14日目. 新しい隣人が増えました?
「えっと、アンネリーゼさんは普段は何を?」
「私は祭司である祖父の護衛です」
「ってことは、ウルリヒさんは森の民の中でも偉い人ってことなんじゃ……?」
「そうでもないぞ。新たなる森の確認の為という口実で森を追い出されるほどには、不要な存在じゃ」
「えぇ?」
ウルリヒの不穏な発言に、葉月は目をむいた。
「おじじの話は半分くらいで聞いておいてください。本当は平穏で変化のない森の暮らしに飽きて、村を飛び出したようなものですから」
「な、なかなかアクティブな人なんだね」
「ふぉふぉふぉ。これでも若いころはいろいろとやんちゃをしたもんじゃ。なかなかひとの性根は変わらぬもんじゃのぅ」
葉月は呆れ顔のアンネリーゼと黙って目で会話をした。
このご老人の手綱を握るのはなかなか大変そうだ。
「それにしても見事なマナの森じゃ。マナが生き生きとしておる。それにクヌギやナラの木もよう育っとる」
ウルリヒは嬉しそうに目を細めている。
「はい、ほんとうに。これほどの森であれば、さぞや森の恵みも豊かなのでしょうね。どれほどの時間がかかったことでしょう」
「あの~、すごく言いにくいんだけど……」
感動している森の民の祖父と孫の手前、葉月は言いだしづらかった。
マナの森が二日前に植えた苗木のものだとか、これほど大きくなってしまったのは、昨日のことだとは。
三人と従魔たちはゆっくりとマナの森の中を進む。
「は?」
「はい? 葉月さん本当に?」
アンネリーゼとウルリヒはそっくりな顔で驚きに目を見開き、口をぽかんと開けている。
「本当です。マナの木の苗はこの拠点から北西の方向にあったものを植林しただけなんです。一晩たったらこんな風になってて……」
葉月はほかに説明のしようもなく、ありのままを二人に告げる。
アンネリーゼとウルリヒは疲れたようにため息をこぼした。
「はぁ……」
「ふうむ。にわかには信じがたいが……現実に森は存在しておる。それに葉月殿の言うことが真実であるならば、昨日あたりから急にマナの流れが大きく変わったのも納得じゃ。わしらは大きなマナの流れを感知した故、こうしてやって来たわけじゃからのぅ」
「マナの流れが見えるんですか?」
「森の民なら大体見えるのぅ」
どうやらマナグラスの助けがなければマナ溜まりが見えない葉月と、森の民とは基本性能が違うようだ。
「それはうらやましい……」
「わしらとしては緑の手の持ち主であることのほうがうらやましいがのぅ」
「確かに」
緑の手というのは、森の民の間で植物を育てるのが上手な人のことを言うらしい。
「たぶん万能ツールのおかげで、私の力じゃないと思いますよ?」
「その万能ツール、とやらを見せてもらえんか?」
「いいですよ」
葉月は快くうなずいて、万能ツールを取り出した。
「おお!」
「なんと!」
アンネリーゼとウルリヒは感嘆の声を上げる。
葉月は何となくフリードリヒが来た時のことを思い出した。
そう言えばすぐに訪ねてくると言っていたが、彼はどうしただろうか。とはいっても彼がやってきてから一週間も経っていない。
「せっかくだから切ってみましょう」
葉月は万能ツールを斧に変化させ、一番近くのマナの木を切り倒す。
一振りするだけで、マナの木はばらばらとブロックになって周囲に散らばる。
「くっくま!」
「シャシャシャ」
コハクとソラ、それにクラウドが手伝ってくれるおかげで、葉月は木のブロックを拾う必要もなく回収できてしまう。
「みんな、ありがとう」
「これは……」
森の民ふたりは非常識な光景に言葉も出ない様子だった。
「それでね、この木からとれた苗をまた植えると、次の日にはたいてい木に成長してるんだ」
葉月はドロップした木の苗を再び植えた。
「なるほど、これならばマナの木がすぐに森になったのも頷けるのぅ」
「そうですね。まさかこれほど非常識とは……」
「それ、褒めてないよね」
葉月はだんだんとこの森の民の性質を理解しつつあった。
正直ではあるが、正直すぎてもう少し包み隠してもよいのではないだろうか。
「まあ、森はこんな感じです。あとは畑とか水車とか、果樹園くらいだよ」
葉月はもう丁寧な言葉遣いを諦め、従魔たちとの会話と変わらない口調で話した。
フリードリヒの時と同じように一通り拠点の中を案内し終えたところで、夕方になった。
「食事していきます? 肉とか魚はないですが、野菜ならたっぷりあるので」
「緑の手の持ち主の料理ならばぜひ!」
「私もお願いしたいです」
そんなわけで、料理を振る舞うことになった。
「では、今夜はグラタンにします」
「グラタン……とな?」
「耳にしたことのない料理ですね」
葉月はコハクとソラに手伝ってもらい、夕食の準備に取り掛かる。
チャッピーとクラウドは、森の民たちが好戦的ではないと判断したのか、自分たちの作業に戻っていった。
