第八回:工藤守の結婚
1850年に勃発した聖域大戦は後に百年戦争と言われたが、聖域大戦は何度かの休戦があり、20年間以上国連と解放同盟が戦わなかった期間もある。ならば、百年戦争とまとめなくても良いのではないという意見もあるが、少なくとも休戦中には内乱や独立戦争が勃発し、人類が安息できる時間は無かったと言っても良いだろう。それほど時代は混迷していたのである。
1920年1月1日、神聖大和公国が有する南方方面植民地群の一つ、第3植民地はダンテ共和国を名乗り独立を宣言。駐屯する大和公国軍を襲撃し、独立戦争が始まった。いわゆるダンテ独立戦争である。解放同盟の中でも大国のムー帝国はダンテを裏で支援した為に、6月には駐屯軍は追い詰められ、ネンボ島という島で孤立し、救援を要請していた。この時既にブルア政権は腐敗していたので、救出作戦を計画するのは時間がかかった。
「この紛争、裏でムーが手を引いているのは確実ですが、休戦条約により目立った事は出来ません。我々は連合艦隊を派遣し、艦砲射撃を実行。数をもって敵を殲滅すべし。」
「私は反対です。たかが植民地が引き起こした紛争に、生粋の戦闘部隊を派遣するとは何事か。虫を殺すのに、わざわざ剣を用いる者がいましょうか?」
「小さきこととはなんだ!現に駐屯軍は惨敗している!相手は手強いぞ!」
このように軍部でも意見が対立し、対応が遅れたのである。そして更に事態は悪化する。ムー帝国は艦隊を派遣し、ネンボ島を包囲。海軍はムー艦隊と一戦を交えなくては行けない可能性が増えたのである。海軍は重い腰を上げて、艦隊の派遣を決定した。
工藤守はこの時、旧式駆逐艦山風の砲術長だった。山風とは1908年、神風級駆逐艦の32番艦として就役し、1920年では既に旧式になっていたオンボロ艦である。スペックは以下の通りだ。
・全長 70メートル
・全幅 6メートル
・基準排水量 450トン
・最大速力 35ノット
・乗組員数 60名
・10糎単装砲2門
4.5糎単装速射砲4門
45糎連装魚雷発射管2基
対して1920年に就役した最新鋭駆逐艦「東郷」型のスペックは以下の通りである。
・全長 110メートル
・全幅 10メートル
・基準排水量 1,270トン
・最大速力 36ノット
・乗組員 155名
・12糎単装砲3門
53糎3連装魚雷発射管3基
両者を比べてみれば、性能の差は明らかである。おまけに居住性も悪いため、守は不満感を抱いていた。そんな山風もネンボ島救出作戦に参加することとなった。
「死ぬかもしれないから、今のうちに色々やっといた方が良いかもな。」
同期が守に言った。守が所属する256期生の者は全員作戦に参加するらしく、守は興奮と不安の感情の中にいた。
「実戦てのは、絶対華やかな感じじゃ無いんだろうなぁ。」
守が呟く。
「当たり前だろ、守。学校時代散々言われてたじゃねぇか。実戦は地獄より酷いってな。」
「田中……。お前色々やっといた方が良いと言ったが、例えばどんな?」
田中と呼ばれた爽やかそうな青年はニヤッと笑い、
「女!女だよ。お前彼女いるんだろ?それも飛びきり美人の。」
「結婚は難しいよ……。」
「そういう話じゃ無いんだけどな」
田中はつまらなさそうな顔をしたが、何故結婚が難しいのか訳を聞いた。
「陽子は仕事で忙しそうだし、何より名門貴族の出身で、俺は平民。陽子の御両親は認めてくださるだろうが、祖父の忠興様がお許しにならないだろう。」
「でも、いずれは結婚するんだろう?」
「いずれはしたいなと……。」
守と陽子は付き合っていた。守が国防学校一年生の頃、極自然な成り行きで二人は恋人となったのである。幼馴染の光太郎には隠そうとしていたが、陽子がその行為に罪悪感を感じ、勝手に光太郎に打ち明けてしまった。光太郎も陽子が好きだった為に、光太郎は憤怒し、それ以来守と光太郎の関係は悪化した。また、守も陽子も学校が違うために会うことも少なかった。しかし、守が乗艦する山風の港が十多にあり、海兵局も十多にあるので、陽子が海兵局に勤めると二人はよく会えるようになった。守はこの日、陽子と共に食事をする事になっているが、そこで結婚を申し込もうと決意した。
