17日目. お風呂を作ろう
お久しぶりなので、これまでのお話。
創造神に手違いでうっかり殺されてしまった葉月は、大好きだった箱庭型のゲームの世界へ若返り&転生を果たした。
お家を作ったり、農業をしたり、採掘をしたりと自分の欲しいものを満たすために生きて行くうちに、ドラゴニアのフリードリヒと出会ったり、森の民が村に住み着いたりと、それなりに楽しい日々を過ごしている。
フリードリヒの招きで温泉に日帰り旅行へ行った葉月は、村にも念願のお風呂を作るべく奔走する。
「やっぱりうちが一番落ち着くう~」
駕籠に乗って拠点に帰ってきた葉月は、いつもどおりに自分のベッドで目覚めて、我が家の良さを改めて実感した。
たった半日ほど出かけただけなのに、かなりの精神的疲労を感じていた葉月は、思わずため息をこぼした。
決してフリードリヒのもてなしが気に入らなかったわけではないが、あまりに高級な雰囲気に、根が庶民の葉月はどうしても気後れを感じてしまうのだ。
フリードリヒといえば、昨日村に送ってもらったときには帰りたくないとごねられた。
到着したのがかなり夜遅くなったので、泊まってもらってもよかったのだが、フリードリヒが帰らなければ家令のテオが困るだろうというのは簡単に想像がつく。
葉月はまた遊びに来て欲しいと、どうにか宥めすかしてお帰りいただくことに成功した。
「おはよう、ソラ、コハク」
「くまっ」
一緒のベッドで眠っていたソラとコハクに挨拶をして、葉月はベッドを抜け出した。
フリードリヒにいろいろとお土産を頂いたので、いろいろとやりたいことができた。
葉月はやる気をみなぎらせて、日課に取り掛かった。
葉月が従魔たちといっしょに作物の収穫や畑の水やり、草むしりなどをしていると、アンネリーゼとウルリヒが作業に加わった。
「葉月さん、おはようございます」
「おはよう」
アンネリーゼとウルリヒの調子もよさそうだ。
いつものように果樹の世話と家畜の世話をしてもらい、そのあとはいつものように一つのテーブルについて簡単に朝食を済ませた。
食後は楽しみにしていたお茶を頂くことにする。
干しあがっていた茶葉をフライパンで乾煎りしてほうじ茶を作るのだ。
弱火で焦がさないように茶葉を煎ると、ほっこりするにおいが当たりに広がった。
村の住人たちは初めて嗅ぐにおいにそわそわと落ち着かない。
「よしっ、できた! 次は、あ……!」
茶葉を煎り終えた葉月は、お茶をいれようとして急須がないことに気づく。
できれば陶製の急須が欲しかったが、ないので仕方なく鉄でやかんをクラフトしてしのぐことにする。
鉄インゴットを取り出して、やかんと茶漉しをクラフトテーブルの上でクラフトした。
「葉月さん、それはなんですか?」
「ん、これ? 茶漉しだよ」
茶漉しの外観から使い方を想像できなかったらしく、アンネリーゼが問いかけてくる。
葉月は口で説明するよりもつかってみたほうが早いと、さっそくやかんにお湯を沸かし始めた。
お湯が沸いたところで火から下ろして、ほんの少し冷めるのを待つ。
それからやかんの中にほうじ茶の茶葉を投入して、三十秒ほど蒸らす。
木材でクラフトしたコップに茶漉しを使ってお茶を注げば完成だ。
「ふぁー、やっぱお茶を飲むと落ち着くぅ」
「なんだか落ち着きますね」
「うぅむ。初めて飲む味だが、なんだか懐かしいような気もするのぅ」
お茶を初めて口にした森の民にも好評なようで、みんな一様にほっこりしている。
ソラにも出してみたが、かなり気に入ったらしくあっという間にコップの中身が消えていた。
コハクやチャッピー、クラウドにも勧めてみたのだが、こちらは熱くて無理だと拒否されてしまった。
まあ、飲みたい人だけが飲めばいいと思う。
