第九回:ネンボ島救出作戦
神聖大和公国に独立戦争を挑んだダンテ独立軍は神聖大和公国軍を追い詰め、公国軍はネンボ島にまで退却した。ネンボ島は赤道下の亜熱帯気候地域に属する約300平方キロメートルの島である。ここには神聖大和公国陸軍の基地があり、駐屯軍の約千人の兵士はここを最後の砦としている。しかし、状況は最悪で独立軍はいつ島に上陸してきても可笑しくないし、敵対勢力の解放同盟加盟国、ムー帝国の艦隊が包囲しているのである。駐屯軍を待つのは死、もしくは降伏のいずれかであった。そんな中、大和公国は救出作戦を開始。生粋の戦闘部隊、連合艦隊が派遣された。連合艦隊旗艦は就役したばかりの最新鋭戦艦、巡洋戦艦下総(43,500t)である。下総のスペックは
・全長 270m
・全幅 32m
・乗組員数 1,400名
・速力 30kt
・兵装 41cm連装砲4基
15cm単装砲撃28門
8cm高角砲8門
53cm魚雷発射管8門
という世界初の41センチ砲を装備しており、加えて後部には戦闘機を発艦できる飛行甲板があり、15機の艦上戦闘機を搭載していた。正に従来の戦艦を大きく凌駕する最強最新の軍艦だった。
「これより、ネンボ島救出作戦の概要を伝える。」
連合艦隊司令長官である岡部誠海軍大将は改めて各艦隊司令長官、艦隊幕僚を集めて会議を開いた。
「独立軍は駐屯軍を圧倒しているが、それは数の為である。加えて、ムーが裏で手を引いているのだ。島はムー帝国艦隊が包囲している。」
「長官!ムー帝国海軍は今は亡き東郷大提督の宿敵。現在我が方には新鋭戦艦三笠型が5隻ある!加えてこの最新鋭巡洋戦艦下総がある!解放同盟絶対殲滅、今こそ艦隊決戦を!」
そう叫んだのは第2艦隊司令長官の金剛幸三提督である。彼は好戦的な男で、周りの部下達も彼に呼応した。
「植民地に駐屯する艦隊も呼び、大艦隊をもってして殲滅すべきです!」
「士気は旺盛、やりましょう、長官!」
岡部は溜息を付いた。
「メッケル首相は戦闘は望んでいない。言ったはずだ。連合艦隊は戦闘はしない。血を流さずして我々はネンボ島の同胞を救出する。」
「くそっ。ブルア人め、解放同盟に媚びやがって。メッケルの首を取ってやりたい気分だ!」
機嫌が悪い金剛を無視し、岡部は作戦参謀に地図を広げさせた。作戦参謀が言う。
「では改めて、ネ号作戦について説明致します。地図をご覧下さい。ネンボ島は300平方キロメートルの島であることは既にご存知でしょう。我が国最大の湖、枇杷湖の半分ほどの大きさです。」
「前置きはいい!早く終わらせろ!」
金剛提督が怒鳴り、作戦参謀は少々呆れた顔をしたが、気を取り直して話を続けた。
「今回の我々の任務は血を流さず、短時間で同胞を救助すること。犠牲は一人でも出してはなりません。」
作戦内容はこうだ。連合艦隊の主力部隊はネンボ島の西海岸を目指す。西海岸には駐屯軍基地があり、島を包囲しているムー帝国艦隊の旗艦がいる。ムー帝国は慌てて西海岸に向かう連合艦隊に向かい合うはずだ。兵力に勝る連合艦隊に対抗するため、ムー艦隊は島の包囲を解き、兵力を集中させるだろう。そこが狙いなのである。駐屯軍は敵のいない東海岸に移動。速力に勝る水雷戦隊は連合艦隊を離脱し、東海岸に行き、そこで駐屯軍兵士を乗せ、連合艦隊と合流する。大和公国もムー帝国も国際法に違反した行動をとっているが、休戦中に戦いを始めるのは不味いため、睨み合うことになる。つまり、睨み合っている間に水雷戦隊は救出作戦を実行するのである。救出作戦に参加するのは第6水雷戦隊と守の艦、駆逐艦山風が所属する第7水雷戦隊であった。水雷戦隊は魚雷戦の為にあるような部隊で、軽巡洋艦を旗艦とし、3個駆逐隊によって構成されている。駆逐隊は駆逐艦によって構成されており、1個駆逐隊には4隻の駆逐艦が存在する。よって第6、第7水雷戦隊を合わせて、軽巡洋艦2隻、駆逐艦24隻が駐屯軍を救出するのである。救出艦隊は目標海域に近くなると連合艦隊を離脱し、南下した。東海岸に向かうためである。
