならさっさとやればいいだろう」
「それが簡単にできるのならば苦労はしない。眠りにつく彼らの身体はとてつもなく硬い。恐らく時を止めた、という我らの神のちからのせいだろうが、そのために体内に入り患部へと到達することが出来ないのだ。どうしても魔龍脈を自然に開かせない限りはどうにもならない。しかもなぜかは分からないが彼らが埋まっている所に関しての記録がない。掘り出そうとしないように存在を隠すためなのか、誰かが無くしたのか……お陰でこちらは予めその場所に当たりを付けておくことすら出来ない」
見つけられないのは古なる者達の姿も問題だという。
長い年月を経て彼らの姿が変わったのかは分からないが、ほとんど自然物にしか見えない。
巨大であるとはいえ、広い大地を闇雲に掘っても意味はないのだ。
露出していることにすら気づいていなかった例もあるという。
場所は当然公開はされていないが。
「そう言えば巨人が動いたこともあるんだよな?そのせいであの断崖が出来たと言うが……やはり危険な存在なのではないのか?」
「眠っていても、とてつもない苦しみで身を捩ることはあるだろう。……その時に何かを守る余裕があると思うかね?」
「……あれだけの深い亀裂が……身じろぎだけで起きたってのか……」
「もしかしたら破壊者……我らからすれば破壊神であった可能性も言われているが。既に力を失っていた我らの神である古なる者はその破壊神を境界線へと飛ばして消滅させる事ができなかったため、何処かに等しく埋まっている。それを知っているのは今となっては神である古なる者のみとなる。彼だけは何処で眠っているか確定している」
だけどそれは教えてくれなかった。
それに関しては極秘となっているため、治療法が確定するまでは明かされることはないという。
「話を戻す。対処法だが、これには認定級のヒーラーが不可欠となる。魔力量、知識、技術、全てが整ったものでなければ対処できない。身体が大きいゆえに診断を下す事は難しく、故に今は限定的ではあるものの効果が出ている治療法で時間稼ぎをしている。だがヒーラーは貴重だ。それゆえに高濃度のマナの中で活動できる限度以下の時間で患部に到達し、治療した後に即座に脱出しなければならない」
言うのは簡単だけどそれをするためには、まず現地までの安全な道を作る。
その後地面を掘り古なる者の近くまで掘り進める。
穴が空いたらヒーラーが入り患部を治療、そして症状を緩和するための措置をして戻る。
この時症状を緩和するための措置を終えると、即座に古なる者の身体が正常に機能し始めるため、免疫機能により中に入っているヒーラーを含めた人員が攻撃され、更には治癒によって穴が塞がれてしまう。
つまり……すぐに脱出できなければ、体内に取り残されてしまうということだ。
そのまま餓死するか、その前に免疫によって殺されるか、高濃度のマナに侵されるか。どちらにせよろくな結果ではない。
そのために面倒ではあるものの巨大なゲートを設置する。
ゲートの魔法を高性能化、そして物質化した魔道具だ。
これを使って体内の患部付近にこのゲートを設置し、出口は被害を受けない場所に設定する。
これは今回が初となる。
起動に必要なものは高濃度のマナであり、起動できるのは巨人の体内だけだ。
一度設置すればいつでもその場所へと移動することが可能となり、その距離は王都からここまでを楽に繋げるほどの出力がある。
つまり……今回の治療とともに、この新しい技術を使って研究を進めるための準備ができるようになるのだ。
今までのヒーラーは……ヒーラーに付いていった者を含めて、僅か2例しか無事に戻ってきたことはないらしい。
だからこそ貴重なヒーラーを生還させるため、そしてその貴重な情報を持ち帰るためにこの技術は開発された。
もしも、動かなかったときは……患部の場所次第では戻ってこれない可能性がある。
「まさかお母さんをそんな危険なところに入れるつもり!?」
「いや、貴女には王都から来るヒーラーのサポートに回っていただきたい。実際に入るのは王都からの者だ。……ただ、穴の近くまで行くことにはなる為危険なことには変わりないが、中に入るよりは危険は少ない」
「エリー、大丈夫よ。調査団長さん、お受けいたします。このような重要な任務に携われるなんて光栄よ」
「お母さん!」
基本的にはセシリアさんは中には入らない。
その手前の穴の周辺で巨人の診断をする手伝いだそうだ。
セシリアさん以外にも王都から認定ヒーラー達が集まり、診断を下す。
その情報を元にして限られた者達が体内に入り……ゲートを設置して起動させてから治療を開始するという。
一応、今回は時間的に余裕もあるはずなので、ギリギリまで粘ってサンプルなどを採取しながらだとは言うけど……同時にプレイグが発生しているので速やかに戻らなければならないことには変わりない。
「セシリアさんが行くなら、僕も一緒に行きます。手伝わせてください」
「ちょっとユウ!?」
「セシリアさんだけに危険なことさせられないだろ?それに魔物も出てくるんだから戦力がいる。僕達なら少しは出来るはずだよ」
「そうかも知れないけど……」
「すまないが、そのつもりでここに呼んでいるのだ」
そもそもこの話を聞いている時点で僕達もやることは決定しているんだ。
それは覚悟してた。
アクラは僕達を結構評価してくれていたらしい。
「エリーとユウ、2人は通常の治癒術士とは違い、単体で十分に魔物と立ち向かえるだけの力を持っている。事実、我々は何度も助けられているし、ウィザードの面々も驚くほどだった。加えてランクに合わない知識と技術を持ち、的確な判断を即座に下せるだけの経験を持っているようだ。特にユウ、君の魔法は特殊だな。魔力量も異様に多い……診断の範囲を広げられるかもしれん」
