第十二話 秘密
「全体止まれ。……あれか」
洞窟を見下ろせる位置に来た。
あの洞窟は断崖に口を開けているものの、川は浅くて近くになだらかな坂もあるので何処に行くにも苦労しない。
水場が近いから多くの仲間を抱えているのには最適ではあるだろうけど。
雨降って増水したら水没しそうだけど……どうなんだろう。
エリーが言うにはなだらかな下り坂になっているってことだから、水が溜まりやすいってことだし。
中には特にこれと言ってなにもないから行くだけ無駄な場所らしいね。
ただ困ったことに外に出ているゴブリンの数が割と多い。
こっちには気づいてないけど、気づかれたら中に逃げるどころか絶対仲間を呼んで面倒なことになるだろうし。
「あの外に出ている奴らを洞窟内に入れたいところだが……。マーレ、兎でいいか?」
頷くマーレ。
兎?と思ったらすぐ近くに居たようであっという間にエドが捕まえてきた。
何の変哲もない普通の兎だ。
それをマーレに差し出すと、マーレが兎の眼を覗き込む。
ビクン!と身体を硬直させた兎だったが、そっと地面に下ろすとそのまま逃げもせずに留まる。
「……ごめんね……」
そう呟いてそっと兎の頭を撫でる。
マーレがその場に座り込み、兎が意思を持った様にゴブリンたちを見下ろす。
そのままもこもこと可愛らしい走り方でゴブリンたちの前にその姿を晒した。
ギィギィと不快な声を立てて、あちこち逃げ回る小さな侵入者を追いかけ回す。
時々立ち止まってはひきつけ、その場にいるほとんどのゴブリンが美味そうな兎を追いかけ回すという状態になっていた。
「……行くぞ」
マーレをエドが背負ってゆっくりと坂を降りていく。
既にゴブリンたちの注意は完全に一匹の兎へと注がれている。
と、僕達が下まで降りたのを確認したのか、兎は洞窟の中へと逃げ込んだ。
「……もういいよ」
「分かった。アクラ、頼む」
「うむ」
一気に洞窟の前まで行くと、アクラが地面に手をかざす。
河原にある石が次々と積み重なり、間の隙間も泥のようなものが入り込んで完全に洞窟の入り口を塞ぐ。
と、小さな穴が下に開いて兎が飛び出した。
兎を追ってきたのだろう小さな緑色の手が伸び……そのまま閉じられたことで悲痛な声が壁の裏に響く。
めちゃくちゃに手が暴れていることから、相当中では焦っていることだろう。
入り口が閉じられたことに気づいた他のゴブリンたちも内側から叩いたり魔法を放つなどして攻撃している音が聞こえてくる。
「……アクラ、ありがとう」
「運が良かったのだ、あれは」
そのままなぶり殺しにされ食われるのが嫌だったんだろうな、マーレ。
凄く悲しそうな顔をして塞がれた洞窟の入口を見ていたし。
でも、兎が飛び出していった瞬間……びっくりした顔をしてアクラを見ていた。
無愛想だけど優しい所あるなあの堅物。
僕としてもちょっと可愛そうだなって思ってたところだし。
「なら後はこっちに任せてくれ。モモ」
「……ん」
ザァァァという水が流れる音。
壁の向こう側に向かって川の水が流れ込んでいっているのだ。
川の真ん中に渦が出来て、黒い空間がそこに広がっている。
その黒い空間の先は……あの洞窟の中ということなんだろう。
水攻めか……エグいな。
中からは先程までよりも更に悲痛な叫び声が上がる。
壁の下の方で空をつかもうと必死にもがいていた腕は、今はもう動いていない。
少し集中するとどんどん気配が減っていっているのが分かる。
……死んでるんだ。溺れて。
苦しみもがいている声が減っていく。
「モモ、もう反応がない。いいぞ」
「……ざまぁ」
性格わりぃなこのエルフ。
とは言え全くこちらの被害を出さずに全滅させられたのは大きい。
水を抜いてもらい、壁を消すと……そこには水に濡れたゴブリンの死体が大量に横たわっていた。
小さな個体もある。……子供か。
ちょっと可哀想だったかなって思った矢先に、誰かはわからないけど人の遺体を発見してしまった。
……ああ、こいつらマジで最悪だわ……。
そこに横たわっていたのは男女の遺体。
どちらも丸裸にされているのは同じだけど、男の方はめちゃくちゃに切り刻まれ、そのパーツをめちゃくちゃに組み合わせていた。口の中には切り取られた性器を詰めて。
ここまで悪意を持って死体を弄ぶだなんて……。
女性の方は……本当に酷いとしか言いようがない。多分最近まで生きていたんだと思う。
