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三日月物語  作者: イカコルレオーネ
13/17

第十三回:呪われた芸術品

前回のあらすじ

 時は戦乱の世。資源豊かな大陸「聖域」を巡って各国間で大戦が勃発すると、戦火は各国に広がり大戦は百年以上続いた。この世界中全ての国家が巻き込まれた大戦を百年戦争という。この物語は、その激動の時代を生きた人々を描く。

 時に1924年。陽子が設計した天城型巡洋戦艦はようやく進水式を迎えたが、重税に苦しみ腐敗した政府を憎む国民は誰一人として祝う事は無かった。

 八〇〇号型巡洋戦艦もとい天城型巡洋戦艦が進水して以来、国民の不満は高まる一方だった。植民地人のみならず本国に住む自分達まで重税をかけられた上に、政府を批判した者は即座に逮捕され最悪の場合は憲兵によって殺された。ただでさえ国民を厳しく取り締まろうとする政府は汚職や賄賂が横行し腐敗を極め、約三百年続いたブルア貴族による統治体制は限界に達していたのである。更に巷では時の皇帝仁霊帝が倒れた噂が流れていた。

「聞いたか、天子様がお倒れになったらしい。」

「帝が崩御されたら、ますます政府は横暴を極めるんじゃないのか?」

「すでにメッケルの野郎が自分の孫である青仁親王を皇太子にするよう上奏したらしいし、仮にも碧眼金髪の皇帝が生まれるとしたら龍朝は滅ぶぞ。」

「なぁに、先に腐りかけの政府が終わるさ。」

都汐城京の銀座で男二人がそう話していると、すぐに憲兵達が彼らのもとへ駆けつけた。

「貴様等、政府への悪口を口にしたな!?治安維持法により逮捕する!連行しろ!」

「ちょ、ちょっと待ってください!我々は何も……!!」

「黙れ!抵抗するようなら射殺する!」

「そ、そんな……。」

連行される男二人を通行人は見て見ぬふりをしてやり過ごす。

「何があったんですか?」

海兵局に派遣されている平野重工社員、雪日陽子は本社に仕事の報告をする為に汐城京まで来ていた。そこで男達が連行されるところを見たので、近くにいる中年の男性に声をかけた。

「馬鹿だねぇ、あいつら。政府の悪口を言ってたんだよ。」

「悪口だけで連行されるんですか……?」

「ああ、窮屈な世の中になったもんだよ。新型巡洋戦艦が進水したと言ったって、俺達の暮らしが良くなるわけじゃねぇしな。あんな戦艦造る金があるなら、飢え死にしてるスラム街の子供達を何人救えることか……。設計者はどんな思いであんなのを設計してるんだろうな。おっと、これ以上はいけねぇな。俺も捕まっちまうぜ。」

「はは……。」

その巡洋戦艦の設計者である陽子は笑って誤魔化すしか無かった。私だって、建造する金を別の事に使ったら良いのにと思った。だけれども、結局はどうすれば沈めにくい軍艦になれるか、どうすれば多くの敵を沈められる軍艦になれるか熱中して設計した事を考えれば、私も腐敗した政府に協力したという事になってしまうんだろう。陽子はそう思った。女性として初めて巡洋戦艦という大型艦を、それも二十歳で設計主任として設計した事に誇りを持っていたが、今となっては進水式を挙げても国民が一人として祝福しなかった事を考えると、気分が沈んでしまうのである。

「あんなの……造るべきじゃ無かったのかも。悪い予感しかしない……。」

陽子は一人でぽつりと呟いたが、彼女の不安は最悪な事に的中する事になってしまうのである。

 この数週間後、国内外を騒がす大きな事件が起きた。1925年3月4日の事である。天城型巡洋戦艦は進水式を終え、十多造船所で艤装の最中であった。この日、帝の弟である北宮親王はその視察に訪れていた。彼は海軍軍人で軍艦に目がない男だったが、徳があり多くの者に慕われていた。次の帝位は帝の皇子ではなく、弟である彼に継がせるべきという声が各地で上がっているほどである。

