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月の女神と太陽の忌み子  作者: 家猫
旅の始まり
3/3

港町

洞窟で一夜を越えて、ウインとホタルは平原を歩く。

追手から逃れシスから下りた着地点はどこなのかはお互い検討もつかないままだが、洞窟の湧き水以外、生命維持に必要なものを確保出来ないこの場所にいつまでも留まり続ける訳にもいかない。

救急箱の中は非常災害時の持ち出し袋も兼ねている様で、水筒や携帯栄養食なども入っていた為、朝はそれを少しだけ齧って空腹を凌いだ。

「それでホタルは記憶を取り戻したいの?」

「わかんない…でも、私は絶対にあそこに居ては駄目だった…ような気がする」

「なんだそりゃ。まぁせめて、どこかにホタルの事覚えてる知人とか身内でも居れば良いんだけどな」

記憶喪失な上施設収容なんてされていた事を考えたら彼女の身分を特定するのは一筋縄ではいかないかもしれない。

けれど、特徴的な肩の魔法陣や、やたら上等な衣類など、手がかりが全く無いわけでも無い。

どうしたものかとウインは考える。

「その…ウインはどうするの?今更巻き込んどいてなんだけど」

ホタルが申し訳なさそうに声を潜めるとウインは素っ頓狂な声を出す。

「えっ連れてってくれないの?」

「ついてく前提!?や、ありがたいし嬉しいけど、君も生活あるでしょう?さっきも助けて貰っちゃったけど私、多分何も御礼なんて返せないし…」

ホタルは引き換える品が無いかと、改めてじたばたとその場で服を叩いたり擦ってみるものの、何も持ち歩いていない事に深いため息を吐く。

正直ここでウインと別れ、捨て置かれてしまったら行く宛どころか早い段階で一人野垂れ死にしてしまうだろう。

「恩とは言ったけど、御礼なんて特に要らないよ」

「う~本当に君は良い人だねぇ~!!!」

ホタルはその言葉に感涙してウインの肩を大袈裟に掴んで振る。

「でもウインには何か目的あるわけでも無いでしょ?悪いよ」

「いや…その事だけど、俺どの道そろそろあの家を出ていくつもりだったし」

「?」

予てよりウインはずっとあの窖で生活し続ける訳には行かないと思う訳があった。ホタルが来てくれた事はもしかしたら転機だったのかもしれない。

「…そうだ、お礼というのも何だけど、その着てる服をもっと良く見せてくれない?織り方とか製法でどこ産の物か分かるかも」

「これ?見るだけで良いの?脱げば良い?」

「えっ」

ウインが止める間も無く申し訳程度に辺りを見回してからホタルが大胆に両肩から服をずらす。

「いや…今脱がなくても良いから。今度で良いから。思いっきり胸見えてるから!ん?いや、ちょっとまって、見せて!」

「どっち!?」

大きく割り開かれた胸元に、ウインはホタルの首から下がったタグの様な物を見つけて、それを胸の間からするりと抜き取った。

「ん…っ何?」

「これに見覚えある?」

「うーん……見当もつかない。なんでこんなの付けてるんだろ私」

ホタルの目の前にそれを翳すも、彼女自身には全く見覚えのない物だった。

「この赤い石…これ火山猫が細工したペンダントじゃないかな。お土産品で似たようなのを見たことがある。この辺で採れる物じゃないし、卸売りしてるものでも無かった筈」

「火山猫って確か石加工とジャガイモ好きなもふもふした可愛い種族だよね?」

「そういうのは知ってるんだ」

