第五回:光仁王の令旨
古島卿は帝に、光仁がブルア打倒をラジオで訴え、これにより大宰府軍の司令部が味方についたと話したが、実際は違う。光仁がラジオでブルア打倒を訴えた時、既に大宰府軍は味方についていた。筆者は何故古島卿が間違えた報告をしてしまったか説明された資料を持っていたのだが、この報告が歴史を動かしたわけでもないので、置きっぱなしにした為に紛失してしまった。今になってとても後悔している。
さて、0403虐殺事件は、その日には大宰府に知らされた。光仁王はこの時、自由ベルサイユ王国で発行された「立憲君主制」のページをめくっていた。
「武内卿、そちは主権が皇帝にはなく、民にあるとすれば何とする。」
光仁は隣で同じく読書をしていた臣下に尋ねた。
「我が君、立憲君主制とは今珍しいことではござりませぬ。汐城の都を造営した汐城帝も、民あっての国と考え、貴族と民が直接話し合う機会を作られました。これが議会です。」
「私もそう思う。」
その時、和光が慌てて駆けてきた。
「我が君!我が君!!大変です!」
「長門卿、どうした?」
「お嘆きを抑えてお聞き下さい。ブルア幕府が、デモ行進をした国民を虐殺したそうにござります!死傷者は一万を超えるとか…!」
光仁と武内卿は「一万!」と声を揃え驚いた。ブルア幕府が、ついに大龍民族を虐殺したのである。
「ついに始まった……。軍議を開く。皆を呼べ。」
和光は頷き、侍官が号令する。
「王の命により、忠義の臣下参内なされー!」
伊藤義正を始めとした大龍民族党の幹部、そして貴族達が続々と現れた。
『王殿下に拝謁致します。』
「そちらも聞いたであろうが、ブルア幕府に抗議をした民が虐殺された。軍資金も集まり、義勇兵も集まった。余は民を救い、龍朝再興の為に、出陣したいと思う。」
「お待ちください、殿下。今の状態では、圧倒的な兵力に装備を誇る政府軍には敵いますまい。今まで、百姓一揆が朝廷軍を始めとした正規軍を完全に打ち破った事がありましたかな?」
そう言って現れたのは、神聖大和公国陸軍の高級将校用の軍服を着た一人の男だった。髪には若干白髪が混ざっており、将軍というより、気さくなおじさんのような外見の男性だ。いきなり現れた彼に周りは少し動揺し、光仁は尋ねた。
「そちは?」
「大宰府軍総司令官、小山岩尾陸軍大将であります。」
「なんと……!大宰府軍と言えば、我が国の中でも最も兵力を誇る軍ではないか。」
ここで少し、陸軍の軍について話さなければならない。神聖大和公国もとい大龍国は、本州、西州、神州の三州に分けられている。(植民地は除く)神州は絶対不可侵の領域の為に立ち入りが禁止されているが、本州と西州には軍(2個師団以上で編成される)が置かれていた。本州には首都圏軍、青森軍、薩摩軍、浪華軍の四軍、西州には長岡府軍、大宰府軍の二軍があり、大宰府軍は漢、鮮などと言った外国が近い為に、首都圏軍と同規模の兵力があった。大宰府軍の総司令官は小山岩尾陸軍大将であり、この人物は反ブルア主義で伊藤義正が味方になって欲しいと頼むと、快く快諾した。和光はこれを怪しみ、問うた。
「大宰府軍大将軍が我らと共に戦ってくださること、感謝してもしきれません。しかし大将軍、私は懸念しております。」
小山は和光を見てニヤリと笑い、何でしょうと返事した。
「もしかしたら、大将軍は我らを罠にかけ、ブルア幕府に首を差し出すのではないかと……。」
和光がそう言うと、義正は不愉快な顔をして口を開き、
「長門卿、せっかく快く味方になってくだされたというに、疑うとは何たること。」
と言ったが、小山は気にすることなく、豪快に笑いだした。
