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三日月物語  作者: イカコルレオーネ
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第七回:雪日院陽子、海兵局に入局す

守は1920年、国防学校を最下位に近い順位で卒業。国防学校の進路として、卒業すると少尉に任じられる。海軍少尉の場合、この後艦隊勤務を勤めるが、更に海軍省と言った中央司令部に勤めるためには国防学校の上級校、海軍大学に進学しなければならない。しかし海軍大学を受けることが出来るのはエリート中のエリートであり、守にはとても無理であった。一方陽子は御茶ノ水高校を飛び級で卒業し、汐城大学理工学部造船学科も飛び級で18歳で卒業。その類稀な才能を見込まれ、大手企業である平野重工業に入社した。

 ある日、陽子は上司に呼ばれた。内容は海軍兵器開発局で、海軍技術官と共に軍艦の設計を担当してもらいたいとの事だった。

「君は我が社創立以来で最も優秀な技師だ。造船技師として、現在我が海軍で計画されている『1920年度対解放同盟用大型装甲巡洋艦』の設計に携わってほしいのだが。」

あまりに急な事だったので陽子はどう返せばいいか分からなかった。

「えっと、そのつまり、私は本社から海軍兵器開発局に異動して、軍艦を設計せよとの事ですね。」

「そのとおり。海軍から直々にお願いされてね。君を欲しがっているのだ。」

「ですが私は……、まだ入社して二年ほどです。軍艦となりますと、国家の運命を左右する事になります。そのような大任、この私には……。」

陽子の謙遜は見かけではなく本心だった。いくら国内一の才女と自負していても、軍艦の設計となると話は別だった。陽子は少しずつ仕事に携わりながら、経験を積んでいくつもりだったのだから、いきなり大型装甲巡洋艦、つまり戦艦の設計に携わる事になるとは想定外だったのである。この時代、戦艦や巡洋戦艦は国威の象徴であった。

「あの、私って目障りなんでしょうか?」

もしかしたら、自分の事を快く思わない者がいて、海軍の軍艦設計という大任を任せ、失敗したところを狙って排除しようと画策しているのだろうか、陽子はそれを考えて単刀直入に聞いた。

「ん?」

上司は一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに笑い出した。わざわざ金の卵を潰す愚か者がこの企業にいようか、上司はそう言った。

「たしかに、そう考えてしまうのも無理はない。特に天才や秀才というのは、小さな事でも被害妄想をしてしまうのだから、君もそれに当てはまるかも。」

「恐れながら、私のような若輩者に国家の運命を左右する主力艦の設計を任せるという事は、そのように考えてしまいますのも無理はないかと。」

確かに、と上司は頷きしばらく黙っていたが、耳を貸してくれと言ったので陽子は従った。

「憲兵が君を疑っている。」

「まさか。」

陽子は信じられなかった。今まで法を破った覚えは無い上に、もし何かしらの犯罪をしてしまったとしても、憲兵がわざわざ動くことは無いだろう。

「汐城大在学中、メッケル公の政権を批判しただろう。君は優秀な人材だから、敵にまわしては危ないと警戒しているようだ。」

陽子は大学在学中に、友人と冗談でメッケル公の政治を皮肉った詩を作ったりしていた。

「あれはほんの皮肉です。それに私は名門貴族にして朝廷臣下の娘です。軽々しくは手出し出来ない筈です。」

「メッケル公が総理大臣に就任してから政府は荒れ始めている……。朝廷臣下も、今となっては何の力があろうか。世の中の先が見えん……。海軍が君を招待したのは、神聖大和公国に忠誠を示しているかどうかのテストなんだろう。三日間の猶予を与えるから、考えてみてくれ。」

「ありがとうございます……。」

 陽子はその後海軍兵器開発局に異動した。海軍兵器開発局(以下海兵局)とはその名の通り、海軍が運用する兵器を開発する局である。勤務する者は皆海軍大学工学科を卒業したエリート中のエリート軍人で、外部からは平野重工といった大手企業の社員もそこで働いていた。都からはずいぶん離れた綏靖県の十多市に海兵局があるので、陽子は寝台列車でそこへ向かった。窓から見える景色は山々ばかりであるが、近づくにつれ海が見えてきた。陽子は本を持ってきて読むつもりであったが、美しい海の景色に目を奪われ、その本を開くことはなかった。

『国鉄西方高速線を御利用頂きありがとうございます。まもなくージュウタージュウター。お降りの方は気を付けてお降りください。』

アナウンスが流れたので、陽子はビジネスバッグや荷物を取り出し、手鏡で化粧と服装を確認して降りる準備をした。汽車が到着して降りてみると、軍服を着用した男性が敬礼して待っていた。