男の方と比べて肌の状態がとても良かったから。
でも大きく膨らんだ腹、股間から伸びるへその緒、手足の腱を切られて岩に直接釘で打ち付けられ、犯され、孕まされていた事を想像させるに難くない。
ただ死んだ後に恐らく食われたのだろう、あちこち食いちぎられたような跡がある。
「……エリー……この2人を弔ってあげよう」
「ええ。このままじゃあまりにも報われないわ」
一瞬、この人達は僕の知っている人かもしれない……と思ったけど、思い出せない。
違うんだろうか。
身分を証明するものは無い。
多分すべて剥ぎ取られてしまって捨てたんだろう。
僕は男性の方を、エリーは女性の方の遺体を床に横たえ、傷ついた部分を閉じていった。
流石にバラバラにされた男の人の方は相当苦労したけどね。
死体は生きていないからヒールで治癒できない。
そのかわりに皮膚を無理やりくっつける魔法があるのだ。
生命力が弱くなって死にかけている人に対してヒールをかけても同じ様になかなかヒールが効かないため、同じ方法で傷を塞ぎ出血を止めていく。
残念ながら彼はもう生き返ることはないけれど。
そこにライラさんが近づいてきて、彼らの弔いをさせて欲しいと言ってきた。
もちろん歓迎だ。
「じゃあ私が死後の安らぎへと導いてあげるわぁ。私達はこっちをやっているから、皆はするべきことをしていらして?」
他の人達はせっせと全てのゴブリンを一箇所に集めて検分している。
「これ、ここのリーダー格が持っていたよ」
「ああ、良かった。これで名前がわかったよ。サンド町のレブにハンナ……故郷に返してやれる」
シリルが身分証を2つ持ってきたのだ。
戦利品として首にかけていたらしい。
身元がわかった。
彼らを送り出したら、この身分証をサンド町へ送ろう。遺骨とともに。
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食われて無くなってしまったところはどうしようもなかったけど、最初よりは大分ましな状態まで組み上げた。
そこでライラが簡単な送りの儀式をして、彼らの安息を祈り……火葬してやった。
遺骨はそれぞれ布に詰めて、村に持ち帰る。
「……こっちは終わったわ」
「彼らの魂に安息のあらん事を。……こちらもあら方終わったところだ。見てくれ」
簡単な祈りの言葉を捧げたエドが指差す方を見ると、100匹近いゴブリンの死体が並んでいた。
幼体から順にオスとメスに分けて綺麗に。
メスの腹はほとんどが大きくなっていて、多分これからまた増えるところだったんだろう。
ただびっくりしたのは見たことがないくらいに大きな個体だった。
ゴブリンってのは大体僕の身長の半分以下だ。
だけど、そこの一匹だけ横たわっている個体は……僕の身長とあまり変わらず、少し太って筋肉質にした感じのやつだった。
いわゆる隊長格ってやつらしい。
こいつだけは服を着ていた。……大方あの男の人のやつを身に着けているんだろうけど。
その次に大きく頭に装飾のついたものを被っているのが4体。これは班長格。
少し小さくなってそのへんの枝を拾ってきただけのような杖を持っているのがメイジ。
同じくらいの大きさで石でできた棍棒などを持っているのがウォリアー。それぞれ大体20匹前後。
後はにたようなものだ。
「見ての通りかなり大規模な群れになりつつあるところだったようだ。流石にここまでくると報告しなければならんだろうな」
「群れの大きさからしても、この隊長格が出来るまでには早すぎる。恐らくこのマナの濃度の上昇や活性化などの影響が絡んでいると思われるが、詳しいことはまだ不明だ。しかし……想像以上に脅威が迫っている可能性がある以上、早く調査を進めねばならないだろう」
「マナの動きも激しくなっているのを感じるわぁ。魔龍脈の反応も以前よりも強くなっているし、開くのも時間の問題ねぇ」
今日はこのゴブリンたちのサンプルとして何体かを持ち帰り、村の方で簡単に調べて見るらしい。
討伐の報酬などにも関わるのでしっかりと証拠を持ち帰るのも忘れない。
遺骨の方は僕がストレージにしまいこんでいるから、村に帰ったらサンド町へ手紙とともに送ってあげるつもりだ。
ここに来るまでに倒した魔物たちも肉にしたり素材として使えるところをより分けてある。
この洞窟にも魔物が寄り付かないようにまた壁を作って、村へと帰った。