午後七時、守と陽子は駅で落ち合うとタクシーに乗ってベルサイユレストランに行った。
「ここのレストランは美味しい事で有名だけど、なんでそんな顔をしているの?」
食事中、どう告白しようか悩んでる守に陽子はそう聞いた。
「考え事をしててね……。」
「何を?」
「いや、陽子には関係ないよ。海軍の事だ。」
守は誤魔化そうとしたが、その嘘は陽子の機嫌を悪くした。
「私と食事するのが楽しくないというのね?」
「そういう事じゃないよ。楽しいというか、何というか、君と食事するのは珍しいことじゃない。」
「確かにそうね。高級料理を食べているから、何か特別なムードを感じるけど、私達が食事を共にするのは珍しいことじゃ無かったわね。守、何を考えていたの?」
「まだ言うか。関係ないよ。」
「嫌よ、教えなさいよホラ。この前のホテル代払ったのは誰よ。」
意外にしつこい陽子に守は率直に言うことにした。
「陽子、俺と結婚してくれないか。」
笑っていた陽子が真顔になった。
「私に関係あるじゃん」
「ごめん。」
「凄く急じゃん」
「急に結婚したくなった。」
守がそう言うと陽子はケラケラ笑いだした。
「もう少し待てないの?」
「今度出征する。その前に式を挙げたい。」
身勝手ね、陽子はそう言うと暫く沈黙していたが、ワインを一口飲んで話した。
「私が沈黙したのは、守と結婚するかどうかを悩んだんじゃないの。率直すぎて趣のないプロポーズだけど、貴方らしくて良いと思うわ。でも、両親やお祖父様に許して頂かないと……。特にお祖父様は私を摂関家に嫁がせようと考えているから……。」
「急にごめんな、陽子……。」
「悪いと思ってるなら言わないでよ。中途半端な気持ちでそんな事言わないで。今度雪日邸に行きましょう。お祖父様だって、話せば分かるはずよ。」
「あの頑固爺がそう簡単に頷くはずがないんだよなぁ……。」
陽子の祖父雪日院忠興は頑固な老人として有名であり、ガンコジイと子供たちからは呼ばれていた。頭は剥げてしまっているがカイゼル髭を生やし、いかつい顔つきの為に恐がられる事が多い。とはいえ中身は誠実な人間で、人々からは慕われている人物であったが、可愛い孫娘の結婚に快く頷くほどの寛容さは無い。
「ねぇ守、子供が出来たって嘘をつけばいいのよ」
「は?」
陽子の突拍子も無い発言に守は困惑した。
「子供が出来たなんて嘘ついたら逆効果だろ。」
「そんな事無いわ。我が家は血族を大切にする一族。子供が出来たら雪日家は結婚を承認しなければいけないの。」
「とはいえ、流石に子供が出来たなんて嘘は……。」
「いいでしょ別に。私達はもう社会人よ。軍人に会社員。子供を作って何が悪いのかしら。」
陽子は少し酔っ払っているのか、声が大きくなっていた。周りがチラチラと見ていたのを守は気付いた。
「分かった、分かった。とにかくここで話すことは無いだろ。さぁもう良いだろ。今日はホテルで泊まるんだからお暇しよう。」
「悪いけど軍艦設計しているんだからその最中に妊娠は不味いからやめてね」
「お前本当にやめろって……。」
守と陽子は後日、雪日邸にて結婚の許しを貰いに行った。
「幼馴染の守君なら安心だ。私も妻も認めるよ。」
陽子の両親である忠月卿と妻は快く認めたが、やはり忠興卿は反対した。
「おのれ悪ガキが。わしの孫娘を奪おうとするとは言語道断。たたっ斬ってやる。」
帝より賜われた太刀を取り出し守に斬りかかろうとするも、既に80歳を超える高齢のため、ヨロヨロとしてつまづき転んだ。
「陽子は大業をなせる人物に嫁がせたかったのだ!ブルア幕府はメッケル公が首相に就任して以来、帝を蔑ろにする政策を行い朝廷は衰退している!知っているか。今度幕府は朝廷からも税を取り立てるそうだ!朝廷!朝廷だぞ!!税とは帝の御名によって集められるはずなのに、今や帝から税を搾ろうとしているのだ!口惜しや!口惜しや!!」
忠興は帝に忠誠を誓い幕府を憎む典型的な朝廷臣下だった。