「…言われてみるとそうね。なんで知ってるんだろう」

ホタルは瞬きをする。記憶には無いのに、知識としては理解しているようだった。

「うん、まっ取り敢えず、これが手がかりになりそうだね。目的地は火山だ!」

「とりあえず胸をしまって」

開けた所に出ると、緑の深い丘の向こう側に水平線と、大きな港町が見えた。

「港…ってことは、火山とは逆方向来ちゃってたのか。あそこはウミユリって港町だよ」

「わぁ…海!私、海来たの初めて!多分!全然覚えてないけど!」

「朗らかだなぁ。ふぁ…とりあえず町に寄って一旦寝て良い…?もう限界」

洞窟内で二人で寝落ちる訳にも行かず、町が見えて気が抜けたのか、お互いに瞼の重さを感じるようになった。

「そうだね…寝具も無かったし疲れちゃったね。私は兎も角、ウインなんて一睡もしてないんだし」

鮮魚市場の競りが終わった港は静かで、潮の香りと波音と、のどかな風景が広がっている。

海辺の建物は青緑と白が基調で、貝殻や硝子玉を埋め込んだ壁など洋式こそお洒落だが、塩害でそこかしこ錆び付いているのも港町ならではの趣があり親しみやすさもあった。

「綺麗な所だねぇ。歩いてる人、みんな旅行者かな?」

「旅行と言うか、多分仕事で魚とかを近くの町から買い付けに来てる人が多いんじゃないかなぁ」

地元民らしき人も少数ちらほら歩いているが、徒党を組んで歩く人々の多種多様な身なりを見る限り、漁業でこの街を訪れている外来客が大半だった。

まだ日は落ちてないが、展望席では既に新鮮な魚をつまみに盛り上がる人や、鼻歌交じりにほろ酔いで歩く人も多い。

波音にかき消せない程の間抜けな音が辺りに鳴り響いて振り返ると、ホタルがお腹を押さえてか細い声を漏らす。

「はぁ…眠いけどお腹も空いちゃった…えっと…ウイン」

「せっかく港町に来た訳だし、魚食べに行ってから寝よう。まぁお金のことは気にするな」

「神様!」

「神、ねぇ」

目を細めて一人ごちるウインの背後をホタルは拝みつつ付いていく。

「ねぇあれ…、あの船こっち向かってきてない?」

「船がどうしたの?」

差された方角、直ぐ近くに小型の漁船が港へと近付いてくるのが見える。

「なんか変じゃない?」

港は直ぐ近くだと言うのに様子がおかしい。入港の為に失速どころか寧ろ近づく程に速度を増している様に思えた。

「あのままじゃここに突っ込んでくるぞ」

肉眼で乗船者さえはっきりと見える程に近付いてきた船は、良く見れば乗組員は皆必死に手すりにしがみ付いて身動き一つ取れないといった様子だった。舵が明らかに制御ができていない。

「ウイン、あれ…止められる?」

「あの勢いじゃ、止めても船がバラバラになる可能性が高いけど…ホタル、俺が受け止めた後、乗ってる人間どうにか出来る?」

「やってみる!」

素手で船を受け止めるだなんて荒唐無稽な話だが、今はもうそんな事を考えている余裕など無い。

船の安否もそうだが、突っ込んでくる先には人が暮らす建物も多くある。このままでは大きな被害は免れないだろう。

「おい!!!お前らそこを離れろ!!!!」

ウインが覚悟を決めて船の前に立ちはだかると、船長らしき人物が警告の声を上げるのがはっきりと聞こえた。もうそれ程に船はウイン達の眼前に迫っているのだ。

ウインが帆先を脇腹に掴んで船の勢いを殺す。予想通り、激しく軋む音と悲鳴と共に乗組員の男たちが宙に投げ出され、簡素な船は横転して岸壁に削られながら解ける様に粉々になっていく。