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「……なんか疲れたな」
「お疲れ様」
村に戻った僕達は、早速服を着替えて洗濯機に放り込み、公衆浴場で身体を流した後に家に戻った。
魔物にやられた人たちっていうのは見てきたけど……あんなのは見たことがなかった。
ゴブリンなどが激しく嫌われる理由が良くわかった一日だったな。
「ゴブリンとかオークの被害者を見たのは初めてよ、私も。ずっと話には聞いていたけど……想像の何十倍も酷かったわ」
「僕もだよ。奴らには敬意なんてのは全く無い。あるのは悪意だけだってのが良くわかった。……正直、自分でも戸惑っているけど未だに怒りが収まらないんだ」
「私もよ。ずっと弱くて大したことがない奴らだって思ってたけど……。戦う事ができない人があんな風にされちゃうなんて思ってなかった」
でもヒーラーとしての知識や技術があったからこそ、彼らを人として送り出すことが出来たと思う。
もっと色々と出来るようになれば、救える人が増えるだろうか。
だけどそれはエリーに即否定された。
色々と出来ても結局自分のところに来た人を救うことしか出来ない。
手の届かないところにいる人達を救うことは出来ない。
どんなに素晴らしいヒーラーでも、そこは変わらないのだと。
まあ、確かにそのとおりだよな。
だからこそ、自分のところへたどり着いた人は助けたい。
少なくとも彼らは故郷に帰してやることが出来たし、あの場所で同じ被害者は二度と出ない。
更に言えばあの場で回収した魔物の死体でなにか新しいことが分かるかもしれない。
とりあえず……ゴブリンとオークは滅殺リストに入れておこう。
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その後も何度か調査団たちと共に行動し、どんどん奥の方へと安全地帯を作り出していった。
魔物も増えてきて一番やっかいだったのはウルフ系の魔物が集団で襲ってきたときだ。
他の魔物に襲われている時に、消耗したこちらを攻撃しようとしていたんだと思うけど、遠くから一直線にこっちに突っ込んできて混戦状態にされてしまった。
気配を感じる人達でも、ウルフ系の魔物の鼻には敵わないってことを知ったよ……。
僕の警告も他の魔物との戦闘中だったから役に立たなかった。
こういうこともあるんだってことは、その状況にならなければ分からなかったことだろう。
ウィザードと僕達で範囲魔法を若干自爆気味に行うことで、無理やり突破した後に全員のダメージを直した形で切り抜けた。
火傷するやら凍傷になるやらでえらい目にあったよ。
ただ、ハンターの近接の人って一対一じゃないんだなぁ……っていうのも目の当たりにして認識を改めたりもした。
あの人達ってば半端ない。
一撃で数匹を一気に切り伏せてみたり、ハンマーで地面叩いて体制崩してからの叩きつけとか、意外とある程度の範囲も攻撃できたりするんだよね。
頼もしいったら無い。
道を切り拓くときにも、剣撃で木を切り倒してハンマーで一直線に道を固めるってう技も披露してもらった。
お陰で馬車も入っていけるようになったんだけど、とても人間業じゃないようなものを見て軽く引いたくらいだ。なんなんだあれ。
魔力乗せたら出来るとか、そういう問題じゃないと思うんだ。
頼もしいと言ったらもう一つ。ウィザードの中でもとても高度と言われる技術を持っている人が居た。
ゲートという魔法がある。
指定した場所同士を空間的につなげて、一瞬で長距離を移動するための魔法だそうだ。
とても希少な能力で、これを使える人というのはとても少ないという。
使えたら便利だな!って思ったんだけど残念ながら僕もエリーもその才能は持っていなかった。
魔力を見れば分かるらしいけど……まあこればかりは仕方ない。
と言っても、ここからブレナークまで一気に!とは行かないらしくて大体安全地帯から安全地帯へを移動できる程度と思っていい。
それでも一日とか半日を短縮できるから便利ではある。
ただそのかわりに次に使えるのは一日経ってから。つまり移動は一日に一度のみ。
馬車ごと運べたりするのは便利だけど、かといって万能というわけじゃない。
何事も上手くいかないものだね……。
まあ、そんな感じなので安全地帯の拠点で一泊二泊しながら帰ってくるということも増えてきてしまった。