「お祖父様、朝廷を救えるのは摂関家や貴族だけではないはず。守のような普通の民でも、大業はなせるはずよ。」
「ばかもの!ブルアを招いたのは朝廷!自分の尻拭いは自分でしなければならない。可愛い孫娘よ、何故分かってくれぬのだ。才女のお主が大業をなせる男に嫁げばそれは最早最強。龍朝は復興し、天下を皇室の手に戻せるのだぞ!」
「父上、いくらなんでも我が娘を政治に関わらせてはなりませぬ。私は平凡な女子として、守君と幸せに生きてほしいのです。」
「ぬぅう。貴様もか。」
その時、執事が部屋に入ってきて守の姉が来たと言った。父親である勘吉は既に他界しており、姉の春香は結婚し、空条家に嫁いでいた。姉には結婚の事を話していたので、その事について来たのだろうか。
「失礼致します。守の姉です。」
春香が部屋に入ってくると陽子は俯いた。陽子は春香が苦手なのである。
「忠興様、お久しゅうございます。お元気そうで何よりです。」
「おお。春香さん。いやはや、息子さんはすくすく育っているようで何より。すまないね。洋服とお菓子ぐらいしかあげれなかった。」
忠興は春香を気が強い女子として気に入っていた。別に彼は人によって態度を変えたりするような事はない。守にもいつもは優しく接してはいるが、それとこれとは別問題なのである。
「しかし春香さん。私の顔が何故険しいか分かるかな。今少々機嫌が悪いのだ。用があるなら、後にしてくれないかね。」
「いえ、私は弟と陽子さんの結婚を認めてくださるよう説得しに参りました。」
春香がそう言った途端、忠興の顔は真っ赤になった。
「なにっ!!お前お前お前!!」
「守、父さんは亡くなる前、これを守にと託しました。受け取りなさい。」
春香は布に包まれた棒状の物を守に渡し、守は糸を解いて棒状の物が何なのか確かめた。それは小太刀のような短い刀だった。
「小刀……?」
守はこれが何なのか分からなかったが、忠興と忠月はそれを見て唖然としていた。忠興は興奮していた。
「な、なぜこれを!?いや、装飾は今のと少し違うが……これは本物。見よ、あの美しい紋章。威厳が放たれておる。」
守は何の事か分からず、忠月卿が説明した。
「守君。これは畏れ多くも皇帝陛下が朝廷に貢献した功臣に与えられる宝刀!それも、藤原家の紋章が刻まれている。藤原摂関家でも上位の一族に与えられた名刀だ。春香君。何故君はこれを?いや、我が友勘吉は何故これを持っていたのだ?」
春香が答える。
「私達工藤家はかつて朝廷にお仕えした藤原鎌道公の末裔です。先祖代々これは秘密にするよう教えられてきましたが、もはや我が一族が朝廷を追われて三百年。隠す必要はもう無いかと。」
藤原鎌道、龍朝史には必ず出てくる人物である。幼い帝の政治を助けるために丞相として活躍。決して権力を盾に驕ることは無く、常に謙虚で生活面も質素倹約。幼い帝が大きくなり、帝自ら政治を行うようになっても相父と慕われた龍室忠臣の一人とされる。子孫も重職に就いていたが、ブルア使節団を受け入れた時の皇帝、洋受帝を過激に批判した為に処刑され、一族はブルア使節団が政治を担う少し前に都落ちしたのである。宝刀は帝に返上するよう求められたが、長門家や橘家が鎌道公の功績を無くしてはならないと反対し、宝刀が奪い返されるような事は無かった。
「今の藤原摂関家は分家。本流の子孫がここにおられたとは。勘吉は目立つのが嫌いな奴だったから、私には言わなかったのだろう。父上、陽子を摂関家に嫁がせようと考えておられるなら、本流である工藤家に嫁がせるべきと存じます。我らの先祖が昔、龍朝に亡命した折我らを貴族に取り立て海よりも深く山よりも高い恩を授けたは丞相藤原鎌道公です。恩恵に報いるため、陽子と守君との結婚を認めませんか?」
忠月卿の言葉に忠興は、確かに一理あるなと呟いたが、
「いや、先祖が誰であろうと、それは関係ないのじゃ。わしは認めんぞ。こうなったらもう意地でも認めん。」
忠興は鼻を鳴らして自室へ戻っていった。
「とにかく……。当家の主は私だ。父上は隠居に過ぎん。私が認めてるんだから、盛大に式をあげよう。勘吉もそれを望んでいるさ。」