「長門卿、ただの坊っちゃんと思っておりましたが、流石ですな。警戒心が強い。確かに今、私が貴殿らの首を刎ね、メッケル首相に差し出せば、私は一生ブルアの輩に感謝される偉人となるでしょう。」
周りがざわつく。
「ですがね、それでしたら、とっくにここ物部神宮は火の海、血の海となっていますよ。それにご覧なさい。私は模造の短刀一本しか持ってきておりません。私なりに配慮したのですが、足りなかったようですな。腹を切れば信じて頂けますかな?」
「小山よ、余はそちを信じておる。長門卿、この者は我らの味方だ。」
「はっ。」
「ところで我が君、早速ですが大本営(ここでは軍を指揮する場所)を物部神宮から大宰府軍総司令部に移設するのは如何でしょうか。」
そう言って義正は大宰府陸軍基地の地図を広げた。
「大宰府の基地は古来より天然の要塞とされ、海に守られ、山々に守られております。数百年前、細見勝頼は朝廷より征夷大将軍に任じられここに幕府を開きました。それほどここは守りが堅い場所なのです。更に施設も充実しており、陸軍直轄のラジオ放送局もございます。我が君はここで全国に倒幕の声明を発表されますれば、国内外が大きく衝撃を受け、反ブルアの者は皆立ち上がるかと。」
こうして、光仁王と臣下一行は大宰府陸軍基地に大本営を移した。光仁はここで、ラジオ放送で歴史に残る演説をした。いわゆる、「光仁王の令旨」である。
「忠愛なる臣民ならびに龍の恩恵を受けた軍に下す。賊メッケルとその民族ブルア、反逆の輩の討伐に早く応じること。ブルア幕府は、権勢をもって凶悪な行いをし、国家を滅ぼし、百官・万民を悩乱し全国を攻略し、皇帝を蔑ろにし、公卿を投獄し命を絶ち、流刑にし、財産を盗み、国家を私物化し、官職を勝手に奪い授け、功績も無い者に賞を許し、罪も無いものに罪を科す。皇帝に違逆し、神道を破滅し、古代からの伝統を絶つ賊である。時に蒼天、先帝の霊はことごとく悲しみ、臣民みな愁う。 そこで、余は先帝の第一皇子であるから、天武皇帝の旧儀を尋ねて、帝位を簒奪する輩を追討し、 太祖神龍皇帝の古跡を訪ねて、龍朝破滅の輩を討ち滅ぼそうと思う。ただ、人間の力に頼るばかりでなく、ひとえに天道の助けを仰ぐところである。これによって、もし帝王に三種の神器と神明のご加護があるならば、どうしてたちまちに諸国に力を合わせようという志の者が現れないことがあろうか。そこで、貴族平民関わらず同じ志を持つ勇士らよ、同じく追討に与力せしめよ。諸国よろしく承知し、宣旨に従って行え。」
令旨はラジオを通して全国に広まり、多くの者がこれに呼応した。4月23日には長岡府軍も反旗を翻し、西州は反乱軍と国民軍が占領する形となった。
「聞きましたか?ハジメさん、ブルア幕府は西州ヘ亡命しようとする国民が絶えないため、西州渡航禁止令を発布したそうです。とても慌てているようですね。」
「だろうな。恐らく政府軍はこちらに向けて艦隊を派遣するだろう。艦隊をどうするかだな……。海軍はいまだ寝返っている者はいない。」
和光とハジメはこの日、太宰塔の展望台で茶を飲んでいた。太宰塔は300メートルの高さを誇る塔で、汐城京にある汐城塔より100メートル低い。両方とも国家の威信の象徴とされ建築されたが、貴族はこれらの塔を快く思わない者が多かった。
「おとなり、よろしいですかな。」
声をかけられたので、和光が横を向くと、小山陸軍大将がいた。
「小山大将軍、どうぞ、どうぞ。」
「公爵、小山で大丈夫だよ。堅苦しいのは苦手でね。君は、鬼狼ハジメだろ。お前の戦いぶりは凄いって話だ。何か奢らせてくれや。」
小山はニコニコしながら座る。やはりその雰囲気は気さくなオジサンだ。和光はまず、自分が小山を疑った事を謝罪した。