僕達としては色々と勉強になることばかりだ。
獲物の捌き方とかも教えてもらったり、限られた手持ちで治療したり、歩きながら薬草を見つけて確保したり……。
対処が大変だったのは毒だった。
僕達は間違っても毒にかかっちゃ駄目だから、そういう敵が出てきたら後方に下がって守られていたわけだけど、対応する毒を即座に理解してその解毒のための方法を頭の中で作り出して魔法として出力する。
これを一瞬でできなければ、下手をすれば前衛が死んでしまうってこともあり得るのだ。
一番怖かったのはコープスキラーと呼ばれる毒蜘蛛で、大きめの隊列が数匹のコープスキラーによって全滅させられたという伝説を持っているらしい。
この毒蜘蛛、攻撃方法と毒がえげつなかった。
蜘蛛の糸を放ち、引き寄せるたり張り付けたりと言うのはまあいい。だけどこの糸自体に神経毒が含まれていて、肌にくっついたら最後即座に呼吸困難と筋肉の緊張による麻痺が起きて、数分で心臓が止まる。
コープスキラーに触れれば体毛から同じ毒。
噛まれれば毒。
近づけば毒を吹きかけられる。
斬りつければ体液が毒。
そりゃ隊列でも全滅するよねっていう話。
今はその解毒方法は分かっているけど、そうでなかったらと思うとゾッとする。
だから出会って相手を確認した瞬間に僕とエリーは範囲回復を発動する。
通常はエリアリカバリーと言われるもので簡単な傷と毒を癒やす。
でもこいつ相手の場合だとその更に二段階ほど上のフルクラティオと言われるものが必要になるんだ、しかも予防の意味で。
フルクラティオを発動して、他のウィザードは結界を張り……その中から確実に殺せる攻撃を当てる。
近づく前に確実に仕留めなきゃならないんだ。
幸いこちらの被害は1人が毒液を吹きかけられたくらいで済んだ。
まあ、その人にとっては洒落にならなかっただろうけど……。
治るとは言え一時的に呼吸が出来なくなって身体の自由が奪われる恐怖ってのは恐ろしいはず。
そんな感じでかなり経験を積めたのは大きい。
ただとにかく敵が多くて強くなってきているんだよね。
奥へ進むに連れてどんどん強力になる魔物達。連携は洗練された軍人のようになっている奴らも居た。
村で皆がそれぞれ休んでいる間、僕とエリーはエドやシリルと一緒にアクラ達調査団の人たちのところに居た。
単純に興味があったからだけど、この村の存続にも関わることだから気にならないわけがない。
全てを報告していく調査団の人たちの顔が険しくなっていく。
「……他の場所の異変の報告と合わせて考えると……ここの異変が本命の可能性が高い」
アクラが眉間にシワを寄せて話す。
「ここが本命になるってことは魔物がどんどん増えるってことか」
「プレイグが始まるかもしれないわけか、確かにそれは不味い」
「プレイグ?」
聞き慣れない言葉に思わず聞き返すと、シリルが答えてくれた。
「魔物を始めとした様々な異常が大規模に発生することを言うんだ。本来出現するはずのない魔物が出てきたり、軍勢となってなだれ込んできたり……。他にもマナが異様に濃くなりすぎて人が住めなくなったり、大規模な自然災害が発生したり……まあ碌でもない結果になることが多いね」
「ってことは……村は……」
「残念だけど、避難しなければならないだろうね」
村を捨てる。
この選択肢だけはあってほしくなかったな……。
まだ家も建ててないのに。
「まだ確定したわけではない。それまではこのまま調査は続行する。安全地帯を構築することで魔物をある程度とどめておくことは出来るのだ」
「ところで、調査団は何を調べているんだ?俺たちは門外漢だからな、よくわからないんだがなぜ危険なところまで近づく必要がある?」
危険が迫っているというのに調査は続行するってことで、エドがアクラにその理由を聞く。
確かにちょっと気になる。
別にマナの調査なら村からでも出来るだろうに。
「マナの変動とそれに伴う周辺への影響だ。……というのも恐らくだがこの異変が起きるたびに新種の魔物が現れている。それまで発見されていなかった魔物が見つかるということが魔龍脈が新しく開く毎に起きている節があるのだ。同時に周辺の動植物の変質も確認されることが多い」
「ああ確かに、そういう話は噂で聞いたことがあるが……本当なのか?」