「お願い!シーティオ!」

召喚された魚の様な水の精霊が、海水から大きな水の塊を創り、港周辺を守るように暴走した船をぴたりと止めてみせた。

船によって引き起こされた波はどうしようもなくウイン達をあっという間に飲み込んでいった。

破壊された船内の簡易生簀から逃げ出したであろう魚が至る所で跳ね回る。

「うひーつめた!」

「げほっ…しょっぱ…鼻から海水飲んじった」

「何が起きたんだ…」

「あぁ…せっかく採った魚が…」

「俺たち助かったの?」

魔法で丸く固形化した海水から、船員たちは這いずる様に次々と飛び出してきた。

「驚いたな…坊主達がこの船を止めたのか?」

船長と思わしき、小麦色に焼けたひときわ体格の良い男は立ち上がると、粉々になった自らの船の残骸と辺りを頻りに見回す。

「…あの、すんません、げほ、余計なお世話でしたか?」

直撃した海水に咽ながらウインは答える。

「いや助かった。ありがとう。海の奴らの巻水にやられてこのざまだ。あのまま突っ込んでいたら、俺たちもこの街も無事では済まんかったろう」

「巻水?」

「海のバケモンが起こす渦潮っス。船を制御不能にするとんでもないやつっスよ…ひっアンタ…!」

漁師の一人はウインの顔を見るなり縮み上がって船長の後ろに隠れた。

「…坊主その目…あ、いや気を悪くしたらごめんな。噂には聞いていたが、こいつ等含め実際に見たのは何分初めてでな」

船長が訝し気に身体を屈めてまでウインを見つめる理由がホタルには分からなかった。

「目?ウイン目悪かったの?」

「そうか、ホタルは知らないか。俺目が橙色だろ?これ太陽の瞳って言って、月を信仰するこの国では凶相なんだよ」

ルーナの地に住まう種族の瞳は深い青色の者が多い為、明るい目の色は酷く目立つ。目が合った瞬間に差別される事も多かった。

「綺麗なのに」

「嬢ちゃん感覚おかしいなぁ。見ろよ目の焦点分かんなくて、なんかおっかないだろ?」

「そうかなぁ」

ウインの瞳孔を指して漁師の男達は震えるが、ホタルにはその感覚がいまいち理解出来なかった。

「コラ恩人に気ぃ使わせるんじゃねぇよ。ほら、ボーっとしてんな」

「でも親方、太陽目が居ると船が沈むって…」

「良いから口よりも手を動かせ」

漁師が前方に飛びそうな程の力で張り手を食らわせて、乗組員達に港に散らばる船の木端を拾い、片付ける様促した。

「そんな迷信漁師が鵜呑みにしてんな。大体この坊主は俺達を助けたじゃねぇか」

「だってあんなん…人間業じゃないですよぉ」

「他人様をとやかく詮索しない!飲んで賭博してのろくでなしのお前ら拾ったのは誰だと思ってんだ?あ?」

船長は乗組員に睨みを利かせて窘める。

「お、親方ですね…」

「あの…そろそろ俺達失礼しますね」

海の男たちのやり取りに圧倒され、挨拶もそこそこにウイン達は服を絞りつつそそくさと港を離れようとした。

「待て待て!恩も返さずアンタらを放置したなんて知れ渡ったら漁師の頭の名折れだ。ウチの宿場で風呂と飯位用意させてくれ!」

退散しようとするホタルとウインが同時に振り返る。

“飯”と聞いて鳴り響くお腹は二人よりもずっと返事が素早かった。

「お、おう?腹減ってるのか」


案内された宿場は食堂も兼ねていて、旦那の命の恩人として女将さんに手厚く迎え入れられ、無料で宿泊までさせて貰える事になった。

「はーお風呂入れて良かった…ご飯も宿泊費もタダだし最高…」

「同感」

「てかもう眠い…泥のように寝たい…」

「同感…」

ベッドに並んで二人微睡ながらぼんやりと天井を見つめる。

「…ターバン外さないの?それおでこ蒸れない?」

「蒸れるけど、これは一身上の都合で外せないんだ」

「ふーん…」

隣に寝そべったまま横に視線を遣ると、ウインもホタルに視線を合わせて顔を傾けた。

「ホタルの目は、不思議だな」

「面白いでしょ。私耳長族だから、目の色がその時間帯の空の色に変わるんだ」

「さっきまでは空色だったのに、今は…常闇の色だ」

ホタルの目元に触れてウインは独り言のように呟く。解かれた金髪と相俟って、本当に闇夜に浮かぶ蛍のようだった。

「ウインはずっと太陽が二つ昇ってるみたいだねぇ。私は…月より太陽の方が好きだけどな。暖かいし、太陽が出てる内は野獣も出回らない。不信だ~って言われちゃうんだろうけど」

「これが…俺が外に出られなかった、出なきゃ行けなかった理由なんだ」

ウインは今にも寝そうな声でぼそぼそと答える。

「えーと、差別されるから?」

「ひとつはね。目の色もそうだし…他人にはありえない程強い力があるから、子供の頃は力加減も良く分からなくて、まともに外なんて出られなかった。あの洞は父さんの趣味というよりは、悪目立ちする俺を隠すための物だった。でも、いつまでも父さんに甘えてあそこに引き籠ってるのも違うと思うし、この力を狙って侵略してくる輩も居るかもしれない。いつかは外に出ていく必要があったんだ。…まぁ、だからホタルは俺がホタルについてく事は特に何も気にしなくて良いんだよ」