診断の魔法は、対象に魔力を流して全身に広げ、本来の状態でないところを見つけてその原因を探っていくものだ。
普通の人とかなら、身体の大きな獣人などであっても全身を見ることは簡単だ。
だけど……遥かに身体の大きな古なる者となると……全身に魔力を行き渡らせることが難しい。
ただでさえ難しいのに時間が無いのだから……今までまともに出来ないわけだ。
「セシリア、エリー、ユウ。君たち3人は共同診断の方法を習得していただこう。明日の朝我々の部屋まで来てもらいたい。……そしてエド。納得はできたか?」
「……未だに胡散臭いと思っている。とてもじゃないが信じられん……」
「私も少々信じられないよ。証拠を見せてもらえないのかな?」
「元よりそのつもりだ。……村長。まあそのようなわけだから色々と準備が必要になる。正直巻き込まれた形ではあるが、自分の村を持つ以上理由も教えられずに立ち退けと言われても納得はしないだろう」
「村の唯一の認定ヒーラーと、優秀な2人を差し出さねばならないのですから当然知っておきたかった。理由を聞いて余計に彼らを渡したくないが……そうも行かないのは分かる。出来れば無事に帰してやってもらいたい」
「分かった。……では、こちらの契約書に全員のサインを。今日聞いたことや、今から見ることを理由を知るもの以外へ伝えることを禁止するものだ」
もちろんサインした。
どうせ逃げられるものじゃないし……これから見せられる証拠を見たい。
本当のことなのかをこの目で見たい。
納得したい。
多分みんなそうだったと思う。
証拠を見せる、とアクラが言い……ゲートを開いた。
……この人も使えたのか。
ゲートを抜けると、後に巨大な割れ目……僕達の国境と隣国の国境の境目となっているあの断崖だ。
いつも見ている側とは反対側に出たということか。
全員が出てきたところでアクラが歩いていく。
無言で歩く彼を追いかけて少しすると……唐突に景色がおかしくなっていった。
「……山が……消えた」
「嘘だろう……」
「何かが透けて見えてるわ」
遠景に見えていた山々が消えた。スゥッと消えるように。
そして正面に見えていた景色が暗くなり、その中に何かが浮いているのが見えてきたのだ。
近づくに連れてそれはどんどんはっきりしていく。
そして……僕達は世界の果てに到着した。
ああ、これは……。
誰も口を開かない。
ただその光景に絶望するしかなかった。
今まで自分たちが見てきた景色、知っている世界が今、完全に崩れ去った。
アクラの言っていることはそのとおりだった。
僕達の目の前には、唐突に切り取られたかのように世界の境界線がある。
うっすらと光る膜がその境界線に沿って見えていて、その裏側……世界の外側が透けて見えている。
そこにあるのはただただ暗い空間と、その中に浮かぶ大小様々な大地の欠片。
「見ていろ」
境界線に向かってアクラが石を投げる。
光の膜を通過した瞬間に光の砂粒のようになって消えた。
「向こうの大地の欠片はなんで消えないんでしょうか」
「恐らく、ここと向こうでは何かが異なっているのだろう。詳しいことは分かっていない。調べようにも調べられないのだからな。ただ、神が作ったこの光の膜の中と、その外側では時の流れが違うのではないか……と言われている。他の古なる者達の時を止めたのと同じ様に、この外側の世界を止めることでこれ以上の崩壊を止めているのではないかと。そして、今のこの世界のものは、向こう側では存在していないものだ。そのために無かったものとされるのではないか……その様に考えられている」
考えもつかないほどの古なる者達の力。
……彼らを復活させて、世界を復活させる……大丈夫なんだろうな。
間違って破壊神を復活させたらおしまいだ。
アクラが言ってることが本当だったことでなんかとても不安になってきた。
「さて、もう良いだろうか?」
「……ああ、くそ、まさか本当だったとは……」
「エド、私も昔はそうだった。だが事実だ。そしてこれが知られてはならない理由であるのも分かるだろう?どこまでも続く世界が偽りで、残っているのが自分の国一つだけだなどと思いたくはないのが普通だ」
僕達が見てきた平和な世界。
そりゃぁ事件とかはあるけど、その外側がこんなに恐ろしい事になっているなんて思ってもみなかった。
これを今、他の人達が見てしまって理解してしまったら……確実に争いが起きるんじゃないかな。
限られた場所や資源の奪い合い。
神である古なる者を奪取しようとする者。
破壊しようとする者。
悲観的になりパニックを起こす者。
ぱっと考えつくだけでもこんな事くらいは起きそうな気がする。
限られた人だけに、この事実に耐えられる人だけに見せるのは間違ってなかったと思う。
それくらいに凄まじい光景だった。
「プレイグ発生まではまだ少し時間があるだろうとは思うものの、発生前までには掘り当てておきたい。また、明日からも安全な道を作るのを手伝ってもらいたい」
「分かった。……あの拠点は何か意味があるのか?」
「ゲートを設置した際に目印となる。一方通行とはなるが、任意の場所に荷物や人員を即座に運ぶことが可能になる。つまり……」
「プレイグが発生した時に、そこを前線の補給基地に出来るってことか」
「そういうことだ。当然ヒーラー達が帰る時にそこを通るためというのもある。ゲートを通って帰るのは体内に入った者達のみだからな」
結構色々と考えて作っていたのか。
まあ僕達と違って彼らは最初から知識があるし、そのための対策も色々と練っている。
今回はじめてのゲートという技術はあるけど、これが成功できればいつでも古なる者の体内へと入ることが出来るようになる。
そうすれば……きっと原因を突き止めることが出来るだろう。
そのためにも僕達は頑張らなきゃならない。




