16日目. 温泉! になかなかたどり着けない
葉月は駕籠の持ち手に布を巻いて滑りにくくする対策を施し、少しだけつかみやすいように改造した。
駕籠の中に敷物を敷いて、少しでも移動が快適になるようにする。
それからクラウドが綿花から作ってくれたタオル、新しい下着、服をインベントリに放り込んだら、お出かけの準備は完了だ。
フリードリヒに渡すお土産、それから移動中に読んでおこうと、マナの書も忘れずにインベントリに入れておく。
葉月は意気揚々と駕籠に乗り込み、そのあとにコハクが続いた。
アンネリーゼはまだ震えながらもどうにか駕籠に乗り込んだ。
「アンネリーゼさん、そんなに怖いなら無理してついてこなくてもいいんだよ?」
「いえ、葉月さんひとりでドラゴニアの巣に行かせるわけにはいきません。それに、私も温泉には興味がありますから……、がんばってみます」
「うん、きっと気に入ると思うよ。だから、少しだけ我慢してくれると嬉しいな」
「はい」
「では、いざ、剣ヶ峰へ!」
上機嫌のフリードリヒに駕籠をつかまれ、葉月たちは空の旅人となった。
フリードリヒが翼を翻し、一気に上空へと飛翔する。
「ひぃっ!」
フリードリヒがいきなり高度を上げたため、アンネリーゼの口から悲鳴が漏れた。
アンネリーゼは慌てて駕籠の柱にしがみつく。
高度は地上から五十メートルほどだろうか。
葉月も高所恐怖症ではなかったはずなのだが、かなり恐怖を感じていた。
「アンネリーゼさん、大丈夫?」
「だ、だ、だ、大丈夫……じゃ、ありません」
ソラは定位置である葉月の肩の上に陣取り、コハクは葉月にしがみついている。
「コハクも大丈夫?」
「くまー……」
コハクもすこし怯えていた。
そんな駕籠の内部にはお構いなしで、フリードリヒは機嫌よく上昇していく。
「では、しっかりつかまっていろ!」
その声に葉月たちはあわてて駕籠の柱にしがみつく。
駕籠の高度がぐんぐんと上がっていった。
いったい温泉はどこにあるのだろう。
葉月はタブレットの地図で現在位置を確認すればいいのだと思いつく。
フリードリヒはどうやら南に向かって進んでいるようだ。
遠くのほうにかすかに山が見えた。
「あれが剣ヶ峰かな?」
「た、たぶんそうです」
アンネリーゼが震えている。
葉月は怖いからだろうと思っていたが、寒くなってきたのだと気づいた。
フリードリヒがスピードを上げた所為で、駕籠の隙間から冷たい空気が流れ込んでくる。
「さ、寒い!」
「くまー……」
上空が寒いことなどちょっと考えればわかったはずなのに、葉月はなんの対策もせずに駕籠に乗り込んだことを後悔し始めていた。
コハクがしがみついてくれているおかげで少しは温かいが、この状態で一、二時間を過ごすのはさすがに厳しい。
アンネリーゼの唇が紫色になり始めている。
「何かなかったかな……」
葉月はインベントリに入っているもので寒さをしのげるようなものがないか探した。
「うーん、タオルや服を巻いたくらいじゃなぁ……。あ!」
こんなときこそ魔法の出番ではないだろうか。
葉月はマナの書を取り出し、魔法の章を開いた。
『ウィンドシールド。気の根源を消費して風の盾を作る』
「これだ!」
葉月はマナの書を読み進める。
『ウィンドシールドの魔法は、マナワンドに気の根源を持つチャームを取り付け、杖を振れば魔法が発動します』
「ふむふむ、ってことで使ってみよう。ウィンドシールド!」
葉月は杖を振って魔法を発動させる。
空気の層が籠を包み込み、風を遮ってくれる。
「おお! これ、いいんじゃない?」
風を感じないだけで、かなり寒さは和らいだ。
「ありがとうございます。葉月さん」
「くまっ、くまっ!」
かなりみんなに喜んでもらえたようだ。
「どういたしまして。風が入り込むのは軽さ重視で隙間をたくさん作っちゃった所為だね。帰りは少し改良できないかやってみるよ。とりあえず、いまはウィンドシールドで乗り切ろう」