「で、でも。お祖父様が……。」
おじいちゃん子だった陽子は、やはり祖父の笑顔が見たかったようだ。忠月は首を振り、
「お祖父様はな、本当に反対している訳じゃないんだよ。頑固者だからね、意地を通したいんだ。」
と言った。
「赤ちゃん出来たら、笑ってくれるかな?」
「勿論!私が生まれたときも、君の兄さんが生まれたときも、父上は泣いて喜ばれた。曾孫を抱けるなんて誰でも出来るわけじゃない。幸せ者さ。早く子供を作って、良い家庭を築きなさい。」
この一ヶ月後、陽子と守は雪日院邸で結婚式を挙げた。
「朝廷臣下、長門院和正卿、長門和光様のおなーりー!」
「和正卿が来られた。守君、来たまえ。」
「いや、俺は平民です。朝廷臣下の方とは……」
「貴族家に嫁いでそれは無いだろう。さっ、こっち。和正卿!ここだ!」
忠月卿は装束を来た男性に声をかけると、彼は足早に向かった。長門院和正、大龍帝国外務大臣となる長門和光の父親であり、後に朝廷に殉じる事は、この物語を読んでいた者なら知っているだろう。
「おお、久しぶりです!御体の具合はいかがですか?私は幕府と朝廷の板挟みで過労死しそうです。」
「私は大丈夫です。和正卿。紹介します、我が娘陽子の夫となった工藤守です。海軍少尉」
「工藤守海軍少尉であります!閣下にお会いできて光栄です。」
「若いねー!それもハンサムだ。美女と美男の夫婦、いやはや私もそう言われてた時期がありましてな、妻なんぞ美しさはどこへやら。毎日尻に敷かれるばかりです。」
「卿の場合、自ら敷かれに行っているのでは?」
「上手くないですぞ忠月卿!さて、これは私のせがれ、和光です。今年で13歳となります。」
「はじめまして、長門和光です。忠月卿、陽子お嬢様の御結婚おめでとうございます。」
和光はまだ中学一年生で、周りから見れば子供であったが、礼儀作法や話し方は大人そのものだった。
「和光君、それは守君に言っておくれ。あくまで主役は守君と陽子。私ではない。」
「はい。工藤少尉、御結婚おめでとうございます。」
「あ、ありがとうございます。正直言って朝廷の方々まで来てくださるとは思いませんでした。俺、いや私みたいな者に……。」
和正はふふふと笑った。
「嫁さんが貴族家なのだから、我々が来るのは当たり前。庶民と聞いたときは驚いたが、幼馴染なら納得できるよ。実は、帝の耳にも入っておる。」
「て、天子様にも!?」
「うむ。帝もたいそうお喜びだ。」
守は改めて雪日院家の人脈が凄いと思った。挨拶を済ませ、陽子と守は席に座り食事する。
「守、あの方はブルア貴族なんだけど、朝廷に仕えている古島春沖様よ。龍朝の歴史を研究しているの。それであの方は……。」
「もう物語の世界だな。俺みたいな平民が一人だけ、こう身分の高い人達と一緒にいるのは。」
陽子はくすりと笑った。
「あら、私もあなたと結婚した時点で平民よ。お嬢様から夫人になるのね。」
「おーい!二人とも!」
自分達を呼び声がする方向を見ると、地元の友人達が来ていた。
「ここは貴族のパーティーじゃなくて私達の結婚式だから呼んだのよ。」
陽子と守は旧友との交流に夢中になった。しかし、守は心のどこかでモヤモヤした感じがした。幼馴染の森林光太郎も、陽子の事が好きだったのに自分はその陽子と結婚した。更に忠興は結婚式に姿を現していない。それ以外を除けば、とても素晴らしい思い出となったであろうに、と守はついつい思ってしまったのである。
1920年7月29日、海軍はダンテ独立戦争鎮圧の為に連合艦隊を派遣。ネンボ島奪還作戦が始まった。
「陽子、行ってくるよ。必ず戻ってくるからな。」
守は陽子の手を握りしめた。陽子も強く頷いた。
「行ってらっしゃい。御武運を。これ……お守り。」
差し出したのは、綺麗な石だった。
「私、毎日お祈りするから絶対に死なないで。」
守は少し微笑むと、妻である陽子を抱きしめた。
「五体満足で帰れるかは保証できねぇが、絶対生きて帰ってくるよ。約束だ、陽子!」
守は陽子に暫しの別れを告げた後、振り返ることなく、汽車に乗った。