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三日月物語  作者: イカコルレオーネ
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第二回:長門院和正、龍朝に殉じる

碧瞳帝即位後、ブルア貴族は朝廷にもしつこく口を出すようになり、そしてとうとう恐れていた事件が起きた。大龍貴族達は碧瞳帝を暗殺しようとしているとして、ブルア幕府が介入。大龍貴族の殆が逮捕され、朝廷には新しくブルア民族の臣下が参内した。残された大龍貴族達も勅令により朝廷を去らざるをえなかった。

「このままでは龍朝は滅亡してしまう……。私の命も残り少ない。帝に謁見し、ブルアの優遇を中止するようお願い致そう。」

和光の父、和正は周囲の反対を退け、一人で宮城に向かった。

「皇帝陛下に拝謁致します。」

「和正卿、朕の命により、大龍貴族達は朝廷を去るよう命じたはず。なにゆえ参った?」

「帝、私は存じております。今回帝がそう命じられたは、幕府の意向によるものだと。」

若い帝は少し驚いた顔をすると、すぐに厳しい顔になり言った。

「どうであれ、大龍貴族達は追放された。帰るが良い。」

しかし和正は引き下がらない。

「いいえ、陛下。何卒勅令を取り消し、捕らわれた大龍貴族の罪状を免除し、大龍貴族の参内復帰をお願い申し上げます。」

「貴様!何をいうか!畏れ多くも帝の御前にてそのような事を言うとは!!」

ブルア貴族が罵倒すると、和正は彼らを睨みつけ帝に訴えた。

「帝。彼らこそ、無礼極まりない者共にござります。帝を盾に、自分勝手な振る舞いをし、朝廷を腐敗させているのです!!いや、朝廷のみならず、この龍国を!!」

「龍国だと?今の国号は神聖大和公国なるぞ。和正卿、言いがかりはやめよ。」

ブルア貴族達は嘲笑うように和正にそう言った。

「公国?公卿の国とな?畏れ多くも一万年王朝万世一系の皇帝陛下に向かい、公卿の国と言うとは何事か!我が物顔で支配しているブルア人め。先の事件において、逮捕した大龍貴族に対して貴様等は賊と罵ったそうだが、貴様等が真の賊だ!」

流石のブルア貴族もこれには憤怒し、

「長門院和正は朝廷にお仕えする我らを愚弄した!今すぐこやつを捕らえよ!」

と怒鳴った。帝は戸惑った表情で和正に再び今すぐ帰るよう命じたが、動じない。

「幕府の横暴極まれり!朝廷衰退す!」

和正の突然の大声に帝、ブルア貴族、捕らえに来た近衛兵は驚いた。何より、彼の目が、覚悟を決めた武士のようであり、公卿の目ではなかった。

「ブルア幕官よ、かつて寛大なる朝廷に受け入れられ、その恩恵を受けながらも、我が国を乗っ取ろうとする逆賊よ!一万年王朝は、何回も滅亡の危機に瀕した!しかしその度復興した!6000年前、朝廷が奸臣の手に渡った折、文武百官は自らの腹を裂き、朝廷の為に殉じた!私はそれに倣いたい。この命、捨てるときは今ぞ。逆賊共、これが大龍民族の意思だ!我らは屈さぬ!」

「止めよ!!!!」

帝が制止しようとしたが、その時には和正は抜いた短刀を自らの首に突き立て、血飛沫をあげながら倒れていた。近衛兵が確認した時、既に息を引き取っていた。享年63歳。幼少期には皇太子の同級生として学習院で学び、皇太子が仁霊帝となってからは側近として忠実に接した臣下だった。ブルア人は血を忌み嫌い、和正の血を見ると恐れおののいた。

「なんと宮殿にて自分の頸動脈を断つとは…!」

「あな恐ろしや…!誰か、この死体を片付けよ!おぞましい。」

帝はこれを聞き初めて怒りをあらわにした。

「和正は先帝の幼馴染にして幕府との交渉に 活躍した忠臣ぞ!その遺体を侮辱するとは何事か!!勅命である。今すぐ和正卿に詫びよ!!」

しかし、ブルア貴族の一人も詫びることは無かった。朝議が終わった後、ブルア貴族の中でも大龍民族側にたち、捕らえられた大龍貴族の助命嘆願をした古島卿とその一派だけが、静かに涙を流しながら女官と一緒に血で濡れた床を拭いていた。

