第四回:大龍革命の勃発
ここで物語の舞台を、少し別の国にしなければならない。神聖大和公国の隣国といえば、漢、鮮、晋迅、ラタンド等が挙げられる。この中で、最も関係の深い国と言えば、ラタンド帝国しかないであろう。ラタンド帝国(漢名:羅丹)は大和公国の北上にある国で、距離は比較的近い。大和公国と同じく大和圏の構成国であり、言語、通貨、風俗、あらゆる分野において大和公国と共通していた。その為に羅朝と龍朝は古くから交流があり、龍の皇女が羅丹皇帝に嫁ぎ、羅丹の皇女が龍皇帝に嫁ぐのは珍しくなかった。正しくその関係は兄弟国と呼ぶに相応しいが、一時期どちらが「兄国」か争った事もある。そんなラタンド帝国の都、栄京の首相官邸にて外務大臣が走り回っていた。
「総理は何処か!?」
「総理でしたら、御庭におります。」
「総理!総理!」
外務大臣は総理に直接伝えるために庭まで走った。総理は池で魚に餌をやっていたところで、外務大臣に気付くと手を振った。
「おお、吉田君か。」
「総理!在龍大使館から、このような文書が届いたのです!」
総理は文書を手に取ると、とりあえず中に入ろうと言って、官邸に戻った。
「どれどれ、ブルア使節団は何を送ってきたのかな。」
余談だが、ラタンド帝国はブルア政権が樹立した国、神聖大和公国を承認していない数少ない国家であった。その為公式文書にも「大和公国」の四文字は無く「龍朝」、「大龍」と呼称していた。なのでブルア幕府の事も、「龍朝に派遣されたブルア使節団」として見ているのである。龍朝の朝廷は何回も「大和公国」を承認するよう求めているが、ラタンドはそれに対して
「龍を簒奪する賊を討伐する艦隊を編成せり」
と返した事もあり、国際問題に発展した。このような事もあり、ラタンドでは今でも龍朝、ブルア使節団と称して、神聖大和公国を否定しているのである。そんなラタンドにとって、大使館を通じて届いた文書は彼らを喜ばせた。
「なんと!ついに龍朝が使節団の討伐を決めたそうだ。」
秘書が首を傾げた。
「仁霊皇帝が崩御され、新帝が即位し大龍貴族は皆追放されたのに、驚きです。」
「新帝がおわす朝廷は、既にブルアの支配下にある。帝の兄君、光仁親王が追放された朝廷臣下、そして我々にこの文書を送った大龍民族党と手を組み、立ち上がったらしいのだ。」
総理はそう話すと外務大臣に対して、
「内戦が起きるな。」
と言った。外務大臣は頷き、ブルアは極東で新たなブルア帝国を建国しようとしている。だから、大龍民族に大人しく政権を返上する事は無いだろう、そう答えた。
「そしてこの文書、最も重要な事は、我々に革命の資金を求めている事だ。」
なんと、大龍民族党の伊藤義正は軍資金を得るために、危険を承知でラタンド大使館を訪れたのである。
「ラタンドにしか頼めないのです。」
義正はそう言って文書を渡した。本来なら外交官は丁重に断り、大和公国政府に通報する事も出来た。しかし、外交官はそれをせず、本国に送った。
「これは下手すれば内政干渉となり、国連法に違反します。しかし外務省としては、ブルア打倒を援助すべきと存じます。」
総理は頷いた。
「同感だ。しかし、援助するだけでは勿体無い。ここは一つ、条件をつけるのは如何かな。」
「懸命な判断かと存じます。今の龍朝が保有する植民地を、いくつか共同統治とし、我が国の企業進出を認めさせましょう。」
こうして、ラタンドは大龍革命の資金を援助する事になったのである。ラタンドの条件を伊藤義正はしぶしぶそれを認めたが、「国が内戦状態に陥った場合、解放同盟が侵攻しないよう艦隊を派遣し代わって防衛任務に就く」とラタンドが文書を送った為に、内戦に陥った時、第三勢力が介入してくる可能性は薄れた。