「小山さん、申し訳ありません。疑うような事を言って。」
「いや……当たり前の事だよ。謝ることはない。それより、そんな若さでしっかり光仁王を補佐されておる。和光君は立派ですなァ。」
若いとはいえ公卿である自分に対し、君付けで呼ばれたことに和光は一瞬愉快に思わなかったが、この男はそういう性格なのだろうと割り切った。
「小山さんは何故ここに来たんです?」
「太宰塔は俺がガキの頃は無かったんだよ。なのに、今は美しい風景をまるで邪魔するかのように塔が立ってやがる。どこに行っても目につくから、ここしか無いんだ。忌まわしい太宰塔を見ずに済むところはな。」
太宰塔を憎みながらのジョークは和光を苦笑させた。
「ところで、ハジメ君。君の今の階級は陸軍中佐だったね。君と、君の部隊の活躍は実に素晴らしい。ブルア幕府は第01独立大隊が寝返った事に衝撃を受けているようだ。そこで話があるんだがね。」
「第01独立大隊?」
和光が口を挟む。ハジメはそうか、お前には説明していなかったのかと言うと、それについて説明した。
第01独立大隊はどこの師団にも属していない独立した部隊で、1910年に設置された。スラム街に住む孤児などを引き取り、最強の戦士になるための教育を施し、一定の年齢に達したら第01独立大隊に入隊するのである。幼い頃から人を殺す訓練を受けていた為に戦闘能力が非常に高く、正に来たるべき聖域大戦の再開では前線で活躍するはずの部隊だった。しかし、聖域大戦は再開されず、代わりに植民地独立戦争の鎮圧などで貢献した。鬼狼ハジメは昔スラム街に住むゴロツキのリーダー格であったが、陸軍将校等は彼の戦闘能力を見込みスカウトした。ハジメは当初は断るが、入隊しなければ友人を殺すと脅されたり、他の仲間達が毎日美味い飯を食える、ベッドで寝れる、病気になったら薬を貰える、小さな兄弟たちを養えるという事を聞いて続々と入隊し、ハジメも渋々入隊したのである。しかし、美味い話には裏があるのが常。訓練は非常に厳しく、仲間の何人もが死んだ。そんな訓練を数年経て、ハジメ達は1920年のダンテ独立戦争に参加する。大和公国から独立を宣言した独立軍は駐屯する公国軍を殲滅し、大和公国は独立を承認せざるを得なくなった時、第01独立大隊は800人足らずで数万に及ぶ独立軍を敗北させたのである。帰国後、ハジメは徳田薫と出会い、今に至るわけだ。
「そんな経緯があったのですか……。」
和光がポツリと言う。
「和光、俺はお前に、生きてる目的なんか無いと言ったな。だが……考えてみれば、俺は戦う目的すら曖昧だったかもしれん。ブルアの奴らが憎かった。いや、ブルア貴族だけじゃない。お前ら大龍貴族もだ。俺達が毎日飢えて生ゴミを漁り、生きるために人を殺して、そんな中あいつらは華やかな生活を送っていた……。俺を兄貴として慕ってくれた弟分は、ブルア貴族を見て施しを乞いた。そうしたら奴らはあいつを殺した。汚いという理由だけで。俺は富裕層を憎み、殺してやりたいと思っていたが……薫やお前と出会って色々考えが変わった。富裕層と言っても色んな人間がいる。何も知らず、感情のままに噛み付こうとした俺よりも、朝廷再興の為に戦うお前の方がよっぽど立派だ。」
「ハジメさん……。」
「小山将軍、話を反らして悪かったな。で、話とやらを聞きたい。」
「うむ、率直に言おう。第01独立大隊の命、俺に預からせてくれ。俺の右腕になってくれねぇか?」
ハジメは暫く黙って考えていたが、分かったと頷くと、
「俺とあんたの目的は同じだ。ブルアを倒すこと。喜んで共に戦うぜ。」
小山は喜び、礼を述べた。
「今度飯を一緒に食おうじゃねぇか。和光君、君も来いよ。上品そうな育ちしてガラの悪そうなハジメと仲が良いとは面白い。友人になれそうだ。あばよ。」