 遺体はその日すぐに長門家に運ばれた。妻は泣き崩れ、子供である和光や弟、妹は愕然とした。まさか父親が、死んで帰ってくるとは思っていなかったのである。母や弟や妹、女中や執事が涙を流す中、和光はもう二度と目を開ける事のない父親を、黙って見つめていた。

「父上の意思は僕が受け継ぐ。」

和光はそう決意し、公爵を継承、汐城大学は中退した。葬儀には親戚や和正の友人が多く訪れ、新しい当主に挨拶した。

「和光卿、申し訳ない……。」

最初に話しかけてきたのは古島卿だった。

「本来なら私がブルア幕府の横暴を死してでも止めるべきだったのに、代わりに和正卿が……。」

「古島卿のせいではありません。これを言うのは父親に失礼かもしれませんが……死ねば朝廷が救われるわけではないのです。私は父の意思を受け継ぎ、朝廷再興のために奔走する覚悟です。」

「ありがとう。私にできることなら、何でも言ってほしい。」

和光は朝廷再興と言ったが、実際朝廷のために何をすればいいのかは分からなかった。

(武力をもってすれば…)

一瞬、そんな考えが脳裏を横切った。馬鹿馬鹿しい。兵はどうやって集めるのか、更に軍資金、何より、ブルアは帝を盾にしているのである。朝敵となるのは免れない。……しかし、このままでは本当に龍朝は滅亡する。和光は大いに悩み、他の大龍貴族達も頭を悩ませていた。そんなある日のこと、大龍貴族の定例会に一人の人物が現れた。伊藤義正である。

「おぬし、生きておったのか!」

貴族達は驚くばかりで、和光も驚いていた。義正は皆の顔を見て少し笑うと、

「ええ、この通り生きております。ブルア人の捜査が厳しくなりましてね。偽名を多く作って、同志に匿われている状況です。時間がありませんので、手短に話します。」

「な、なんだ?」

「ブルア政権打倒に手を貸して頂きたい!」

あまりに率直すぎる言葉に、皆は呆然とした。ニ、三秒間の沈黙の後、藤原忠道卿が最初に口を開いた。

「幕府打倒とな!!!」

「しっ、声が大きい。」

義正は忠道をなだめ、

「ここにいる方は一番ブルア政権を打倒したいと考えておられるはずですが。」

と言った。朝廷の長老であった武内正明卿は暗殺容疑で捕らえられ、牢に入れられていたが息子である正友卿がここにいた。彼は頷き、こう話した。

「いかにも我々は幕府の打倒を願っている。朝廷臣下の多くが暗殺容疑で捕らえられたが、残りの我々が何とかせねば、龍朝は本当に滅ぼされてしまう。」

「とはいえ、我々には兵も、武器も、軍資金もありませぬ。更に帝はブルア政権の下にあり、朝敵となるのは。必然。これでどうして戦えましょう?」

和光が溜息混じりに言ったが、義正はフッとそれを笑った。

「今上帝(今の皇帝という意)が真の帝とお思いで?金髪碧眼、賊メッケルの孫ですぞ。偽帝と呼ぶに相応しい。」

「偽帝!」

「い、いやそれは流石に…。」

義正が言い放った偽帝という言葉に皆は動揺を隠せなかった。彼らが敵視しているのは幕府というブルア政権であり、帝ではないからだ。武内卿は言う。

「我々は帝に三種の神器と玉璽を渡した。それに帝は先帝の血が流れておる。確かに碧眼金髪の帝といえど、我らの帝には変わりない。」

それを聞いた義正は不機嫌そうな顔になった。

「我らの帝ですと?調子のいい事を言われますな。あなた方は先帝が病に倒れた折、光仁親王殿下を帝位につけるべきと主張していたのに、今では青仁側ですか。」

「それとこれとは別の話だ。帝位についた以上、我々は帝に忠誠を尽くさねばならぬ。」

「では、このまま龍朝は滅ぼされていいのですか?国民は苦しみ、ブルア貴族の、ブルア貴族による、ブルア貴族のための国家になってもよいのですか!?」

義正がそう言われ、皆は暫し沈黙した。それを破ったのは和光である。

「義正殿は……何か策がおありか。」

「勿論。」

義正は大きく頷き、その為に来たのです、と続けた。

 義正の話はこうだ。ブルアの横暴は、大龍民族党が演説せずとも、誰の目にも明らか。本国のみならず、植民地までブルア政権への不満は広がっており、それを利用するというのだ。かつてブルア帝国は世界を牛耳ったが、没落するとブルア領南方植民地は大和公国領となり、海軍はそこを拠点に世界中に進出、第二のブルア帝国となった。しかしそれらの植民地も本国政府への不満を高めていた。義正は各植民地の独立グループと同盟を組み、資金を調達しようというのだ。