「中々立派な戦艦となったな。完成ももうすぐかな。」

親王は目の前にある巨大建築物のような大きい天城を見上げながら、スーツを着た平野重工の社員に話しかけた。

「はい、殿下。目の前におりますのは、一番艦天城にござります。乗艦されますか?」

「うむ。進水式の時は乗りそこねたが、今回は乗ってみたい。」

「北宮親王殿下、大型装甲巡洋艦一番艦に乗艦す!」

甲板に出る階段を登りながら、親王は側近に自分が帝になるかもしれないという話をした。

「存じております、殿下。陛下の皇子はどれも帝に相応しくありません。殿下こそが、帝位に即くべきかと。」

「これ、そんな事を申すでない。……確かに皇子の御二方は、帝位には相応しくない血が流れているかもしれぬ。しかし、帝の血が流れている事は確か。光仁親王、青仁親王も、話してみれば実に心優しき方々であった。私はどちらが帝でも大丈夫と思っている。」

「そうなりますと殿下、朝廷からの願いを断ったと言うことにござりますか?」

「その通りだ。」

親王は呆然とする側近の顔を見て、ふふっと笑みをこぼした。

「私は帝位につくより、海軍士官として戦場に命を捧げたい……。そっちの方が私に合ってるのでな。」

「殿下……。殿下がそう申されるなら、私は何も申しません。」

「そうか。」

その時だった。近くで誰かが叫んでいるのである。周りには人だかりが出来ていた。

「龍朝衰退し、天下は白人に握られる!!蒼天よ、龍を助け給え!!」

「何の騒ぎだ?」

側近が造船所の社員に聞くが、彼にも分からない様子だった。

「わ、わかりません!急に労働者が叫びはじめまして!」

一人の中年と思わしき男性が、何か装置のような物と刃物を持って暴れている。警備員らが駆けつけ、囲んでいるが、あまりに暴れるもので捕まえられないようだ。

「国は腐敗している!!!」

男は叫んだ。

「聞け、同胞諸君!!朝廷の権威は地の底までに落ち、碧眼、金髪の異人共が横暴を振る舞っている!!これ誠に危急存亡の時なり!!」

「なんだあれは、大龍民族党の人間か?」

側近の横にいる親王がそう呟いた。側近はこれが北宮親王最後の言葉となる事も知らず、ただ頷いた。

「聞け!!この醜悪なる戦艦は、ブルアの下衆共が、我らの血税を搾り取って造っているもの!いわば悪政の象徴!!私は、この象徴を破壊し、革命を起こさん!!」

 男が握っていたのは、起爆装置だった。途端、天城の4番砲塔が爆発した。まだ弾薬を積んでいないとはいえ大きな爆発であり、多くの作業員がチリの如く吹き飛ばされた。破片も弾丸のように飛び散り、多くの者の体を破壊してゆく。天城に乗っていた北宮親王一行も巻き込まれ、側近が目を覚ました時には辺り一面血の海だった。体中が痛く、骨が何本も折れているか分からない状態で、側近は血まみれになりながら倒れている親王に向かって這いずった。

「でんか……っでんかっ……!」

親王の白い軍服は血に染まり、頭部からはおびただしい血が流れていた。即死であった。

「ああ、殿下……。」

側近は痛みを忘れ親王の死に涙した。一方で、天城に皇族が乗っていた事を知らないテロリストの男は、天城が爆発した姿を見て喜ぶようにして叫んだ。

「おお!!まさに業火である!!醜いブルア権力の象徴め!!神よ、続けて赤城、高雄の2隻を燃やし給え!!破壊し給え!!天が動かないならば、我が天に代わり天誅を下さん!!」