「平野重工の雪日陽子さんですね。私は桓武陽介、海軍技術官であります。」

「私は雪日院陽子です。桓武……と申しますと、貴族の方ですか?」

「分家ですが、本家の厚き御恩を賜りまして、子爵であります。さぁ、行きましょう。まさかここまで美人とは思いませんでした。」

陽子はそうですか、と答えた。美人などといわれるのは慣れており、日常であるからだ。

「ほら、あの赤レンガの建物が海兵局です。美しいでしょ。しかし、中は酷いので気をつけてください。……特に女性の方は。」

「酷いと申しますと?」

陽子の質問に桓武は苦笑し、

「来たら分かります。変人の巣窟です。」

そう言った。

 海兵局に着き、局長に挨拶に伺う時、陽子は桓武の言葉に同感した。変人の巣窟である。

「君が、我々の、新しい、仲間かね。」

褌一丁で局長席に座るのは、局長なのだろうか。陽子は違いますと答えた。

「ほう、我々は、君を招待してほしいと、脳筋共に言ったはずだが、君は、陽子では、無いのかね。」

「私は海軍から招待され、海兵局で新型巡洋戦艦設計に携わる為に来ました。」

「じゃあ何故違うというのだ!」

褌男は机をバンと叩いた。

「私は秀才が集う海兵局に異動したのであり、褌一丁の方と話しに来たわけではありません。」

冷ややかに答える陽子に、桓武は慌てる。

「雪日さん、この方は海軍兵器開発局長、板野久良海軍中将であります。」

「そのとおりだ!私が、褌一丁でいるのは、何故か?それは、暑いからである。」

確かに部屋は蒸し暑い。しかし、扇風機があるなら使えばよいではないか。洋子がそう尋ねると、

「ここは、天然サウナなのだ。私は後一時間後、海へと走り水風呂として海水を楽しむのだ。」

「……平野重工から参りました、雪日院陽子です。不束者ですが、宜しくお願い致します。」

陽子は早く部屋から立ち去りたい為、とりあえず挨拶を済まし、部屋を出た。

「桓武少佐、あれが局長なのですか?」

「え、ええ。でも優秀な方です。若い頃は装甲巡洋艦の設計をされていました。保守的な設計ですが、信頼性の高い軍艦だったんです。」

局長でさえこうなのだから、部下はどうなのだろう。陽子の不安は的中した。造船部では全員褌一丁で仕事をしていた。

「おお。君が平野重工から来た新しい仲間だね。宜しくだぞ〜。」

「オッスオッス!」

全員煙草を吸い、軍服又はスーツを着て黙々と設計に勤しんでいるのを最初は予想していたが、棒付きキャンディを咥え、褌一丁で、しりとりをしながら設計をしている光景は想定外というより、異常だった。

「女の子にはキツかったかねー!?裸の男共の集団は!」

「安心しろ貧乳には用はない!貧乳それ即ち男と汐城帝は仰った。」

「諸君これで脳筋の陽者共から下された巡洋戦艦の設計が可能となる!祝え!祝え!」

「脳筋を呼んで会議せねばならんのか、今日は誕生日なんだがね」

「貴様は一年364日誕生日だが、一日はどうした?」

「その日が私の誕生日だ。バースデーケーキと言えば明日は肉の日なんだが誰か私の万年筆を知らんか。」

絶句している陽子に、申し訳なさそうな顔をして桓武はあちらが貴女の席です、と指さした。窓側の席で、端っこにあるのは桓武の配慮だろう。

「キキキノキ!」

猿のような笑い声をあげて陽子の目の前に現れたのは、中年の背が低い男性だった。154cmくらいだろう。

「よく来たな、小娘。我が名は滝浩二。私も君と同じく平野重工の者だ。低レベルな者共と集まると、自身のレベルも下がるという。しかし私はブリーフ一丁なので、愚民共に染まっているわけではない。同じ平野重工社員として頑張ろう。」

「滝先輩、どうしてここは頭の可笑しい人しかいないのですか?」

滝はケケケと笑いながら説明した。随分前に、戦艦の設計において二つの派閥に分かれ争ったが為に、全員疲弊し気が狂ってしまったということだ。新入りは彼らに洗脳され同様におかしくなったという。本社では寡黙で知られていたという滝が変なことしか言わないのも、彼らに洗脳されたからであろう。陽子は自身もこんな風になってしまうのかと思うと、一種の恐怖を感じた。

 次の日、海軍省の官僚将校がズラズラと海兵局に訪れた。新型巡洋戦艦計画の打ち合わせらしい。もしかしたら、海兵局の人間は変な格好で対応するのかと陽子は心配したが、杞憂に終わった。彼らは軍服又はスーツを来て敬礼して彼らを迎えた。これだけを見れば、正に秀才が集う組織である。一同は会議室に入り、昼食のベルサイユ料理を食した後、本題に入った。