「じゃあ、お二人はそちらに座ってお待ちいただけますか?」
「うむ」
「はい」
アンネリーゼとウルリヒは大人しく椅子に座って周囲を見回している。
が、長い兎のような耳がぴくぴくと動いているので、とても興味をそそられている様子だ。
「コハクはジャガイモの皮をむいて、薄く切ってくれる?」
「くまっ!」
葉月はフライパンに少量のバターと小麦粉を入れ、かまどに火をつけた。
焦がさないように木べらで混ぜながら、ダマがなくなって滑らかになるまで混ぜる。
とろりと混ぜ合わさったところに牛乳を少しだけ入れる。
しばらく弱火で混ぜていると、バターと小麦粉がふやけたようになってくる。
均一に滑らかに混ぜられるようになってから、再び牛乳を追加した。
あとはこれを繰り返していけば、ホワイトソースが出来上がる。
「くまっ!」
葉月はコハクが器用に爪でスライスしたジャガイモを受け取った。
ジャガイモと塩少々を鍋に入れた。
「ウォータっと」
面倒なので魔法で水を入れて火にかける。
ホワイトソースの入ったフライパンを一旦横に置いて、もう一つ水を入れた鍋を火にかける。
玉ねぎの皮をむいて鍋に入れ、野菜の出汁を取っておくのだ。
次に葉月は玉ねぎを薄くスライスした。
「ソラ、こっちの鍋をみてて。あと、コハクはシイタケをスライスしてくれる?」
「くまっ!」
葉月はもう一つのかまどでフライパンにバターを入れて溶かした。
バターのいい匂いが広がる。
三つのかまどがフル稼働していた。
スライスした玉ねぎをフライパンに入れてしんなりするまで炒め、コハクが切り終わったシイタケを追加する。
そこに玉ねぎの出汁をお玉にひとすくいほど入れ、ホワイトソースも追加する。
焦げ付かないように弱火でよく混ぜながら、塩、コショウで味を調える。
「んー、やっぱり出汁の味が牛乳とバターに負けてるなぁ」
少し味見をした葉月は残念そうにつぶやいた。
ここでチキンコンソメなどあれば入れたいところだが、仕方がない。
葉月は浅い鉄の鍋にゆでたジャガイモを並べる。ジャガイモは少し硬めにゆでたが、オーブンで焼いているうちに火が通るので問題ない。
ホワイトソースを上にかけてかまどの上段に入れた。
これで焼き上がればグラタンの完成だ。
あとはにんじんを薄く二、三ミリにスライスしてそれをさらに千切りにする。
ボウルの中に調味料を入れて調味液を先に作る。
酢がないので、代わりにレモン汁を、それから甘さを出すのにオレンジの果汁と蜂蜜を少し、塩、アボカドオイル、粗びきコショウを混ぜ合わせたところに、千切りのにんじんを入れて合える。
混ぜるのはソラの得意技だ。
フランスの家庭料理でキャロット・ラペと言うらしい。
にんじんの青臭さが少ないので、葉月が好んで食べる料理の一つである。
「そろそろ焼き上がったかな?」
かまどからグラタンの入った鍋を取り出し、森の民の前に置いた。
「いただきます」
「森の恵みに感謝を」
「感謝を」
森の民たちは祈りを奉げると、無言で料理に手を伸ばした。
「熱いから、気を付けてね」
「あちっ」
「はふっ、はふっ!」
葉月の注意も聞かず、グラタンに飛びついた森の民たちはやけどしつつも夢中で皿を空にしていた。
「私的にはチーズが足りないんだけどな……」
チーズを作るには子牛の胃袋からとれるレンネットが必要になる。
今の葉月に入手する方法がないのでお預けになっている食材の一つだ。
「うーむ、緑の手の持ち主は火の手の持ち主でもあったのか……」
うなるウルリヒに葉月は質問する。
「その、火の手って何ですか?」
「植物を育てるのが上手な人のことを緑の手と言うように、料理の上手な人のことを火の手というのです」
すかさずアンネリーゼのフォローが入る。
「なるほど」
「ううむ。ますますこの村が気に入ったわい」
「村っていうか、住人は私と従魔しかいないんですけどね」
「ならば、わしらが住んでもかまわんということかの?」
「おじじ、それはいい考えですね」
どうやら拠点に住民が増えそうだ。
異世界移住14日目
経験:Lv.24→26
従魔:ソラ(スライム:Lv.22→23)+子分スライム×8(トイレ用)、コハク(ハニーベア:Lv.6→7)、チャッピー(ハニービー:Lv.6→7)、クラウド(ケイブスパイダー:Lv.5→6)
家畜:ニワトリ×4、はなこ(乳牛:雌)、太郎(乳牛:雄)、すみれ(乳牛:雌)、アルパカ
称号:開拓者、臆病剣士、ソラの飼い主、二級建築士、節約家、武士みならい
スキル:土木:Lv.5、建築:Lv.8、農業:Lv.9→10、伐採:Lv.8、木工:Lv.16、採掘:Lv.9→10、調教:Lv.8→9、石工:Lv.5、料理:Lv.10→11、鍛冶:Lv.4、畜産:Lv.6、マナ:Lv.5→6、鑑定:Lv.7→8、居合:Lv.3