男は同型艦の赤城、高雄も爆発させようと試みたが、すぐに憲兵隊が突入した。

「奴を殺せ!!撃て!!」

拳銃の音が鳴り響き、男に数え切れないほどの弾丸が命中した。

「ぐっ、ブルアの……賊……め!龍室万歳!」

男はそう言うと死んだ。この事件を、天城爆破テロという。天城は四番砲塔の爆発により工事に遅れが生じ、多くの作業員が巻き込まれ、死人の中に皇族もいることが本国のみならず、植民地、世界各国に知れ渡った。この事件はすぐに海兵局にも伝えられ、桓武陽介は走って陽子に伝えた。

 「陽子さん!!陽子さん!!大変です!陽子さん!」

「桓武、どうしたの?そんなに慌てふためいて……。」

陽子は海兵局の庭にあるベンチでサンドイッチを食べていた。

「実は、実は」

「何よ、早く言って?」

「は、テロリストが作業員に紛れ込んでおり、あろうことか天城を爆発させたのです!!」

それを聞いて陽子の頭は真っ白になった。まさに不安が的中したからである。

「そんな……嘘よ。」

「お気持ちは分かります。ですが、紛れもない事実なんです!現場に向かいましょう。造船主任がお待ちです。」

海兵局から十多造船所まで車に向かった陽子と桓武であるが、現場は野次馬や警察でいっぱいだった。

「ここから先は関係者以外は立ち入れません。」

「平野重工の雪日です、こちらは海軍兵器開発局の桓武、入れてください。」

「はっ。誰か!ご案内して差し上げろ!」

警官が二人を案内し、すぐに白髪で年老いた造船主任が二人のもとに駆けつけた。

「設計主任!天城が!天城が!!」

「分かってます。赤城と高雄は!?」

「ご安心を。爆薬は取り除きました。安心です。」

陽子はひとまず安堵した。もし赤城、高雄共に爆破されていたら、工事は遅れるどころではすまない。

「やはり……多くの人が巻き込まれたのですか?」

「何十人という作業員が死に、怪我人は大勢います。更に死亡者の中に帝の弟君、北宮親王殿下も……。」

「殿下が!?」

雪日院と北宮親王とはそれなりに親しい関係だったため、陽子も彼について知っており、彼の死は陽子に大きな衝撃を与えた。

「そんな……信じられないわ。」

陽子と桓武は天城に乗艦した。遺体は無かったものの、血がこびりついたりしていて当時の惨状が生々しく陽子に伝わり、彼女は吐き気を催した。

「うっ……。」

「大丈夫ですか!?誰か!」

「いえ、大丈夫よ。造船主任……天城は、これで何ヶ月ほど工事が遅れるのですか?」

陽子の質問に造船主任はため息をついた。

「かなりひどい状態ですので、二ヶ月は少なくとも遅れましょうな……。全く、犯人は大龍民族党の過激派らしいです。この天城型をブルア幕府腐敗の象徴として破壊したかったのでしょう……。」

「象徴……。こんな事が起きるんだったら、主任なんて引き受けるんじゃ無かった……。」

陽子の瞳からは涙が溢れだし、造船主任はハンカチを彼女に与え優しく問う。

「何故です、設計主任。」

「海兵局の人達は皆優秀、私がいなくとも天城型は設計できたはずなのに……。私は引き受けてしまいました。……最初は楽しかった!誇らしかった……!私が優秀だと思ってた!」

「陽子さん……。」

「完成すれば、世界中に名を轟かせる戦艦になるんじゃないかと思ったりして……でも違った!単に憎まれるだけの、腐敗した国の象徴としてしか、皆見てないのよ……。私がバカだった……私がバカだった……。」