「新種発見の時期と魔龍脈が開いた時期を重ねるとほぼ一致する。これは確かだ。理由としては高濃度のマナにさらされた動植物がマナの暴走によって変化することで起きるのではないかと思っている。そしてそういった魔物は基本的に強力で凶暴なものが多い。そのためにサンプルを採取して変異が起きていないかを確認しているのだ」
サンプルの採取なら確かに奥に行かなきゃ無理か。
それにしてもマナって濃度が高すぎても怖いっぽいな。
動植物が影響受けて魔物になるかもってことだろ?人だったらどうなるんだよ。
であれば、その原因である場所……そこだとどうなるんだろ。
「それで、魔龍脈が開く場所に到着したらどうするんですか?話を聞いてると僕達も変異しません?」
「……確かに、ユウの言うとおりだな。近くに行けば行くほど俺たちが魔物とは別な危険に身を晒しているというのであれば帰らせてもらうぞ」
「直ちに変化するというものではない」
「お前言っていることがおかしいぞ。異変が始まってここまで活性化するのにあまり時間はかかっていない。それでも変質している物があるんだろう?俺たちが直ちに変化しないっていうのは何を根拠に言っている?」
「高濃度のマナは危険だ……だが短時間ならば問題ない、ということだ。長くとどまれば数日で変異が始まる可能性はある。だからこそ、安全な拠点を確保しなければならないのだ。短時間で調査を終えて戻れるようにな」
エドが僕の質問に乗っかった。
僕よりも強めに出れる分聞きたいことを聞いてくれてありがたい。
それにしても……マナ濃度が高いと長時間は居られないのか。
じゃあ奥に行けば行くほど、その危険性は増して行って……中心部ではどれほどの危険があるんだろうか。
正直な所僕が感じているマナの濃さはそんなに危険な感じがしていない。
魔龍脈のど真ん中となるとどうなるのか分からないけど……。
「それともう一つ、何をするか聞いてないな。調査調査と言っているがそこまで危険なものであれば近づく必要もないだろう。変質を確認するにしても、その範囲が分かれば十分なはずだ。それでも近くまで拠点を確保したがっているのには少々疑問が残る。プレイグの発生が起きれば拠点なんて消し飛ぶぞ?そんなものはもはや安全地帯とは呼ばん。本命になるというのであれば、その安全地帯を作るための魔物よけを壁にするように設置しなければ意味がないだろう?今やっているのは、一直線に問題の場所へと行くための道を確保しているだけだ」
「……アクラ、プレイグが近いなら……今エドが言ったように魔物よけを1つの壁のように並べるのが一番効率的よ。でもそれをせずに中心地へと向かおうとしている……プレイグを防ぐ方法があるってことかしら?」
「ほう?あれは防ぐことが出来るのか?どうなんだアクラ。ずっと引っかかっていたんだ、調査という割には何か目的を持っている様に見えたからな。マナを調べたりしている以外にもあの拠点になにか細工をしていただろう?」
アクラが顔をしかめた。
見られたら不味いものを見られたって感じだな。
なんだ?何を僕達にさせるつもりなんだ??
それにエリーたちが言うようにプレイグが近いなら、魔物よけを横に広げて壁を作ればある程度魔物の進行を食い止められる。
でも、一直線に中心地へと向かって進んでいるだけだ。
それなのに安全な拠点を作らなければならないって……今までは自分たちが帰るときの安全確保だと思っていたけど、言われてみると何か変だな。
「……」
「言えないことなのか?俺たちを危険にさらしておきながらその理由を語らないというのは契約に反する。何をするのかきちんと話してもらおうか。プレイグは防げるのか?何をするためにあの拠点を作っている?」
「……仕方ない。どの道ここが本命でほぼ間違いはない、君たちにも協力してもらう以上これ以上は隠しておけんか。村長と治療院の院長、そしてエドとシリルには先に話しておくことにする。ユウ、エリー、君たちもこの際仕方あるまい。今ここにいる者と先ほど言った者以外にはまだ内密にしてもらいたい。いいか?」
「良いだろう」
「では半刻後、村長の家に集まってくれ。目立たんようにな」
機密なのかな。
っていうかこの状況……大丈夫なんだろうか。
エリーも少し不安そうな顔をしてる。
魔物の大発生が起きればこの村はあっという間に飲み込まれてしまうだろう。
でも調査団の人たちは、何かを知ってる。
原因とその対処の方法を知っているんだと思う。
でもなんでそれを隠すんだろう?
