16日目. 忘れた頃にやって来るのは
ソラにつつかれて目覚めた葉月は、ソラに促されて家の外に飛び出した途端、上空から舞い降りてきた影に思わずため息がこぼれた。
葉月はソラを肩に乗せ、しぶしぶ舞い降りた影に近づいた。
別に村を訪ねてくるのはかまわない。
ただもう少し時間を選んでもらいたかっただけだ。
「ハジュキよ! ひさしぶりだな」
「それほど久しぶりでもないような気がするけど……。とりあえず、おはよう」
久しぶりだと言われても、葉月にとっては一週間ほど前に出会ったばかりのドラゴニアでしかない。
いい笑顔で朝から拠点に突撃してきたフリードリヒに、葉月は少々げんなりとした。
「で、どうしたの? こんなに朝早く」
「うむ。我は以前再び訪ねる際は手土産を持ってくると言っておったのを覚えておるか?」
「ああ……そういえば」
「いろいろとこの村には足りぬものを持ってきたぞ! 見よ、メエとブヒだ!」
自信満々でふんぞり返るフリードリヒの背後には、羊と豚が悲痛な声を口々に上げている。
全部で十頭ほどの動物たちは縄でできた網にくるまれ、水揚げされた魚のように運ばれてきたようだ。
網に捕らえられた羊と豚が鳴き叫ぶ光景は少しシュールだった。
「もしかして、これが手土産?」
「うむ。足りなかったのではないか?」
「確かに助かるけど……、これは少し数が多すぎない?」
「そのようなことはない。我が受けたもてなしに対する礼としては少々足りぬくらいだからな」
「はあ……、そう言うことなら遠慮なく、いただいておきます」
「うむ」
ようやくフリードリヒが攻撃してこないと悟ったのか、遠巻きにしていたチャッピー、コハク、クラウドたちが近寄ってくる。
けれどまだ完全には警戒を解いてないようで、五メートル以内には近づいてこない。
「とりあえず、朝ごはんもまだ食べてないし少し待ってもらっても? できればそのメエとブヒ?も放してあげたいし……」
「かまわぬぞ。我も朝食はまだだ」
どうやら遠まわしに朝食を催促されているようだ。
「……大したおもてなしはできないけど、朝ごはん、食べる?」
「うむ。ぜひ馳走になろう」
満足げな笑みを浮かべるフリードリヒは放置して、葉月は網に捕らえられた羊と豚に近づいた。
放す前に、彼らの住処となる場所を囲うほうが先だ。
葉月は作業台の上に木材を置き、さっさと柵のクラフトを開始する。
鶏小屋と牛小屋の隣に柵を新たに設置して、一旦その中に羊と豚を開放する。
「メェェェェエ!」
「ブヒィィィイ!」
悲痛だった叫び声が、歓喜のそれに変わる。
南の山からずっとこの状態でフリードリヒに運ばれてきたのであれば、その間ずっと恐怖を味わっていたのだろう。
「小屋はあとで作るとして、先に朝の日課を済ませちゃうね。朝ごはんはそれから」
「うむ。なら、我も手伝うとしよう」
「お、おう。……じゃあ、お願いしようかな?」
「任せておけ!」
フリードリヒが胸を叩いているが、葉月はいまいち安心できない。
「葉月さ~ん! 大丈夫ですか? 何か大きなものが飛んできたみたいっっておじじが! ってドラゴニア!?」
ツリーハウスのほうから、アンネリーゼが駆けてくる。その後ろをウルリヒがどうにか追いかけてきていた。
が、フリードリヒの姿を目にした瞬間、ふたりとも体を硬直させ、その場に固まってしまった。
「アンネリーゼさん、ウルリヒさん、おはようございます。朝から騒がしくてごめんなさい。ちょっと知人が訪ねてきたものだから……」
「我のことならかまわぬでよい。ハジュキとは仲のよい友人だからの」
「ええっと、ドラゴニアの方……ですよね?」
「そうみたいだね。以前ここに来たことがあってね」
「は、はぁ……」
「その、少しマナを抑えてもらえんかのぅ?」
ウルリヒは冷や汗をかいていた。
「おお、すまぬ。ハジュキの前では抑える必要がなかったからな。これでどうだ?」
フリードリヒの発するマナが森の民にとっては少々刺激が強すぎたらしい。
葉月にはわからなかったが、フリードリヒが発するマナを抑えてくれたようだ。
チャッピー、コハク、クラウドたちも目に見えて落ち着いてきた。
「はい、どうにか……」
「ええっと、こちらは昨日から村の住人に加わった森の民のアンネリーゼさんとウルリヒさんだよ」
「我は剣ヶ峰に住むドラゴニアのフリードリヒだ。よろしくな!」
「は、はいっ」
「よろしくお願いいたしますじゃ……」
能天気なフリードリヒの態度とは対照的に、森の民ふたりの顔色は浮かない。
それでもどうにか顔合わせは終了した。
「よし! ならば朝の日課とやらに取り掛かろうではないか!」
フリードリヒの掛け声を合図に、村の住民たちは日課に取り掛かった。