それを聞いて造船主任は笑った。

「造船主任!何故笑うのです!?」

桓武が怒ると造船主任はすまない、すまないと詫ながら陽子に言った。

「お気持ち、分かりますよ。でもね、設計主任。戦艦薩摩をご存知ですか?」

「薩摩……?えぇ、十二年前に機雷に触れて沈んだ旧式戦艦……。」

「その戦艦は、建造当初、世界最大最強の戦艦になるはずでした。完成すれば世界中に名を轟かせる、正に傑作だと技師達は謳ったのです。でも、そうはならなかった。薩摩が完成する一週間前に、アトランティス海軍が革新的な新型戦艦ドレードノント級を完成させ、一夜にして国連、解放同盟両陣営の戦艦は旧式となりました。薩摩も、旧式の烙印を押されたんですよ……。」

「それが……なんですか。」

「ははは、ですからね、意外と軍艦の運命って分からないものですよ。傑作だったはずの軍艦がアクシデントにより旧式戦艦になったり、世界に名を轟かせるはずの軍艦が当時の国内の状況のせいで憎まれたり、そんな事よくあるもんです。落ち込みなさるな。」

「そうですよ!陽子さん。一々落ち込んでいたら、艦など一隻も造れませんよ。」

「確かに……そうかもしれないけど……。自分が設計した艦が、ただ憎まれるなんて堪えられないわ。」

「設計主任はやはりお若い。これは私の持論ですがね、兵器など元々憎まれて仕方無いのですよ。何故か。それは兵器とは人を殺す道具であるからです。」

造船主任の言葉に桓武は聞き捨てならないと思ったのか、割り込んで反論した。

「じゃあなんですか、我々が人を殺したいが為に兵器を開発してるとでも言うのですか?それは違う!私達は純粋に国を、国民を守るため、聖域大戦に勝利する事を願っています。貴方もそうでしょう?」

「でも、結局人を殺すんでしょう?聖域保護という大義はあっても、人を殺すという愚かな行為からは逃れられない。いや、元々戦争という行為自体が愚かなのです。人間同士がこの狭い地球の中で殺し合って、憎み合って……憎み合ってる関係でなくとも、国家の駒として殺し合わなければならない。なんと愚かで馬鹿げてると思いませんか?軍艦も、銃や刀と同じように戦争という愚かな行為の道具に過ぎない。だから、憎まれても仕方ないと申したのです。」

「言われてみれば……そうですが……。」

桓武は黙り込んでしまったが、陽子が口を開く。

「でも、美しいわ。」

陽子の「美しい」という言葉に造船主任は陽子を見上げた。陽子は静かに向こうのドックで艤装中の赤城を見つめながら彼に言う。

「造船主任の仰る通り、確かに結局は戦争の道具かもしれない。でも、何故かしら。無性に私はあれを美しく感じます。」

「そうですなぁ。美しい。」

造船主任も赤城を眺めながら頷いた。

「刀は人を斬る道具です。しかし、多くの人々はそれを美しく感じる。何故か、それは刀匠が自らの情熱、そして技術を打ち込み魂が宿るからです。軍艦も同様。国家の最高技術に加えて技術者の情熱が投入され、まさに技術と情熱の結晶となります。それは機能美となり、多くの人々を魅了させるのです。芸術品、この言葉が一番しっくりきます。しかし、その美しさには影がある。」

「影……?」

「先程も言ったように、軍艦……いや、彼女達は戦争に使われる道具に過ぎないのですよ。愚かな行為の為に生まれた、哀れで醜い呪われた宿命を持っています。その宿命からは、絶対に逃れられない。だが、それでも美しい……。」

「呪われた……芸術品。」

造船主任は強く頷き、話を続ける。

「だからこそ、我々技術者達は祈るのです。建前だけかもしれない、馬鹿みたいな理想主義かもしれない。……それでも祈るのです。彼女達軍艦が、人類の輝ける未来の為に使われるようにと。人々の殺戮の為に使われるのではない、せめて、人々を救う為に人々を殺す鬼になるように。腐敗した国家の道具として使われるのではなく、せめて優秀な国家の道具として使われるように。一番良いのは、実戦に出ることなく、そのまま朽ちていき解体されるようにと……。」