一方ムー帝国艦隊は大和公国連合艦隊を視認し、敵艦見ユの通信が艦隊旗艦である戦艦ジーノに伝わった。ムー帝国艦隊司令長官、ローズ提督はその報せを聞くと、不敵な笑みを浮かべた。
「大艦隊を率いてきたな。全艦に伝えよ!包囲陣を解き、我が方に集結。大和艦隊は自ら攻撃はしてこないだろうが、万が一を考え、戦闘準備!」
全艦が包囲陣を解き旗艦ジーノに集結し、陣形を組み終えると、双眼鏡で見なくても遠方に大和公国艦隊の姿が見られた。
「アドミラル!どうか指示を!」
部下達の訴えに、まだだ、慌てるなどと繰り返しながら、ローズ提督は双眼鏡で下総をじっと見つめていた。
「アドミラル!航空機です!」
見張り兵が叫んだ。なるほど、複葉機が向かってきているが、この時代、航空機で戦艦を沈めるというのは有り得ないとされた時代だった。ローズは「蝿など放っておけ」と静観を命じ、複葉機はバンクによって敵意が無いことを示すと、ビラを巻き、それを終えると大和艦隊に戻っていった。
『御茶をご一緒に』
そう書かれていたビラは艦隊幕僚を困惑させた。
「アドミラル、これは如何なる意味です?」
「純粋に茶を飲もうとのお誘いだ。奴らは大艦隊を率いているとはいえ、我々と休戦している以上手を出したくはないはず。そしてそれは我々も同じ。交渉によって解決を試みるつもりなのだ。」
「なるほど……。しかしアドミラル、どうするおつもりで?ビラを見ますに、大和艦隊の司令長官、オカベの副官が艦隊旗艦下総から駆逐艦に乗り換えて訪ねてくるそうです。」
ムー海軍幕僚達は追い返すべきではないかと訴えたが、ローズ提督は会おうと即答した。
「話が面白くなければ、追い返せばよい。ゼーノ乗組員に通達せよ、今から客人をもてなす用意を始めろ!我々とて、長い歴史を誇る帝国ということを、ブルアに侵された民族に示してやるのだ!」
ムー帝国の戦闘機が連合艦隊上空に現れ、『喜んで茶を共にする』という内容のビラを撒くと、岡部と艦隊幕僚は喜んだ。
「しめた。これで時間稼ぎが出来るぞ。……難しい任務だが、喋ってくれるだけでいい。頼むぞ。」
岡部はそう言って副官の加藤裕次郎海軍中佐を
ムー帝国艦隊旗艦、ジーノに送った。彼をジーノまで送ったのは、今年竣工したばかりの駆逐艦東郷だった。
「トーゴー……。嫌な名前の艦を送ってきたものだ。よりによって我々解放同盟を幾度も撃破してきた提督の名を冠した駆逐艦を持ってくるとは。」
ローズ提督は向かってくる東郷を見て少し不愉快な顔をした。
「戦艦ジーノ、やはり目の前で見ると違う。」
一方、戦艦ジーノに近づく東郷に乗る加藤中佐は、戦艦ジーノの艦容に圧巻させられていた。全長は220メートルほどで、38センチ連装砲を7基搭載しており見るからに強大な戦艦である。巡洋戦艦下総は速力こそ早く、41センチ砲を装備しているとはいえ、14発もの巨砲弾を食らえばただではすまないだろう。今海軍で進行中の1920年度対解放同盟用巡洋戦艦計画を進めなければと、加藤は強く思った。東郷がジーノに接舷すると、加藤は護衛兵を2名つけてジーノに乗艦、ムー帝国水兵は国際儀礼にそって敵国の士官を歓迎した。