そう言って、小山は去っていった。和光は冷めたコーヒーを啜り、良い人でしたね、と言ったが、ハジメの顔は険しかった。
「どうされたのです?」
「お前、分からなかったのか……?」
ハジメの言葉がよく分からず、何がと答えた。
「あいつの目は、スラム街で見た殺人鬼の目よりもひでえ。復讐に燃えたような、恐ろしい目だ。久しぶりに、あんな目を見たぞ。」
和光は困惑する。
「まさか!気さくな方でしたよ。あなたもそう思ったくせに。」
「確かに気さくな男のように見えた。目を覗いてな。不気味だったから、俺の部隊を託すかどうか悩んでしまった。」
和光は、初めて無表情な友人が不安な表情をしているのを見た。
小山岩尾、後に大龍帝国国防大臣として海軍拡大計画、小山計画を発動。大龍帝国を物量国家にし、大龍帝国軍の勝利を支え、痛烈に敵対国を批判したことから国内外から恐れられる人物になる。この時既に53歳であった。
西州が完全に反ブルアに染まったことは汐城京のブルア政府を震わせた。このままでは300年続いた大和公国が滅ぶと、ブルア貴族達は焦っていた。皇帝を盾にしていれば大丈夫と思っていたが、仁親王が王を名乗り、倒幕の令旨を下すとは想定外だったのである。メッケル首相は苛立っていた。
「それにしても、まさか西州全土が我々に歯向かう形になるとは!おのれ小山……!」
「首相、第01独立大隊も大宰府軍についたそうです。早いうちに鎮圧しなければ、益々敵が増えましょう。」
「分かっておる!我々は、まだ膨大な兵力と海軍がある。海軍大臣!連合艦隊を西州に派遣し、艦砲射撃によって市街地を攻撃するように命令せよ!」
「はっ!」
この時、神聖大和公国は旧式戦艦を含めた50隻の戦艦を保有していた。そのうち、中でも最も新鋭とされるのが、天城型巡洋戦艦(41,000t)の天城、赤城、高尾の3隻であった。赤城は連合艦隊旗艦であり、赤城を中心とした戦艦群が西州で艦砲射撃を敢行し市街地を攻撃するようにブルア政府から命令された。しかし、市街地への砲撃という事は一般市民の虐殺に繋がる。実際、旧式戦艦の中でも最も最強とされる弩級戦艦八鹿をはじめとする戦艦隊は汐城の沿岸部を砲撃し、一般市民を巻き込んだ。メッケル首相は恐怖によって鎮圧させようと考えたが、これは逆に国民の怒りを誘った。
「我々連合艦隊が出動すれば、一日で片付くであろう。」
連合艦隊旗艦赤城の艦上で、そう言いながらビーフステーキを頬張る太った人物は、親ブルア派の大龍民族軍人、伊集院貴之海軍大将である。海軍の中には親ブルア派の軍人も多く、彼はその一人だった。彼の前任は岡部誠海軍大将という人物だったのだが、彼は反ブルア派だった為に投獄されていた。
「提督、しかしこの作戦では一般市民まで巻き込まれる可能性があります。やるとしても、ビラなどを撒いて事前に警告しなければなりません。」
赤城艦長の言葉に、伊集院提督は冷たく返す。
「ビラを撒く必要などない。奴らは大和公国に反逆しようとする逆賊。勝手に天子の名を騙り、我々を賊呼ばわりする奴らは許せん。工藤、貴様大和公国に反逆するつもりか?」
「いえ、私がこの年齢で艦長まで昇進できたのは、ひとえに祖国のおかげ。反逆の意思などさらさらありません。」
慌ててそう返すと、提督は何事も無かったかのようにレコードを聴きながら昼食を再開した。工藤守、長門和光が高校生の時に会ったときは海軍大尉だったが、この時既に30歳にして海軍大佐、それも戦艦の艦長を勤めていた。
「本当にこのままでいいのか……。」
守は悩んでいる。自分達がやろうとしている事は正しいか否かを。革命の鍵は、この男が握っている。