陽子が造船主任の顔を見たとき、彼の目からは自然と涙が流れていた。造船主任は軍艦の建造に古くから携わってきたのであろう。自分が設計や建造に携わってきた軍艦の末路等は知っているはずだ。その中には悲惨な最期を遂げた軍艦もあるかもしれない。だからこそ、このように考える事ができるのだろう。陽子はハンカチを取り出そうとしたが、造船主任はそれを制した。

「結構、結構。すみません。涙が出ちまいまして。この歳になると色々あるものですよ。」

「いえ、勉強になりましたわ。ところで造船主任、あの……まだお名前を伺って無かったですね。」

造船主任は少し驚いた顔をしたが、すぐに可笑しそうに笑った。

「あなた、設計主任でしょ!私の名前くらい、事前に知っていたのでは?」

「ごめんなさい、忘れちゃって……。」

「影が薄いのは克服せねばなりませんな。まぁよかです。西村茂吉と申します。忘れないで下さいね。あぁ、今年で58になります。設計主任、いや……陽子くん、あなたはどうして軍艦が好きなのですか?」

造船主任に問われた陽子は暫く答えを考えたが、首を振った。

「わかりません。軍艦というより、船自体が好きなのかもしれません。一つ言えるのは、夫と小さい頃よく遊びに行き、船を一緒に見てたからではないですかね……。」

 造船主任に礼を述べて別れた陽子と桓武は車で海兵局に帰った。桓武は少し造船主任の話が理解できなかったようで、少し不満げな顔をしていた。

「桓武、貴方も大きくなれば分かるわ。」

「いや、今の時点で私は陽子さんより歳上です!ったく……どうせ私はガチガチ理系人間ですよ。」

海兵局に到着し、陽子と桓武を迎えたのは静かな空気だった。怪しいというよりも落ち着いた空気で、中に入ると装束を着用した神官達が二人を迎えた。

「八百万の神々の使者にして、龍朝臣下の中臣従道が雪日院陽子様に拝謁します。」

「神祇省の方々だ。陽子君、君に話があるようだから会議室に来てくれ。」

海兵局局長がそう言うと、陽子は会議室に通された。しかめっ面の神祇大臣中臣従道がまず笑顔を見せる。

「陽子様……いや、陽ちゃん、覚えておいでかな。昔、君に飴をあげたおじちゃんなんだが。」

「中臣従道様……?も、申し訳ありません、覚えていません……。」

陽子が申し訳なさそうに言うと、神祇大臣は少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑って許した。

「仕方がない、かなり昔の話ですからな。私事の話はやめよう。さて、陽子様。そなたは軍艦の命名は我ら神祇省が行うものとご存知のはず。」

「はい。名前は私が考えますが、与えるのは神祇省です。」

その通り、と神祇大臣は頷き、話を続ける。

「実は、天城を爆破させた男の姓が、高雄というのです。その為、三番艦高雄とテロリストの名前が同じだとブルア幕府が憤怒しているのです。勿論、朝廷も。帝はお怒りのあまり、体調をくずされました。」

「なんと……。つまり、艦名を変えた方が良いと……?」

「変えた方が良いというより、変えろですな。ですが、既に私達は神々に高雄と申し上げてしまいまして、一度神々に報告した名前を変えるとなりますと面倒なのです。ですので、『高雄』の漢字を一文字変え、『高尾』にしたいのですが、宜しいかな。」