出来上がったばかりのお茶を飲みながら、葉月は今後の予定について話し合うことにした。
「今日は、いろいろと手伝ってほしいことがあるんだけど、いいかな?」
「村の環境がよくなるのであれば、喜んで!」
アンネリーゼが快く承知してくれる。
ズズズ、とお茶をすすって満足そうに目を細めていたウルリヒも、目を開いてうなずく。
「ううむ。この老骨が役立つのであれば喜んで力になろう」
「じゃあ、アンネリーゼさんは私と一緒にお風呂を作るのを手伝って欲しいな。あとはちょっとした建物を追加したいからそのお手伝いもお願いできるかな?」
「お風呂……というのは、フリードリヒ様のところにあった温泉とは違うのですか?」
「違いを説明しろといわれると……」
葉月は説明に悩んだ。
そもそも温泉の定義とは何ぞやという話から始めなければならない。
この世界で温度や成分について調べる術を葉月は知らないので、とりあえず説明は置いておくことにする。
「とりあえず、排水設備と湯船を作って、周囲を囲んで目隠しを作りたいと思います!」
「はい」
「それからウルリヒさんにお願いが」
「なんじゃ?」
「家畜のことなんだけど……」
牛や羊、鶏はともかく、豚については屠殺して食肉加工しなければただの穀潰しになってしまうのは葉月も重々承知している。
食べるために育てるのだとわかってはいても、自分の手で殺すことにはまだ抵抗がある。
「ブヒってこちらではどのように加工するのが一般的ですか?」
フリードリヒからレンネットをもらったので、チーズを作ろうとは思っているが、豚はやはりソーセージやベーコンなどに加工するのがよいのではないかと考えていた。
「塩漬けか燻製じゃな」
「やっぱりそうですか」
予想通りの答えに、葉月は燻製小屋を作ることにした。
それからチーズを熟成させるための保存小屋も必要だ。
「ウルリヒさんは燻製が得意だったりします?」
「まかせておけ」
「燻製は作ったことないので、教えていただけますか?」
「よいぞ」
何事もやってみるしかないと、葉月は覚悟を決めた。
すでに敵対MOBを手にかけているのだ。今更ためらうことでもない。
「すみません。よろしくお願いします」
「お風呂はどこに作る予定ですか?」
アンネリーゼに問われた葉月は、村の東側を指した。
「竹林のとなりに新居を建てるつもりなの。だからお風呂はさらにその東側かな」
「なるほど」
「くまくま!」
コハクも手伝ってくれるようだ。
「うん。コハクお願いね。あと、クラウドも手伝ってくれる?」
「シャー!」
水源は村の中央の湧き水を利用するとしても、排水を流す場所が必要だ。
葉月は村の東側にある川まで排水路を伸ばすつもりでいる。温水を流す必要があるので、排水路は必須だ。なだらかに川に向かって傾斜しているので、逆流することもないだろう。
「では、作業を開始するよ!」
「はい!」
「くまっ!」
「シャー!」
穴を掘るのが得意なクラウドには排水路の作成を依頼しておいて、葉月たちは浴槽の作成に取り掛かる。
まずは一メートルほどの深さで穴を掘る。土がむき出しでは水をためておくことができないので、土の上に石を置いて並べ、隙間を粘土で塞いだ。
「アンネリーゼさん、ちょっと下がっててね」
葉月は安全のため、アンネリーゼたちを下がらせた。
「ファイア!」
粘土で塞いだ場所はファイアの魔法で焼いて固める。こうしておけば水が漏れることはない。
葉月は何度か魔法を使って湯船を完成させた。
湯船には排水路に接続するようにして、木の板をはめ込んでおく。こうしておけば、木を外すとお湯を抜けるのでお掃除をしたりお湯の入れ替えをしたりが可能になる。
湯船が出来上がった頃には、太陽は真上に差し掛かっていた。