「……私も知らないわよ。多分、お母さんも。今まで魔龍脈が事前に防がれたって話は聞いたこと無いし」
「そっか。でも皆に隠すってことは、何かヤバイことなんじゃないのかな」
「そうね……解決するために何かを犠牲にしなければならないとか?」
「神様に生贄を捧げるみたいな?……流石にそれは……」
「迷信じみてるわね、流石に」
一応、この国で信仰されている神はいるけど、別に生贄を求めたりすることは無い。
どちらかというと自己犠牲的な感じで、自分の代わりにこの世に生まれる者たちを見守り、死んだ者たちの平穏を約束するという感じだった。
村だとそこまで熱心ではないものの、エリーの家にも小さな祭壇があって毎朝のお祈りくらいはやっている。
願うのではなく、日々を感謝するために。
生贄どうこうっていうのはどっちかと言うと隣国の方だ。
少し前までは普通に選ばれた人が捧げられて居たというし、結構怖いところだよな。
そういう物を批判し続けている僕達の王国で、そういう事をしているとは思いたくない。
僕達は家に戻り、今の状況と村長宅に呼ばれているということをセシリアさんに話す。
認定ヒーラーのセシリアさんも、この異変の原因というのは魔龍脈が開くからということ以外はよく分かっていないみたいだ。
もちろんそのおさめ方も。
時間になって村長の家に向かう。
一応あまり目立たないように大きく迂回しながら。
中に入ると村長の奥さんであるアメリアが広間に案内してくれた。
「揃ったな。今から話すことは国の重要事項となるため他言はしないで欲しい。今回の異変だがほぼ間違いなくあの森が発生源だ」
皆が座ったことを確認したアクラがさっき僕達に言ったことを簡単に説明する。
そして最悪の事態であるプレイグは防ぐことが可能であることも明言した。
とはいえ恐らく最悪の事態の一歩手前程度まではどの道進む為、一般人の避難は必須であることや、ここに軍を入れることになるということも。
「だが、方法が分かってからプレイグを防げたことは一度もない。……それは恐らく皆も分かっているかと思うが」
「まあ……聞いたことはないな。大体大きな被害を出して収束している」
「その通りだエド。プレイグの発生を武力によって押さえ込みなんとかしてきたのが実情だ。……だが終わり方が唐突であると思ったことはないか?」
「……言われてみれば……前回のプレイグの時にもいつの間にか収束していたと聞くが……。魔物を狩り尽くしたからではないのか?」
「ある意味でそうだ。だがその大本を鎮め、出現した以上の魔物が増えなくなったからだ。そうでなければ延々と続く事になる」
僕はこの辺は全く知らない。昔に起きたこととかも30年ほど前のことらしいし。
ただ大本をなんとかしなきゃ魔物がずっと出続けるって……恐ろしいな。
この異変の食い止め方は既に大昔に確立されているんだそうだ。
「だからそのやり方はなんなんだ?原因は?どうすれば良いんだ?」
「……古なる者と、我々は呼んでいる。それが原因だ。この地の地下深くには古なる者と呼んでいる巨人が眠っているのだ。ああ、信じられないだろうな。私も昔はそうだった」
全員の頭の上にクエッションマークが浮かんでいたことだろう。何いってんだこの人と思ってしまったのも無理はない。
だけど真剣な顔して言っているんだ、大地の深くに僕達の何十倍も大きな巨人がいるって。
「……で、あー……その巨人とやらがどうしたんだ?復活するってのか?」
「少し違う。彼らから漏れ出る高濃度のマナの爆発。それによって引き起こされるのがプレイグなのだ」
「アクラさん、流石にそのような話は聞いたことがない。我々を煙に巻こうというのではないのですか?」
「村長、知らないのは無理も無いことなのだ。誰にも教えておらず、伝承にも残していない。王家の者たちが王国建国の時からずっと秘匿し続けてきた事実なのだからな」
「んで、俺たちはその巨人?を倒せば良いのか?なんだか一気に胡散臭くなってきた……もし復活したら世界が滅ぶのか?そんなやつがいるわけ無いだろう」
「実際に見てみればその疑問も一瞬で吹き飛ぶだろう。そして事実、この世界は王国建国以前の時に一度滅びかけているのだからな」
話が壮大になりすぎて……ついて行けない。
けど、本当なら……この世界が滅びる可能性があるっていうのか?