第三勢力の介入ほど伊藤が恐れたものはなかった。後の大龍帝国も同様の事をしたが、大和公国は植民地を得るとき、二つの部族間で激しい対立を起こさせるのである。そして、双方を争わせ消耗しきったところで、侵略し、植民地とするのである。今の大和公国では正に二つの民族、大龍とブルアが争おうとしているのである。下手すれば、ブルアでもない全く別の民族が乗っ取るかもしれないのだ。伊藤はラタンドの他に、晋迅にも守ってもらおうと考えた。晋迅公国は大和公国の南下にある。同じく大和圏の国家で、公用語、文化は同じだったが、通貨がドルで、艦名は洋名、そして漢文化の影響も受けていたりと、独特の国であった。義正はその晋迅にも「内戦に陥った場合、領海を代わって防衛して頂きたい」と要請した。晋迅公国は「貴国の南方植民地における我々の漁業権を認めるならよし」と返事した。面白いのが、こんなにも義正が活動していたのに、ブルア政権は気付かなかった事である。ブルア政権はそれほど腐敗していたと言える。
1930年4月3日、米と麦の価格が急上昇し重税に苦しめられていた国民の怒りは頂点に達した。
「同志諸君!我々を苦しめているのはブルア政権だ!我々の思いを、メッケル首相に伝えよう!!」
大龍民族党より穏健派として知られていた大龍民族共産党は、デモ行進によりブルア政権に抗議しようと考えていた。多くの国民が集まり、この日デモ行進をしたのである。これが革命の発端となろうとは、誰が考えただろうか。とうの首相メッケルは、その時茶会を開いていた。
「この茶はいい香りがする。どこの茶かね?」
メッケルの質問に取り巻き貴族が答える。
「これはイグナーツの茶です。お気に召されましたか?」
「あの民族はアルコールしか飲まないと思っていたが、意外だ。このような雅な茶を彼らも飲むとはな。」
周りが笑う。イグナーツは北欧に位置する国で、ラタンドのように数ヶ国で構成されている帝国である。古い歴史を持ち、誇り高い民族として知られているが、龍朝のようにブルア帝国の使節団に支配された時期もあったが、つい数十年前にイグナーツはブルア使節団を追放し、自立を勝ち取った。茶を飲むメッケルに、大龍民族派の古島卿が言う。
「首相。我が祖国ブルア帝国は、世界に覇を唱え君臨しました。しかし今となりましては、皇室は崩壊し、皇室にお仕えするはずの大公家に国を簒奪され、衰退の一途を辿っております。この茶を輸出したイグナーツもまた然り。かつては欧州を支配した大帝国でしたが、今は北欧で凍える小帝国となりました。首相の手中にあります龍朝も、昔はこの東洋で随一と言われた帝国。漢朝とさえ並びました。漢朝も昔は世界を征服しようとした大帝国、今はその面影すらありません。」
「何が言いたいのだ?」
「首相、どんなに華やかで栄華を誇った国も、永遠には続きません。私は大和公国の未来を案じておるのです。国民の生活を無視し、贅沢の限りを尽くし、我々の先祖を広い心で迎えてくれた朝廷を蔑ろにするのはなりません。メッケル首相、私と貴方は同じブルア皇帝の末裔です。いわば親戚。何卒老臣の忠言をお聞きください。」
古島卿はメッケルの前で跪いて言ったが、メッケルは冷たい目で見下ろした。
「下らん。この大和圏独特の栄枯盛衰、滅びの美学とやらか?我々の栄華は永遠に続くものであるぞ。」
「首相……!!」
古島卿が反論しようとした時である。
「首相!!!首相!!!」
陸軍大臣と憲兵団団長が駆けてきた。
「なんだ、騒がしい。」
「首相、国民がデモを開き、行進しております!数はどんどん増えてきており、人数は分かりません。国会議事堂まで来ております!」
同刻、国民は国会議事堂前でデモを開いていた。
『我々大龍民族にも参政権を!』