「それだけで良いのですか!?高尾は汐城郊外の山として観光スポットとして人気です。問題は全くありません。」

「なら良かった!もう一つ伝える事がござります。天城型の舟霊実体化に関する事です。」

「舟霊……!?」

 ここで、舟霊がどういうものなのか説明しなければいけない。科学が発達したこの近代においても、いまだ説明できない謎は多々ある。例えば、北欧のイグナーツ煌国では魔法を使える民族が住んでいる。百年戦争(聖域大戦)の原因となった聖域でさえ、南極にあるというのに緑豊かで中央には謎の人工構造物があるとされている。そしてこの大和公国でも謎は多い。八百万の神々という生き物を超越した存在がおり、精霊も多々いる。深い森林に入れば、精霊達が直に見れるのは有名な話だ。舟霊もその精霊の一種とされている。しかし、舟にどうやって魂が出来るのかは分からない。技術者達の情熱が舟に注がれ魂になるという説や、海で死んだ者達の魂が舟に取り憑くという説もある。ただ肝要なのは、その魂を実体化させる事である。舟の魂が実体化させられると、それは飛び切り美人の女性となって現れる。これを舟霊といい、ブルア語では舟の代名詞が“She”となっているが、由縁はそこから来ている。また、舟霊実体化は世界中で行われているが起源は龍朝というのが学会の認識だ。そして彼女達は人間の言葉を話し、人間のように笑い、泣き、怒る。体中には赤い血が流れており、すぐに人間と区別をつけるのは難しい。ただ、生殖器官はあるが生殖機能は有しておらず、排泄物は土と塩水である。何より食欲と性欲が凄まじく、人間の十倍はあるという話だ。見分け方はそれくらいしかないかもしれない。

「舟霊の実体化は、神祇省の方々が行うものでは?私達が手伝わなくてはいけないことがあるのでしょうか?」

「舟霊の実体化の方法はここで申し上げることができませんが、少し。まず、舟霊の実体化には血が必要。陽子様を含めた天城型を設計された技師の方々は、神々から与えられた刀で自分の血を少し流してもらいたいのです。献血と思って頂ければ有り難い。」

「なるほど、献血ですね……。痛いのは嫌いですが、少しくらいなら。」

「私は以前やったことがあります。ちょっとで大丈夫ですよ。」

桓武が言い、神祇大臣はホッとした表情を見せた。

「良かった。天城型の完成は今年の9月だったはず。その時、改めてお願い申し上げます。」

 月日は流れ、約6ヶ月後の1925年9月14日。爆破テロで工事が遅れた天城より先に二番館赤城が竣工した。全長は236m、全幅は30mで、基準排水量は4,1000t。乗組員は1,375名で最大速力は予定の速力より3kt下回る30ktである。航続距離は本来巡洋艦ということもあり、20ktで10,000浬である。肝心の武装は破格の40cm連装砲を5基10門(前部に2基、後部に3基)搭載し、副砲の14cm砲を16門搭載している。この14cm砲は非常に速射性に優れた砲だった。他には対空兵装として12.7cm単装高角砲を6門搭載し、40mm連装機関砲を4基搭載。水雷兵装としては魚雷発射管を12門装備するなど重武装にも関わらず高速力を発揮でき、パゴダ·マストが特徴的な美しい威風堂々とした巡洋戦艦が完成した。尚、当時の大和公国海軍には巡洋戦艦という名前は使われず、大型装甲巡洋艦という名称が正式な場で使われている。淡々と竣工式を終えた後、陽子達技師一行は赤城艦内の舟霊安置室に案内された。薄暗い部屋の中には多くの装束を着用した神官がおり、皆紙の仮面をつけている。

「ただの神官ではありません。舟霊家という、舟霊に携わる儀式をしている一族です。」

桓武が小声で陽子に説明した。中央には大きな棺があり、玉串や神酒など儀式に用いられそうな物が側においてある。棺が置かれている台の床には魔法陣らしき物が描かれていた。そして棺の中を少し覗いてみると、木で作られた人の骨格が置かれている。

「これが、舟霊の体になるのかしら。でもどうやって……。」

「舟霊の骨格は木から作られているのですが、その木も神々から頂いている神聖なものらしいです。不思議ですよね、見ていて飽きませんよ?」

桓武が陽子に説明していると、神官の一人が声をあげた。

「これより、舟霊実体化の儀を始める。一同、静粛に。」

神官達が更に安置室に入ってくる。それぞれ土、塩水、刀等を持っており、土が儀式用の机に置かれた。

「この聖土、舟霊の肉体となるものなり。一同は神々から与えられし小刀をもって自らを刻み、聖土に清い血を垂らすべし。」

一人ずつ小刀が与えられ、順番に並び血を土に垂らす。陽子は主任だったので一番先頭だった。

(えっと……。)