「私はムー帝国海軍大洋艦隊司令長官、ローズである。ようこそ戦艦ジーノへ。」
ローズ提督は加藤に世界公用語のブルア語で挨拶した。加藤中佐もブルア語でローズ提督に挨拶した。
「私は神聖大和公国海軍中佐の加藤裕次郎であります。ローズ大提督、お会いできて光栄です。これは我が提督岡部からの贈り物です。」
そう言って包物を差し出されたローズは黙って中身を見た。大和公国産の煙草に、茶葉が入っていた。
「アドミラル·オカベに感謝するとお伝えください。中佐、さぁ茶を飲みましょう。」
ローズ提督と岡部は艦内へ入っていった。
その頃、連合艦隊を離脱した第6、第7水雷戦隊はネンボ島に近づいてきていた。2個水雷戦隊のそれぞれの旗艦は、最上型軽巡洋艦の最上、鈴谷だった。最上型は1915年に竣工した巡洋艦で、15センチ単装砲を7門、53センチ連装魚雷発射管を4基装備する軍艦だ。速力33ノットを誇る最上と鈴谷は全速力をもって海を駆けている。後続するのは旧式駆逐艦の神風型駆逐艦で、山風も神風型の一隻だった。全長70メートル程の神風型は30ノット以上の速力で航行しているため、波は大きく被り、艦橋は露天している為に乗組員達はずぶ濡れだった。山風は第16駆逐隊を率いており、露天艦橋には駆逐隊指揮官の高橋海軍少佐、駆逐艦艦長の浦下海軍大尉、そして国防学校を卒業した新任の海軍少尉達がいた。本来駆逐艦の艦長は少佐から中佐が担うのだが、神風型のような初期の駆逐艦には尉官が担うことも多かった。砲術長の工藤守海軍少尉も波しぶきを受けながら水兵に指示していた。
「前部主砲にいる奴、波が強いから気をつけろ!」
「砲術長!縄はありませぬか。縄で砲と体を結びまする。」
守は縄を持って前部主砲に行った。ザバーンと波しぶきが体にかかる。
「これじゃあ風邪をひくな。お前達、いざ戦闘となったら落ち着いて撃つんだ。敵もこんな波じゃあ巡洋艦じゃない限り当たんねぇよ。」
「はっ!」
一方、浦下艦長は湿気た煙草を口に咥えており、高橋司令に煙草を勧めた。
「湿気た煙草などいらん。天気が曇り後雨のせいで、随分視界が悪いな。もし万が一敵がいても、気付くかどうか分からん。」
「それは相手も同じです。しかし、連合艦隊は上手くムー帝国艦隊と接触できたでしょうか?」
「もう島の近くだ。監視船一隻いないということは、皆帝国艦隊旗艦の方に行ったに違いない。つまり、成功したのだ。」
その時、第7水雷戦隊旗艦の軽巡洋艦鈴谷から発光信号が見えた。
『ネンボ島見エタ、各艦減速20ノット。』
了解の信号を送ると、山風でも島の姿が見えた。島からはチカチカと光が見える。
「駐屯軍だ!東海岸まで移動できたみたいだ。」
救出艦隊と島との距離は見る見るうちに縮んでゆく。
「おーい!おーい!」
陸から将兵達の声が聞こえる中、各艦はカッターや内火艇を下ろしピストン輸送のように駐屯軍兵士を収容していった。一時間半ほどで駐屯軍兵士1,023名の救出作業は終わった。最上には駐屯軍司令官をはじめとする将校達が収容された。
「駐屯軍司令官、北川中将は自決され、今はこの寺田大佐が指揮官であります。」
「私は第6水雷戦隊司令官、角川海軍少将だ。大佐、私は気になっていることがある。何故、ムー帝国艦隊はたかがネンボ島を包囲し、本国へ撤退できないようにしたのか?」
「ムー帝国は独立軍に毒ガス兵器を与え、それを使ったのです。我々が気付くのが遅かった……。毒ガス兵器の使用を隠すために、我々を包囲したのでしょう。」