「さて、本題に移る。聖域大戦は一応休戦となっている。しかし我が海軍は、今は亡き東郷大提督の意思を受け継ぎ、解放同盟を打ち破らねばならない。そのため今年の4月には、新型巡洋戦艦の一番艦である下総が就役した。そして、今我々は貴官等に下総級の改良型巡洋戦艦を設計して頂きたいのだ。」

昨日褌一丁だった局長は、葉巻を取り出し口に咥えると、具体的にどんな改良型かと尋ねた。

「下総よりも優れた速力、優れた攻撃力、優れた防御力、全てにおいて各国の戦艦を上回る、高次元の戦艦だ!アトランティスのドレードノントを超えるような、歴史に残る大戦艦だ!」

「ドレードノント……いわゆる弩級戦艦。彼女の誕生で、戦艦は大きく姿を変えましたな。建造したアトランティス海軍自身、他の戦艦が旧式となり戦艦不足に陥った化物。ドレードノント級の様に世界に衝撃を与えたい戦艦を保有したいのは分かりますが、簡単には作れませんよ。」

陽子は少し驚いた。昨日は話の通じなさそうな人間だったのに、今彼は普通に話しているのである。海軍省の軍人が「やはり厳しいお方だ。」とヒソヒソ話しているのを見ると、仕事では真面目な人間らしい。

「ちなみにこれが要項だ。」

差し出されたのは新型巡洋戦艦に求める性能などをまとめた要項だった。『1920年度対解放同盟巡洋戦艦要項』と書いてある。要項の中身を見てみると、具体的な数値が書かれていた。

『我が神聖大和公国海軍連合艦隊は、海軍兵器開発局に以下の性能を満たした巡洋戦艦を要求する。

・全長 二百三十六米

・全幅 三十米

・基準排水量 四万一千屯

・最大速力 三十三節

・主砲 四十糎連装砲 五基

・副砲 十四糎単装砲 十六門

        (中略)

以上。軍機につき他言は厳禁。』

なるほど、作れなさそうもないと局長は呟いた。

「同型艦は5隻の予定なんだね。」

海軍軍人達は頷き、設計チームは決めたかと尋ねると局長は「好きに選んで良いかね」と返したので、海軍軍人達はお好きなように、と返事した。

「良かった。では、この巡洋戦艦設計チームのボスを紹介したく思う。雪日陽子君、君が主任として設計するように。」

「はぁ!?!?」

端っこに座っていた陽子は思わず叫んだ。

「あ、あの、聞き間違えました。私が設計主任と聞こえてしまって。」

「いや、君が主任だ。」

局長は表情を崩さず繰り返した。海軍省の軍人達も目を丸くしていた。

「ま、待たれよ。この女子はお茶汲み係とかでは無いのか!?」

「局長、我々が困惑しているのは、主任が女だからという理由では無い。いや、女というのもあるかもしれないが、それより若すぎる。若すぎるぞ。私の娘は今大学に進学しているが、丁度同い年ぐらいだっ。」

局長は仰ることは最もだと言わんばかりに頷いたが、こう言った。

「諸君の心配は分かる。しかし、彼女は飛び級で御茶ノ水高校を卒業し、汐大も飛び級で卒業した大和圏最高の脳を持つ少女。彼女が軍艦に関する論文を発表したところ、私は彼女は造船技師の才能があると判断しました。ご安心ください、古参の造船官がサポートします。」

これを言われて、海軍省の軍人もそこまで言うなら、と納得したようだったが、陽子は納得が出来なかった。

「私には無理です!そのような大任!巡洋戦艦ですよ!?海戦は戦争の行末を決定するものです!そして、海戦の行末を決定するのは主力艦です!辞退させてください……。」

ペコリと頭を下げて懇願する陽子だったが、局長は静かに言った。

「自分の手で、歴史を動かしたくないのかね?」

陽子はピクッと反応した。

「自分の手で……。」

「若き20歳の女性技師が設計した戦艦、それも戦艦の流れを大きく変える優秀艦だ!どうだ。やってみたくないか?私は、もうすぐ退役だ。今までリスクを侵そうとした事は一度もない。だが、最後くらい、冒険してみてもいいじゃないか。責任は私が受け持つ。腹は切れないが、世間のバッシングは大丈夫だ。な、な。良いだろ。おじさんの言う事聞いてくれよな、な、な。」

そこまで言うなら、大舟に乗ったつもりでやってみよう。陽子は決心した。

「雪日陽子、新型巡洋戦艦の設計主任、謹んで御受けいたします!」

こうして、陽子は巡洋戦艦の設計主任として働くことになったのである。陽子が設計することになった巡洋戦艦の一隻は、後に物語に欠かせない存在になるのであるが、まだ先の話である。

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