陽子はとりあえず自分の指を切りつけようとしたが、自分の体を傷つけると分かっていると、力が出ないものである。陽子は思い切って指を切った。

「いっ!!!」

思わず陽子は声が出てしまった。深く切ってしまったようで指から血がどんどん垂れてゆき、痛みもズキズキと伝わる。一方で周りは淡々と指から血を流してゆく事からして、慣れているのだろう。陽子のように多く血を流すことなく、1滴程度しか血を流さない。

「いいなぁ……。」

「やはり私達の方が先輩ですからね、あとで絆創膏あげます。」

桓武を始め技師達は笑うのを堪えながら陽子を励ました。そして陽子達の血が注がれた土は神官達の手によってこねられていく。

「ハァッ!!ハァッ!!ヤァッ!!!」

「おらっ!」

バシャァと塩水も加えられ、土は粘土のようになっていく。暫く経つと神官たちはその土を木製の人骨につけてゆく。つけるというより、骨格を土に埋めてゆくという表現の方が正しいかもしれない。雅楽が流れる中、この作業は30分は続いた。これを終えた後、神官達は巻物を広げ、祝詞を棺に向かい述べ始める。ふと陽子が床を見ると、魔方陣が赤く光り始めていた。そして赤い光はやがて輝きを増していく。

(凄い……。舟霊はどうなってるのだろう。)

陽子が圧巻していると、棺がガタガタと揺れ始め、赤い光が漏れ始めた。その途端、神官の一人が叫んだ。

「しまった!武装神官、前へ!!」

「はっ!」

弓矢と刀を持った武装した神官達が弓を構え棺に向ける。途端、棺からは茶色い何かが唸り声をあげて飛び出してきた。

「これが……舟霊!?」

陽子が口に出したのも無理はない。だいぶ棺から出てきたそれが、醜かったからである。なんとか頭、体、腕、足が人間ぽいだけで、全体的にベチャベチャした泥人形が目の前にいた。

「放てーっ!!あっ!」

矢を放つ間もなく、泥人形は四つん這いになって走り、安置室から逃げていった。

「は……はやい。あの、あれをどうするつもりなのですか?」

陽子は近くの武装神官に聞いた。

「本来舟霊は静かに実体化されてゆきます。自我が現れるのが遅いんです。しかし赤城の場合、泥人形の時点で自我が芽生えてしまったのです。恐らく彼女は逃げながら実体化が進んでいくのでしょうが、途中で人に危害を加えないか心配です。この矢は人間に当たるとすぐに砕けて安全な矢ですが、舟霊を捕獲する為の矢です。このまま艦外に出されると不味いから、捕まえねばなりません。」

「お願いです!私も連れて行ってください。御迷惑はかけません。」

「分かりました。私達に離れずついてきてください!」

 泥人形は四つん這いでベチャベチャと這いずり逃げ回っていた。

「いたぞ!矢を放てーっ!」

神官達が行く手を阻もうとするが、泥人形は別の道を見つけて逃げる。

「なんて足の速い野郎だ!」

泥人形はただ行く宛もなく艦内を逃げ回ったが、逃げ続けてる中で泥人形に変化が出てきた。真っ暗な闇で目が無かった彼女に目が出来てきた。ベチャベチャという気味の悪い音はしなくなり、土の肌は白い女性のきめ細やかな美しい肌になってゆく。髪の毛までもが生え始めた。男のような低い唸り声は、若い女性の唸り声に変わっていく。

「うーっ、うーっ」

途端、彼女の足に矢が突き刺さった。

「ぎえっ」

「いたぞ!捕まえろ!!」

陽子達が駆けつけたとき、泥人形だった赤城は少女の姿になっていた。頭を抱えて怯えており、逃げ回っていたのは、ただ単に恐かったのだろう。陽子はそう思った。赤城は陽子達を怯えながら見上げた。