「なんと……!毒ガス兵器!」
角川少将はゾッとした。国際連盟と解放同盟との休戦条約により、毒ガス兵器の使用は禁止されているのだ。
「更に、彼らは独立軍と名乗っていますが、奴らの半分はムー帝国軍の部隊。完全に休戦条約を反故しています!」
「これは不味い……。本国に戻り、事の顛末を報告せねば。各艦に号令!速力30ノットをもって離脱!連合艦隊に戻るぞ!」
救出艦隊がネンボ島から離脱しようとした時、見張り兵が叫んだ。
「司令!大変です!敵艦見ゆ!巡洋艦駆逐艦多数、およそ30隻!」
救出艦隊は絶望のどん底に叩きつけられた。なんと、ムー帝国艦隊と合流したはずの艦隊が再び戻ってきたのである。一体何があったのだろうか?それを知る為には時を少し戻さねばならない。
ムー帝国艦隊旗艦ジーノの中で、加藤はローズ提督に交渉という名のお喋りをしていた。
「どうですか、大提督。我が国の茶は?」
「見事な味だ。カトー中佐。しかし我が国の茶の方が美味い。それに私は茶より珈琲を好む。」
「私も珈琲は好きです。」
何となく当たり障りのないやり取りをし、そして交渉に持ち込むふりをする。
「ローズ大提督、貴艦隊が包囲しているネンボ島は我が神聖大和公国領。休戦条約に大きく違反しておりますぞ。今すぐ撤退を要求します。」
「ネンボ島以前に、ダンテ(植民地の名前)自体、元々我々の領土だ。君達が休戦条約を結ぶ前に泥棒のごとく盗んだ。だがダンテ人も君達の政治に不満を持ち、独立を求め、君達はそれを弾圧した。仲間が自由を求めているのに、どうして助けずにいられようか。」
加藤はなるべく感情的になり、話を面倒にし時間を稼ぐのが目的だ。加藤は激怒するふりをした。
「いいや!彼らは元々我々の支配を求めていました!我々は彼らに自由を与え、彼らは我々に感謝しているのだ!」
「おやおや、カトー中佐。熱くなってはいけませんよ。感謝しているならば、どうしてこんな自体になったのかね?」
「なんだと!それはムー帝国軍が介入したからに決まってる!」
加藤はこの後も激怒している無能軍人を演じた。ローズ提督は交渉相手を選ぶのに失敗したなと嘲笑していたが、だんだん違和感を感じ始めた。今相手は、自分の煽りに憤怒し私は嘲笑っている。しかし何だろう、この違和感は。アドミラル·オカベは海軍大学の卒業成績は良くなかったとはいえ、人材を見る目があり聖域大戦初期から活躍していた敵将トーゴーは部下であるオカベを信頼していた。そのオカベが交渉役に無能な軍人を派遣するだろうか?もし、これが交渉ではなく時間稼ぎとしたら?そして何の為の時間稼ぎか?ローズ提督はそれを考えた途端、真実に気付きゾッとした。隣に座っている作戦参謀にムー語で話しかける。
「作戦参謀、連合艦隊の高速部隊が東海岸に移動し、東海岸にいる駐屯軍を救出する事はあり得るか?」
「まず駐屯軍の兵糧は尽きており、西海岸にある基地から東海岸に向かうには相当の疲労がかかります。これでどうして東海岸にいることがありましょうか?また、天気は非常に悪く、海は荒れております。救助艦隊を派遣するとなると、速力が速い艦を向かわせますでしょうが、駆逐艦や防護巡洋艦では波にのみ込まれ沈む危険性もあります。更に救出の為に、連合艦隊という主力艦隊を派遣する事はありえません。それだと戦力が過大すぎます。連合艦隊がここ迄来たのは、脅しが効かねば力づくで奪還するためです。」
「やはり!」
ローズ提督は叫び、ニヤつくと加藤中佐に言った。