「はい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
「了解しました」
葉月は格好をつけて敬礼した。
ウィンドシールドは二十分ほどで効果が切れてしまうことが分かったので、葉月はたびたび魔法をかけなおす必要性に迫られた。
「そろそろ、そなたらの目にも我が街が見えてくるはずだ」
フリードリヒの言葉に眼下に目を向けると、険しい山の麓に不似合いなほど立派な石造りの城壁が見えた。
「おお! すごい!」
一キロメートル四方ほどの城壁が急に森の中に現れた。
街を守るための城壁は五メートルほどの高さがあり、四方には見張りのための張り出した場所もある。
城壁の中央には五階建てほどの高さの尖塔が五つほどそびえており、その周囲には鮮やかな色の屋根がいくつもひしめき合う様に集まっていた。
ヨーロッパの古城とその城下町だと言われても納得するしかない
「あそこがフリードリヒの住んでいる街なの?」
「うむ。中央に見える塔が我の家だ」
葉月は嫌な予感に襲われた。
どうみてもお家が大きすぎる。あんな大きなお城に住んでいるというのであれば、フリードリヒは権力者と呼ばれる部類の人なのではないだろうか。
「もしかして、あの塔に降りる?」
「いいや、今日は温泉に行くつもりだが?」
「うん。温泉だよね」
とりあえず権力者のお宅訪問という事態は回避できたことに葉月は胸をなでおろした。
「温泉はもう少し山を登った場所にあるのだ。すぐにつくからもう少しまってくれ」
「うん。ぜんぜんいいよ。たのしみだなー」
葉月の言葉が棒読みになってしまったのも仕方がないことだった。
ふと視線を感じて顔を上げると、アンネリーゼの目とぶつかった。
かなり驚いた顔をしている。
「葉月さん、知らなかったんですか?」
アンネリーゼが小さな声で葉月に尋ねてくる。
「うん。あんな大きなお城に住んでいるんだったら、もう少し丁寧な態度で接したほうがよかったよね?」
「そうではなくて、フリードリヒ様があの街の守護者であるということです」
「守護者ってなに?」
葉月は聞き覚えのない言葉に首を傾げた。
「ええっ? 知らないんですか?」
アンネリーゼは思わず大きな声を上げ、慌てて声のトーンを落とした。
「うん。そもそもドラゴニアってそんなにえらいの?」
「葉月さん、よーく聞いてくださいね」
葉月は座った目をしたアンネリーゼにレクチャーを受ける羽目になった。
アンネリーゼによると、ドラゴニアはまったく人と触れ合わず隠居しているようなタイプと、街や国を守護する守護者の二通りに分かれるそうだ。
ドラゴニアやドラゴンが住んでいる場所はマナが安定するので、自然に人々が集まり街を作ることが多い。
人はドラゴンが住むのに快適な環境を整える代わりに、魔物から守ってもらうような契約を交わすのだという。そういった契約を交わしたドラゴンやドラゴニアのことを守護者というのだ。
というような内容を、アンネリーゼに教えてもらった。
「ってことは、フリードリヒさんは王様?」
「王様……というのは街の代表という意味でしたら、違います。守護者は人々を魔物から守る契約しか交わしていません。人が自力で倒せるような小さな魔物ではなく、人の力では太刀打ちできないような強力な魔物から守る契約ですから、人々を治めるのは街長や村長の仕事ですね。もちろん庇護をうける人は守護者に対して敬意を抱いていますし、偉い人であるということには変わりませんね」
「ふーん。偉いのか、偉くないのかよくわからない役職だね」
「葉月さん……」
「あ、あれじゃない? 温泉!」
葉月は山の中腹に湯気が立ち上る場所を発見した。
「うむ。すぐ近くの別荘に降りる。少し揺れるやも知れぬ。捕まっていろ」
「はーい!」
「くまっ!」
残念ながらあまりゆっくりと読書もできなかったが、二時間ほどの旅路で目的地である温泉に到着することができた。