「私と……同じ顔だわ。」

「た、たしかに。貴女より少し幼い容姿だが、なんとなく貴女に似ています。18歳ほどの姿ですな。」

更に赤城の瞳は陽子と同じ綺麗な黄色の瞳だった。黒髪の陽子と違い赤城は赤みを帯びた茶髪で、胸は大きかった。陽子は赤城が裸であることが無性に恥ずかしくなってきた。

「ちょっと、流石にこれは私が恥ずかしいわ。」

陽子は自分の上着を着せようと赤城に近づいた。すると、赤城は睨みつけて威嚇した。

「ウーッ!ウーッ!」

「危険です!噛み付いたり、ひっかくかもしれません。」

「皆さん、下がってください。この子、怯えてるんですよ。矢を持ってるし恐いんです。そうでなければ、こんな怯えた威嚇はしません。」

武装神官は心配そうな顔をしたが指示を下し下がってゆく。一方で陽子は微笑みながら話しかけ、赤城に近づく。

「はじめまして、赤城。私は雪日陽子、貴女の設計者よ。」

目線を同じにするためしゃがもうとしたところで、赤城は陽子の肩に噛み付いた。

「ゔゔゔゔゔゔゔ!!」

陽子は激痛に声を出しそうになるが、必死に堪える。

(私達は、この子に逃れられない宿命を与えてしまった……。どんなに努力しても、兵器という戦争の道具として生きなければならない呪いをかけてしまった。だから、この子はそれに苦しむだろう。人間にそっくりでも、結局は兵器という道具に過ぎない事をこの子は苦しむはず。その痛みや苦しみと比べたら、こんな痛みなんて……。)

陽子はそっと赤城を抱きしめ、赤茶の髪を優しく撫でた。

「ごめんね……。ごめんね……。」

「……。」

陽子の思いが伝わったのか、赤城はすっと噛み付くのをやめた。

「ありがとう。優しいね……。ほら、寒いでしょ。」

陽子は自分の上着を赤城に着せ、自己紹介する事にした。

「私は陽子。よ、う、こ。」

「……ヨ……ォ……キョ……?」

赤城は首を傾げながら復唱する。陽子は嬉しそうに頷き次は彼女の名を呼ばせることにした。

「あなたは赤城。あ、か、ぎ。」

「ア……キャ……グィ」

「そうよ。赤城。貴女は赤城。巡洋戦艦赤城よ。私は陽子。貴女は赤城。」

「ア……キャ……グィ、ヨ……ォ……キョ……?」

「そう!上手いわね、赤城。」

武装神官達は陽子に懐く赤城を見て驚嘆した。

「まさか、こんなに手懐けるとは。」

「いやいや、顔貌似ているから、こんなに通じ会えるのかなぁ。」

「どうであれ、良かった。それにしてもこの赤城、本当に綺麗な顔立ちをしている事だ。頭もよさそうだし、優れた軍艦には優れた舟霊が現れるとは正にこの事。」

 1925年9月14日、神聖大和公国海軍巡洋戦艦赤城が竣工。同時に舟霊が実体化された。相変わらず国民の反応は薄かったものの、重武装ながらも高い防御力と高速力を誇る赤城に、国際連盟のみならず解放同盟の両陣営は驚愕する事になる。結果としてドレードノント級戦艦という革新的戦艦によって世界中の戦艦が旧式と化した「ドレードノント·ショック」に並ぶ「赤城·ショック」が巻き起こった。隣国のラタンド帝国は天城型の準同型艦の建造を始めるなど、赤城の誕生は世界各国に大きな影響を与えたのである。

次回予告

 舟霊となった赤城は、言葉や文字を学ぶために陽子と共に暮らすことになる。そこで彼女は後の大龍帝国海軍大提督、工藤守と初めて出会うのであるが……?

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