「カトー中佐、君は交渉役としては不適切な軍人だ。君の駆逐艦を沈めることはしないから、安心して帰りたまえ。我々ムー帝国艦隊全艦は、引き下がるつもりはない。」
「交渉は決裂!残念です。大提督、私は帰らせて頂きます!」
加藤中佐は怒鳴りながら部下と共に帰っていったが、勿論内心は喜んでいた。駆逐艦東郷に戻ると「成功したぞ」と一言だけ言った。これで連合艦隊は時間稼ぎに成功し、血を流さずして同胞を救出できる、彼らはそれを確信した。だがその確信は裏切られた。
「作戦参謀、第11、第12戦闘部隊をネンボ島東海岸に移動させよ。」
「は?」
去りゆく東郷を眺めながら、これを言ったローズ提督に部下は困惑した。
「アドミラル、駐屯軍が東海岸に移動し、救出艦隊がいると!?我々は否定申し上げたはずです。」
「作戦参謀、君の考え方は実に正しい。よく兵法書を読んでいるのだな。だが、戦というのは何があってもおかしくない。一般的にあり得ないと思われることを、やり遂げることもあるのだ。まだ間に合う。今すぐに部隊を送れ、陸軍の奴らが毒ガス兵器を独立軍に与えたことが世界に露見されてはならない!」
ローズ提督の判断は正しかった。東海岸には救助を終えた水雷戦隊が海域を離脱しようとしていたからだ。第11、第12戦闘部隊は1部隊につき装甲巡洋艦1隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦10隻で編成されている。どれも装甲巡洋艦を除き全て最新鋭艦であり、旧式となりつつある装甲巡洋艦アンナ級も排水量は10,200tで、速力24ノット、25センチ連装砲を6基搭載する準戦艦と言っても良い強力な軍艦だった。第11戦闘部隊の旗艦であり、第12戦闘部隊の指揮権を持つ装甲巡洋艦アンナに乗るブランドー海軍少将は公国艦隊の水雷戦隊を見て笑った。
「なんとチッケな艦だ!諸君、あんなのは敵ではないぞ。彼らを沈めろ!」
「司令!本当によろしいのですか!?大戦が再開されますぞ!」
幕僚達は不安の声を出すが、ブランドーは気にしない。
「ここで放ってみろ。毒ガス兵器の件が全世界に露見し、解放同盟内にも亀裂が入る。それは避けたい。」
一方で、大和公国の救助艦隊は混乱に包まれていた。
「見破られてしまったか……。全艦全速力を以て離脱する!二手に分かれろ!」
「司令官!第7水雷戦隊鈴谷より電文(ここでは無線通信)です!『駐屯軍兵士ノ殆ドハ貴戦隊ニアリ。我ハ残リテ敵艦隊ノ足止メトナリ公国ニ貢献ス。角川少将ハ葡留愛幕府ノ下デ大業ヲ成シ遂ゲルベシ。』以上!返事は如何なさりますか!」
「ならん!無駄死にするな!」
角川少将は怒鳴ったが、第7水雷戦隊は戦闘旗と別れの挨拶を示す旗流信号を掲げムー帝国艦隊に突入していった。
「司令官、申し訳ないとは思いますが、ここは第7水雷戦隊に任せましょう!我が部隊には駐屯軍兵士全員がいるのです!我々までやられてしまえば、ここまで来た意味が無くなります!何卒賢明な判断を!」
副官や幕僚の言葉で角川少将も決めた。
「第7水雷戦隊に信号を送れ!『貴戦隊ノ健闘ヲ祈ル』だ!我が部隊は全速力で離脱!断じて第6水雷戦隊の意志を無駄にしてはならぬ!」