「し、しかし、彼らは見返りとして独立を要求してくるのでは?」

忠道卿が心配そうに言った。

「そのとおり。しかし世界情勢をご覧なされ。アトランティスも植民地に対し、数年後の独立を認可している。帝国主義の終焉は近いのですよ。どの道独立するのであれば、今ここで独立を認めたほうが良いでしょう?」

「でしたら」

和光が口を開いた。

「すぐに独立させては損害が大きいですし、とりあえず自治権を拡大させ、50年後の完全独立を認めるのが良いかと。」

義正は先程からこの少年が面白かった。まだ凄く若いのに、自分と同じ事を考えているのだから。義正は頷き、話を続ける。国内でも、有力なマフィア、貴族、地主の力を借りようと。犯罪組織の力を借りるのは如何なものかと心配する声もあがったが、今はとにかく力が必要なのである。武器については、大和公国陸海軍の中にも自分達に賛同するものが多く、彼等の力を借りようということだった。

「大方、君の言いたい事は分かった。しかし、朝敵になってはおしまいぞ。」

「大丈夫です。」

義正は自信満々の顔だ。

「光仁親王殿下と、あなた方朝廷臣下が、錦の御旗だ。」

「光仁親王殿下と我々が!?」

「殿下こそ、帝位を継ぐべき御方。稗田卿、貴方ならわかるはず。」

稗田卿とは、稗田栄輔伯爵である。ブルア幕府を何より憎む皮肉家として知られているが、祖先は2000年前、龍朝の歴史を記した古事記の作者という名門の家柄だ。

「あっ。わかったぞ!そちは、浪速大戦の事を言っておるのだな。」

浪速大戦という言い方は、若干正しいとは言えない。浪華の役、浪華の乱として普通歴史書には載っている。約4000年前、時の帝を意のままに操り、暴虐の限りを尽くした丞相(太政大臣)がいた。身動き出来ない帝の為に、帝の弟君である親王は、丞相に反発する多くの朝廷臣下20人と臣民の代表を集め、「帝を蔑ろにする無礼な賊を討伐せよ」と立ち上がり、丞相の軍隊と戦った。当時の都は浪華が戦場となった為に、浪華の乱と呼ばれ、結局丞相は自害し、親王が勝利したのである。帝は親王に感謝し、自ら帝位を譲り親王が帝位に即いた。義正はこれに倣おうというのだ。

「光仁親王殿下、我々朝廷臣下、そして大龍民族党の君が天下に号令するわけだな。我らは朝敵に非ず、真の賊はブルアなり。帝を蔑ろにするブルアを倒せ、とな。」

「その通りです。」

義正が頷き、周りに問うた。

「反対の方はおりますか」

誰も異論を言うものはいなかった。皆、義正の考えに賛同するというものであったが、正友卿には疑問があった。

「義正君の考えに同意であるが、光仁殿下は何処におられるのか?我々の間にも殺された、海外に亡命されたなど噂が飛び交い、真実が分からぬ。そちは知っておるのか?」

「皆さんに危害が及ばぬよう、我々党の人間が隠していました。誰か信用できる者を送りたい。勿論、護衛をつけて。」

 なんでも光仁親王は長岡府の赤城神社に匿われているらしい。和光は親王と同い年で、打ち解けやすいのではないかという理由で使者として長岡ヘ派遣された。護衛には鬼狼ハジメ率いる陸軍小隊、そして案内役として徳田薫がついてきた。汐城から長岡への旅は遠く、本州を渡り西州ヘ行かなければならないため、船に乗らなければならない。大和郵船社の資料を漁っていると、貨客船八幡丸に「軍機」として詳細は無かったものの、長門院和光と家臣が乗船した記録があった。余談だが貨客船八幡丸は、市川丸型の一隻で、後に同型艦と共に仮設巡洋艦、病院船になっている。

前回は少し長かったので、短くしました。

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