『ブルアの横暴を許すなー!!』
『祖国へ帰れ!』
プラカードを掲げ、怒りに燃えた国民の勢いは留まることを知らない。メッケル首相はこの時、「射殺せよ」と命じた。陸軍大臣も、憲兵団長も、耳を疑った。
「お待ちください、今なんと?」
「奴らを射殺せよ、そう言った。早くせぬか。」
古島卿は驚いて言った。
「おやめ下さりませ!それでは、国民の怒りはますます……!よいか陸軍大臣、決して軍を派遣するな!」
「古島卿は黙っておれ。陸軍大臣、我々には帝がいる。帝のおわす限り、我々は正義だ。直ちに鎮圧せよ。」
「はっ!」
陸軍部隊は国民が国会前に集まってから約一時間後に現れた。この時の時刻、14時36分。
「なんだなんだ!!陸軍の奴らだ!」
「帰れブルアの犬!!」
鎮圧部隊は軽戦車隊もいたが、民衆はひるまない。鎮圧部隊の司令官は吉永浩二陸軍大佐である。
「首相の命により、あの暴徒共を薙ぎ払え!機銃部隊、撃ち方始めー!!」
「撃ち方始めー!!!」
タ、タ、タ、タ、タと機銃が火を吹く。民衆は本当に兵士が撃つとは考えていなかったのであろう。
「あいつら、本当に撃ちやがった!それでも軍隊かー!」
叫んで撃たれる者、我先にと逃げ出す者、石を投げて抵抗しようとする者、正に地獄絵図であった。デモ隊の中には老人や女子供もいたが、鎮圧部隊は構わず撃ち殺していく。ある者達が車でバリケードを築こうとしたが、軽戦車隊がバリケードに向けて突進していく。陸軍が運用していたのは、当時最新鋭の81式軽戦車である。今日の戦車と比べれば貧弱で、装甲車にも劣るものであるが、この時は恐怖の象徴だった。81式は主砲でバリケードを破壊し、突入。機銃を撃ちまくり、バリケードの中にいた人々は蜂の巣と化した。
「逃げろっ」
民衆は最早何も出来ず、逃げることしか出来なかった。逃げ遅れ、転んでしまった者を戦車は踏み潰していく。先程筆者は地獄絵図と表現したが、当時この場にいた人々にとって、これは地獄絵図より酷かっただろう。この事件を、「0403虐殺事件」という。死傷者の数は、今でも議論されているが、8000人以上殺されたという点において、学者の見解は一致している。
この事件により国民は怒りに狂い、ブルア打倒を叫んだ。そして、大龍民族共産党が
「天子様もブルアの血をひいている。倒すべきは、ブルア政府と、朝廷ではないか?」
と発言した為に、皇室まで危機に及んだ。帝はこの虐殺事件を聞くと、涙を流し、こう言った。
「朕は、これを命じたメッケル公の孫だ。それに、皇帝として何も出来なかった。国民が朕に対し、怒りをあらわにするのは無理もない。」
そこに古島卿が飛び込んで来た。
「帝!大変にござります!大宰府の陸軍司令部が声明を発表しまして、ブルア幕府に反逆したそうにござります!」
「なんと!」
帝は驚いた。そして何より驚いたのが、古島卿が次に言った事であった。
「帝、どうやら光仁親王殿下が王と称して、立ち上がったそうにござります。『帝はブルア幕府に操られ、身動きがとれぬ。代わって余が倒幕を命ずる』とラジオで仰り、それを聞いた陸軍基地の者共が親王殿下に御味方したわけです。」
「兄上が……私のために……。いや、兄上はもっと、大きな志の為に立ち上がったに違いない。古島卿、朕は宮城で兄上を待つ。そちはブルアの中でも最も誠実な貴族。他の親龍ブルア貴族と共に、光仁親王ヘ下れ。これは、ただの暴動ではない。革命だ。大龍民族が再び栄光を取り戻すための革命、“大龍革命”だ。」
龍歴100100年、西暦1930年4月3日、神聖大和公国首都汐城京で起きた虐殺事件を発端として、革命が勃発した。大龍革命である。大龍帝国という物語は、今、この時に始まったと言っても過言ではない。