どちらが砲火を最初に開いたのかは分からない。装甲巡洋艦アンナかもしれないし、軽巡洋艦鈴谷、もしくは、お互いが同時に撃ったのかもしれない。この辺りは、双方の主張が食い違うため現在も謎とされる。一つ言えるのは、第6水雷戦隊は果敢に戦った。しかし、鈴谷の15センチ砲はアンナにとって小石を投げつけられるようでビクともせず、かわりにアンナの25センチ砲弾は鈴谷の装甲を貫き、艦橋を破壊させた。断末魔のように魚雷を発射した後、鈴谷は爆沈したのである。旗艦を失った各駆逐隊も奮戦したが、敵艦隊の圧倒的な戦力により次々と沈められていった。ただ第16駆逐隊、駆逐艦山風が率いる駆逐隊は一隻も損失しておらず、小魚のような彼女達は海を駆け回っていた。しかし悲しいかな、10センチ砲弾は小石の如く敵駆逐艦にも効果は無く、ブリキのオモチャのような駆逐艦の奮戦は敵にとって滑稽でしかなかった。
「工藤砲術長!砲の俯角がとれません!助けてください!」
前部主砲を操作する水兵達が叫んだ。こんな時にか、と守は舌打ちした。
「工藤守砲術長、艦橋を離れます!」
浦下艦長に許しを得て守は艦橋を降りた。第一主砲と艦橋との距離は短い。1メートルも無いだろう。
「どけ!ちゃんと整備してたのになお前な!」
「はっ、砲術長も点検していたはずでありますから!」
「ここが詰まってやがる!これじゃあ帰ったあと、艦長に殴られちまうな!」
波の音で守の声はかき消される。
「今なんとー!?」
「帰ったら、殴られるなー!!」
「生きて帰れる保証がありません!」
次の瞬間、鼓膜を突き破るような音が響いた。山風に砲弾が被弾したのである。艦体に大きなダメージは無かったが、砲弾の破片が飛び散り辺りは血の海になった。四散した破片は浦下艦長の上半身を吹き飛ばし即死させ、高橋司令の体に突き刺さり、瀕死させた。正に艦橋は生き地獄と呼ぶに相応しく、艦橋に戻った守はその壮絶な光景に吐き気を催した。
「これが……戦場……おえっ」
「砲術長……!」
高橋司令が手招きする。すぐに医療班が駆けつけたが、手遅れであることは誰の目からも明らかだった。
「何人やられたか……?」
「艦長が即死され、伝令兵全員がやられました。航海長の橋本海軍少尉は機関室に行っていた為に無事であります。」
「……そうか……。すまない……私は……無理だ。祖国に生きて、帰れんだろう……。駆逐隊の指揮権を……」
そう言いかけたところで、彼は絶命した。
「司令!司令!!」
守の必死の呼びかけにも、彼が応えることはない。
「司令!艦長!ご無事ですか!?」
橋本航海長と西村水雷長が艦橋に戻ってきた。しかしすぐに惨状を目の当たりにし、黙り込んでしまったが、同期の守が無事だった事をまず喜んだ。
「と、とりあえず、工藤。お前が生きてて良かった。」
「西村!!何がとりあえずだ!?司令も、艦長もイッちまったんだ畜生!俺達もう生きて帰れねぇぜ!?」
そこに通信長の田村少尉も駆けつけた。
「守!司令は指揮権をどの艦に譲ると仰ったか!?早く指揮権を移さなきゃ混乱が極まれるぞ!」
「それが……言う途中で亡くなった。」
「とりあえず谷風に指揮権を譲れ!谷風だ!」
「了解、『司令及ビ艦長戦死、指揮権ヲ谷風艦長ニ譲ル』、送ります!」
「いや待て!指揮権を譲らなくていい。山風が駆逐隊を率いる。」
守の急な制止に皆驚き、腹を立てた。司令と艦長が戦死したのに、どうして指揮権を譲らないことがあろうか?
「守!こんな時になんだよ!一刻の猶予もねぇんだぞ!」
西村が工藤の胸ぐらを掴んだが、守はそれを突き放す。
「皆、俺を信じてくれ。俺に策がある。」
「策……?」
一か八かの策であったが、守はそれしか無いと思った。成功すれば、自分達は生きて帰れる可能性が大きくなる。守は話すことを躊躇わなかった。
後に大龍帝国海軍の連合艦隊司令長官として名を轟かした工藤守大提督、名将としての彼は、この時に生まれた。