日中の漁師とのやり取りを思い出してホタルは少しむくれた顔をして見せた。

「差別って意識的なものだから難しいんだろうけど、ちょっともやっとするなぁ…」

「優しいね…そういえば…ホタルは、いやなんでも無い」

「ウイン…?」

ウインが布団を掛けて少し肩を叩いていると、ホタルは数分もしない間に眠りに就いた。


「…重い」

「んぅ~…は~良く寝た…」

仲良く並んで眠りに就いた筈なのに、いつの間にやらウインは横向き直角になったトンデモ寝相のホタルの腹枕の餌食となり、あまりに良い目覚めとは言えなかった。

「何故俺の腹の上で寝てるんだアンタは…」

「良いお腹枕だったからじゃない?」

「邪魔、どいて。あとまた胸見えてるから…もー」

肩から落ちた寝間着を直そうともせず、愉快そうにベッドの側面を足で叩くホタルを横に除けてウインは身体を起こす。

日の高い内に部屋の片隅に干しておいた互いの服に手を伸ばして、湿気り具合を確かめる様に布地を撫でた。

「よしホタルの服も…乾いてるな。じゃ早速布や装飾の解析を…」

「おはようございます。ご朝食は…ってえ、ひゃっ!?すみません!」

「おはようございます…?って、どうしたんだろう」

「さぁ」

寝乱れたホタルとホタルの服を手にしたウインを一瞥し、宿の給仕の若い女性らしき人が顔を赤らめて慌てて出ていくのを二人は呆然と見送った。


「おはよう。よく眠れたかい」

この宿の女将が大鍋の中身を掻き混ぜながら元気な挨拶をしつつ振り返る。その隣で先程出て行ってしまった給仕女性は包丁を持ったまま気まずそうに会釈だけした。

「おはようございます。お陰様で」

「おはようございまーす。わぁ今日も美味しそう!」

朝食に用意された揚げた白身魚と香草の香ばしい匂いが食堂内に立ち込めて、思わず二人のお腹も元気に女将にご挨拶した。

「相変わらず凄い腹の音だねぇ」

昨晩も振舞われた豪勢な魚介類の大皿料理に舌鼓したが、やはり新鮮な魚料理はどれもとてもおいしかった。夜は漁師の晩餐に一際賑わっている食堂も、朝は皆海に向かっているせいかとても静かだった。

「改めてお礼を言うよ。昨日は本当にうちの亭主をありがとうね。それで?二人とも旅行でこの街に?」

「旅行と言うか」

「これから旅行に行く…みたいな感じだよね」

まさか家を出て追手から逃れ、空を飛んだ挙句に辿り着いた港町とは言えず、二人は中途半端に言葉を濁す。

「まさか駆け落ちでもして家出とかじゃないだろうねぇ」

鍋の中身を一掬いし、味見をしていた女将が人が悪そうな顔を浮かべる。

「あれって駆け落ちだったの?」

「アホかそんな訳無いだろ。父さん公認だよ」

ウインは適当な相槌を打つ。

「まぁ親と話してるなら良いけど。見た目判断で悪いけど、あんた達まだ相当若いだろ?うちにも息子がいるから、ちょっと心配になっちゃってさぁ」

そう言って女将は給仕女性と目配せして見せる。

「そういえばウインって幾つなの?」

「俺は15だよ」

「えっ嘘!」

ウインは立ち上がるホタルに行儀が悪いと窘め着席させてから、極めて呑気な様子で柑橘類のフレッシュジュースを注いで飲み干した。

「そんなに驚いた?むしろ年齢より若く見られる事のが多いんだけどなぁ…」

「大人びてるから同い年くらいなのかなぁって思ってた!」

「そういや自分の年齢は覚えてるんだな」

「18歳。みっつもお姉さん!どうしよう…そんな子供を連れまわしているとか罪悪感が凄い」

「…あんた達本当に大丈夫かい?」

「あ」

これ以上長居してはボロを出してしまいかねないと判断して、女将の問答を緩く躱して二人は宿を出る。

歩きながら昨晩船長に譲って貰った地図を広げた。

「火山か…ここからだと三日位で着くかな」

「そういえばウインって結構地理に詳しいよね。火山には行った事があるの?」

「流石に火山には無いけど、木を売り歩いてるから結構いろんな話聞くんだ。その土地の工芸品に興味があるから、自然と詳しくなってるのかも」

「じゃあ、もしお互い次の宛が見つからなかったら、私と一緒に色んなところに行こうよ!私も君も一つ所に居る訳にはいかない理由がある。ほら恩も返さないとだし」

「だからそれは良いのに」

「まぁまぁ、私の気持ち的なものだから!」

「…でも良いかもな。他の土地にはさぞ工芸の新技術が沢山あるんだろうなぁ」

二人は海の果てを見つめながら遥か遠い土地に想いを馳せた。

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